第十九話 友情は今日も大切だ!⑥
フォルガント王にお願いして補給物資を運ぶ馬車の荷台に乗せて貰い、俺達はソルトの町へと向かっていた。
この世界に来て初めて馬車に乗ったのだが、予想通りかなりのスピードを飛ばしている。
この調子なら、きっと今日中には着くのではなかろうか。
しかし、速い故の問題が俺達に降りかかっていた。
「「「うああああ!?」」」
「「「キャアアァ!?」」」
俺達が乗っている荷台、もの凄く揺れるのである。
「リョ、リョータよ、何故我々が荷台になど乗らなければならないのだゴハッ!?」
「しょ、しょーがねえだろ、こちとら乗らせて貰ってる身なんだ! 贅沢言えるかってんだ痛え!?」
文句を言おうとして盛大に木箱に頭をぶつけるレオンに、そう返そうとしたら今度は俺の頭に木箱が直撃する。
ヤバイ、コレ想像以上にキツい!
メッチャ揺れるから、身体全体がシェイクされてるみたいだ!
「ま、魔王様、我々が着くのはいつぐらいに……うっぷ……」
「ああああ、ハイデルちゃんの顔が真っ青よ! ホラ、後ろの方に行って!」
「申し訳ありません、ローズ……おえ……」
どうやらハイデルは馬車酔いしたようで、隣のローズに肩を掴まれながら口元を押えた。
止めろ、この場で胃液と朝食のミックススムージーを吐き出すのは止めてくれ!
しかしまあ、酔うのも無理もない揺れだ。
他の奴らは……一応大丈夫そうだな。
幸いにも他は酔っていないのを確認し少しだけ安堵していると、身体がガクンガクンと揺れているレオンが訊いてきた。
「そ、それよりも、リョータにリーンよ、貴様らが話していた者は何だったのだ?」
「あ、ああ、フォルガント王さんね」
「えっ!? あの人フォルガント王国の王様だったの!?」
俺の言葉に、荷台の後ろでハイデルの背中をさすっていたローズが振り返った。
「ああ、やっぱりそうでしたか」
「リム、王様に会ったことあったの?」
「はい、リーンさんが孤児院のピクニックに行ってた日に、お兄ちゃんの付き添いで」
ふうんと頷くリーンの膝の上にちょこんと座っているリムは、他の奴より少々落ち着いた声音で言い、そして何故か俺をジッと見つめてきた。
「それにしても、あの人はお兄ちゃんと似てますよね……」
「どこら辺が?」
そう訊くと、リムは少し苦笑しながら。
「ええっと、良い意味であんまり王様らしくない所とか、ですかね?」
「いやいやいや、あの人は確かにフレンドリーだけど、ちゃんと王様らしい王様よ。王様として異常なのはコイツ」
「オイコラ、誰が異常だって!? そもそもお前には前に言ったけど、こちとら半年ちょい前まで一般市民だったんだからな!」
ハッと笑い飛ばすリーンに俺はそう喚くと、舌打ちをして頭の後ろに手を組んだ。
「でもまあリーンの言う通り、フォルガント王さんがフレンドリーな人で良かったよ。俺の頼みも色々聞いてくれたしな」
「色々? この馬車の荷台に乗せて貰う事だけじゃなかったのか?」
「まあな」
そう訊いてくるレオンに、俺はニシシと笑いながら返した。
さてと、そろそろ馬車の揺れにも慣れてきたな。
出発して三時間ぐらいは経ったから、ソルトの町までもう半分かな?
しかし尻が痛えなぁ……座布団みたいなのしけばよかった。
リムはリーンの膝という極上すぎるクッションに座っているから平気そうだけど。
「リーンさん、見て下さい! アソコに一角ウサギの親子が居ますよ! 横の穴はお家ですかね?」
「本当だ。やっぱり一角ウサギは可愛いなぁ」
一角ウサギ……兎に角ってか?
なんて下らないことを思いながら、幌の隙間から外の景色を眺めて談笑しているリムとリーンを、横目で眺めながらボンヤリしていると。
『ん……アレは……?』
前方から、御者の兵士の声が聞こえた。
「どうかしましたー?」
『ああその……皆様、この馬車は少々停まりますが、心配いりませんのでそのまま座っていて下さい』
すると兵士の言う通り馬車のスピードが徐々に落ちていき、慣性の法則で俺達の身体が傾いた。
何だろう、兵士の人トイレでもしたいのかな?
だったらそう言えばいいのだが……。
そう不思議に思っていると、荷台の外からこんな声が。
『あの、大丈夫ですか? 見たところ、車輪の修復をしているようですが』
『ああすみません、兵士の方。少々ガタついていましてね』
ああ、道の脇に別の馬車でも停まってたのかな?
本当は早くレイナ達の元に向かいたいのだが、人助けならしょうがない。
会話の内容的にそんな大事でもなさそうだし、少しぐらいならいいか。
そう思っているのはどうやらリーン達も同じらしい。
さて、待ってる間に荷物の整理でもしてようか。
そう思い、俺が少し離れた所に置いてあった大きなリュックをたぐり寄せたその時だった。
――ガサ、ガサガサガサッ!
『うわっ、な、何だお前達は――ングッ!?』
「「「「「「ッ!?」」」」」」
外で茂みが大きく揺れた音がしたと思った瞬間、兵士の叫び声が聞こえたのだ。
(お前ら静かに! 『透視眼』!)
