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魔界は今日も青空だ!  作者: 陶山松風
第五章 まおう1/2
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第十八話 女の子は今日も難解だ!⑦

よく、ラブコメ漫画で混浴シーンなるものを見掛ける。

――例えば、ハーレム主人公の入浴中にヒロインが押し寄せてくるとか。

――例えば、旅行先の旅館に何故かヒロインも来ていて、混浴風呂でバッタリ会うとか。

――例えば、何の因果か主人公が吹っ飛ばされた先が女風呂だったりとか。

勿論、それら全ては二次元の中の話だ。

俺が丁度中学二年生の頃、家族旅行に行った先の旅館に混浴風呂があった。

思春期のまっただ中の若き頃の俺は、両親の目を盗んで混浴風呂に向かった。

しかし嬉々として浴場に入ったものの、ソコに居たのは俺と同じ考えを持ったおっさん数名と、そんな俺達を嘲笑うかのように湯煙の中に居た、骨張ったスタイルのお婆ちゃんだった。

そして俺は悟った。

歳の近い女の子と一緒にお風呂なんてあり得ないのだと……。


――そんな風に考えていた時期が、俺にもありました。


「…………」

「…………」


中二の俺よ、聞こえるか?

俺は今、歳の近い美少女と風呂に入ってるぜ。

……まあ勿論、俺は目を瞑らされているが。


「………………」


一体何でこうなってしまったんだろうか。

いや、分かるんだよ、分かってはいるんだよ。

俺に今の自分の身体を洗わせないように、リーンが自らを犠牲にしている事は。

だけどいまいちこの現実を飲み込めていない。

だって! 歳の近い女の子と一緒に! お風呂だよ!?

どうすればいいの!? 一体俺は、何をしたらいいの!?

身体を洗われればいいの!

……ヤバイな……情緒が不安定になってきた。


「ねえ」

「な、何……?」


すぐ右隣からのリーンの声に、俺はそのまま真っ直ぐ前を向きながら訊き返した。


「さっきも言ったけど、目を開けた瞬間殺すからね?」


…………。


「……勝手に俺の身体洗うって言って来たのに、何か理不尽じゃね? こっちはお願いしますとも言ってないのにさ。そもそも、何で一日の疲れを癒やす極楽の時間がこんな死と隣り合わせの恐怖の時間になってるの?」

「あらそう、ならゴメンナサイ。お詫びに本物の極楽を見せてあげようかしら?」

「止めろ、目ぇ瞑ってるのに手を出されたら普通に怖いから!」


例え混浴というシチュエーションになっても、普段とまったく変わらない俺達。

リーンに何かを求めてるわけじゃないが、もうちょっと何かいいムードとかは出ないのだろうか?


「てかさぁ、何で俺が自分の身体弄るのそこまで止めようとするの? 見方を変えればお前、好きな男に他の女の身体で興奮して欲しくない独占欲高めのヒロインみたいだからな? 絶対そんなことないだろうけど」

「当たり前じゃない。でも、一応理由はあるわよ」

「理由? なんだよ」

「……世の中には何かしらの中毒者が少なからずいるじゃない?」


な、何でいきなり中毒者の話に?

怪訝に思いながらも頷くと、リーンは続ける。


「例えばお酒とかだって、一回だけ、ほんのちょっとだけって思って手を出したら最後、その事しか考えられなくなる人がいるじゃない」

「……つまりアレか? 俺がおっぱい一回でも触ったらおっぱい中毒になるってか?」

「……うん」


リーンの奴、真面目な顔して何バカなこと言ってんだよ。

おっぱい中毒なんて、そんなふざけたものあるわけないじゃん。

例え俺が女の子の、ましてや自分のおっぱい揉んだからって、そんなことになるはず……。


「なりそー……」

「ホラ、自覚してるじゃない……」


ヤバイ、自分の性欲がとどまるところを知らない気がしてきた。


「ハア、何バカな話してるんだろ……それにさっきはちゃんと子供達に言い訳して来たけど、流石に嘘を重ねるのは気が重いわ……ホラ、いい加減に身体洗わせなさいよ、今すぐ帰りたいんだから」


