第十七話 実験は今日も怪しげだ!⑧
「ぐ……ううぅ……!」
首に注射器を刺したルボルは、こめかみを押え呻き出す。
ここからでも分かるほどコイツの身体中の血管が浮かび上がり、目が真っ赤に充血していく。
そして握り締めていた注射器が、パリンと音を立てて壊れた。
「な、何だ!? 奴は何をしたのだ!?」
「ヤバイ……これ、ダメなヤツだ……!」
ルボルの行動に訳が分からないと混乱するレオンの横で、俺は固まった表情のままゆっくりと首を横に振る。
ま、間違いない……。
これは、よく漫画なんかの敵科学者が最終手段として行うドーピングだ!
「ぐあぁああ……あああああああああああああああああああッ!!」
「ひぅ!? 何です何です!?」
耳がつんざくような悲鳴を上げるルボルの身体が、徐々に膨らんでいく。
いや、それだけじゃない。
肌がまるで鱗のように変化していき、背中やら脇腹やらから触手のようなものが生えていく。
その触手の群れはルボルの下半身を覆い尽くし、まるでヘビとタコと人間を合わせたような、巨大な何かとなった。
「フフッ……ハハハハ! 見ろお前達! これが僕が創り出した、ユニークスキルを持つものに対抗するための力だ!」
「「「…………ッ」」」
触手に持ち上げられ、意気揚々と俺達を見下ろしてくるルボル。
こんなの……こんなのって……。
「どうだ、今の僕の姿は美しいだろう? 力なき者に新たな力を与える、もう一つの最高傑作だ!」
コレは……コレは……!
そんな変わり果てたルボルの姿に、俺達三人が同時にハモった。
「「「キ、キモッ!?」」」
「キ、キモイだって!? 何を言うんだお前達は!」
い、いやだって……!
「な、何このバイ●ハザードのラスボスみたいなグチャグチャな見た目!? コイツを形容する形容詞が見つからないんだけど!?」
「アレのどこが美しいというのだ!? 貴様、感性がぶっ壊れているのか!?」
「無理です無理です、生理的に無理です~ッ!!」
ウゲーッと、ルボルを見てガチ引きする俺達。
リアルだ……ゾンビゲームのCGグラフィックよりも遙かに生々しい見た目だ。
もし飯を食べた直前にコイツを見たら、リバース☆レボリューションすること間違いなしだ。
なんて考えていると、ルボルの上半身がプルプルと小刻みに震え出す。
「ゆ……ゆ……許さないぞ、お前らああああああああああああああああああッ!!」
そして怒りを爆発させたルボルの触手の群れが、俺達に突っ込んできた!
「うひょお!?」
「ぬうっ!?」
「ひゃあああ!」
触手の群れを何とか躱すと、触手が俺達が居た地面に深々と突き刺さる。
もしあんなのをモロに食らったらと思うとゾッとする。
「逃げるなあああああああああああああッ!」
「俺えぇ!?」
今度は俺に対し、極太な触手の横薙ぎが迫ってくる。
「っとお!?」
顔面から地面にダイブすると、俺の後頭部に触手が擦る。
その瞬間何かが壊れる音が後ろから聞こえ振り返ってみると、そこにあった筈の実験台の破片が宙を舞っていた。
「な、なんじゃそりゃー!?」
まるで鋼鉄で出来た槍のように地面を貫いたと思ったら、今度は鋼鉄で出来た鞭のように……!
畜生、完全にマズいぞコレは!
「クッ……こうなったら私がやってやるです! 『ソウル・ブラスト』ッ!」
ステッキを構えたフィアは、真っ正面からルボルに光の弾丸を撃ちまくる。
「どうした、それでも勇者一行か?」
「くぅ……!」
しかし触手が文字通りの肉盾となり、攻撃から上半身を守った。
「ハハハハッ、今の僕は無敵だ! これならきっとレイナ様だって……いや、この国さえ手に入れられる! そうだ、僕は神になったんだ!」
「そうだな、今のお前完全に邪神だよ!」
正確に言えば、クトゥルフ神話に出てくるヤベー奴みたいな。
もし本当にそんぐらいの力を持ってたとしたら、この場から逃げることも出来ない。
「リョータ、何か良い策はないのか!?」
「ゴメン、この状況を打破する手段が全く思いつかない! せめて、コイツの触手をどうにか出来たら……」
この中で一番高火力の技を放てるのはフィアだが、さっきその攻撃が防がれたばかり。
刀で攻撃? いや、懐に飛び込める隙が無い。
じゃあエクスプロージョン(仮)は? ダメだ火力不足。
くそっ、どうすれば……!
