第十七話 実験は今日も怪しげだ!②
ローズとリムをハイデルにチクられるギリギリで捕まえ説得した後。
俺とリーンは揃ってげっそりとした顔をしながら、魔王城の廊下を歩いていた。
「ほんっと朝っぱらから酷い目に遭った……」
「それはこっちの台詞よ……あともう少し遅かったら、アンタなんかと肉体関係持ってるって広まりかねなかったわ……」
「ああ? なんかって何だよなんかって」
その言葉に俺が食って掛かると、リーンはため息交じりに言ってきた。
「だってアンタスケベじゃない」
「おっ、そうだな」
「そんな奴が仮にも魔王なら、この前のベロニカみたいな女がわんさか寄ってくるんじゃないの? 私はその中に入りたくないのよ」
「テメコノヤロー、相手が女なら誰彼構わず食うと思ってんのか?」
不本意だ、実に不本意だよ。
「もしそうだったら、この前の時点で俺は童貞卒業してるよ。第一俺は女の子の『もし出来ちゃったら責任取ってね?』ってのが嫌いなんだよ。責任取れって言うんだったら、最初からすんなよって話だ」
女の子に話す内容じゃないが、つい熱が籠もって早口になってしまう。
「だからそういった中途半端な関係でするのは嫌なんだよ。確かに俺はスケベでセクハラ好きさ。だけど本当に一線越えるんだったら、やっぱり相手は好きな人としたい。勿論、ちゃんと恋人同士になってな」
「……アンタ……誰!?」
「リョータだよ!」
コイツ、そんなに俺の信用無かったの!?
普通に傷付くんだけど!
「でもまぁそこら辺ちゃんとしてるなら、物好きの女の子の一人ぐらいは、アンタのこと好きになるんじゃない?」
「普通の女の子にはモテないってか!? そう言うんだったら、暴力女のお前だってモテねえよ!」
「モテなくて結構!」
なんてやり取りをしている間に、俺達は修行場である中庭に着いた。
城壁に立て掛けられていた木刀を手に取り素振りしていると、リーンが俺の前に立った。
「それじゃ、朝も言ったけど今回は実践稽古よ。私はこの木刀だけ使うけど、リョータは魔法やスキル、魔眼を使っていいからね」
「そりゃ助かる」
もう既に知っていることだが、リーンは恐らくこの国で一番強い。
いや、世界を基準に見ても普通にチート野郎だろう。
そんな奴とただの剣の打ち合いじゃ、逆立ちしたって勝てっこないし、そもそも勝負にならない。
そこら辺のことをちゃんと考慮した上での縛りだろう。
「さあ、いつでも掛かって来なさい!」
リーンが木刀を振り下ろすと、風圧がこっちにまで飛んできた。
うわあ、やっぱり何度見てもスゲえ迫力……!
