第十七話 実験は今日も怪しげだ!③
結局先にリーンにシャワーを譲り、朝食を食べた後。
仕事は基本前倒しでやっている為時間が余っており、この暇な時間をどう過ごそうかと考えながら、一人魔王の間で『あ~したてんきにな~ぁれ』を繰り返していた時。
「リョ、リョータァ!」
「あ~したてんきにうおおお!? ど、どうしたレオン!?」
突然涙目になったレオンが飛び込んで来た。
「た、大変だ! 我は、我は今日死ぬかもしれない!」
「だからどうしたんだよ!? キャラがブレブレになってんぞ!?」
「奴が……奴が来たぁ……!」
「奴?」
と、俺の背中に隠れ怯えるレオンに俺が首を傾げると、扉からもう一人が飛び出してきた。
「不本意です! どうしていつも私の顔を見るなり血相変えて逃げ出すですか!?」
「ギャアアアアア!?」
「いや奴って、フィアじゃねえか」
「お邪魔するです」
勇者一行の回復とサポート担当、フィアが俺にペコリと頭を下げてきた。
「おう。ってかレオン、どんだけフィアにトラウマ持ってんだよ? もう半年も前の事だぞアレ」
「そーです! 確かにあの時は正当防衛というか、反射的に浄化しそうになっちゃったですけど、流石にもうそんな事しないです!」
「せ、聖職者は信用ならん! 知らないだろうが昔、何故かこの付近に出没した聖職者の集団にバッタリ会い、その途端一斉に鬼の形相で消しかけられたのだぞ!」
そんな事があったのかよ。
確かにこの前、聖職者は魔族を嫌っている奴らが多いってフィアから聞いてたけど……。
うん、そりゃあレオンのトラウマになりかねない。
ってか、何で聖職者の集団がここら辺に来てたんだ?
もしかしてアダマス教徒?
と、俺が渋い顔をしていると、レオンの話を聞いたフィアがコッソリと耳打ちしてきた。
(多分、私達がまだ魔王軍と戦っていたとき、後方支援にしに来ていたアルテナ教団だとおもうです……これ、レオンに話したら怒られるです?)
(何だお前らかよ……うん、レオンの聖職者に対しての敵対心が増す一方だと思うから言わなくて良いと思うぞ)
間違いない、レオンがもし今の話を聞いたら『貴様はアルテナ教団の教皇の娘なのだろう!? 部下共の責任をとれ!』って言うだろう。
「ってか、他の奴らは?」
「ジータはここに転移したなりすぐに『ロリッ娘が! ショタッ子が! カイン君成分が足りなああああい!』って言って孤児院に走って行ったです。レイナはその付き添いです」
「カインご愁傷様……って事はエルゼは……」
「おう、アタシはここに居るぜ。いやあ悪いな、今回はアタシがお前に用事があってきたんだ」
遅れて扉の影からひょっこり現れたエルゼは、頬をポリポリかきながら言う。
「用事? お前の?」
「正確には魔王ツキシロリョータじゃなくて、ムーン・キャッスルへのな」
「ううん……? とりあえず、詳く訊かせて貰っていいか?」
ムーン・キャッスルとは、俺が個人的にフォルガント王国で活動する時の偽名だ。
俺は玉座に座りレオンがその側に移動すると、俺は前のめりになって訊いた。
「ああ。お前この前、翡翠の実の採取クエスト請けただろ?」
「あ~……」
翡翠の実という単語が出た途端、俺はつい顔を顰めてしまう。
俺とローズがフォルガント王国に行ったとき、そこの冒険者のアックスに勝負を挑まれ、そのクエストを請けることになった。
しかもその翡翠の実を守護していたのか、超巨大な化け物ヘビが住み着いていてマジで殺されると思った。
更にクエストの報酬が無いときたもんだからありゃしない。
本当に嫌な思い出だよまったく……。
「それでそのクエストの依頼主、アラコンダ郷は覚えてるか?」
「確か俺らがギルドから帰ってくる途中、ポックリ逝っちまった奴だろ? それで跡取りの野郎がクエスト取り消して報酬貰えなかったんだよなぁ……って待てよ?」
俺は話を遮ると少しばかり考える。
ここに来てそのアラコンダ郷の話が上がってきたとなると……。
「もしかして、その先代が死んだのって偶然じゃない?」
