第十七話 実験は今日も怪しげだ!⑪
「リョータよ。我はつくづく思う事がある」
「何だ?」
真っ直ぐ前を見つめて言うレオンに、隣に立つ俺も同じく真っ直ぐ前を見ながら訊き返した。
「貴様が来る前まで我らはあんな者達と戦っていて……よく生きていたとな」
「……そうだな。アイツらが普通に殺しに掛かって来たら、多分一月で魔族滅ぶだろうな」
「あ、あの、そんな事は絶対にしませんから、そんなに離れないで欲しいです」
と、こちらの会話が聞こえたようで、離れた場所にいるレイナが苦笑いを浮かべながら言ってきた。
……レイナの必殺技をモロに食らったルボルは、気絶したことで薬の効果が切れたのか、すっぽんぽんの状態で元の人間の姿に戻っていた。
しかし薬の副作用か、肌は土色に変わり痩せ細っている。
そんなルボルを、屋敷の崩壊の報告を聞きつけた騎士団が捕縛していた。
どうやら何も知らない使用人さんが報告したようで、エルゼがその対処に当たっている。
「やあ、久しぶりだね」
そしてその騎士団の中には、勿論アイツもいた。
「おー、数ヶ月ぶりか?」
「……リョータ、何なのだこの無駄に煌びやかな者は……?」
「君は初めて見る顔だね。初めまして、僕はアルベルト。フォルガント王国の騎士団長さ」
気さくに話し掛けてきたアルベルトに、警戒心マックスのレオンがコソコソと耳打ちしてくる。
誰だって、その真珠のような光沢を放つ鎧を着ているアルベルトを初見でみたら、こういう反応になるだろう。
そんな趣味の悪い鎧を着たアルベルトが自己紹介すると、納得したようにレオンがポンと手を打った。
「ああ、何時ぞやリョータが意気揚々と語っていた、根は良い奴だけどレイナにフラれ此奴にボコボコにやられた騎士団ちょむぐう!?」
「ストーップ! ストップレオンー!」
そうだ、確かコイツにそんな事話したんだった!
余計な事を言いだしたレオンの口を慌てて塞いだが、アルベルトは忌々しそうに俺を睨んできた。
「どんな話をしたんだ君は……確かに君に負けて考えを改めたけど、君も大概だからな?」
「すいません……」
以前より親しみやすい印象が出たアルベルトの正論に、俺は素早く頭を下げた。
ため息をついたアルベルトはじゃあと片手を上げると、レイナ達の元へ駆け寄っていく。
「レイナ様、後は我々が対処いたしますので」
「はい。ありがとうございます、アルベルトさん!」
「くうぅ……! やはり今日もレイナ様は美しい……!」
「ア、アハハ……」
レイナのエンジェルスマイルに胸を押え、オーバーなリアクションをとるアルベルト。
うん。やっぱりウザかった。
そんな光景を遠巻きに見ていると、レオンのマントを羽織ったフィアがこちらに来た。
「あの、レオン……。さっきは助けてくれたり、このマントを貸してくれて、ありがとうです……」
「ああ……」
「だけど、私はまだまだです……他の皆と比べて、私はサポートしか出来ないですから……」
しかしお礼を言いに来たフィアはどことなく浮かない様子。
多分、さっきルボルに捕まったり、助けてくれたレオンに回復魔法を掛けて逆に消滅させてしまいそうになったことを申し訳なく思っているようだ。
「……まあ、最終的に貴様がいなければ、我らはとっくにルボルに殺されていた。だから気にすることはないのではないか?」
「レオン……?」
「か、勘違いするのではないぞ! 我は貴様などに感謝などしてない! それに先程回復魔法で消しかけられたこと、まだ許していないからな!」
そんなフィアに対し、レオンはツンデレの教科書宜しくの態度でフォローした。
「あと、特別にそのマントは貸してやろう。その下が裸の貴様に対し、我はこの場で返せなど鬼畜な事は言わぬ」
「……いやおい、何で俺を見ながらそんな事言うのか聞こうじゃないか」
流石に俺だってそんな事しない……しないんだからね!
失礼な視線を向けてくるレオンを睨んでいると、フィアが少しだけマントの襟を自分の顔に寄せながらポツリと。
「あ、ありがとです……ちゃんと綺麗に洗って返すです」
「……聖職者だからと、血迷っても聖水で洗うのではないぞ」
「そんな事しないですよ!?」
「ならいい……それより貴様、何故顔を赤くしている?」
「な、何でもないです……」
……ん?
