第十九話 友情は今日も大切だ!⑩
――時は、少々前に遡る。
俺達が乗った馬車は味方の拠点に到着し、その後すぐにソルトの町へと向かった。
到着したソルトの町は、それはもう酷い様になっていた。
建物の殆どが瓦礫となり崩壊し、残っている建物も、文字通り息を吹けば倒れそうな程ボロボロになっていた。
ほんの数日前までは、ここの住民はいつも通り生活をしていたのだろう。
しかし今ではそんな面影もない。
正義感のない俺でも、流石に怒りが湧いた。
そして、しばらく敵を警戒しながら進んでいき……。
「あっ、居た! レイナだ!」
千里眼を発動させ遠くの様子を伺っていた俺は、屋根の上を飛び移っていくレイナの姿を捕らえた。
「どこ?」
「向こうの屋根の上を飛び移ってる。だけど何で……って、アルベルト!?」
俺がレイナの向かっている先を見やると、そこには地面にヘタレ込んでいるアルベルトの姿が。
しかも何かトドメ刺されそうになってないか!?
「どうした? 何があった?」
「いや、今アルベルトが大ピンチで……!」
勿論今すぐ助けにいきたい。
けどレイナも俺達も、ここからじゃあまりにも遠すぎる。
しゃあねえ、こうなったら!
「レオン、俺の影の中に入れ!」
「な、何故だ?」
「いいから早く! そんでリーンはあの向こうに向かって全力で俺をぶん投げてくれ!」
「はあ!?」
レオンが俺の影に入ったのを確認し、続いてリーンにそう指示する。
一瞬目を見開いたリーンだが、俺の考えを察したのか眉をひそめた。
「私はアンタと違って投擲スキルを持ってないから、軌道がずれるかもしれないのよ? それに、ひ弱なアンタじゃ地面に叩き付けられて死ぬかもしれないし……」
「細かい軌道は俺がアクア・ブレスで調整するし、着地スキルも持ってるから大丈夫だ! 多分!」
「そこは自信持ちなさいよ! ……ああもうしょうがないわね、怪我しても知らないわよ!」
そう忠告すると、リーンは俺のパーカーと脇腹をガッチリ掴み担ぎ上げる。
傍から見れば今の俺はメッチャ格好悪いが仕方がない。
「ホ、ホントにいいのね?」
「いいから早くしてくれ!」
しかしリーンは俺の考えに未だに気乗り薄のようだ。
何でだろう、昔のコイツなら俺が指示する前に俺をぶん投げそうな気もするが……。
いやしかし、今はそんな心配はしないで欲しい。
そうだな……こう言う場合、リーンなら……。
「行けリーン! お前のバキバキの腹筋パワーを見せてくれ!」
そう、俺があえて怒らせるような事を叫ぶと、リーンの瞳が一瞬にして怒りに燃え上がり。
「私は腹筋割れてなああああああああああああああああああああああああああああああいッ!」
「いくぞおおおおおおおおおおおおああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ――ッ!?」
そして俺は人間ミサイルと化して、吹っ飛んでいった。
――とまあ、そんなこんなで今に至る訳である。
「オイ嘘だろ……まさかあの魔王に、あんな熱烈なファンがいたなんて……」
「確かにそう言われてみれば、魔王君と服装とかそっくりだ!」
うん、エルゼとジータ、最初に俺が冒険者達に対して正体を明かした時とおんなじ事言ってる。
まあ確かに、一番最初に思い当たりそうだけども。
その隣では、レイナとフィアがレオンを見ている。
「えっと……じゃああの人は……」
「レ、レオンのファンです!? し、しかもあのマント、間違いなくレオンの物です! じゃああの子はファンじゃなくて……」
「オイ!」
レオンも本物だと気付いて貰えていないようで、特にフィアはショックを受けていた。
まさか今のレオンをレオンの彼女かなんかだと思っているのか?
ってか、いい加減俺達が本物だって気付いて欲しいんだが。
「ファンじゃねえよ本物だよ! 今からその証拠を……」
そう俺が魔神眼を発動し目を紅と紫に光らせようとした時。
「ハァッ!」
「ひょッ!?」
お嬢様の鋭い突きが、俺の眼球目がけて放たれた。
俺はほぼ反射的に頭を横にずらすと、レイピアは俺の頬を掠めた。
「なっ!?」
「シェスカ様の突きを躱した……!? 一体どんな反射神経を……!?」
魔法使いの言う通り自分の攻撃に自信があったのか、俺に攻撃を躱された事に目を見開く。
しかしすぐにお嬢様は体制を整え跳躍し、閃光ような高速連続突きを放ってきた。
「ヤバッ!?」
何だよそれ、アニメみたいにレイピアが分身してるんですけど!?