その刹那、俺は反射的に声を潜めてリーン達にそう言い放つと、透視眼を発動して幌の外の様子を見た。
『ハッ、こんな手に引っ掛かるとは、フォルガント王国の兵士は単純だな』
『全くだ。オイ、コイツを縛る縄持ってこい』
『いや、いっそ殺した方が楽じゃないかしら?』
そんな物騒な事を言いながら、兵士を取り押さえているのは先程車輪を直していたと思われる男。
そしてその周りを、武装した連中がグルッと取り囲んでいた。
な、何だコイツら!?
まさか山賊!? リアルの山賊か!?
と、こんな状況にも関わらずテンションが上がってしまった俺に、後ろから声を潜めて呼ぶ声が。
(リョータちゃん、あの荷台の中!)
(え?)
俺と同じように透視眼を発動させているローズが指摘したのは、山賊の物と思われる馬車と荷台。
(……スケルトンがいるな)
(違うでしょ!? もしかしなくてもリョータちゃん、まだ調整できてないの!?)
(チョー難しいんだよこれ調整するの! 逆にローズはスゲえなこんなの調整できて! んで、荷台の中に何が入ってるんだ?)
皮肉っぽくローズを褒め、改めてそう訊くと、ローズは荷台をじっと見ながら。
(あの中に、聖職者の格好をした人が居るわ)
(! ソイツ、縛られてる?)
(ううん、人質には見えないし、寧ろ……あっ、馬車から降りるわよ!)
ローズの言った通り、荷台から聖職者の格好の男が降りてきた。
成程、コイツらは山賊じゃない、アダマス教団だ。
恐らくこの馬車を潰して、補給物資を絶とうって魂胆だろう。
戦士、盗賊、そして聖職者で主に構成された計八人。
カーッ、用意周到だな畜生!
そもそももう教団じゃなくて普通に山賊じゃねえか!
……しかし、どうやら俺達には気付いていない様子。
ここはチャンスだ。
幸いこっちはフルメンバー、隙を突いて一気にいけば何とか……!
「う、ううぅ……」
(ハ、ハイデル?)
なんて思っていたら、後ろから呻き声が。
嫌な予感と共に俺が振り返ると、真っ青な顔をしたハイデルが涙目になって頬を膨らまし、
「オロロロロォォ……!」
ハイデルだけに、幌から這い出ると吐瀉物を地面に撒き散らした。
『!? オイ、この荷台の中に誰か居るぞ!』
気ー付ーかーれーたーッ!
何やってんだよハイデルの野郎、このタイミングで吐いてるんじゃねえよ、ハイデルだけに!
ああもう、こうなったら行くっきゃねえ!
俺は鞘から刀を抜くと、幌を真っ直ぐ立てに切り裂いて。
「オイ、そこで吐いてる奴、そのままジッとして――」
「ちょおりゃあ!!」
「アブァ!?」
開いた切れ込みから勢い良く足を突き出し、そのまま荷台の後ろに回り込もうとした男の顔面に蹴りを叩き込んだ。
いきなり現れた足によって男が倒れた事に、残りの七人はギョッとする。
「な、何だこの足!?」
「い、いきなり幌が破けて飛び出してきたぞ!?」
俺はすぐさま足を引き抜くと、そのまま後ろに振り返った。
「もうこうなったらしょうがねえ! やるぞ、お前ら!」
「言われなくても!」
「しょ、承知いたしました、魔王様……うっぷ……!」
「もうお前は邪魔にならないとこでリバースしてろ!」
脇に置いてあった剣を掴み強気に返すリーンとは対照的に、ハイデルは未だに顔が真っ青だ。
ああもう、コイツホント使えねえ!
使えないどころか超足手まといじゃん!
いや、そんな事よりも今は……!
俺達は荷台から飛び降りると、アダマス教徒達と立ち会う。
すると鼻を押え地面から起き上がった男が俺を怒りにメラメラと燃える目で睨んできた。
「さっき不意打ちしやがったのはテメエか、この卑怯者がッ!」
「兵士の兄ちゃん騙して奇襲してきたお前が言うな!」
俺は男にそう返していると、男の後ろのアダマス教徒達の目が一斉に見開いた。
何事かとソイツらの視線の先に振り返ってみると、そこにはリーンが。
そしてアダマス教徒達の目が、一気に殺意に満たされた。
「ア、アイツ魔族じゃねえか!」
「ああ……他にも居るぞ……」
「殺す殺す殺す……!」
ヒイッ、怖ッ!?
どんだけ魔族殺したいんだよコイツら!?
これで特に魔族に個人的な恨みとかがないってのが更に怖え!
「ハァ……こんな奴らがいたら、子供達が怖がっちゃうわ」
しかしリーンは集中的に殺意を向けられているのにも関わらず、ため息をついてそんな事を言っている。
さ、流石師匠……強者のオーラが半端ない……。
「と、とにかく、コイツらぶっ倒して兵士の兄ちゃん助けないと先に進めねえな……」
「そうだな。フッ、久々に我の闇の力を見せてやろうか!」
俺がそう若干引き腰で言うと、レオンが前に出てバサッとマントをたなびかせた。
…………。
「いやお前はハイデル見ててくれ」
「な、何故だ!? 何故我がハイデルなどとお守りなど!?」
「いやだってこの人数だよ? 昼間のお前に勝機があるかと言われれば勿論無いと――」
「死ねや!」
「「うおッ!?」」
なんて会話をしていると、いきなり俺が蹴り飛ばした男が襲いかかってきた。
「あだッ!?」
「っとお!?」
俺はレオンを突き飛ばし振り下ろされた剣を何とか躱すと、後方からリーンが叫んだ。
「ちょっと、敵の目の前で喧嘩してたら殺されるでしょうが!」
「そうですね、すいやせんっした!」
まったくのド正論だよ。
ええい畜生、戦闘開始ー!