「『グレイス・ウォール』! ぐうううぅぅ!」
「ハハハ、守ってばかりじゃないか。どうしたどうした?」
フィアが咄嗟に張った透明なバリアに、ルボルの触手ラッシュが叩き込まれる。
フィアの苦しそうな表情から、凄まじい威力かが分かる。
「レオン、フィアが囮になってる隙にうおあぁッ!?」
「ええい、この触手が邪魔で思うように動けん……!」
と、俺とレオンがその場で動けないでいる時。
「目には見えないが……結界が張られているようだな。ならば……」
そう呟くルボルの手に、何かが握られているのに気が付いた。
魔神眼で見てみると、それは瓶に入った謎の液体。
そしてルボルは、それをフィアに向かってポイッと投げ捨てた。
「な、何です? こんなの私には通じ……っ!?」
その瓶がバリアに当たって割れ、液体が飛び散った瞬間だった。
フィアのバリアが、まるで水に溶ける紙のように崩れていったのだ。
「な、何ですかコレ――ぐうッ!?」
「捕まえたぞ」
「フィアァッ!?」
驚愕に目を見開いていたフィアの隙を突き、触手がキツく巻き付く。
そして俺達が何も出来ないまま、ルボルの上半身の元へ持ち上げられた。
「今僕が投げたのは、魔力によって作られた物質を溶解させる毒だ。それよりお前、聖職者なんだってな」
「だ……だったら、何です……?」
「僕はね、アソコにいる魔族と同じぐらい、聖職者という存在が嫌いなんだ」
ルボルは苦しそうなフィアの顔に自分の顔を寄せると、粘っこい笑みを浮かべた。
「聖職者は僕のように、何かを行動しようとは決してしない。例えばこの国で、とある伝染病が流行ったとする。僕のような人間は、その流行病を治すための特効薬を作るだろう。しかしお前達聖職者は何をする? ただ、存在するか分からない存在に祈るだけだろう?」
「そ、それは……!」
「僕は、何も行動しない奴が嫌いだ。だから僕はこの場所で何年も掛けて研究し成果を出した。神に祈りを捧げただけで、庶民から金を毟り取り、甘い汁を啜ろうとするお前達と違ってな!」
「ぐうッ……ぁぁッ!?」
自分の恨みをぶつけるかのように、フィアを縛る触手をキツくさせるルボル。
こ、この野郎……!
父親殺して、俺達まで殺そうとしてるってのに、何綺麗事抜かしてんだ……!
イラついている俺の事などつゆ知らず、やがてルボルはフィアを舐め回すように見始める。
「しかし、お前は中々の女じゃないか。このまま殺すのも惜しいな」
「ヒ、ヒイッ!? 止めるですこのケダモノー!」
身の危険を感じたフィアがバタバタしているのを眺めながら、ルボルはまた別の瓶を取り出した。
そして栓を開けると、頭から中身をフィアにぶっ掛けた。
「何だ、彼奴まさか直接毒を……!?」
「いや、違う! アレは……!」
俺とレオンは、ルボルの触手の中で藻掻くフィアに釘付けになった。
何故なら、それは……!
「な、な、なあああああああ!? ふ、二人とも、見ちゃダメですーッ!」
フィアの純白のローブが溶け、そこから綺麗な肌が露わになったからだ。
「ななな、何だ!? フィアのローブが溶け始めたぞ!?」
「ま、間違いねえ! アイツ服の繊維だけを溶かす毒を掛けやがったんだ!」
「何だと!? そんなセクハラにしか使わなそうな物まで作ったというのか彼奴は!?」
「だろうな! 神聖な聖職者に触手プレイをさせるギャップに加え、肌の露出が少ない聖職者のローブを溶かす事によって、より一層エロくさせる黄金シチュエーション! くぅ……敵ながらあっぱれなセンスじゃないか……!」
「何堂々と敵を褒めてるですか魔王!? いいから助けてです~ッ!」
おへそや、小ぶりながらも綺麗な胸が徐々に露わになっていくフィア。
それを顔を真っ赤にしながらチラチラと見るレオンに対し、鼻の穴を膨らませガン見する俺。
……おっと、これじゃあアイツと同レベルだ。
「ハァ……ハァ……! いいぞ……いい!」
「うぅ……くうぅ……!」
目をギュッと瞑り身体をよじるフィアを、ルボルがもの凄い形相で見ている。
ってか、アイツもしかして、俺よりスケベなのでは?
