第十九話 友情は今日も大切だ!③
その日の夕方。
俺はいつものように夕食の準備をしていたのだが。
「…………」
「……あの、何かあったんですか?」
隣で一生懸命ニンジンの皮を剥いていたリムが、シンクでジャガイモを洗っていた俺に心配そうに話し掛けてきた。
「えっ!? 別に何も!?」
それに対し俺が首をブンブン横に振ると、リムがジト目で俺を見ながら。
「……だったら何でずっとジャガイモをボンヤリした目で見つめてるんですか? 三分ぐらい手が止まってますし」
「い、いやぁ……ジャガイモを見てると、昔の知り合いの芋谷君の事を思い出していて……」
「誰ですか! まったくもう、水が勿体ないじゃないですか」
咄嗟に架空のフレンドの名前を出すと、リムがため息をつきながら蛇口を止めた。
そして皮を剥き終わったニンジンと包丁を置くと、リムは俺に向き直り。
「何かあったんですか?」
「…………」
……流石は俺の妹、鋭い。
いや、俺が分かりやすいだけか。
いっそ全部ぶちまけたいって気持ちもあるけど……事態が事態だからなぁ。
俺はリムがニンジンの皮むきに使っていた包丁を手に取り、洗ったジャガイモの芽をほじくり出しながら、ボソボソと。
「まあちょっと……魔王としての立ち位置的なアレで……」
……正直レイナ達を助けにいきたい気持ちはあるが合理的ではないし、こんなのでも魔王である俺は、この国のために最善の答えを出さないといけない。
そんな事を考えながら呟くと、何故かリムはギョッとしたように目を見開き。
「お兄ちゃんが魔王の立ち位置を自覚している!?」
「ちょっと? そんな反応しないでくれる? ……まあ、今台所に立って料理してる魔王が立ち位置云々言ってたらそうなるか」
すいませんね、そんな魔王様で。
っと、そうじゃないそうじゃない。
「リムさ、例えばなんだけど……」
俺は全ての芽を取り除いたジャガイモをまな板の上に置くと、そう言ってリムに話を続ける。
「もしさ、友達が自分の知らない大きな問題を解決しようとしてるって知ったらどうする? それも、そもそも自分のせいで起きた問題だとして」
「?」
「それで、助けようとしても足手まといになるかもしれなくって、かといって助けに行ってもなんて言えばいいか分からなくて」
勿論、今の例えはアダマス教団と戦いに行ったレイナ達の事だ。
そう俺が言葉を濁しながらそう言うと、リムは少しの間キョトンとした後。
「そんなの、ありがとうって言って、一緒に頑張るしかないじゃないですか」
当たり前だと言うように、リムが言った。
「私そもそも友達が少ない方だから、その少ない友達を大切にしたいです。勿論、私の為に頑張ってくれているなら嬉しいですし、ちゃんとお礼を言って助けてあげたい。足手まといになっちゃうかもだけど、だからって何もしないなんて嫌ですから」
「リム……」
少し照れくさそうなリムに、思わずジャガイモの芽を取る俺の手が止まる。
「そもそも、私がジークリンデさんに攫われたときだって、お兄ちゃんは私を助けに来てくれたし、謝られるよりありがとうって言ってくれた方が嬉しいって言ってくれたじゃないですか。何のことで悩んでいるかは分かりませんけど、今回はそうしないんですか?」
「……」
ニコッと微笑みながら俺にそう訊いてくるリムに、俺はただ心の中で何度も頷いた。
ああそうか、そうだよなぁ。
リムの言う通りだよ。
「なあリム」
「何ですか――ヒャア!?」
俺はジャガイモと包丁を置くと、そのままリムを抱き寄せた。
「お、お兄ちゃん!?」
「ありがとうなぁ、おかげで決心ついたよ。やっぱリムは最高の妹だよ」
「きゅ、急に抱きつかないで下さい! 頭を撫でないで下さい!」
「ヘへ、いいじゃんたまには。リムもお兄ちゃんに甘えていいんだぞ-」
「時と場所の問題ですよ! まったくもう……」
若干頬を赤らめながらそっぽを向くリムから離れると、
「さてと、ちゃっちゃと作っちまおうっと」
再び包丁とジャガイモを手に取った。
――ご飯を食べて、今度は手首を拘束された状態で風呂に入って、後は寝るのを待つだけの八時頃。
俺は自室にレオンだけを呼び込むと、開口一番に告げた。
「ゴメン、やっぱ助けに行くわ」
「だろうな」
「いやだろうなって……これでも色々思い詰めてたんだよ、俺」
向かいの椅子に座るレオンの素っ気ない返しに、思わず苦い顔をする。
「いい意味でも悪い意味でも、貴様の一貫性の無さはもう十分知っている」
「褒めてんのか貶してんのか分かんねえな……でもま、話が早く済みそうだ」
言うと、俺は少しだけ背筋を伸ばして話し出した。
「助けに行くのは決まったけどさ、まだ色々と分からない以上無闇に人員を割けたくないんだよ。例えば今回のアダマス教団の襲撃が、勇者をおびき寄せる餌なのか、その掛かった勇者を餌に俺達をおびき寄せたいのかさ」
そして俺達が掛かった内に守りが薄くなったフォルガント王国、もしくはここ、バルファスト魔王国に襲撃っていう可能性も捨て切れない。
最悪の事態はいくつか想像できるが、コレと言った証拠もない以上断定出来ない。
「だからさ、今回は俺とレオンだけで行かないか?」
「何?」
「レイナ達の事だ、多分勝負はもう付いてるかもしれない。それなのにウチの主戦力であるリーンやリムを連れていくのは危険かな、と」
そう言った後一呼吸置き、俺は苦笑いを浮かべた。
「まあ、それは建前なんだけどな。実際はあんま私情でアイツらに迷惑掛けたくないんだよ」
「……貴様はいつも我々に迷惑を掛けまくっているではないか」
「迷惑のスケールが違えんだよ、スケールが!」
まったく、コイツさっきっから一言余計だっつうの。
でもアイツらも一緒に来てくれたら、嬉しいっちゃ嬉しいんだけどな。
なんて思っていると、レオンが背もたれにもたれ掛かりながら。
「うむ……建前とは言え、確かに最悪の事態を想定しているのは良いが……ではリーンに何と説明する?」
「あっ」
確かに黙って出て行くのは無しだし、かといってレイナと仲が良いリーンにこの事を伝えたら……。
うん、絶対助けにいくな。
いや、その前に『何でそんな大事な事すぐに言わなかったのよ!』とぶん殴られるだろう。
「うわぁ……それがもう既に最悪の事態じゃん……どう言い訳しよう……」
「我は関係ないからな」
「何でそういつも関係ないって言うんだよ! 連帯責任だ連帯責任!」
「ふざけるな! 貴様一人でリーンに殴られていろ!」
「んだとコラァ! 俺に死ねって言いたいのか!」
と、いつの間にか取っ組み合いになっていた俺とレオン。
この野郎、いっそコイツのおっぱい揉みしだいてやろうかな……!
