第十九話 友情は今日も大切だ!⑦
「オラッ!」
「っぶねえ!」
目の前の男の横薙ぎをしゃがんで躱すと、俺は刀を構えながら後ろに叫んだ。
「リーンはあの盗賊三人、ローズはアソコの聖職者と剣士の三人、リムは全体を攻撃魔法でカバー、レオンはハイデル見ててくれ!」
「りょーかい!」
「分かったわ!」
「は、はい!」
「こ、今回は仕方あるまい……」
「オロロォ……!」
それぞれの返事、なのかどうか分からないものも含まれていたが、それらを背中で聞いた後、俺は正面の剣士二人に集中した。
「オイ女、まさかテメエ一人で俺らの相手するつもりか?」
「コイツ魔族じゃねえし、生け捕りにしていいんじゃね?」
「それもそうだな」
完全にナメきっている男二人は、そう言い合いながら俺の事をギラギラといやらしい目で見てくる。
間違いない、コイツら絶対俺を生け捕りにした後エロい事するつもりだ。
うわっ、そう思うと背中がゾクッてなった。
もしかしてコレが女の本能というものなのだろうか……いや、女じゃなくたってどっちにしろ怖いけど。
コイツら、俺が本当は男だって知ったらどうなるんだろう?
ついそんな事を思ってしまうが、俺はすぐに気持ちを切り替え身構えた。
「ハッ、なぁにが生け捕りだコノヤロー! テメエら全員アダマス教団改めアダマス山賊団に改名しろ! 宗教団体よりそっちの方がテメエらにお似合いだ!」
「うわっ、何だコイツ口悪!」
「口の悪い美少女か……悪くねえな、ゾクゾクする」
そしてそう俺が吐き捨てると、一人は身体を仰け反らせ、もう一人はそう頷きながら口元をニヤニヤさせた。
よし、とりあえず後者の方を先にぶっ飛ばそう。
「『アクア・ブレス』!」
俺は瞬時にマントを脱ぐと水魔法で濡らし、そのままその男に突っ込んで行った。
「生け捕りにするとは言ったが、両手両足ぐらいは覚悟しとけよ、女ァ!」
「お前SとMのどっちもか!? ってか、そんなグロッキーな特殊プレイさせられて堪るかってんだよっと!」
俺はそう怒鳴ると同時に男の縦薙ぎを躱し、手に持ったマント鞭を男の顔面に叩き付けた。
「いってえ目がァ!?」
目の辺りにバチンと勢い良く入ったマント鞭に、男は涙目になって悶絶する。
その隙にガラ空きになった股間に、俺は全力の蹴りを叩き込んだ。
「はうぁッ!?」
「ホラ、美少女の金的蹴りだぞ、喜べや!」
「な、なんて卑怯で鬼畜な女なんだ……!」
股間を押え顔を赤くし膝をついた男にそう言ってやると、脇の男がドン引きした様子で俺を見ていた。
悪いけど、こちとら敵に対して慈悲は無い!
俺はトドメに男の顎を蹴り上げようとしたのだが。
「オラァ!」
「っとっと!」
横からもう一人が剣を構えて突進してきた。
顔面に素早く突き出された剣先をギリギリで躱し、俺はケンケン足で距離を取った。
「生け捕りにするんじゃなかったのかよ?」
「テメエみたいな卑怯者が一番厄介だ、だから殺す。それに、どうやらテメエも魔族みたいだからな」
男はいそいそとマント鞭を腕に巻き付ける俺の目を真っ直ぐ見据えながらそう吐き捨てる。
まあ、魔神眼を発動して目の色変えてればそう思われるか。
「オイ、蹲ってないでさっさと立ちやがれ!」
「はああぁ……いい……!」
男が後ろに視線を向けてそう叫ぶと、もう一方が股間を押えながらホクホク顔で立ち上がってきた。
チクショー、コイツMなだけあって防御力高え……!