「……リョータ、フィアを助けるぞ」
自分達の攻撃が止まったことに気付いたレオンが、そっと俺に言ってくる。
声がヤケに冷たいなと思い、チラと顔を見てみると、レオンの表情が険しかった。
どうやらコイツ、フィアがルボルに辱めにあわされている事にキレているようだ。
普段フィアに対して敵意剥き出しの癖して、ピンチになったら助けようとする。
面倒くさいがいい奴なのだ、レオンは。
「がってんだ」
互いに頷き合うと、俺達はすぐに行動に移した。
俺がレオンの背中におぶさると、レオンは触手によって出来た影に飛び込んだ。
真っ暗闇の影の中、触手の影を伝い真っ直ぐ進んでいく。
「さてと、今はこれぐらいにして……今度はお前達、って居ない!?」
ルボルは俺達が消えたことに気付いたらしく、慌てた声が聞こえる。
「どこだ、どこに隠れている!?」
ルボルが俺達を探すために真下に視線を落としたのと、俺達がルボルの背後の影に移動したのは同時だった。
「今だ、行け!」
「ッ!」
影から飛び出した俺はレオンの背中を足場にジャンプすると、そのままルボルに向かって突っ込んで行く。
「なっ!?」
ルボルが背後に迫ってきている俺に気付くがもう遅い。
飛びかかると同時に、俺は拳をルボルの下腹部にめり込ませた。
「お、前ぇ……!」
俺の手に、ヌメヌメとした生肉の感触が伝わり思わず手を引いてしまいそうになる。
こんな見た目になっているのだ、俺のパンチ一発なんてダメージにもならないだろう。
それなら!
「出力最大、『スパーク・ボルト』――ッッ!!」
「ァガアアアアアァァ!?」
俺の全魔力を振り絞り電撃魔法を放つと、ルボルが苦しそうな声を上げる。
それと同時に、フィアに巻き付いている触手が緩んだ。
「たあッ!」
「ひゃあ!?」
その瞬間を見逃さなかったレオンは触手に体当たりし、完全に自由の身になったフィアを空中で抱き寄せた。
「このッ……魔族風情がァ!」
「クッ……!?」
だが次の瞬間、ルボルの触手の一本がレオンを右腕を穿つ。
「レ、レオン!?」
「離すんじゃないぞ!」
痛みに顔を顰めながらもレオンはフィアをしっかりと抱きかかえ、影を伝って地面に降り立った。
その光景を見て、ルボルは目を見開く。
「まさかコイツもユニークスキルを!? クソッ……!」
父親と同じようにユニークスキルという存在を恨んでいるのか、表情が曇るルボル。
その隙を見て、俺は電撃を流すのを止め立ち上がる。
「それじゃあ俺も退散っと!」
「あっ、待て! 逃げるな、があっ!?」
去り際にルボルの顎を蹴り上げ、着地スキルを使って地面に降り立った。
そして先にフィアを救い出し、腕を押えるレオンの元に駆け寄る。
「大丈夫か、攻撃食らったみたいだけど!?」
「こんなのはただの掠り傷だ。……それより貴様、もの凄い悪臭だぞ」
「え? 悪臭って……っ!? くっさ!? 何コレ、俺の手超くっせえ!?」
鼻をつまんだレオンに指摘され匂いを嗅いでみると、この世の者とは思えない程の悪臭が俺の手から漂ってきた。
「レオン、私の為に……すぐに治すです! 『キュア・ヒール』!」
「フンッ、余計なお世話だああああああああぢいいいいいいいいいいいいいいいい!?」
「あああ! そういえばレオンはヴァンパイアだったです!」
「き、貴様! 数秒も満たない内に恩を仇で返す奴がどこにいる!?」
「ゴメンです、超ゴメンです!」
「うわ最悪だぁ、匂い落ちるのかコレ!? ルボルの野郎、いくら変身したからって臭すぎだろ!? 大丈夫、風呂入ってる!?」
更に腕を痛めたレオンがフィアに対し怒鳴る中、俺は自分の手の臭さに涙目になっている。
そんな風にギャイギャイ騒ぐ俺達を見ながら、顔を真っ青にさせたルボルが叫んだ。
「お前達は……一体お前達は何者なんだ……!?」
「何者だと?」
「ただの魔族と冒険者ではないだろう……!?」
そんな言葉に俺とレオンは顔を見合わせ互いに頷くと、ルボルに向かい合う。
「何者だって訊かれちゃあな」
「ああ。こちらこそ、冥土の土産に教えてやろう」
そして俺達は、渾身のドヤ顔で名乗った。
「我は闇を司り影を操る夜の王。そして魔王軍四天王が一人、レオン・ヴァルヴァイア! そして――!」
「俺がバルファスト魔王国六十四代目魔王、ツキシロリョータ様だ!」