第十八話 女の子は今日も難解だ!④
この女体化の原因を探る為、リムの母ちゃんが経営するポーション屋さんに向かう事になった。
だがしかし、ここで第一関門。
「流石に寝間着姿で外に出る訳にはいかないが……」
「どうやって着替えよう……」
レオンの言う通り、今の俺達は完全にパジャマ姿。
なのでまず着替えないといけないのだが、今の俺達は女の子。
どうしても着替える際自分の身体を触ったりしなければいけないし、見なければならない。
無論俺はその事には万々歳なのだが……。
「分かってるでしょうね?」
「ケッ、言われなくても」
俺達の背後で、リーンが睨みつけてくるのだ。
「ハァ……着替えまで監視されないといけないなんてなぁ……。オマケにこのグチャグチャなリーンの部屋に居なきゃいけないし……ってか、いつまた汚した!?」
「そ、そんな事今は関係ないでしょ!? 私だって本当はアンタなんかを部屋に入れたくなかったわよ!」
足の踏み場が殆ど無いリーンの部屋には山積みの本や紙、衣類などが散布しており、この光景を見る度リーンを残念に思ってしまう。
ていうか、この前掃除したばっかだってのに、どうしてこの短期間で汚く出来るのだろう?
しかも普段リーンは孤児院で生活しているというのに……もはや才能の域だ。
「ハイ」
なんて思ってると、リーンが俺に何かを投げ渡してきた。
「何コレ……スカート?」
それは紺色を基調とした無難なスカートだった。
つまりリーンは、俺にコレを着ろという事らしい。
しかもこのスカート……。
「……いいのか? コレお前のじゃん」
「本当はすっっっっっっごく嫌だけど、緊急事態だから仕方がないわよ。それにわざわざ新しく買うお金も勿体ないし。ホラ、それ履いたらいつものあの服でも着てなさい」
本当に嫌そうな顔をしているが折角の心遣いだ。
本音はミニスカートを履くなんて嫌なのだが仕方ない。
「ホラ、レオンはコレ」
「じょ、冗談だろう!?」
なんて思いながら渡されたスカートを見つめていると、横からレオンの悲痛な声が聞こえてくる。
チラと見てみると、レオンの手に持っていた深紅のワンピースに視界に入った。
「ブフッ! レオンお前それ着るのかよ!? いいじゃん、絶対に合うぜ!」
「うるさいぞ! 我だってこんな恥ずかしい服など着たくないわ!」
「ちょっと、それ私の服なんですけど!? 文句があるなら聞こうじゃないの!」
思わずからかってしまった俺の言葉にレオンが顔を真っ赤にして反応したが、服の持ち主であるリーンに言われ押し黙った。
「ああもう、サッサと着なさいアンタ達! ちゃんと目を瞑ってるか確認するからね!」
「目を瞑って着替えるなんて芸当、お前みたいなチート野郎じゃなきゃ不可能であって……」
「いや普通に出来るでしょう! 逆に出来なかったらビックリよ!」
「ちぇ」
コイツは本当に厳しいな。
いいじゃないか、この女体化という人生で二度もないような体験なのだから、自分の胸ぐらい見たり触ったりしてもバチは当たらないのに。
なんて心の中でブツクサ文句を言いながら、俺は目を瞑ってスカートを履き、俺の部屋から持ってきたパーカーを着てやっと目を開けた。
うわスゲえ、スカートってこんなにスースーするんだ。
何か下半身が心許ない。
なんて思いながら、腰まで無造作に伸びている長い髪を縛ろうとしたのだが、どうも難しい。
男の俺が自分の後髪を結う事など皆無。
どうしよう、そう俺が手こずっていたときだった。
「貸して」
「あっ、ちょっ」
いつの間にか側に来ていたリーンが俺の手から髪紐を奪い取ると後ろに回り込み、手で俺の髪を梳かし始めた。
ここで何か言うのも野暮なので、俺は黙ってされるがままになる。
しかし、何だろうこの感じ。
誰かに髪を梳かして貰うのって、どことなくくすぐったくて気持ちがいい。
リーンに緊張しているのがバレないようポーカーフェイスで堪えていると、やがて髪から手が離れた。
「はい、こんなんでどう?」
「おー」
壁に立て掛けられた鏡を覗いてみると、そこにはパーカーにスカートと、どことなく日本っぽい格好をした黒髪ポニーテールの美少女が。
「何か都会のJKみたいだ」
「じぇーけー?」
「いや何でも。それにしても……俺、普通に美人だよなぁ」
自分で言うのも何だが、この超絶美人であるリーンと並んでいても差し支えない。
というか、メチャクチャ絵になっている。
何だろう、普段の俺と今の俺とで雲泥の差があうように思う。
ここは素直に喜んでいいのだろうか?
「はい、レオンも出来たわよ」
「う、うむ……」
と、今度はレオンの髪も終わったらしく、俺の隣に移動し鏡を覗く。
「…………」
「プッ……ツインテール……」
鏡を見て固まるレオンに、俺は思わず噴き出しそうになる。
何故なら、頭の両サイドに結ばれたお下げに大きなリボンが付いているからだ。
正直胸がキュンキュンしてしまうぐらい可愛いのだが、これをレオンがさせられていると思うと……ヤバイ、笑いが……!