何だろう、この空気。
「本当か? まさか何かルボルの薬の影響で体調が……」
「~~~~ッ! ほ、ホントのホントに大丈夫ですぅ!」
顔をズイッと寄せたレオンに、フィアが耳まで顔を赤くしながらバッと後退る。
何だ……? 何だよこの甘酸っぱい感じ……!?
こっちまでキュンキュンしてしまうこの感じ……。
まさかコレは……ラブコメの波動!?
って事は、フィアの奴レオンの事……。
「なあなあ、フィア」
「な、何ですか魔王……?」
未だに若干頬を赤らめているフィアに、俺はコッソリ耳打ちした。
(レオンってニブチンのクセに結構モテるからさ、責めるんだったら積極的にいかないとダメだぞ?)
「なななな、なあああああああ!?」
そんな俺のアドバイスに、フィアは分かりやすい反応をした。
「……リョータよ、フィアに何を話した?」
「べっつにー?」
やり遂げた顔で戻ってきた俺に、レオンが訝しげに訊いてきた。
聖職者とヴァンパイアの禁断の恋……。
別に、『はぁ? リア充爆発しろ』などと古いことは言わない。
俺が嫌いなのは、リア充という互いのカーストを確立するために付き合っている、男女交際などと言ったただの共依存だ。
だが完全にレオンを意識し始めているフィアには是非頑張って貰いたい。
だって俺、こういった甘酸っぱいラブコメ大好物だもの。
「オイ、サッサと立て!」
そんな事を思っていると、横から騎士の怒声が聞こえてきた。
「クソ、ここまでか……僕は……」
振り返ってみると、手錠を掛けられたルボルがたった今連行されようとしていた。
ゆっくりフラフラと歩くルボルの目には、悔しさが滲み出ている。
「なあ、アイツはこの後どうなるんだ?」
俺が駆け寄りながら訊くと、真面目な顔をしているエルゼが応えた。
「申請無しに危険な薬を大量に創り出し、更に貴族が実の親を殺したんだ。かなりの罰を受けることになるだろうな」
「そうだよなぁ……」
「どうしたのさ、魔王君?」
骨が浮かび上がる背中を遠巻きに見ていた俺に、側に居たジータが不思議そうに訊いてくる。
……アイツは、ユニークスキルという存在に嫉妬していた。
さっき戦っていたときにコイツは叫んでいた、ただ生まれ持った才能があるだけの奴が偉そうにするなと。
…………。
「オイ、ルボル」
俺が駆け寄って呼び止めると、ルボルは嫌な顔をしながら立ち止まった。
「何だ……? この無様な僕をわざわざ笑いに来たのか……? さっき騎士の奴らから訊いたが、お前は本当に魔王だったんだな……。いいぞ、どうせ僕は負け犬だ、魔王らしく好きなだけ笑え……」
と、力ない声で自嘲するルボル。
ああもう、そんな事言われると調子狂うな……。
俺はその言葉にバリバリと頭を掻くと、ルボルの目を真っ直ぐ見ながら話し出した。
「確かに俺達は、ユニークスキルや魔眼っていう才能を持って生まれてきた」
「……ッ」
その言葉に、ルボルの眉が動く。
「そりゃあ、お前から見たら才能を持った奴らなんてウザいだろうよ。頑張りもしねえで初めからその能力を持ってるような奴らはよ。いくら頑張ったとしても、生まれ持ってしまったもんはしょーがねえ」
俺の言葉に、ルボルは唇を噛み締めながら呟く。
「分かってる……分かってるさ、そんな事とっくに……!」
そんなルボルに、俺はニカッと笑いながら言ってやった。
「ああ。でもお前は、それを知っていながらも、何年も頑張り続けてきただろ?」
「……ッ!」
「例えその頑張りの動力が父ちゃんへの恨み嫉みだとしても、ユニークスキルを持っていない奴が一人でここまで出来るなんてスゲえよ。素直に尊敬する」
「お前……」
顔を上げて目を見開くルボルに俺は、ビシッと指を差しながら。
「いいか、これだけは覚えておけ! お前はただユニークスキルを持っている人間よりも凄いし偉い! だからこれから才能を持ってる奴に何言われたって、堂々と胸を張って言え! テメエに出来るもんならやってみろってな!」