流石にそれは躱せないいいいいいい!?
「任せて下さい!」
「レ、レイナァ!?」
絶対攻撃を受けるだろうと身構えたが、俺の前にレイナが割り込みその閃光ラッシュを全て聖剣で捌く。
ってか捌けるのかよその攻撃!? スゲえな!
もはや次元の違う光景に思わずポカンとしそうになったが、俺はすぐにその横からお嬢様に攻撃しようと刀を抜き。
「たあッ!」
「痛ッ!?」
しかしそうはさせないとばかりに、お嬢様の蹴りが俺の右腕に入った。
「だあ!? ごは!?」
「リョータ!?」
強力な蹴りの威力に俺は吹き飛び、地面を転がり回る。
その先に居たレオンが、俺に声を掛けた。
「大丈夫か!?」
「いってえ……! なんちゅう蹴りだよ……!」
アレ、普通の女の子の蹴りの威力じゃねえぞ!
ホントこの世界の女の子ってゴリラばっかだな!
そう俺が蹴られた腕をブラブラさせていた時。
「あっ……!」
……自分で言うのも何だが、その時の俺の行動は早かった。
尻餅を付いていた俺は、手元にあった瓦礫の破片を手に取るとバッと立ち上がる。
そして痛みなんてクソ食らえと、右腕を大きく振りかぶると。
「『投擲』ッ!!」
俺が全力で投げた瓦礫の破片は真っ直ぐお嬢様の足下の地面に叩き付けられる。
すると瓦礫の破片はカツンと音を立ててバウンドして……。
――そのまま、お嬢様のスカートをまくり上げた。
「「「「「はあ!?」」」」」
レイナ以外の勇者一行、レオン、そして魔法使いが驚愕に声を上げる。
「え!? えええ!?」
「あ……ああ……!」
そしてレイナが俺の奇行に思わずオドオドし、お嬢様の顔が段々紅くなっていく。
そんなお嬢様に、俺はビシッと指を差して。
「見えた! 紫おパンティー!」
「ぶっ殺しますわ!!」
嬉々としてパンツの色を叫んだ俺に、お嬢様が怒りと羞恥に顔を真っ赤にし、こちらに突っ込んできた。
――その真後ろから、リーンが迫ってきていることに気付かずに。
「ヤアッ!」
「アアアアアァ!?」
超スピードで走ってきた勢いを利用した、リーンの回し蹴りは見事お嬢様の脇腹を捕らえ、真横に吹っ飛ばした。
「ぐう……ッ!?」
「シェスカ様!」
地面に倒れたお嬢様に、魔法使いが悲痛な声で叫ぶ。
さっき俺が食らった蹴りをも上回る威力の蹴りを食らったんだ、しばらくは起き上がれないだろう。
それを横目で見ながら、リーンは深々とため息をついた。
「……いや、アンタの考えは分かる。私がアイツに気付かれないように、わざとスカートをめくって注意を逸らしたってのは分かる……でも、もうちょっと何かなかったのよ!?」
「しゃーねえだろ、他に思いつかなかったんだから」
「逆にあの一瞬でその選択しか出なかった事にビックリよ!」
何だよ、ちゃんと気を逸らしたんだからいいじゃん。
しかし紫か……。
ああいう派手な色よりかは、控えめな方が好みなのだが……。
まあ、人の下着にケチ付けるのは良くないな。
「リ、リーンちゃん……?」
なんて一人思ってると、レイナが恐る恐るリーンに声を掛けた。
「助けに来たわよ、レイナ」
それに対し、リーンは優しい笑みを浮かべた。
いやぁ、レイナとリーンの百合ップル感動の再会だね。
とここで、エルゼとジータが俺を見ているのに気付いた。
おっと、リーンの登場で俺が本物だと気付いたよう……。
「ま、間違いねえ! あの変態っぷり、絶対魔王だぜ!?」
「うっそでしょ!? で、でも……えええ!?」
「…………」
……次からはもう少し自重しよう。
自分の判断基準が変態度であったことに、改めて自分の行動を振り返っている傍ら、フィアが恐る恐るレオンに近付いていった。
「じゃああなたも……本物のレオンなんです……?」
「う、うむ……」
一瞬、どことなく気まずい空気が流れる。
まあ無理もない。
わざわざ嘘の置き手紙を用意したのに、たった一日で助けに来たのだから。