「理解が早くて助かるぜ。そう、流石に怪しいと思って裏で調べてみたら、どうやらアラコンダ郷はそのクエストを依頼した直後に消息を絶っていたらしい。そしてそのクエストを依頼する少し前に、跡取りのルボル・ウィル・アラコンダに代を譲った。んで、お前らがクエストに出ている途中、急に死体が見つかったってんだ。あまりにもタイミングが良すぎると思わないか?」
「跡取りに代を譲って、クエスト依頼して、消息。そんで俺らがクエストを請けてる最中に死亡の知らせ、ねえ……」
今までの話を聞いて俺は口に手を当て考え込む。
……確かに怪しい匂いがプンプンする。
「だけどさ、もしその先代の消息、ましてや死んだのが跡取りのルボルって奴のせいなら、目的とかがあるはずだよな? あと証拠とかは?」
「そこなんだよ。実はまだ証拠の一つも見つかってないし、目的が分からないんだ。アラコンダ郷の死体を調べようにも、既に火葬されたって話だしよ。例え国の案件とは言え、証拠も無いのに貴族の家に押し入るってのは出来ねえ」
エルゼはそう言って少しため息をついたが、途端にニヤリと笑い、
「そこで、翡翠の実の採取クエスト請けたお前、ムーン・キャッスルに手伝って貰う」
「ん……? つまり……?」
「表向きはクエストの最中に依頼主が死んだのを理由に、報酬金を払わないのはどうなんだって言う話でアラコンダの屋敷に向かう。だけど内実は、ルボルがアラコンダ郷の死にどう関わっているのか調査するためだ」
その話を聞いた途端、俺の身体からサーッと血の気が引くのを感じた。
「どうしたです魔王? 凄い汗の量です」
遠くに居るフィアでさえ、俺の様子に気付く程に。
何故かというと、フォルガント王国の冒険者ギルドでの、エルゼの会話を思い出したからだ。
「なあ、確かそのルボルってさ、何かヤバイ実験してるって噂があるって言ってたよな……?」
「おう。そっちの方もコレと言った証拠がないから、同時に調べるつもりだぜ」
「ちなみにその話って……拒否権ある?」
「断るつもりか!?」
俺が怖ず怖ずと質問すると、エルゼが目を見開いて驚いた。
「いやだって、そんな親殺しとマッドサイエンティストの顔を持ってるかもしれないヤバイ奴の屋敷に行くんだろ!? 無理だよ怖いよ、ムカデ人間にされちゃうよ!」
「何だよその想像したくもねえのは……もしそうだとしても大丈夫だ、アタシ達も一緒に同行するからよ!」
「くうぅ……嫌だけどそれだけで凄い安心感が……!」
世界最強の勇者一行が守ってくれるというのだ。
何回もそのチートっぷりを見てきた俺には、一体どれだけ安心なのかが分かる。
行こうか行かないか何度も唸っていると、エルゼがもう一押しと言った顔で。
「もし証拠が見つかったら、報酬金がたんまり貰えるぜ?」
「うぐうぅ……! 確かに、最近ギルドで飲み食いしすぎて金欠で……!」
「ホントに王様かって疑いたくなる発言です……」
「今更だろう」
頭を抱え込む俺の耳に、フィアとレオンの呆れ交じりに声が聞こえた。
しばらくして、俺はゆっくりと顔を上げた。
「……分かったよ行くよ」
「よし、そうと決まれば今から行くぜ!」
「ええっ、今からぁ!?」
「おう、もうアラコンダの屋敷に知らせが行ってるからな!」
「もう最初から俺に拒否権ねーじゃん!」
こうも俺に拒否権やら発言権やらが無いと、今更ながら自分は本当に魔王なんだろうかと不安になってくる。
「ハアアァァ……チクショー……」
「しょうがない……我も一緒に同行しても良いか? リョータが偽名で活動している時の仲間として」
俺が色んな意味で落ち込んでいると、レオンが同行を提案してきた。
「ああ、別に問題ねぇけど……何でだ?」
「例え勇者一行が一緒だとしても、普段から近しい者が一緒の方が此奴の気が楽だろうからな」
「レオン……!」
「フン、貴様が普段から堂々としていればいいものを」
そう吐き捨てるように言うが、俺はレオンの優しさに打ちひしがれていた。
やはり持つべきは、なんだかんだ言いつつも助けてくれる優しい友である。
その後、カインや孤児達に会ったことでホクホクしていたジータと、そんなコイツに良かったねと苦笑いを浮かべるレイナが戻ってきた。
そして俺達は、アラコンダ郷の屋敷に向かうべく、フォルガント王国に向かったのだった。