リーンのため息と共に、そんな事を言われる。

傍から見れば普通に女同士なのだが、俺の心はれっきとした童貞。

なので今の身体洗わせなさいよという言葉が、どうしてもいやらしく聞こえてしまう。

もし今の俺に息子が生えてたら、これ以上無いほど暴走している事だろう。


「……はいよ」


俺は短くそう返事して湯船から上がると、そのまま丸椅子の方まで移動しようとする。

が、俺は目を瞑っているため何も見えず、ゾンビのように両手を前に突き出しその場を這い回る。

こんな時に魔神眼を使えたらいいのだが、どうやら魔眼は目を瞑っている状態では発動しないらしい。

なので目を瞑ったまま透視眼を発動させ、瞼を透視して辺りを見るなんて器用な事は出来ないのだ。

もし出来たら、もうとっくにやってる。


「なあ、ちょっとぐらい開けてもよくない? 目ぇ瞑ってると平衡感覚分からなくなって、足滑らしそうで怖いんだけど」

「ダメよ絶対に。まったくもう……ホラ、こっち」


俺が不満の声を上げると、リーンに手首を掴まれそのまま丸椅子の所まで移動させられた。

そして丸椅子に座り身体に巻いていたバスタオルを取ると、頭からお湯を掛けられる。


「ホラ、髪ぐらいは自分で洗いなさい」

「お、おう」


手渡された石鹸を泡立て、俺は早速髪を洗い始めた。


「うわ洗いずら! 何コレ、一通り洗うのにもスッゲエ時間掛かるじゃん」

「女の子にとってはいつもの事よ」

「はー、髪が長いって大変なんだなぁ……」


普段は頭皮に手を当ててガシャガシャやればいいだけだったのだが、腰までの長さの髪を毛先まで洗うとなるとかなりの根気がいる。

何だかほんの少しだけ、女の子の苦労というものが分かった気がする。

なんて思いながら俺が髪を洗うのに苦戦強いていると、リーンのため息が聞こえて来た。

な、なんだよ、こんな毛量洗うのなんて初めてなんだよ……え?


「ホラ手、どかしなさい」


頭皮に感じた細い指のような感触に、俺は一瞬固まる。

どうやら俺を見かねて代わりに洗ってくれるようだ。


「……ありがと」


俺が短くそう伝え手を下ろすと、リーンがシャカシャカと小気味良いリズムで髪を洗い始める。

普段俺が洗っているやり方とは違い、優しく髪を包むような洗い方だ。

ヤバイ、スッゲエ恥ずかしいけどスッゲエ気持ちいい……。

このサービス、普段どこのお店でしてもらえますかね? 条件は女体化すること? 

人に髪を洗われる気持ちよさと、同い年の女の子に髪を洗わせているという背徳感がマッチして、風呂から上がってるのにのぼせそうになっていた。

しばらくして髪を洗い終えたリーンは、桶に入ったお湯を俺の頭に掛ける。

さて、髪は完了。

その次が問題だ。


「……へ、変に力入れんなよ?」

「ア、アンタが変な事しなければ大丈夫よ」

「いいんだな? その言葉信じていいんだな!?」


濡れタオルで石鹸を泡立てるリーンに、俺はガチガチに緊張しながら何度も訊き返す。


「じゃあ、いくわよ……?」

「……おう」


そして遂に、リーンの手が俺の背中に触れた。


「……ッ」


ヤバイ、自分の心臓の音がうるさい。

タオル越しだってのに、髪洗って貰ってる時よりもスッゲエ恥ずかしい!

コレは美少女に身体を洗われるというシチュエーションに対してのドキドキかな?

それとも変な事をしでかしたら、力の強いリーンによって痛い目に遭うかもしれないという恐怖のドキドキかな!?

……うん、恐らく前者だな。

ああもう、どうしたらいいんだ?

昼にリムに変な事言われたから、スッゲエ気になるじゃん!

ってか、相手はあのリーンだぞ!?

普段俺に対して厳しくて冷たくてツンデレのツンも垣間見せないあのリーンだぞ!?

なのに何でこんな緊張してるんだよ俺は!

童貞か! バキバキの童貞だよ!

と、俺が背中を洗われながら悶々としていると。


「……あのさ」

「ッ!? な、何だ? 女体化した俺の美肌に驚きでもしたのか?」


リーンのヤケに怖ず怖ずとした声に、俺は緊張してるのを悟らせないようどうでもいい事を言うと。


「……アンタ、何ドキドキしてんのよ?」


ぎゃああああああああああああああああああああ!

バレてるううううううううううううううううう!?


「い、いやいやいや、何言ってんだよ? ドキドキなんてしてないよ、うん全然」


そう俺が必死に誤魔化そうとしたが。


「だって、さっきからアンタの鼓動が手にまで伝わってくるんだもの……」

「うぐ……!?」


そこつかれたら、もう言い訳できねえよ!

恥ずかしさのあまり俺は思わず手で顔を覆うと、リーンに対しヤケクソ気味に捲し立てた。


「気持ち悪いって思うだろうけどさ、一応俺達って歳が近いわけじゃん……? 例え俺が女になっても、歳の近い女の子に背中洗って貰うなんてされたら緊張しちゃうよ、逆にしない方がおかしいよ……ッ!」


言うと、背中を洗っていたリーンの手が止まった。


「あとリーンって普通に美人だろ、だから更に緊張しちゃうんだよ! 何なの!? どんな最高なシチュエーションだよまったく! 大体お前はもうちょっと自分のそのルックスを客観的に見るべきだよ! はい、気持ち悪くてすいませんねぇ!」

「…………」


そしてしばらく静寂が、この浴場を包み込みこむ。

その中で、やっと冷静になった俺は……。


――死を覚悟していた。


やってしまった……。

何……何勢いに任せてとんでもないカミングアウトしてるんだよ、俺はぁ!

バカなの!? バカだよ!

ヤバイ、絶対リーン怒ってるよ、ドン引きしてるよ!