しかもツインテールの美少女になって。
しかしその空気を、良くも悪くもジータがぶち壊した。
「って、何で女の子になんかなっちゃったのさ!? まさか性転換の魔法!?」
「まあ端的に説明するとだな、持って帰ったルボルの薬を間違えて飲んだらこうなった」
「何で飲んだのさ!? バカじゃないの!?」
「色々と偶然が重なってだな……!」
俺の襟首を掴んでガックンガックン揺らしてくるジータをドウドウと宥めるが、何故か興奮を通り越して怒りに変わっている。
「それよりも何なのさその胸は!? 何、ボクに対する嫌味なの!? まさか元男の魔王君にさえサイズで負けるなんてー!」
「いだだだだだッ!?」
どうやら自分のぺったんこな胸と俺の胸を比較していたらしい。
俺の胸を鷲掴みえぐり取ろうとしているジータを、エルゼが後ろから羽交い締めした。
「お、落ち着けよジータ! 気持ちは分かるけど落ち着け!」
「エルゼに分からないよ! だってエルゼ、ボク達の中で一番おっぱいデカいじゃん!」
「なあ!?」
うん、確かにエルゼの胸はローズには劣るが十分大きい分類であろう。
しかし、ジータにはちゃんと言わなければならない事がある。
「いや待てジータ、よく聞け。俺の故郷の国にはな、こんな言葉があるんだ。貧乳はステータス、貧乳は希少価値っていう名言がな。俺はまさにその通りだと思う。だから自信を持ってその小ぶりな胸を張れ! 大きくなくたって、きっと未来は明るいぞ!」
「ま、魔王君……!」
「アンタ達、今の状況忘れてない?」
俺の言葉に感動したのか目を輝かせるジータの後ろから、リーンがツッコンできた。
見ると、いつの間にかリーンとレイナは先程蹴り飛ばしたお嬢様を取り押さえており、フィアは気絶しているアルベルトに回復魔法を掛けていた。
そう、この中で俺とジータだけ何もせず貧乳談義をしているのだ。
「理解したんなら、さっさとやることやりなさい」
「「ゴメンナサイ」」
俺とジータが同時に頭を下げると、取り押さえられているお嬢様が心底悔しそうな顔で唸った。
「なんて美しくない人なんですの……? 二度に渡る不意打ちに加え、ワ、ワタクシや勇者一行のメンバーに対するセクハラなんて……!」
「シェスカ様、気を確かに!」
「聞こえてんぞー」
確かに言われてみれば、さっきジータに対してナチュラルにセクハラ発言したな。
自重しようと心に決めたばかりなのに……やはり俺は骨の髄まで変態って訳ね。
「ンンッ。とにかく、お前らさえどうにかすりゃ、俺達は一気に有利になるんだ。残念だったなぁ?」
「「……」」
気を取り直して俺が咳をし、わざとらしく挑発するように二人に言う。
しかし、二人の表情はそこまで悔しそうには見えない。
いやそれどころか、うっすらと微笑を湛えている。
まるで、まだ終わっていないというような。
…………。
「なあ」
「は、はい。何ですか?」
「やっぱりコイツら、まだ何かあるみた――」
そうレイナに言い掛けたとき視界に光る物が見え、俺は反射的に千里眼を発動させる。
ここから百メートルほど離れた瓦礫の山に、こちらに向け弓を引く少女の姿が見えた。
そしてその瞬間、弓から放たれた矢が真っ直ぐレイナの後頭部に迫ってきた。
「危ねッいッたぁ!?」
「え!? ま、魔王さん!?」
間一髪、俺はレイナを抱き寄せ矢じりをキャッチしたが、掌から結構な量の血が噴き出す。
いってえ、クソ痛え!
だけどレイナには当たってないみたいだ。
と安心した束の間、その矢に白い布が巻き付けられていたのに気が付いた。
いや、巻き付けられていると言うよりか、何かを包んでいたというような……。
……その事に気が付いたときにはもう遅かった。
「あっ」
俺の足下に、その白い布に包まれていたと思われる、白い球が落ちた。
そして、その刹那。
「キャア!?」
「うわあ!?」
この辺り一帯を、真っ白な煙が覆った。