「…………」
顔を伏せて黙り込むルボルに、俺はクルリと背を向ける。
「言いたかったのはそんだけ。精々臭い牢屋の中で俺の事恨んでな」
「……魔王なら魔王らしく、その言葉だけ言って蔑んでいればいいものを……」
最後にポツリと言ったルボルの声が、若干鼻声だった気がした。
――ルボルが去った後。
「それよりさっきも言ったけど、なぁに世界最強様が幽霊なんかにビビってんだよ?」
俺はアラコンダ郷の屋敷の前で、レイナ達にジト目で言った。
「い、いやぁ? 別にボクは、ぜーんぜんビビってなんかないけどね?」
「逆にアレでビビってないって言い張れるお前にビビるわ」
鼻を鳴らしながらやれやれと首を振るジータだが、滝のような汗がまるで隠せていない。
それに比べて、レイナはシュンと俯いていた。
「ゴ、ゴメンナサイ……私、昔からそう言った話が大の苦手で……」
「まあ、レイナは何となく分かるけど……」
と、俺がエルゼに視線を移すと、当の本人は顔を真っ赤にしながら腕をブンブン振り回す。
「だ、だってよぉ、ゴースト系のモンスターは物理攻撃が効かねえんだ! だからアタシじゃ対処できないというか……その……」
徐々に声のボリュームが小さくなっていくエルゼを横目で見ながら、俺は隣のレオンにコッソリと。
「レオン、ああいう男勝りな女の子って以外とビビりだったり、可愛いのが大好きだったりするんだ。それを俺の故郷ではギャップ萌えって言うんだぜ?」
「ぎゃっぷもえ?」
「ああ。アイツ絶対猫とかウサギとか大好きだろうし、そういう系のモンスターは絶対倒せないだろうな」
「聞こえてんぞコラァ!」
おっと、図星のようだ。
顔を赤くするエルゼが睨みつけてくる中、ジータが屋敷の方を見ながら胸を張った。
「まぁとにかく、色々あったけど結界オーライって事だね、うん!」
「色々ありすぎたわ! こちとらただ報酬金の話しに来ただけみたいなもんなのに、スゲえ疲れたよ! つーか死にかけたよ! ってかお前今回風魔法一発放っただけだったクセにドヤ顔してんじゃねえよ!」
「な、なんだとー!?」
「貴様ら、いい加減落ち着け……」
ギャイギャイと俺とジータが喧嘩していると、レオンがゲンナリと仲裁に入った。
「とりあえず、今日は早く帰るぞ。ルボルの触手のせいで全身が臭いのだ」
「そういや俺の手も臭いままだったわ。早く帰って風呂入ろ……」
ん? 急に鼻がムズムズしてきた。
「ちょっとゴメン……へぷちょい!」
「何ですその無駄に可愛いくしゃ……み……」
「それカインにも言われたんだけど、そんなに、か……オイ、どうしたんだよ?」
急に静かになった皆の顔を、俺は首を傾げながら見る。
「何だよ、そんな人の顔見て目ぇ見開いて」
「ま、、魔王君、ソレ……!?」
「えっ? まさか鼻水出てる!? 恥ずかし!」
「ま、魔王さん! 鼻水ってレベルじゃないです!」
「もう何!? お前らどうしたんだよ!?」
変に顔を青ざめてアタフタしている皆に違和感を感じつつも、俺はなんとなくこめかみを押え……。
……ん? 何でこめかみが濡れてんだ?
何故か掌に湿っぽさを感じた俺は、ゆっくりと自分の掌を見てみる。
すると俺の掌には、べっとりと血が付着していて……。
血が……付着していて……。
血が……。
――――。
「なああああああああッ!? リョータがこめかみから血を流して倒れたああああ!」
「えっ、何で!? どうしていきなり!?」
「多分瓦礫に巻き込まれた時に打ったんです! それがさっき、魔王がくしゃみで力んだことによって傷口が開いたんです!」
「ぁ……ぁ……!」
「オイ、コイツ泡吹いてるぞ!? 大丈夫なのかコレ!?」
「い、今すぐ回復魔法を掛けるです!」
「魔王さん、しっかりー!」