そう俺が歯を食いしばっていた時。
「よくもあんな素晴らし……卑怯な真似をしてくれたな。さあ、今度はこっちがお仕置きする番――」
「『エレクト・ショット』!」
「だあああああああああああああああああああああああああああッ!?」
横から突然飛んで来た眩い電撃の球体が、薄ら笑いを浮かべていた男に直撃した。
すると男の身体に紫電が迸り、男は煙を上げながら白目を剥き勢い良く倒れた。
痙攣している男からさっきの魔法が飛んで来た方に視線を移すと、そこには掌をこちらに向けるリムの姿が。
「ナイスリム! 超助かった!」
「と、とーぜんです!」
俺が親指を立てて少々自慢げなリムを褒める中、残った男は悔しそうに歯ぎしりした。
「畜生、何なんだコイツら……! オイ、手が空いてる奴こっちに来てくれ!」
そして周りを見渡しながらヘルプを求めていたが。
「いでえ!? テメエらステッキで頭ぶっ叩くな! 止めろ、止めろコラァ!」
「か、身体が勝手に動いてるんだ!」
「というかそっちだって、ずっと棒立ちしてないで避けて下さいよ!」
「おおお、俺だって身体が動かないったあ!?」
ローズに身体を操られ、固まった剣士に聖職者二人がかりでタコ殴りにさせられ。
「こ、この女バカみたいに強えぞ!」
「死角からナイフを投げても剣一本で全部弾きやがる! 一瞬でも油断したらやられるぞ!」
「何なんだよ、化け物かよ……!?」
リーンは持ち前の剣術とスピードで盗賊三人を翻弄していた。
これは誰がどう見ても助けにいける状況じゃない。
「アーハッハッハ! さあ、もっと踊りなさいな、私の操り人形ちゃん達!」
「ちょっとローズ、コイツらよりよっぽど悪役になってるわよ!?」
悪役令状みたいな高笑いをするローズをリーンが咎めるのを確認し、俺は再び前の男に身構えた。
「ホ、ホントに、何なんだよお前らは……!?」
「ハーハッハ! 覚えとけ、今お前らが敵にしてる魔族ってのは、お前らが想像してる以上に強えんだぜ!」
そう、普段はあんな風だが、コイツらは意外と強いのだ。
コイツらだけじゃない、バルファスト魔王国にはリムの母ちゃんや高レベルの冒険者も大勢居る。
こんな奴らに、そう簡単にはやられない。
「くっそ……せめて一人だけでも……!」
そう悔しそうに呟いていた男は、辺りを見渡しある一点に視線を向けた。
「うええええロロロ……」
「いつまで吐いているのだハイデル貴様! 敵がこちらを標的にしてるぞ!」
そこには、背中を堂々と見せて茂みの中に吐いているハイデルと、男の視線に気付き慌てふためくレオンが。
男は俺を一瞥すると、二人へ向かって駆けていく。
「お前の相手は俺だ、行かせねえぞ!」
「だからこうするんだ、よッ!」
「はあ!?」
そして前に出ようとする俺に、男はあろうことか気絶している男をこちらに向けて思いっ切り蹴り飛ばした。
「ゲホッ!?」
男は白目を剥いたまま、真っ直ぐこちらに飛んでくる。
しかしあまりにも予想外だった為、反応が遅れた俺はそのまま気絶している男の下敷きになった。
コイツ、思ったよりクズだった……!
リアルでいんのかよ、死体蹴りする奴……! いや死体じゃないけど……!
「オイ、来てるぞハイデル! ええい、こうなったら我が……!」
俺が男を退かしている最中、真っ直ぐ剣を振りかぶって向かってくる男にレオンが身構える。
しかし男が、何故か口元をニヤッとさせ。
「なっ!?」
そのままグルンと九十度方向転換した。
そしてそのまま走る男の先に居たのが。
「リム、気を付けろ!」
「わ、わぁ!?」
くっそ、まさかのミスディレクションか!
「エ、『エレクト・ショット』ッ!」
レオンの警告に一瞬身を引いたリムだったが、すぐさま詠唱を完了させていた魔法を男目がけて放つ。
先程のド変態男を気絶させた時と、同じ眩い電撃の球体が真っ直ぐ男に向かって飛んでいく。
……が。
「狙いが安直過ぎるなぁ!」
男はその電撃の球体を体格の割に華麗に躱した。
ヤバイ、コイツ相当強えぞ!
このままじゃリムが危ない!
「そ、そんな!?」
驚愕するリムはすぐさま魔法を放とうとしたが、もう目の前まで男が迫ってきていた。
「ガキだからって、死なねえと思うなよ!」
「ううぅ!?」
「止め……ッ!」
そして男は、目をギュッと瞑るリムに大きく上に剣を振りかぶって――!
「『ヘルファイア』ッ!!」
「あづあああああああああああッ!?」
それと同時に、男の顔面に黒炎の弾丸が直撃した。
「……リムには、手出しさせませんよ!」
顔を真っ青にして地面にへばりつきながらも、男に向かってヘルファイアを放ったハイデル。
「うううッ!? オロロロロォ……!」
しかしすぐに涙目になって頭を茂みに突っ込んだ。
格好付かないけどナイスガッツだ!