「さあ、着替え終わった事だし、ポーション屋さんに行くわよ」
口を押えている俺の脇で、パンパンと手を払ったリーンが言った。
「お、おう……ブフッ!」
「貴様いい加減にしろよ!? 例え性別が変わったとは言え、我のシャドウの力は健在なのだからな! オイ、こっちを見ろリョータッ!」
「――う~ん、私でもよく分からないわ~」
「そうですか……」
所変わってポーション屋さん。
椅子に座らされた俺は、リムの母ちゃんに色々調べられたのだが、結果はこうだった。
「ゴメンナサイね~、力になれなくて~」
「いや、寧ろこっちこそ急にすいません。いきなり女になったって言って来たのにすぐに信じてくれて、オマケに色々調べて貰っちゃって」
「いいのよ~」
相変わらずニコニコしているリムの母ちゃんの変わらなさに少しだけ安心すると、俺は自然に腕を組んだ。
「さてと、これからどうしようか……」
「アンタ、今わざと腕組んで胸の感触確かめようとしたでしょ」
「…………」
リーンの観察眼が凄まじい件について。
っていうか、腕組むのもダメなのかよ。
色々女の子って不便だな……いや、普通の女の子ならいいのか。
俺が渋々手を膝の上に置くと、リムの母ちゃんが頬に手を当てる。
「でも、魔王様とレオン君はその女体化する薬を間違って飲んで、こうなっちゃったんでしょう? だったら、ずっとこのままって事はないと思うの~」
「ほ、本当か!?」
その言葉に、隣の椅子に座っていたレオンが食いついた。
「ええ。例えば強化系のポーションは、どんなに高品質で強力な物でも時間が経てば効果が切れちゃうじゃない? きっとその薬も制限時間があるのよ~」
「……そういえば、あの時ルボルって薬打って変身したけど、元の姿に戻ってたよな?」
「ああ。ならば我らが飲んだ薬も、いずれ効果が切れて元の姿に戻るという事だ!」
レオンが拳を握り締め喜ぶ脇で、俺も安堵のため息をついた。
しかし、折角こんな超絶美人になれたのだから、元の姿に戻る前に自分の身体を色々調べてみたい。
まあその前に、リーンを何とかしないといけないのだが。
「だけど、流石にいつ効果が切れるか分からないから、これから色々個人的に調べてみるわ~」
「本当にすいません、サラさんには全然関係ない話なのに」
頑張るぞいとガッツポーズをとるリムの母ちゃんに、俺が頭を掻きながらペコペコすると。
「関係あるわよ~。だってあなたはリムのお兄ちゃんなんでしょう~?」
「へ?」
「私、知ってるんだから~。最近リムがあなたの事をお兄ちゃんって呼んでることぐらい。よかったわね~、この前お兄ちゃんって呼んで欲しいって言ってたものね~」
「……!」
リムはこの人の前では俺をお兄ちゃんと呼ぶのは控えていたはずだが、母は何でも知っているという事なのだろうか。
しかし、なんと心の広い人なのだろう。
自分の娘だけでなく、俺の事までも祝福してくれるなんて。
そう感激していると、リムの母ちゃんがにこやかに言った。
「何なら本当に兄妹になったらどう? それで、私があなたのお母さんって事で~」
「ッ!? わぁい、ママ――ぶふぇふッ!?」
「もう、何言っちゃってるんですか~。この変態にはそういった冗談は通じませんよ~?」
リムの母ちゃんのバブみを感じようと両手を挙げた瞬間、リーンに後頭部を掴まれそのまま床板に顔面を叩き付けられた。
痛っっっっっっっってえええええええええええええ!?
は、鼻が……鼻が潰れる……!
畜生コイツ……マジの力でやりやがった……!
「……い、いや、普通に冗談に決まってんだろうが、流石にそこまでの変態じゃないぞ俺は……」
「さっきっから自分の胸を揉もうとしてる奴が何言ってんのよ」
床板に顔面を埋めながら籠もった声で抗議するが、リーンはグリグリと足で後頭部を押さえつけてくる。
「オイコラ、何人の頭足でグリグリしてんだよ、俺はMでもねえぞ、至ってノーマルだ……。だから絶対にありがとうございますなんて言わねえからな……」
「もし本当にそう言ったら、アンタの頭潰してるからね?」
ヤバイ、声がマジだ。
そろそろふざけるのも大概にしとこう。
「ハアアァァ……何をしているのだ貴様らは。見ていて恥ずかしい……」
リーンがやっと足を退かし、鼻を押えながら起き上がると、レオンが肺の空気を全て吐き出す程のため息をついた。
ううん、反論出来ない。
とその時、リムの母ちゃんが俺とリーンを交互に見ながら。
「二人とも、本当に仲良いわね~」
「「いや、それはおかしいから」」
こっちは流石に反論出来た。