第十七話 実験は今日も怪しげだ!⑤
「クソッ……何故我があんな者の言う事を聞かなくてはならんのだ……!」
応接室から追い出された我は、忌々しいあのルボルなどという輩の愚痴を垂れ流しながら、一人廊下を歩いていた。
もしあのような状況でなかったなら、あんな者、我のシャドウで容易く滅ぼしてくれるのだが……。
しかし、この件に関係の無い我は、エルゼの許しを得てこの場に来ている。
やはりもう少し自重するべきだったか……。
いや、だがあの者はどうしても許せん。
魔族と言うだけで害虫のように扱い、更にはこの我の顔面に花瓶を投げ付けてくるとは。
おのれルボル……覚えていろ……!
我が花瓶が当たり少し赤くなった鼻を擦り、今現在仕返しの一つも出来ない事に砂を噛むようないあるせなさを覚えていたときだった。
「アレ、レオン? こんな所で何してるです?」
「ッッッッ!?」
後ろから突然、我の宿敵である聖職者のフィアが気さくに声を掛けてきた。
「い、いきなり声を掛けるな! 条件反射でシャドウ・バインドを放つところだったぞ!」
「だから私をそんなモンスター扱いしないで欲しいです! 結構グサッとくるです!」
我はフィアから少し距離を取り、攻撃が来てもいつでも影には入れるようにしておく。
「まったく……それで、レオンは何でここに居るです? レイナ達とルボルと話していたはずですよね?」
「フンッ……あのルボルとやらが追い出したのだ。どうやら魔族嫌いらしくてな」
「ここもですか……」
「ここもだと?」
我がそう聞き返すと、フィアはため息交じりに応える。
「私、一応アルテナ教団の教祖の娘って立ち位置ですよね? だから信者達が言ってくるです、『フィア様、魔族と関わるなどお止め下さい!』だとか『そもそも魔族と友好関係を持つのは間違っているのです! 例え今はよくても、いずれまた戦争になります!』だとか」
「コレだから聖職者は……」
アルテナ教団も、アダマス教団も、彼奴らはたかが人種如きでこちらを悪だと決めつけに来る。
だから我は聖職者という者が嫌いなのだ。
「私がどう説得しても、皆は魔族を頑なに認めないです。それどころか私に洗脳魔法が掛かってるんじゃないかって噂も立ってて……だからしょっちゅう、通りすがりに浄化魔法掛けてくるです」
「……貴様も大変だな」
「ですです」
一度聖職者共全員、誰かに痛い目に合わせられた方が良いと思う。
「私、レイナと同じです。魔族はいい人ばっかりだって思ってるですし、バルファストも何だかんだ居心地良いです」
「…………」
「ゴメンです、嫌な気分にしたです?」
顔を顰める我に、フィアが困ったように謝ってきた。
……。
「何故貴様が謝る必要がある? それよりも我は、あの貴族に腹が立ってしょうがない。無駄に喚き散らかしている貴様の所の者共の事など、知ったことか」
「…………」
突き放すように言うと、何故かフィアが我の顔をジッと見てきた。
我はそっぽを向いているが、横からの視線が気になってしょうがない。
「視線が気になる、見るのを止めろ」
「あっ、ゴメンです」
ハッと視線を逸らそうとしたフィアだったが、何故か少しだけ嬉しそうに笑い。
「レオンって、何だかんだ優しいですよね」
「ッ!? 貴様……一体何が狙いだッ!?」
「何も狙ってないです!?」
突拍子もない事を言われ、我が思わず影に潜ろうかとした時。
「あ、いたいた。オーイ、お前らー!」
「む? リョータか?」
廊下の奥から、足早にリョータが向かって来た。
「レオンの次は魔王です? 一体どうしたです?」
「いやぁ、それがさあ……」
と、いつもの調子で頭を掻きながら笑っていたリョータだが、我はある点に気付いた。
リョータの目が笑っていない。
普段から若干濁り気味の黒目だが、今は光がまったく反射していないのだ。
一体なのがあったのだと我が内心驚いていると、声のトーンが下がったリョータがブツブツと語り始めた。
「あの野郎、レイナにまったく関係ない話しまくってんだよ。俺やエルゼが話戻そうとしても、すぐに好きな花は何ですか~とか、好みの男性のタイプは~とか訊きまくって……最終的には、もう俺らの声が聞こえてないフリしやがった……」
「「ええ……」」
「このままじゃ埒が明かないから、エルゼにレイナのボディーガード頼んで抜け出してきた……アハ、アハハハハッ! なあレオン、俺頑張ったよ! マジでアイツボコボコにしてやろうって思ってたけど、頑張って堪えたよ! アハハハハハハッ!」