心の中でハイデルを賞賛すると、俺は全力で大地を踏み締める。
「『ハイ・ジャンプ』――ッ!」
「この、クソ野郎共があああああああ――ブァ!?」
そしてハイ・ジャンプで勢いをつけたまま、黒炎で焼かれ赤くなっている横っ面をぶん殴った。
しかしこの男も耐久力が高いのか、それとも俺の力が弱いのか。
倒れることなく、そのまま俺に剣で斬りかかってきた。
「オラッ!」
「……ッ!」
俺はその攻撃を刀で受け流すと、更に続く男の猛攻にも耐える。
ぐう……キツい……キツいけど……。
真っ正面からでも……戦えてるぞ、俺!
「コイツ……ッ!」
「俺だってあの日から何もしてない訳じゃないんだ! だからもうリムを、テメエらなんかに指一本触れさせねえッ!」
「何――カッハッ……!?」
男の剣を弾き、その瞬間ガラ空きになった脇腹にハイキックを食らわせる。
続けざま腕に巻き付けていたマント鞭を、男の顔面目がけて放つ。
しかし男はパシッとマント鞭を掴んでしまった。
だけど想定済みだ!
「『スパーク・ボルト』ッ!」
「ぬあぁがぁ!?」
俺はこの前リーン相手にした戦術をそのまま使い、男を感電させた。
だけど、コイツもリーンみたいに俺の攻撃を耐えて……そら来た!
「おおおおおおおおおおおッ!」
男はリーンとまったく同じようにマントを離さず、そのまま俺を背負い投げしようとして。
「もうそれも経験済み、だぁッ!」
「なッ!?」
俺は二度も同じ手には引っ掛からない男。
身体が宙に浮いた刹那、俺はそのまま男の首を両足で挟み込んだ。
「ヘッドシザーズ・ホイップッ!!」
「ああああああああああ、があぁ……!?」
そして俺を投げ飛ばそうとした勢いを利用して、そのまま男を投げ飛ばす。
男はすぐ側にあった馬車の車輪に頭から直撃し、そのまま動かなくなった。
「ゼエ……ゼエ……!」
俺は息を切らせながら額を腕で拭う。
何時ぞやテレビで見たプロレス技を実際にかける日が来るとは……。
というか、今思ったけど俺の身体能力スゲえ上がったな。
そんな事を思っていると、俺の後ろに居たリムが駆け寄ってきた。
「お、お兄ちゃん!」
「おっ、リム。怪我はないか……?」
「大丈夫です! そっちは……」
「おう、ちょっと疲れたけど、全然大丈夫だぜ……!」
「そう、ですか」
そう俺がガッツポーズを取ると、リムは安堵したようにホッと息を吐いた。
「オイ、他大丈夫かー?」
「ええ、大丈夫よリョータちゃーん!」
「アンタこそへーきー?」
俺が辺りを見渡しながら声を掛けると、少し離れた所に居たローズとリーンが返事した。
その側には、六人も居たはずのアダマス教徒達が死屍累々と転がっていて、側に居た御者の兵士がブルブル震えていた。
うわ……やっぱアイツらには敵わなねえな。
「こ、これで全員倒したでしょうか……」
「まさか我だけ何もしないで終わるとは……」
二人の強さに軽く引いてると、全部出したのか少しスッキリした様子のハイデルと、ガッカリした様子のレオンが歩み寄ってきた。
するとリムが俺とハイデルの前に立ち、深く頭を下げる。
「お兄ちゃん、ハイデルさん。さっきは助けてくれてありがとうございました!」
「…………」
……そっか。
俺、助けてあげられたんだ。
「……今度はちゃんと守れて良かった」
少し照れくさく鼻の下を擦ってそう笑うと、隣で少々落胆しているハイデルが呟いた。
「ですが、私があの時火力を上げて焼き殺していたら、魔王様の手を煩わせる事はなかったのですが……」
「物騒な事言うなよ……いやマジじゃないよな?」
コイツ、結構脳筋だしたまに怖いんだよな……。
そんな事を思いながら、俺は馬車の側で気絶しているあの男を見た。
……俺がアイツを倒したんだよな。
やっぱり、今までの頑張りは無駄じゃなかったんだ。
俺は自分の拳を握り締め、確信を持って頷いた。
「うん……俺、強くなってる!」