第三話 魔王の娘は今日も憂鬱だ!③
俺はリムに連れられ、バルファストの露店街にやってきていた。
ここの通りは全て露店で埋め尽くされており、客引きをする威勢の良い声が所々から聞こえる。
露店街と言ってもあまり大きいものではなく、夏祭りの日の神社ぐらいの大きさ。
まあこの街の大きさなら十分露店街と言える。
そもそも、ここは国とと言ってもあまり大きくない。
小一時間で外周をグルリと回れるぐらいだ。
しかもバルファストにはここしか街がないらしい。
更に魔界と呼ばれるこの土地は、この国と周辺の森とか含めて全部なのだそう。
魔界ってラスボスがいる所なのに狭すぎね? と思うほどここは小さな国なのだ。
そんなことを考えながら、俺は鼻をくすぐる肉の匂いに誘われて、つい串肉を頼んでしまった。
「一本くーださい」
「はい、三百トアルね」
屋台のおっちゃんに、一昨日のクエスト報酬で貰った三百トアルを出すと、網の上で焼いていた串肉を一本貰った。
さっき俺が渡したトアルというのはこの世界の共通硬貨の名称であり、なんと驚き、一トアルが一円換算という日本と全く同じ単位なのだ。
金貨何枚とかそういうのよりかは、日本円と同じでありがたい。
そう思いながら、俺は貰った串肉を頬張り屋台街を見渡していると、何やら遠くの方で人集りができていた。
目を凝らしてみると、その人集りの中心にはリムが。
「ようリムちゃん、いつも四天王の仕事お疲れ様。アメちゃんいるかい?」
「ありがとうございます、いただきます!」
「リムちゃん、こっちのも美味いぜ!」
「いいんですか? ありがとうございます!」
なぜか屋台のおっさん二人にペロペロキャンディーらしきものを貰ったリムは、嬉しそうにペロペロしている。
そんなリムを、おっさん二人はニコニコ見ている。
ふと周りを見ると、大勢のいい歳したおっさん達が同じようにニコニコその光景を眺めている。
………………。
……待ってろリム。俺がお巡りさん連れてくるから。
リムに迫る危険を察し、お巡りさんを呼んでこようとしたその時だった。
「うおっ」
「ボーっと突っ立ってんじゃねえぞにーちゃん」
俺の真横から帽子を深くかぶった少年がぶつかり、そう言ってそのまま走って行った。
あ、コレ絶対スられた。
と、瞬時に思った俺はすぐさま自分のポケットの中に手を突っ込んだ。
「ああやっぱり! 財布スられた!」
俺は全力疾走で少年を追いかけた。
――少年は人と人の間を潜り抜け、一本の路地に入っていった。
それを目にした俺も後に続き路地へ入る。
路地に入り少し進むと、少し開けた空き地のような場所に出た。
そこには俺に背を向けて、俺からスった財布の中を確認している少年の姿が。
俺は少年に気付かれないように忍び寄っていく。
癖になってんだ、音殺して歩くの。
なんて調子に乗っていると、俺の財布の中身を確認していた少年がうわっと声を上げた。
やっべ気付かれたか!? と一瞬ビクッたが、少年は俺の財布野中を見ながらこう言った。
「中身少ねぇ……何だよ貧乏人かよあの明らかに雑魚な奴」
「誰が明らかに雑魚だ」
「うわあ!?」
思わず声を上げてしまった俺の存在に気付き、少年は尻餅をつく。
そしてその隙に落とした財布を拾い上げた。
「あっ、返せよ! ってか何でそんなに財布の中身少ねえんだよ!? 七百トアルしか入ってなかったぞ!」
「俺は普段から財布には千五百以上は入れないんだよ。千ちょいあれば大抵の物は買える」
「ちっ……貧乏臭え奴……」
悪かったな、貧乏臭くて。
それはともかく、この少年は財布をスった事からして恐らく浮浪児だと思ったのだが……どうも違うらしい。
浮浪児といえば、服はボロボロ、髪はボサボサで痩せ細っているイメージがあるが、この少年は服装は普通だし肉付きとか髪とかはそこらの子供と大して変わらない。
何だろう、教会の孤児とかか? いや、魔界に教会って……。
と、考えを巡らしている俺を見て、少年はいつ逃げだそうかとタイミングを見計らってる。
そんな少年に、俺は小さくため息をつくと。
「……まあいいか。とりあえず財布は取り返せたし、これ以上面倒事に巻き込まれるのも嫌だしな……だから――」
――ドドドドドドドッ!
もう行っていいぞ、と言おうとした瞬間、何かが駆けてくるような音が聞こえた。
しかも大勢の。
俺は前方を見てみると、遠くの方から何かが土煙を上げて何かが迫ってきている。
何だあれ? と思いながら目を目一杯凝らしてみると、なぜだが望遠鏡を見たように視界がグーンと伸びた。
アレ? 俺ってこんなに視力良かったっけ……って。
「はあああああああああああああ!?」
そんな疑問は頭から吹っ飛んだ。
俺に向かって勢いよく突進してきた土煙の正体は、少年の仲間と思われる子供達だった。
「この、兄貴に何しようとしてたんだ!」
「このっ! このっ!」
「えええええ!? ちょ、多ッ! 待て待て待て!」
しかも子供の数は男女含めて二十人はいる。
その子供達が、俺のことを殴ったり蹴ったり棒きれで叩いてきたり。
「うわあああッ!? お前らズルいぞ! 一人に対して大勢で襲ってくるなんて! あと俺その子に何もしてないたたたた! ちょ、誰だよ頭にかみついてる奴! リム! 誰か! 助けてくれええええ!」
俺は喚きながら抵抗するが、流石に子供相手でもこの人数では敵わない。
「こんのおおおおおおっ!」
俺が助けを求める声を上げた瞬間、目の前で俺を蹴っていた耳がとがった女の子の気合いの入った蹴りが俺の股間に炸裂した。
「おぐぉがあぁぐぅっ!?」
俺は股間を押さえて呻くと、そのまま地面に倒れて悶絶する。
ヤバい……痛い……呼吸できない……何か上がってきてる……!
痛さのあまり気を失いかけた俺を尻目に、子供達は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
ああ……遠くでリムの声が聞こえる――。