と、その時だった。
「――ちょっとアンタ達、私を何だと思ってるのか訊く必要があるわね……?」
その聞き慣れた声が後ろから聞こえ、背中の毛穴が粟立った。
そして俺とレオンは、カラクリ人形のようにギギギと首を部屋のドアへと向けて。
――バッチリリーンと目が合った。
「「なああああああああああッ!?」」
さっきま取っ組み合っていたのなんて関係ない。
俺とレオンは思わず抱き合い、そのままヘタレこんでしまった。
「出たぁ! あああああ死んだ! あああああああああもう終わった! ああああああああッ!」
「ま、待て! 早まるのではないリーンよ! は、話せば分かる!」
「ホントに私を何だと思ってんのよ!」
暴力女と思わず返しそうになったが、言ったらもうジ・エンドなので言葉を飲み込む。
「っていうか、何でお前がここに居るんだよ!?」
普段なら、今頃コイツは孤児院に居るはずだが……。
などと思っていると、リーンの後ろからヒョッコリと顔を出したのは。
「ゴメンナサイ、私が呼びました」
「リムゥ!?」
「ちなみに、私達も居ますよ?」
「ハイデル!? それにローズまで……!?」
「ハ~イ♪」
魔王城の面々が、俺の部屋に大集合。
っていうか……!
「お前ら、まさか今の全部聞いて……!」
「ええ。最初から最後までバッチリ聞いてたわよ」
「お昼頃から二人とも、ずっと思い詰めたような顔をしていたし、お兄ちゃんなんてさっき変な事を訊いてきたし。だから何か隠してるのかなって思ってましたけど……まさかアダマス教団と関係してたなんて」
リーンとリムの言葉に、俺は冷や汗をダラダラ流す。
「それじゃあ、詳しく聞かせてくれるわよね?」
「あー、いやそのー……」
「聞かせて、くれるわよね?」
「……は、はい」
圧力で押し潰されそうなほどのリーンの問いに、俺は渋々事情を説明した。
フィアの置き手紙、交易商が話していた内容、それを知った後の俺の考え諸々を。
そして最後にいつでも土下座出来るように正座し両手を床に置いていると、リーンが深々とため息をついた。
「ま、アンタなりに色々考えてたって事は分かったわ」
「えっ? 怒らないのか?」
リーンのその反応に、俺は思わず上体を起こす。
てっきり拳の一つでも飛んでくるかと思っていたが……。
「多少は怒ってるわよ。私達に相談しなかった事に」
しかしリーンはそう言って、俺をジト目で睨んできた。
「アンタは色々変に背負い込み過ぎるのよ。アンタは器用だけど至って普通の人間なんだから、何でも出来る訳ないでしょう? だから、たまには私達に頼りなさい」
「そうですよ魔王様。魔王様が命令してくれるなら、私は身を粉にして遂行します」
「何だかんだで、リョータちゃんには助けられてるしね」
「わ、私だって、お兄ちゃんの役に立ちたいです!」
リーンに続いて、ハイデルやローズやリムも、そんな事を言ってくる。
「私達だけじゃない、冒険者の皆や国民の皆もそう思ってるんじゃないかしら?」
「…………」
「レオンもよ? 分かった?」
「す、すまぬ……」
申し訳なさそうにしながらボソッと視線を逸らすレオンの横で、俺は顔を伏せる。
「……何だよ、揃いも揃って、急に優しくしてくるんじゃねーよ」
「あっ、折角心配してやってるのに!」
折角って何だよ、普段からも俺に優しくしてくれよ。
ああもう、コイツらは本当に……。
「そうだよな……うん、そもそも俺は魔王様だ。だったら多少わがまま言ったっていいよな?」
俺はそう言って立ち上がると、魔王軍四天王とリーンに向かって。
「明日朝一にフォルガント王国に行って、それからソルトの町に行ってレイナ達を助けよう!」
ドンと胸を叩きながらそう言うと、皆揃って頷いた。
「よし、そうと来たら、早速冒険者ギルドに行って事情説明だ!」
「でもリョータちゃん、その姿のことは?」
「もうこの際どうでもいい! 大丈夫、目さえ光らせとけば俺だって信じてくれるだろ!」
そう言って部屋から飛び出した俺は、ちょっとだけウルッとしてしまった目を、バレないように擦った。