死んだ、もう確実に死んだぁ……!

俺は女になったまま、風呂場で死ぬんだ……どんな死に方だよぉ!

先程までホカホカしていた俺の身体から体温が引いていく。

いつ背後から攻撃されてもいいように、俺は背中に力を込め……!

………………。

……こ、攻撃が来ない?


「リ、リーン……?」

「ッ!? ハ、ハァ!? 何言ってんのアンタ、本当に気持ち悪いわね!」


恐る恐る俺がそう訊くと、リーンのヤケに焦ったような声が聞こえた。

いや、ってか、この反応……。


「えっ、嘘だろお前? まさか照れてんのか!?」

「なっ!? そ、そんな訳ないでしょーがッ!」

「いだだだだだだああああああ!?」


照れ隠しなのか、目一杯力を込めて俺の背中を擦るリーン。

そのあまりの痛さについ瞼を開けてしまいそうになった。


「バカお前、何してくれちゃってんの!? 背中の皮膚が剥がれるかと思ったわ!」

「ア、アンタが変な事言ってきたからでしょ!?」

「お前が訊いてきたんだろがい! 大体なぁ、俺が緊張してるのを察したからってわざわざ訊いてくんじゃねえよ、そっとしといてよ!」


コレだよ、一瞬なんかいい雰囲気になったと思ったら結局こうなるんだよ!

もうムードもへったくれもねえよ!


「あーいいよ、もうお前に身体なんて洗わせない! やっぱり自分で洗う! お前はもう上がってろ!」

「はあ!? そうさせないために私が一緒に居るんでしょうが! させないわよ!」

「いいや限界だ! 揉むね! 今だ!」


俺は手に持っていた石鹸を泡立てながらそう叫ぶと、自分の胸をわしずかもうと……!


「待ちなさあああああああいッ!」

「あっ、テメエコラ! 放せ!」


両手首を掴まれ振り払おうと抵抗するが、握力ゴリラのリーンに対しては効果が無い。


「もういい頭にきた! アンタをここでぶっ飛ばしてやる!」

「ああそうかい、だったら人生の最後にお前の裸体を拝んで死んでやる!」

「なあ!? な、何言って……!」


一瞬動きが鈍ったリーンに、俺は形勢逆転とばかりに。


「最初からこう言っときゃよかったんだ! へへ、さあリーン選びやがれ? 自分の裸体を見られない代わりに俺が身体洗うのを許すか! それとも、俺をぶっ殺す代わりに自分の裸体を俺に見られるか! オイ、どうした早くしろよ? なあ!?」

「こ、この……!」

「おっ、やるか!? だったら今すぐ目を開けてやる!」


そして、ヤケになった俺が意を決して目を開けようとしたその時。


――ツルッ。


「「あっ」」


お互いの声が重なると同時に、俺の身体が後ろに倒れていく感覚がして……。

俺は咄嗟に、倒れるリーンを抱き寄せた。


「キャア!?」

「ンゴァ!?」


俺の胸にもの凄く柔らかい物が当たったと思った瞬間、ゴンッという鈍い音と共に後頭部が硬い石畳の上に直撃した。


「ぁ……がぁ……!!」


あまりの痛さに、ついに俺は開眼した。

しかし頭を打ったせいか視界も頭の中もボンヤリして、結局何も見えないし悠長に柔らかさを感じられない。


「リョ、リョータ大丈夫!? スッゴイ音鳴ったけど!?」


俺の耳元でリーンの慌てたような声が聞こえる。

流石のリーンも俺が浴場で転んで頭を打ったのを見て、心配してくれたようだ。


「オイ、リーン……!」

「な、何?」


俺は痛みに堪えながら何とか口を開く。

そして聞き返してきたリーンに、俺は再び目をギュッと瞑りながら応えた。


「一応先に言っとくけど……今の状態、俺悪くねえからな……」

「な、何言って――あっ」


リーンは今の俺達がどういう状態かやっと気付いたようだ。

そう、今の俺とリーンはお互いに胸合わせで寝転がっているという状態なのだ。

傍から見れば百合っぷる。

俺からしたら完全にアウト。

これはいけない。

すごくいけない。

ヤバイ、頭打ったのと関係なく気を失いそうだ……。

もしこんな所を誰かに見られでもしたら……!

そんな事を思ったからなのだろうか。


「――二人とも、さっきから騒いでるみたいだけど何があっ……た……の……」


浴場の引き戸が開き、そこから慌てた様子のローズが顔を除かせた。


「「「…………」」」


俺達三人、互いにフリーズする。

時間にして僅か数秒だが、俺にとっては永遠ともとれる長い時間。

そして、このタイミングで丸椅子に立て掛けておいた桶がズレ、カポーンという実にお風呂らしい効果音が響き渡ったのを合図に。


「リ、リムちゃんハイデルちゃん、大変! リョータちゃんとリーンちゃんが互いの身体を密着させて寝そべってるのー!」

「またこのパターンかよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

「待ってえええええええええええええええええええええええええええええッ!!」


走り出したローズを、俺とリーンは全力で追いかけた。

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