俺は何度か深呼吸をすると、木刀を構えた。
「それじゃあ師匠、一手ご指南、お願いしまああああす!」
俺はそう叫ぶと同時に。
「『投擲』ッ!」
いきなり手に持っていた木刀をぶん投げた。
「からの『ハイ・ジャンプ』ッ!」
そしてその刹那、俺は足に力を込めると木刀の後を追いかけるように前方に飛んだ。
これは前、フォルガント王国の騎士団長、アルベルトと決闘したときに使った戦法だ。
あの時は投擲スキルしか持っていなかったが、今はハイ・ジャンプがある。
これにより、木刀投げからの追撃が入りやすくなるのだ。
「ッ」
普通なら手に持っている木刀で俺の木刀を弾くのだろうが、流石リーンと言ったところ。
木刀を弾いた後の俺の追撃を読んで、冷静にサイドステップで木刀を躱し、後に続く俺に攻撃を仕掛けようとする。
勿論俺もその可能性は読んでいたから、落ち着いて対処する。
「『フラッシュ』!」
「く……っ!」
木刀を両手で持ち振り上げるリーンに閃光魔法を繰り出した。
フラッシュは掌から強烈な光を放つが術者本人も目がやられるため、予め目を瞑っておかなくてはならない。
俺は目を力強く瞑りリーンの横をすり抜け、魔法の効果が切れた瞬間目を開ける。
そして目の前の芝生に落ちワンバウンドした木刀を掴むと、リーンに向き直り攻撃しようとしたが踏み止まる。
「リーンって俺と同じぐらい反射神経いいよな……俺の唯一の取り柄なのになんか悔しい!」
「そこは戦闘経験の差よ」
視界を潰したと思ったが、俺が魔法を放つ瞬間腕で目をガードしたようだ。
「でも今のは普通の相手には有効な攻撃かもね。さあ、まだまだこんなもんじゃないでしょう?」
「あったりまえだ! ってうおお!?」
俺が言い返した途端、今度はリーンが攻撃を仕掛けてきた。
カンッカンッと、木刀と木刀を叩き合う音が辺りに響く。
俺の苦手とする、純粋な木刀による打ち合いに持ち込まれてしまった。
全力の攻撃を、華麗に受け流し躱すリーン。
俺も負けじと魔神眼をフル使用して、リーンの反撃をギリッギリで躱す。
だけど打ち合っているから分かる、リーンは今の所本気じゃない。
そりゃあレベルが10前後の俺と60のコイツじゃ雲泥の差があるのは確かだ。
でも、折角だからひと泡吹かせてやりたい。
さてとどうしたものか……。
「集中力が落ちてるわよ!」
「おわっとっと!」
とりあえず今は分が悪い。
自分の得意分野に持ち込まなくては。
「ふんぬッ!」
俺は木刀で叩くと思わせてから、同時に右足を思いっ切り蹴り上げる。
リーンは俺の蹴りを意図も簡単に躱したが、狙いはそこじゃない。
「っ!?」
俺の蹴りに巻き込まれた少量の土が、リーンの顔面に当たったのだ。
土が目に入ることを恐れて目を瞑った一瞬の隙を見て、俺はハイ・ジャンプで後方に飛んだ。
「やってくれたじゃない……!」
「へっ、『乙女の顔に土を掛けるなんて最悪~』なぁんて言うんじゃねえぞ!」
なんて言い合いながらも、俺はリーンから距離を取れたこの時間に頭をフル回転させる。
やっぱり直接攻撃はムズいから、メインは魔法攻撃だな。
ここはエクスプロージョン(仮)をぶちかましたいとこだけど、あの技は結構下準備に時間が掛かるんだよな。
それに今は芝生の上。
水を撒き散らしても電気が通らないし、その前に土が水を吸い込んじまうしなあ。
水を吸い込んで……水を……吸い込ませる……?
……あっ、いいこと思いついた!
「…………」
「……?」
俺が羽織っていたマントを無言で外すと、リーンが何やってんだと首を傾げる。
「『アクア・ブレス』~」
「!?」
そしていきなりマントを水魔法でビショビショに濡らすと、更に首を傾げた。
リーンは俺の奇行に思わず固まっている、ありがたい。
その隙に俺はマントをクルクルと丸め縄状にすると。
「よっ!」
「わあ!?」
いきなりマントをリーンに叩き付けた。
しなるマントは木刀よりも遙かに早いスピードでリーンに襲いかかる。
ワンテンポ遅れたリーンだがギリギリで躱すと、バックステップを取り俺を見て少し笑う。
「へえ、自分のマントを濡らして鞭みたいに……やるじゃない」
「おっ、久々に褒めてくれたな。今日はいいことありそうだ」
「だけどそれぐらいじゃ何も変わらないわよ!」
「わーってるよ!」
今度は木刀一本のリーンに対し、俺はなんちゃって鞭と木刀の二刀流で迎え撃つ。
一応当たれば痛いなんちゃって鞭だが、所詮は濡れただけの布。
「っと。さあ、捕まえたわよ」
「あ、やべ!」
少しの間攻防が続いたが、マントをリーンに掴まれてしまった。
慌てて引っ張るが、流石に力比べじゃリーンに勝敗が上がってしまう。
「どうしようどうしよう、ねえどうしたらいい!?」
「相手の私に訊かないでよ!」
アタフタする俺に、リーンがトドメを刺そうと近付いてくる。
普通ならここで俺は参ったと言うだろう。
……だけどなぁ、今のとこ全て予定通りなんだよ!
