第十七話 実験は今日も怪しげだ!⑨
「…………」
しばらくの間、この研究場に静寂が流れる。
俺とレオンが堂々と名乗ったことによって、ルボルが目を見開いて固まっているのだ。
それはそうだろう、今自分が相手にしているのは魔王と四天王なのだから。
先程汚らわしいと蔑んでいた魔族の王様が目の前にいるのだから。
俺とレオンはドヤ顔をキープしたままルボルの反応を待つ。
しばらくして、固まっていたルボルの口が僅かに動く。
そして一言。
「とぼけるな」
「「あれぇ!?」」
その言葉に俺達は、自分を指差し素っ頓狂な声を上げてしまった。
「ただの魔族と冒険者じゃないと言ったが、前言撤回だ。嘘をつくにしても、もっとマシなのがあるだろう……」
「いやいやいや、俺本物! 本物の魔王なんだよ!」
「リョータは最近魔王になったばかりだが、その前から四天王をしている我ぐらいは分かるであろう!?」
「知らない。そもそも魔王や四天王なら、もっと強く威厳があるだろう」
……。
そこを突かれたらお終いだよ。
「大体、もしその話が本当だとして、何故魔王と四天王がこの屋敷に来ている? 元々お前は、翡翠の実の採取クエストの報酬金の交渉をするためにここに来たんだろう?」
「いや、それには、かくかくしかじかな事情がてんこ盛りで……! ああもう、一から説明するの難しいな……!」
と、俺が頭を掻きむしっていると、考える仕草をしたルボルが納得したように頷いた。
「ああ、分かった。お前達は宮廷から僕を調査しに来た諜報員だな?」
「いや何言ってんの?」
「フン、今更とぼけても無駄だ。最近、僕の情報が密かに囁かれていたのは知っていた。まあ、僕はすぐに収まるだろうと思っていたが。……だけどその話を耳にし気に掛けた上の連中が、お前達をここに送ったんだ。となると、翡翠の実の報酬金の話は、僕の屋敷に侵入するための口実だな?」
違ーう、報酬金の話以外全部違ーう!
違うのに無駄に説得力があるー!
「しかしお前達二人だけでは戦闘になった際に勝てないと踏んで、わざわざ勇者一行を同行させたんだ。まあ、その判断は間違っていないが、幸いなことに四人中三人がありもしない幽霊に怯えて動けないでいる。フッ、どうやら運はこちらに味方したようだ」
それが事実ですって言えるぐらい辻褄が合うんだけど!?
これじゃあもう絶対俺のこと魔王って信じないじゃん!
チラと隣を見るとレオンもフィアも、複雑な顔になっていた。
ルボルはそんな俺達の反応に、やはりか……と、はなから丸々間違っているのに得意げに笑っていた。
「だが、まさか魔族を宮廷職に迎えるとは。この国も落ちたな」
「何だと貴様?」
完全に俺が魔王だって事を信じてないのか、わざわざ俺達に聞こえる声で言ってきた。
そしてその言葉に反応したレオンに、ルボルは訝しげに訊いた。
「そもそも、貴様はヴァンパイアなのだろう? なら何故さっきその聖職者を助けた? 本来、ヴァンパイアと聖職者は互いに相容れぬ存在のはずだ」
「…………」
「レオン……?」
レオンはそう言われ、後ろで大事な部分を腕で隠し蹲っているフィアを一瞥する。
「……確かに。我は貴様と同じく、聖職者が嫌いだ」
そして、ルボルに向き直ると、静かに淡々と語り出した。
「我ら魔族は古来より魔王の野望に振り回され、世界征服の片棒を担いでいた。だが戦争が終結し、この男が魔王となってから、我らはもう二度と世界征服はしないと誓った。それでも彼奴らは、たかがその種族でこの世に産み落ちただけで、一方的にこちらを汚らわしい悪だと決めつける。神を崇めているクセに神を言い訳に、自分の都合の良いように解釈する。それが聖職者だ」
「……ッ」
心当たりがあるのか、フィアがレオンの話に息を呑み表情を暗くし、逆にルボルは少しだけ嬉しそうにうんうんと何度も頷いた。
「魔族風情の貴様でも分かっているじゃないか。そう、お前達魔族と同じく、聖職者もこの世から消え――」
「だがな」
「ッ」
意気揚々と語り出そうとするルボルを、レオンが一睨みで制した。
「我ら魔族を愚直する今この時点で、貴様も彼奴ら同じだ。いや、貴様の方がよっぽどの悪だな。何故なら貴様は神を崇めるだけの聖職者と違い、ただ反りが合わず、自分はユニークスキルを持っていなかったという嫉妬の念だけで、実の父を手に掛けたのだからな!」
「何だとお前……!」
顔を怒りに染めていくルボルを一瞥したレオンは、自分の纏っているマントに手を掛ける。
「あとちなみに言っておくが、聖職者の全てが我らが思うような気色悪い連中ではない。仲間の聖職者に不快なことをされようと、我ら魔族と友好な関係を築こうとしている者もいるのだ」
「レオン……んぶ!」
そして目を見開いているフィアに自分のマントを乱暴に投げ渡すと、
「リョータ! 我が時間を稼ぐ! その後は分かっているな!?」
「ちょっ、レオン!?」
最後に俺にそう言い残し、ルボルに向かって突っ込んで行った。
あの野郎、昼間の雑魚モードの状態で一人で!
それにさっき擦った腕の傷だって……!
