第二話 魔界の生活は今日も大変だ!⑧
あれからリムに怒られ、もの凄い罪悪感に見舞われた後。
俺は厨房でエプロンを着け、腕をまくっていた。
10歳の幼女に見下され、プライドがぶっ壊れた俺が『すいませんすいません、何でもしますからああああああああッ!』と叫んだところ、『……リョータさんってご飯作れますか?』と返された。
そう、俺は今リムに罰を受けているのだ。
ぶっちゃけ、こんな程度で許してあげるのはどうかなと、罰を受ける側が思ってしまうほど軽い罰だったが、素直に感謝しよう。
「さてと、何作ろ……」
俺は厨房の横にある食料庫を見回しながらそう呟いた。
今までずっと、夜はパン、パンパパン♪ と、四日連続晩飯がパンだった。
こういう料理イベントは、やっぱり異世界人が地球の料理を食べたときのあの反応がほしい。
ちなみに、この食料庫は魔法の効果で食料の保存が利いているらしく、更に厨房の隅には魔道冷蔵庫なるものがあった。
思わず、地球の文化よりも魔法の方が電気代食わないし地球にいいんじゃないかと深刻に考えてしまう。
俺が食料庫から適当に食料を待ってきた後、俺は調味料棚を開いた。
流石に味噌とか醤油とかは無いか……。
俺はそこからとりあえず塩と砂糖などを取り出す。
「……よし、それじゃあアレ作ってみますか!」
俺はそう言うと、早速料理を開始した。
――一時間後。
魔王の間に集められた四天王に、早速俺の料理を食べて貰っていた。
「おいしい……! リョータさん、凄くおいしいです!」
「だろう?」
目を見開くリムを見て、思わず顔がほころぶ。
「ただパンに野菜とかお肉とか挟んであるだけなのに、すごく美味ですね!」
「ええ、一度に一気に食べる事で、更に美味しくなってるわ」
「我はこのジャガイモ揚げが美味いと思うぞ。しかし、あのジャガイモが紐のように細いな……まあ、食べやすいからありがたいが。」
さっきまで暗い顔をしていた他の三人も、俺の料理に舌鼓を打っている。
その三人の反応に、俺はついドヤってしまう。
「以外と作れるもんだな、ハンバーガーとフライドポテトもどき」
俺も自分が作ったなんちゃってハッピーセットを一口食べそう呟く。
異世界転生と言ったら、やはりジャンクフードを作りたくなる。
まあ、あり合わせの材料で作った物だから普段食べていたものとはだいぶ劣るが、異世界人の反応は良いようだ。
「リョータさん、料理できたんですね。意外です」
「頼んどいてなんだよもう。でもそうだろ~?」
何やら尊敬の眼差しを向けてくるリムに対し、俺は胸を張りながら答えた。
俺の両親は共働きであり、朝早くから夜遅くまで居なかった。
だから俺は一通りの家事は出来る。
こういう親が家に居ない場合、大抵のラノべでは可愛い妹がいるが、残念ながら俺は一人っ子だ。
ちなみに、料理が出来る男はモテると聞いたが、昔家庭科の授業で普通に料理を作ったところ、何故か微妙な雰囲気に。悲しいね。
まあ、今はそんな事はどうでも良い。
こうやって自分が作った料理を喜んで食べてくれるというのはいいもんだ。
世の中のお母さんもこんな気持ちなのかね?
そう思いながら、しばらく黙々とハンバーガーを咀嚼していると、ふとあることに気付いた。
「そういえばリーンは?」
俺がそう訊くと、リムはポテトをゴックンと飲み込み。
「そういえば言ってませんでしたね。リーンさんは普段魔王城では暮らしてないんです」
「えっ? そーなの? 俺アイツの分まで作っちゃったよ……」
まあ、しょうがない。とりあえず残った分は明日の朝飯にでもしよう。
それよりも……。
「俺、ここでしかアイツに会ってないから、てっきりここで暮らしてるのかと思ってた」
「リーンが最近魔王城に居るのは、先代魔王の残した仕事をしているからだ。あと不甲斐ない事だが、我々の様子を見に来る。我々は揃って料理が出来ないから、たまに夕食も作ってくれるのだ」
「……お前ら、普段どう食いつないでるの? 魔王軍解散と同時に専属料理人も解雇しちゃったの?」
すると、ハンバーガーなのに器用にフォークとナイフで食べていたハイデルが口を開く。
「あの頃の料理人も専業主婦でしかたからね。あと、食事は各自で買っています……考えてみると久しぶりですね、こうして皆出そろって食卓を囲むのは」
「そうね、一ヶ月ぶりかしら? 皆で料理してみたけど全然ダメで、結局パンになっちゃったけど」
懐かしむハイデルの言葉に頷き、ローズが可笑しそうに思い出し笑いした。
そんな光景を見て、俺はつい口に出す。
「そういや、仲良いよなお前ら」
「そうですかね?」
「うん。てっきり四天王どうしなら『同じ四天王と言えど、我の足下にも及ばんわ』『その口を塞がないなら、この私が消し炭にして差し上げても構いませんよ?』的な火花バチバチの会話が毎回展開されてるものかと」
「そんな物騒な言い争いなんて、今まで一度たりともしたことありませんよ!」
「というかさっきのは何だ!? まさか我とハイデルか!?」
正直に俺の脳の魔王軍四天王の会話イメージを話すと、俺が声真似したハイデルとレオンが抗議した。
「ゴメンゴメン。でも、前々から面識あったのか?」
俺が軽く謝りそう訊くと、ハイデルが首を横に振る。
「いえ、四天王になる一年前まで、全員赤の他人どうしでした。それと四天王になった直後に戦場に向かわされましたから、まともに会話したのはサタン様が倒されてからでしたね」