「さあ、コレで終わり――!」
「『スパーク・ボルト』――ッ!」
リーンが木刀を振り上げると同時に、俺は電撃魔法を放った。
俺のスパーク・ボルトは相手に向かって飛ばず、そのまま自身の掌に帯電する。
だから電撃を喰らわせるには相手に直接触れるか、水を通すしか他ない。
そう、俺とリーンが握っているマントには、水をたっぷり吸い込ませているから……!
「くッ……ああぁ……!?」
マントを通して電撃を喰らったリーンは苦しそうな声を上げ、動きが止まる。
勝機だ!
「もらったああああああ!」
「ッ!?」
その一瞬の隙に、俺はリーンから一本と取ろうと飛びかかったが。
「っっんのおおおおおおおお!!」
「ってギャアアアアアアァァ!?」
痺れているにも関わらずクルリと背を向けると、マントごと背負い投げのように俺をぶん投げた。
電撃を浴びせるためしっかりとマントを握っていたため、空中で離すことも出来ず。
「ゴッヘアッ!?」
背中から地面に叩き付けられてしまった。
「ゴッホゴホッ!」
「はあ、はあ、私の勝ちね……!」
「ぁ……」
背中を打ち付け上手く呼吸できずに咳き込んでいる俺の頭に、リーンがコツンと木刀を当てながら言った。
「ぜえ……ぜえ……チクショー、上手く行ったと思ったのに……!」
「そうね……ふう」
芝生の上に仰向けに寝転がり悔しがる俺の横に、リーンが疲れた様子で座った。
「……リョータ、もしかして今の、狙い通りだったの?」
「へへ、そうだぜ……。お前、鞭相手に木刀で受けるのはマズいと思ったろ……? もし木刀で受けたら、マントが巻き付いちまうからな。だからきっと手で掴みに来るだろうなー、とは思ってたんだが……結局ゴリ押し負けかよ畜生」
やっぱりリーンはパワーも耐久力もえげつねえなあ。
いや、単純に俺が弱いのか?
世の中そんなに甘くないってか……。
ハァとため息を付く俺に、リーンが少しふて腐れたように言ってくる。
「でもしてやられたわ、正直ナメてた。まさか戦ってる最中にあんな戦法思いつくなんて」
「へへっ、この前のジークリンデの戦いで痛い思いしたからな、逆に糧にしてやったぜ。でもまあ、大体はコイツのおかげなんだけどな」
俺は自分の眼を指差しながら自嘲気味に言う。
頭を高速フル回転する場合、俺は魔神眼を発動して動体視力やらを底上げしてる。
その為自分を含めた全てがゆっくりに見えるから、その隙に色々考えているのだ。
「でも、アンタかなりの切れ者よね。水を撒いた後通電させるとか、ハイ・ジャンプで相手の懐に飛び込むとか。本当に何者なのよ?」
「ただの田舎暮らしの庶民だよ。ちょっと器用なだけの」
少し真剣に訊いてくるリーンに、俺はテキトーにあしらう。
流石に漫画やらアニメやらを大量に見てたからとは応えられない。
リーンは俺の応えに少しだけ顔を顰めたが、まあいいかと立ち上がった。
「さてと、思ったより汗かいちゃったからシャワー浴びないとね」
「あっ、俺が今回は俺が先だからな! メッチャ頑張ったんだから!」
「レディーファーストって言葉知ってる?」
「俺その言葉一番嫌い。ちなみに二番目は努力、三番目は才能」
「アンタねえ……」
俺も芝生の上から起き上がると、少し先に行ったリーンの後を追いかけた。