「お前みたいな奴が……ユニークスキルを持った奴が……!」
顔を伏せ、呪詛を唱えるかのようにブツブツと呟くルボルの瞳に、異常なまでの殺意が見て取れた。
「ただ生まれ持った才能があるだけの奴が、偉そうにするなああああああああああああああッ!!」
そしてレオンを貫こうと、大量の触手がまるで槍の雨のように降り注いだ。
「ッ!」
「隠れるな、出てこい!」
レオンはすぐさま攻撃を躱そうと影の中に飛び込む。
それに対してルボルは、攻撃が当たらない憤りのあまりか、関係ない実験台や壁まで破壊しだす。
「魔王、どうするです!? このままじゃレオンが……!」
「チクショー、レオンが身体張ってるんだ! 何か考えるっきゃねえか……!」
その光景を見ながら、俺は思考を巡らせる。
出入り口の前に立っていたルボルが化け物になったせいで、もう逃げ出すことは絶望的。
ならばやはり、俺達で倒すしかない。
フィアの攻撃はあまりダメージが入らず、防御しようとバリアを張ってもさっきの薬で溶かされる。
オマケにこの格好だ、ちょっと動いただけでポロリしてしまうかもしれない。
せめて、上の階にいるレイナ達にこの状況を知らせられたら……!
そう、上の階の……。
アレ? そう言えばここの真上って……。
「フィア! さっきの光の弾丸、最大出力で出せるか!?」
「え、ええっと、ソウル・ブラストの事です? 一発ぐらいなら放てるですけど、アイツを倒せるかどうかは分からないです……」
「いや、直接アイツに当てなくていいんだ」
「ど、どうしてです?」
「いいから、ちょっと耳貸せ……」
ルボルがレオンに気を取られている隙に、俺は今思いついた作戦をフィアに伝える。
「確かにそれなら……いや、ですけど! 一か八かですよ!? それに、魔王やレオンの身にも危険が……!」
作戦の内容を聞いたフィアは一瞬目を輝かせたが、すぐに慌てたようにアタフタしだす。
「しょーがねえだろ、それしかない。このままあの野郎に殺されるより、一か八かでも賭けた方が後味良いからな!」
「で、でも……!」
「大丈夫、俺は童貞のまま死ぬような男じゃないから!」
「この状況でサイテーな事言ってるですよこの男!」
ガッツポーズを取る俺に、フィアが目をバッテンにしてツッコんでいた時。
「くっ……!」
「……成程、お前は影の中でしか動けないようだな。それなら――!」
影を伝って逃げ回るレオンに、そう独り言を呟いたルボルは、触手で両脇に設置してあったランプのような照明を叩き壊した。
灯りが無くなったことにより、レオンが潜り込んでいた影が消える。
「なっ!?」
そしてレオンは地面から吐き出されるように、空中に放り出された。
「しまっ――ぐあァ!?」
「ハッハッハ! 捕まえたぞ小バエめ!」
その瞬間を狙ったルボルの触手はあっという間にレオンを締め上げる。
「丁度良い。お前もユニークスキルを持っているなら、これを飲ませてどうなるかを実験しよう……!」
まるでレオンをおもちゃのように見ていたルボルは、そう言うとまたまた怪しげな瓶を取り出した。
今の独り言から推測するに、間違いなくアラコンダ郷に飲ませたという、ユニークスキルを暴走させる薬だろう。
畜生、時間がねえ!
「フィア、例の合図したら撃てよ!」
「わ、分かったです!」
「いくぞ、『ハイ・ジャンプ』ッ!」
俺は足に力を込めると、スキルを使ってルボルに突っ込んで行く。
「と、その前に、まずはお前からだ自称魔王!」
「誰が自称魔王だこのマッドサイエンティスト! っておわあ!?」
しかしルボルの触手が真っ正面から、槍のようにこちらに迫ってきていた。
だけど俺は――!
「『アクア・ブレス』ッ!」
ルボルではなく、自分の足下目がけて全力のアクア・ブレスを放つ。
すると一瞬、水の勢いによって俺の身体がフワッと浮かび上がる。
「何っ!?」
そして俺の居る真下に触手が空振った事により、勢い余って地面に突き刺さり、動きが止まった一瞬の隙に、俺は触手の上に乗る。
「もういっちょ『ハイ・ジャンプ』!」
そして触手を踏み台にもう一度飛び、ルボルの目の前まで迫った。
それを見たルボルは焦ったように目を見開いたと思いきや。
「こうなったら……!」
「なぁっ!? 卑怯だぞ貴様ぁ!?」
触手でグルグル巻きのレオンを盾にしてきた。
が、俺は躊躇せず掌をかざす。
「レオン、悪い!」
「止めろリョータ、早まるな! 我ごと攻撃するつもりか!? 見損なったぞおおおおおお!」
本気で巻き添えを食らうと思っているのだろうか、涙目になってバタバタするレオンに、俺は叫んだ!
「『フラッシュ』――ッ!」
「「ぎゃああああああ!?」」
目の前で放たれる強烈な光は、レオンとその後ろにいたルボルの視界を奪う。
そして今の閃光魔法は、フィアへの合図でもあった。
「『ソウル・ブラスト』――ッッ!!」
ステッキから放たれた、一回り大きくなった光の弾丸は、ルボルではなくその真上の天井に直撃する。
聖職者と言っても流石は勇者一行のメンバー。
強力なフィアの魔法が直撃した天井は、ガラガラと大きな音を立てながら崩れ落ち、
「こ、小癪な真似を――お、おおおおおおおおお!?」
ルボルの頭上に、瓦礫と共に真上の書斎にあった本や本棚がなだれ落ちてきた。
瓦礫や本が雨のように落ちてくる中、レオンの触手に飛びついた俺は、満面の笑みを浮かべて言った。
「レオン、腹に力入れて歯ぁ食いしばれよ!」
「まさか貴様、自分もろとも瓦礫に巻き込まれるつもりで!? ちょっ、待――!!」
そしてレオンの否応なしに、俺達はルボルもろとも瓦礫に巻き込まれ――