「レ、レオン! 魔王が壊れたです!」
「しっかりしろリョータ! リョーター!」
我が肩を掴んでガクガク揺らしても、リョータはしばらく狂ったように表情を変えずに笑い続けた。
「――悪い、自分見失ってた」
「も、戻ってきて良かったです」
気が付いたら、俺は壊れたカラクリ人形のように笑っていた。
まったく、我ながら自分の壊れ具合にビックリしちゃったぜ。
「それで、フィアのとこはどうだ? 何か掴めたか?」
「強いて言うなら、ルボルは使用人に少し当たりが強いってことです……ああ、あと関係ないかもですが、気になった話があるです……」
「気になった話?」
そう俺が訊くと、フィアはいきなり真剣な表情になり。
「何でもこの屋敷には、女の幽霊が出るって噂があるです」
「「女の幽霊?」」
突然幽霊なんて単語がフィアの口から飛び出してきて、俺とレオンは首を傾げてハモった。
「ここのメイドに訊いたです。何でも、数年前からこの屋敷の書斎で、夜になると誰かの啜り泣く声が聞こえるとか、白いドレスを身に纏った女の人が出るとかです。だからルボルが、使用人に気を遣って書斎の立ち入りを禁止したって話です……」
「いきなりオカルトの話になったなおい……」
「うむ。気になる話ではあるが、今回の件に関係なさそうだな……ところでフィアよ」
「何です?」
「ジータはどうした?」
幽霊の話に唸っていたレオンが、辺りをキョロキョロ見渡しながら言った。
「そういやいねえなアイツ」
「あー、実はですけど……」
するとフィアは、何故か廊下の窓に視線を移した。
それに釣られ、俺とレオンも窓に視線を移す。
この窓からは薬草などが育てられている庭が見え……。
「これは上質なマジック・ハーブだね良いポーションが作れそうだ。それにこれはマナ・ロータスじゃないか魔界から輸入されたものを育ててるんだね。魔王君達が作った薬草畑に比べたらまだまだだけどこれはこれで中々の価値がある立派な庭じゃないか……」
……居た。
ジータが庭の花壇に屈み込んで、ブツブツと庭についての感想を述べていた。
「……ってオオオォォイ! 何やってんだお前ー!?」
「ヒイッ!? な、何だ魔王君か、驚かさないでよ……!」
俺が思わず窓を開けて怒鳴ると、ジータの身体が跳ねる。
そしてゆっくりとこちらを向いたジータは何故か涙目になっていて、何やら酷く怯えている様子。
「えっ、何? マジでどうしたの!?」
「ジータ、実は心霊の類いの話が超苦手なんです。だから書斎の幽霊の話を聞いてから、現実逃避の為に薬草を見て心を癒やしてるです」
「ヒッ……! 幽霊なんてないさ、幽霊なんて嘘さ……! 寝ぼけた人が見間違えただけさ……!」
フィアの声が聞こえたのか、頭を抱えたジータがお化けなんてないさの歌詞みたいな事を言いだした。
どんだけ幽霊怖いんだよ。
「それにしても幽霊か……」
さっき聞いた幽霊話、何だか怪しいな。
まず幽霊の話が陳腐だし在り来たりだ。
オマケに一番怪しいのは、俺達のことを内心見下しまくってたアイツが使用人に気を遣うかってことだ。
とすると……。
「ゴメンです、出来ればこのままそっとしておいて欲しいです」
「まったく仕方がないな。しかし貴様は、ジータと違い心霊の類い得意そうだな?」
「私は聖職者です。もし幽霊が出たら、浄化しちゃえばいいです!」
「ヒッ……! 浄化などという言葉を我の前で使うな!」
「レオンはいちいちビビらないで欲しいです! まったくもう……」
一人物思いに耽っていると、深々とため息をついたフィアは、コホンと咳を一つついた。
「それで、ルボルの方はどうだったです? 何か怪しい言動とかあったですか?」
「いや、我をコケにした事や、レイナに対するアプローチ以外は特になかった。先程のリョータの話から、我が出て行った後も何もなかったのだろう?」
「ああ、それなんだけど……」
そんな二人の会話に、俺が割って入り込む。
「フィア、その例の書斎の場所って分かるか?」
「え? 一応どこにあるかは調べたですが……何でです?」
確証を得たわけじゃないけど、話が繋がった。
オッケー、今日も俺の頭は冴えてるぜ!
首を傾げるフィアに、俺はニヤッと笑いながら応えた。
「謎は全て解けた」
「……それは幽霊の話です? それともルボルの話です?」
「いきなり謎と言われても分からないぞ。主語を言え主語を」
決め台詞言ったら正論で殴られた!