第十七話 実験は今日も怪しげだ!⑥
書斎に向かう道すがら、フィアの後ろに付いて行きながら、俺の考えを説明していた。
「なあレオン。実はルボルの奴がちょっと気になる発言してたんだけど、分かる?」
「何? そんな事を言っていたか?」
「ホラ、言ってたじゃん。華奢な体つきの俺があのクエストを請けたのかって」
「ああ、確かに言ってたな。しかし、それがどうしたというのだ?」
確かに、これだけ聞いても特に違和感はないだろう。
しかし、アイツは墓穴を掘った。
「だって、一応アレは採取クエストだぜ? 華奢な体つきしてるって言われたけど、だからこそ安全な採取クエストを請けたんだよ。なのにアイツの言い草、まるであのクエスト危険だって言ってるもんじゃん」
「……確か、目的地には巨大なヘビのモンスターが居たと言っていたな?」
「えっ? そうだったですか?」
「あの時はリーンの助けが来なかったらマジで死んでたよ……」
「ザッと話を聞いただけだったですから、知らなかったです。やけに採取クエストにしては大袈裟だと思ってたですけど、そんな事があったですか……って、ちょっと待つです」
フィアは思わず立ち止まると、俺の方に振り返った。
「つまりルボルは、そのヘビのモンスターが居たことを知っていたって事です?」
「可能性は高いな」
一応ギルドの中ではあのヘビは緑の怪物という名で噂が立っていたが、あのプライド高い貴族様が冒険者から聞いたとは思えない。
「それにそのヘビはさ、実際の所正体不明なんだよ」
「どういう事です?」
「俺、クエストが終わった後、個人で色々調べたんだよ。あのヘビの事を」
あの時は、ギルドの受付嬢やベテラン冒険者に聞いたり、モンスターに関する資料を見てみたりした。
「だけど、あのモンスターの情報がなーんも出なかったんだよ。でもその過程で、気になる事があったんだ」
「気になる事だと?」
「この世界には、人の手で生み出されたモンスターがいるって事」
「人の手で……例を挙げるなら、キメラやゴーレムの辺りか……む?」
レオンは俺の考えに感づいたようで、ふと顔を上げた。
「つまり……そういう事か」
「そうゆー事」
「ちょっ、ちょっと! 二人だけで考えを共有しないで欲しいです! 一体どういう事なんです!?」
顔を見合わせ頷き合う俺達に、フィアが腕をブンブン振って割り込んでくる。
「資料にも載ってない正体不明のモンスター、怪しい実験をしているって噂があるルボル。もしこの二つが繋がっているとすれば?」
「……つまり、二人はこう言いたいですか? ルボルはもしかしたら、そのヘビのモンスターを生み出したって」
「まあ、もしそれが本当だとしても、何であの山のてっぺんにソイツが居たのかとか、先代の死とどう関わってくるかとかは、まだ分かんねえけどな」
「しかしそれはあくまで仮説だ。ちゃんとした証拠がなくてはただの言い掛かりだぞ」
「だから今からここで見つけるんだよ、証拠を」
「ここは……例の書斎か?」
しばらく歩きフィアに連れられた書斎の扉は、他の扉と比べて少しボロく、ドアノブに錠前が掛けられていた。
「あの化け物ヘビを生み出す実験するには、それなりにデカい施設が必要になってくるはずだ。だけどこの屋敷は至って普通。となると、この屋敷のどっかに隠し部屋があるかもしれない」
「そして、その隠し部屋がこの場所にあるという事か。成程、あえて幽霊の噂を立てることで、この書斎を立ち入り禁止にしたという訳だな」
レオンの言葉に頷くと、俺はしげしげと扉を観察する。
数年前から立ち入り禁止という割には、あまりドアノブにホコリが積もっていない。
しかし、丁度ドアノブを握る所にシミが出来ている。
誰かが頻繁にここを訪れている証拠だ。
「うん、やっぱり怪しいな」
「でも、これじゃあ入れないです」
「そこは俺に任せとけ。お前ら、ちょっと回り見張っててくれ」
「何をする気だ……いや待て、本当に何をする気だ……!?」
俺はレオンの慌てる声を背中で聞きながら、ポケットから針金を取り出す。
そしてそれを鍵穴に差し込み、カチャカチャと鍵開け作業に入る。
そう、俺のスキル、解錠の出番だ。
そんな俺を見て、フィアがドン引きしていた。
「魔王、何で針金なんて持ってたです……? ていうか、それ普通に犯罪です!」
「俺の故郷にはな、こんな名言があったんだ……『バレなきゃ犯罪じゃないんですよ』」
「最低な名言だな!?」
「声のボリューム控えろって……よし開いた」
ガチャっという音が鳴り、俺の手に錠前が落ちる。
それをポケットに入れると、辺りを見渡しゆっくりと扉を開けた。
深紅の絨毯が敷き詰められた書斎はホコリっぽく、扉の隙間から入る光に反射している。
俺達が書斎に入り終わり扉を閉めると、視界が一気に暗くなった。
「結構暗いな……まあ、俺は魔神眼あるから全然大丈夫だけど」
「我もヴァンパイア故、暗闇でも目は利く。しかし貴様は……」
「大丈夫です。『ライト』」
フィアが短くそう唱えると、フィアの掌から小さな光の球が浮き上がり、辺り一帯を照らした。
「聖職者ってのも便利だなぁ」
「フフン、そのとーりです」
感心する俺に自慢げに控えめな胸を張っていたフィア。
そんなフィアに、何故か若干猫背になっているレオンが。
「何だかその光を浴びていると気分が悪くなってくるのだが……」
「あっ、ちなみにこの光は神聖魔法です。レオンには悪いですが」
「貴様こんな時でも我を消滅させる気か!? 貴様という奴は!」
「そんなつもりはないです! 神聖魔法って言ってもこの魔法は周りに及ぼす効果はあまり無いです! ただちょっと我慢して欲しいだけです!」
「お前ら声がデケーよ! 静かにしろや!!」
「「貴様(魔王)が一番うるさいわ(です)!!」
と、その時。
『ねえ、何だかこっちから変な声がしなかった?』
『うん。ちょっといってみましょう』
「「「あっ」」」
扉の外から、使用人らしき女性の話し声と、コツコツという足音が聞こえて来た。
(ちょー!? 気付かれちまったじゃん! どーしてくれるんだよこのアンポンタン!)
