第十八話 女の子は今日も難解だ!⑤
「さてと、元に戻るまでどうしますっかな」
ポーション屋さんからの帰り道。
魔王城に帰る道中、俺は伸びをしながら呟いた。
「取りあえず、むやみに外に出るのは止めた方がいいだろうな」
「そうだな」
レオンの言う通り外に出ないとして、他に控えた方がいい事。
まずは普段の俺の生活を振り返って考えてみよう。
昼過ぎまで寝る、昼飯を食う、仕事する、ダラダラする、晩飯を食う、風呂に入る、寝る。
これらが俺の一日の日常サイクルで、都合が合えばリーンに修行をつけて貰う。
……アレ?
「俺って特に控える事ねえな。っていうか、女になっても俺の日常パターン変わらないじゃん」
「アンタね、そうだとしても朝は起きなさいよ。今日だって珍しく早く起きたんだし」
「全力で断る」
仕事と修行を除けば、毎日が休日と言っても過言ではない。
その点は異世界転生して良かったと思う。
「とにかく、一刻も早く帰らなければな。ハァ……リョータが転移版を使えたら、少しはマシなのだが……」
と、ため息交じりに俺をジト目で睨んでくるレオン。
言ってくれるじゃねえかコンニャロー。
「しょうがねえだろ魔力の量の問題は。だけどお前らだけ転移するなんてさせねえからな!」
「理不尽過ぎやしないか……? おいリーン、もう本当に此奴を置いて我らだけで転移しないか?」
「いいわね、そうしましょ」
「ちょっと待てーい!」
コイツらには思いやりという物がないのだろうか?
まったく、これだから魔力が多い奴は……。
と、俺が歯を食いしばっていると。
「アレ、ねーちゃんじゃん。何してんだ?」
後ろから声を掛けられ、俺達は同時に振り返った。
するとそこには、配達のバイトをしている途中なのか、大きめの鞄を肩に掛けたカインが居た。
「あっ、カインじゃん」
「ああん? 誰だお前? 何で俺の名前知ってんだよ」
「しまっ……!」
うっかりいつもの調子で呼んでしまったが、今の俺は女の子。
勿論向こうは俺がツキシロリョータという事は知らず、カインが訝しげに俺を見てくる。
ヤバイ、どうしよ……。
「こ、この子達は最近私の友達になった子達なのよ! それで、ついさっきアンタ達の事が話題になって、それでよ!」
リーン、ナイスフォロー!
しかしカインは更に眉をひそめて、俺とレオンを見てきた。
「でも、それで俺の事が分かるわけねーじゃん。初対面なのに名前呼ばれたぜ?」
「カ、カインの事も話したのよ! ホラ、アンタだけ私の事ママって呼ばないじゃない? だからこの子もそれで分かったのよ、さっき私の事ねーちゃんって呼んだから!」
成程、悪くない言い訳だな。
と、リーンが言い訳するハメにさせた俺が上から目線で内心頷いていると、何故かカインがドン引きしたように。
「ねーちゃん……散々ママって呼ばないでってアイツらに言ってるのに……もしかして、俺にもママって呼んで欲しかったのか……?」
「ちちち、違うわよ!?」
あらぬ誤解を受けたリーンは、首と両手をブンブン横に振る。
ちなみにコイツ、確かに口ではママと呼ばれたくないと言っているのだが、実際にママと呼ばれると案外まんざらでもないような顔をするのだ。
無論、そんな事をここで言ったら顔面にリーンの拳が沈むので言わないが。
そんなリーンをジト目で見ていたカインは、やがてため息をついた。
「……ねーちゃん。俺達はにーちゃんのおかげでこうして働いて、前よりはいい奴になれたと思う」
「え? そ、そうね。本当に偉いと思うわ」
唐突に自分の肩に掛けている鞄を見ながらカインが言うと、リーン少し首を傾げた後コクリと頷いた。
何だか唐突にいい話の雰囲気になってきたが、
「それなのに、ねーちゃんはこうして遊んでていいのか?」
「ッ!?」
その爆弾発言にリーンが笑顔のまま固まった。
「いや、別に友達と遊ぶのが悪いって言ってるわけじゃねえんだ。だけど最近のねーちゃん、俺達をほっぽってよくどっかに行くだろ?」
「ッッ……!」
「一応俺でも下の奴らの世話は出来るから、ちょっとは外に出てもいいけど、もし今日みたいに遊びに行ってるんだったらそろそろ控えとけよ? このままじゃ皆に愛想尽かされるぜ?」
「ッッッ……!!」
カインのド正論のオラオララッシュをモロに食らい、リーンの身体が小刻みに震え出す。
「……ッ……」
(オイ、リョータ! あのリーンが今にも泣き出しそうになっているぞ!?)
(それだけカインによるダメージがデカかったんだ!)
普段の俺なら『止めて、リーンのライフはもうゼロよ!』とお決まりの台詞を言い放って仲裁に入るのだが、もしコレを実践したら更にややこしくなりそうだ。
それにしても、リーンがしょっちゅう孤児院から抜け出すのは俺が原因じゃないだろうか?
だとしたら流石に申し訳ない。
しょうがないない、ここは……。
そう俺は意を決すると、少し喉を絞って前に出た。
「違うのよカイン君! リーンはね、そこのお姉ちゃんを助けてくれたの」
「我……?」
「あん? どういう事だ?」
俺に指を差され驚くレオンと怪訝な顔なカインに、俺は笑顔をキープしたまま応えた。
「実は彼女、最近ストーカー被害に遭ってたの。だから最近、リーンちゃんはよくこの子の所に来てくれて守っててくれたのよ」
「そ、そうだったのか!?」
勿論嘘である。
「ホラ、あなたからも説明してあげて!」
「え、あっ、んん……! そ、そうだ……わよ! リーンはわれ……わたしがストーカに襲われそうになっても、何度も助けてくれたの……よ」
俺の意図を察したレオンは、慣れない口調と早口で言う。
それがおかしくて噴き出しそうになるが、何とか持ちこたえた。
「えっと、じゃあアンタは?」
「……私は面白そうだったから二人に付きまとってたの」
「ええ……」
俺の返答にドン引きしていたカインだったが、納得したように頷くとリーンの側まで寄り。
「ねーちゃん悪い、俺勘違いしてた!」
「えっ、あの、その……」
「ホ、ホントゴメンな? それじゃ、俺仕事があるから!」
「あっ、カイン……!」
リーンはカインに素直に謝られた事に戸惑っている。
そしてカインは、呼び止める前に走って行ってしまった。
「…………」
カインの小さくなっていく背中を呆然と眺めているリーン。
真実が違うとは言え、カインにそう思われていたという事実にショックを受けているのだろう。
どうしよう、凄く申し訳ない。
俺はリーンの肩に手を置くと、微笑みながら話し掛けた。
「なあリーン、もし孤児院の仕事大変だったら俺に言えよ? 都合が合えば、掃除とか料理とか子供の面倒見るとかするからさ」
「……アンタのせいで大変なんでしょうが」
まったくですね、はい。