「戦場……」
その単語を、俺はつい復唱してしまう。
コイツら半年前まで世界征服の為に人間と戦ってたんだよな……。
「……なあ、人間と戦ってた時どんな感じだった? あ、嫌なら話さなくて全然いいんだけど……」
「いえ、構いませんよ。寧ろ貴方は魔王候補なのですから、知っておくべきです。他の皆さんもいいですね?」
遠慮気味な俺にハイデルが優しく笑いかけると、周りに了承を求める。
三人がコクリと頷き、それを見たハイデルが話し始めた。
「そうですね……まず始めに、あなたの先代であるサタン様のお話をしましょう。サタン様は元々、先々代の魔王様が大変信頼を置いていた重臣でした。あの御方は四天王ではありませんでしたが、その強さは四天王にも遅れを取らず、何より世界征服の野望を既に持っておりました」
ハイデルは静かにフォークとナイフを皿の上に置きながら続ける。
「ですが先々代の魔王様と当時の四天王が先代勇者に討たれ、その野望が遠のいてしまいました。それでもサタン様は諦めなかった。そんなサタン様の想いに応えたのでしょうか、先々代の魔王様が討たれた翌日、サタン様はデーモンアイに触れ、次期魔王として認められたのです」
そこから、ハイデルの話は続いていく。
サタンはまず、戦いで減ってしまった国の人口が回復するまで待った。
その間、サタンは自分勝手な王様の具現化と言えるほど好き勝手な暮らしをし、それでも自身とまだ幼いリーンを鍛え続け、鋭気を養っていたらしい。
そして半年ちょっと前、幼い子供だった人達が戦えるまでに成長したのを見計らい、民兵の招集を掛けた。
そして、ステータスや能力で選ばれジャンケンで負けたハイデル達を四天王とし、魔王軍、いやバルファスト魔王国の全勢力を持って戦いに出て……。
「結果、三日で負けました」
「速すぎるだろ!? 何ソレ、魔王討伐RTA!?」
思わず立ち上がり台パンした俺は数秒間硬直した後。
「……ち、ちなみに、敗因は?」
「それはもう沢山ございます。まず、サタン様以外世界征服に反対、もしくは興味が無い者達ばかりで士気が低かった事や、作戦なんて関係無しのゴリ押し戦法だったりと、酷いものでございました」
「先代の満を持した20年間何だったんだよ!?」
「あの魔王、自分の娯楽や世界征服した後の事しか頭になかったからな。それまでの過程や作戦などまったく考えていなかった。当時も、とりあえず敵陣に突っ込み皆殺しにしろとしか言われなかった」
レオンのため息交じりの言葉には、明らかな呆れが含まれていた。
どうやら先代はコイツらには慕われてなかったようだ。
寧ろよかったよ、そんな人慕ってるような奴らじゃなくて。
てか俺、魔王になるって事は、そんな人の後を継ぐという事になるよな?
ええ……絶対周りから嫌われるじゃん、そんなの……。
何て首を横に振っていると、ローズがポテトを摘まみ眺めながら。
「あと、何より勇者一行の四人がとにかく強かったのよね。アレ、戦争と言うより勇者一行と私達の戦いみたいなものよ。実際四人だけで全滅させられたようなものだし」
「この国敵からメチャクチャナメられてね?」
「この国の歴史上、フォルガント王国を破った事なんて一度もないからね、軽く見られても当然よ。実際に私が指揮をしてた部隊なんて、私がちょっとお手洗いに行ってる間に破られたし。戻ったときには全員気絶してたわ」
「おい四天王それでいいのか……って、気絶?」
ローズの言葉に、俺はふと首を傾げる。
普通戦争中なら、普通殺してしまうはずだ。
わざわざ気絶させるなんて、よっぽどナメられてたのか?
そんな俺の疑問を察したのか、リムが口を開く。
「そうなんです。勇者一行は兵士さん達を殆ど殺さなかったんです。詳しい理由はよく分かりませんが、兵士の一人が言ってました。自分達を吹き飛ばした後、勇者が自分達を心配しているような顔をしていたって」
「ってことは慈悲……?」
「だが実際、こちら側の死人が五十人弱出ている。断定は出来んだろう」
レオンは今更考えても仕方がないと肩を竦め、小さくなったハンバーガーを口に放り込んだ。
それから少しの間、嫌な沈黙が流れる。
「……久々に揃っての飯だったらしいのに悪いな、暗い話させちゃって」
「と、とんでもございません! 寧ろリョータ様が我々の過去に興味を持って下さって嬉しかったですよ!」
「大袈裟だなぁ」
俺が頭の後ろを掻きながら謝ると、ハイデルが頭が吹っ飛びそうな勢いで首を横に振った。
そんな様子に、思わず笑ってしまう。
俺は立ち上がり食べ終わった皿を持ち上げながら。
「よし、じゃあ住まわせて貰ってる身だし、明日から俺が料理当番な」
「よ、よろしいのでしょうか?」
「勿論。俺はこんなんでも、家事全般こなせるからな。それに、俺もこんな風に誰かと飯食うのなんて久々だったからさ。俺が作れば、またこうして皆で食べられるだろ?」
シンクに皿を置き水にさらしながら話している為、四人の表情が見えない。
だけど何となく、皆が笑っているような気がした。
「仮にも魔王だぞ、貴様」
「元平民に言われてもねえ?」
レオンの苦笑気味な言葉に、俺は得意げに笑って見せた。
……ちなみに、翌朝。取っておいたハンバーガーが誰かに食われていた。
俺の予想ではハイデルだと思う。