(一番うるさかった貴様のせいだろうが!)
(どどど、どうするですどうするです!? このままじゃ見つかっちゃうですよ!?)
ヤバイ、もうすぐそこまで来てる!
隠れようにも三人まとめて隠れられる場所がない!
ええい、こうなったら一か八かだ!
俺は意を決すると、扉の側まで移動する。
(リョータ!? 何をするつもりだ!?)
そして、大きく息を吸った俺は、喉を引き締め手で口を塞ぐと。
「グスッ……うぅ……うううぅぅ……」
『な、何……? 泣き声……?』
『そ、それより、ここってあの書斎じゃ……!』
扉越しに聞こえる動揺の声に、俺は更に喉を引き締める。
「うぅ……何で……何で私が裏切られなければならないの……? どうして私が死ななきゃいけないの……?」
『ねえ、コレって幽霊の声……?』
『裏切られるって、一体ここで何があったの……?』
何もないよ、ただ俺が秒で作った悲劇の女幽霊の設定だよ。
使用人が後ずさる音が微かに聞こえたので、俺はトドメとばかりに。
「そうだ……全てアイツの……ルボルのせいだ……。許さない……呪ってやる……呪ってやる……呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる呪ってやる呪ってやる……!」
『『ヒ、ヒイッ!?』』
「呪ってやるううううううううううううううううううううううううううぅぅぅッッ!!」
『『いいいいいいいいやあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁッッッ!?』』
金切り声を上げて叫んでやると、使用人の叫び声が遠ざかっていった。
俺はふう、と小さく息を吐くと、目の前で複雑な表情を浮かべている二人に親指を立てた。
「やったぜ」
「な、何だか使用人もルボルも可哀想です……助かったですけど」
「しかも貴様、途中ノリノリだっただろう……」
――さて、無事に使用人さん達を追い払い、ついでにルボルに嫌がらせが出来た後。
俺達は書斎の奥にあった、とある本棚の前に立っていた。
「この本棚がどうしたです?」
「コレは他の本棚に比べて明らかに綺麗すぎる。それにホラ、本棚の下。微妙にスペースがあるだろ?」
「言われてみればそうです……それにしても、何でレオンは目をキラキラさせているです?」
「レオンは分かったんだろ? この本棚の仕組み」
「ああ、間違いない……コレは……!」
「ううん?」
何が何だか分からないと言ったフィアを他所に、俺は本棚に触れる。
そして、久々に魔神眼の本領を発揮した!
「『過視眼』!」
物に触れることによって、その物の物流思念を視ることが出来る過視眼。
少しぼやけた俺の視界の中に、案の定ルボルの姿が浮かび上がる。
コレは昨日の夜の様子か?
本棚に手を添えるルボルは、何故か嫌な笑みを浮かべていた。
そしてルボルは本棚の本を……。
「ほうほう、成程成程……分かっちゃった~」
「相変わらずの悪役面ですね……」
「うっせえ。ええっと、確かコレとコレをこうして……」
俺は過視眼で視たルボルが行っていたように、順番に本の位置を入れ変えたりする。
そして最後に、二段目の本を奥に押し込むと、ガチャンという音が聞こえ。
「「おお~!!」」
俺とレオンが歓喜の声を上げるのも無理はなかった。
何故なら、本棚がゴゴゴと機械的な音を立てながら奥にスライドしたかと思うと、そのまま床に開いた穴にハマり、地下へと続く階段が現れたのだから。
そう、本物の隠し本棚である。
「ヤベえな、やっぱ隠し本棚はこうでなくっちゃ!」
「ああ、我の部屋にも是非一つ欲しいものだ!」
「そこにお前のコレクション飾っちゃったりしたら、マジで盛り上がるぜ!」
「分かっているではないか! ルボルめ、敵ながら良い物を持ちよって……!」
隠し本棚に盛り上がっている俺とレオン。
そんな俺達を、フィアがジト目で見ながら言ってきた。
「……やっぱり男の子はよく分からないです」