第十六話 決闘は今日も白熱だ!⑫
――これは、遠い遠い昔の話。
私達サキュバスは、成人を迎えると共に試験があり、その試験に合格しなければ自分を真のサキュバスと呼んではいけないという決まりがある。
その為、サキュバスの子供はリリムと呼ばれていた。
そして私とベロニカが、まだリリムだった頃。
私とベロニカはよく、バルファストの外れにある空き地でゴロゴロしたり本を読んでいた。
「ローズ!」
「あっ、ベロニカだ」
私は魔法の技術やセンスが高かったけど、淫魔とは思えない程のヘタレ(私は否定するけど)。
ベロニカはリリムの時点で男を誘惑することに掛けては右に出る者がいないと言われていたけど、その代わりに魔法のセンスがまったくない(ベロニカも否定していた)。
そんな私達ははぐれ者と呼ばれる者同士、よく一緒にいた。
「アンタ、また近所の悪魔族の男をボコボコにしたんですって?」
「だって『オイお前、リリムなのに何でそんなに胸デカいんだよ……もしかして、年齢詐称してんのか?』って言ってきたんだもん。だから涙目にしてやった」
ちなみに、私達はリリムの中でも胸が大きかった。
「ハアァ……最近、この辺りに不良リリムが居るって噂が後を絶えないんだけど。絶対アンタでしょ」
「わ、私は知らない……」
「ならこっちを見ていいなさいよ」
普通のリリムは、一人前のサキュバスになるため魔法の訓練や勉強をしている。
だけど私達はそう言った事をしなかった。
はぐれ者と周りから言われ続けた結果、いつしか見返してやろうなんて気も失せてしまい、はぐれ者ならサキュバスになんてならなくていいと思っていたからだ。
だから私達の周りには、リリムも講師役のサキュバスも近付かなかった。
「――やっぱり、ここにいたのかい?」
「「あっ、ビオラお婆さま」」
「お婆さまと呼ぶのはおよし!」
だけど、そんな私達の面倒を見てくれていた人が、たった一人だけいた。
彼女の名はビオラ。
この頃のサキュバスクイーンであり、歴代最高のサキュバスクイーンとも呼ばれた凄い人だった。
魔法の腕は勿論、その容姿は誰もが振り返るほど美しく、周りのサキュバス達に慕われるカリスマ性を持っていた。
「だって、しゃべり口調がお婆ちゃんなんだもん」
「そうよね~、自分の事を『儂』とか呼ぶし、語尾に『のう』とか『じゃ』って付けるし。今更じゃない?」
「……二人も、大人になったら儂の気持ちが十分分かる事じゃ」
「「ホラ、お婆さまだ」」
「うぐっ……! ベロニカはともかく、年齢の話をしたら手を出すローズに言われとうなかったわい……!」
サキュバスは成人になると歳を重ねても容姿が老いないという特性がある。
お婆さまは今の私のような格好をしていたけど、実年齢はかなりのお年だった。
「それで何の用? ま~た私達にサキュバスを目指させようって腹? 何度も言ってるけど、私達はそんなつもりないの」
「うんうん」
「何、ただ二人のことを訊かせて欲しいだけじゃよ。例えばの話、二人は将来どんなサキュバスになりたいんじゃ?」
「サキュバスにさせるき満々じゃないの……」
お婆さまは、毎日毎日ここに来ては、私とベロニカを改心させようとしてきた。
「例えばねえ……アホな男を手玉に取りまくって、富や名声を得たいわ。あっ、あと最高何股までできるのか挑戦したい」
「私は世界中の男の人をこの透視眼で見て、いつか史上最高のナニを見つけたい」
「二人ともなんちゅう夢を持っておるのじゃ!? 子供ながら恐ろしいのう……」
『二人にはやはり……』なんてブツブツ呟いていたお婆さまだったけど、当時の私達は何も気にしていなかった。
「ええいもうまどろっこしい! 二人とも何じゃ!? ただ周りからはぐれ者と呼ばれるだけでふてくされおって! 少しは見返してやろうなんて気にならんのか!」
「ふ、ふてくされてないもん!」
「そうよ! 何で私達より魔法も魅力も劣る奴らにわざわざ見返さないといけないのよ! あんなの、ただの負け犬の遠吠えじゃない!」
「「「ぐぬぬ……!」」」
という感じで、私達はこのやり取りをほぼ毎日やっていた。
最終的にお婆さまに無理矢理勉強や鍛錬をさせられた。
毎日難しいのに意味の分からない課題を用意され、泣く泣く必死に足掻く日々。
だけどその分、お婆さまはちゃんと最後まで面倒を見ていてくれていた。
あの頃は、何であのサキュバスクイーンであるお婆さま自らが、わざわざ私とベロニカなんかの世話を焼くのか分からなかった。
だけれど、そんなやり取りが続いていき、いつしか私達は自然とサキュバスを目指すようになっていた。
――そして、あの日は私達が成人を迎える少し前の、秋だった。
いつもはあの空き地で私とベロニカが遊んでいる時にお婆さまが現れていたけど、あの日はまったくの逆。
私とベロニカが空き地に来たとき、何故かお婆さまが先に来ていて、黄色い芝生の上に腰掛けていた。
「ゲホッ、ゲホッ……」
「どうしたのお婆さま、私達より先に……それより、咳大丈夫?」
「ああローズ、心配ない。儂としたことが少し風邪を引いてしまってのぉ」
「まったく、秋だって言うのにそんな格好してるからでしょ?」
「逆にお主らはリリムだというのに何故厚着など着込んでおるのじゃ……サキュバスたるのも、冬の寒さであろうと堪えて露出を多く……寒い……」
「今寒いって言った」
「ガッツリ言ったわね」
その時の私達は、いつもと同じようなたわいない話をするだけだと思っていた。
「……ローズ、ベロニカ」
「どうしたのよ、何か今日変よ?」
だけどお婆さまは私とベロニカの肩に手を置くと、こちらを真剣な眼差しで見ながら言った。
「お主らは、儂をどう思っておる?」
「えっ、ど、どういうことお婆さま?」
「いいから。答えてくれんか?」
余りにも普段と違っていたから、私達は何が何だか分からないで少し混乱していた。
私とベロニカは顔をも合わせ頷き合うと、正直な感想を述べた。
「しつこかった」
「グウッ!?」
「確かに、この数年ずっと私達に絡んできてウザかったわ」
「ガハァ!?」
「課題は難しいしガミガミうるさい」
「まったく、散々な目に遭わされたと思ってるわ」
「ゴッハァッ!?」
お婆さまは私達の言葉に相当なダメージを喰らっていたようだった。
私達はその反応にニヤニヤして楽しんでいたけど、その後私達はすぐに。
「でも、お婆さまと一緒に居て楽しかった。お婆さまのおかげで、私魔法の腕がもっと上がった」
「ま、確かにね。それにアソコまでされちゃ、サキュバスにならざる終えないわよ」
「ローズ……ベロニカ……」
そう言うと、お婆さまは大きく目を見開いていた。
「そうか……そうか……」
そして何度も、その言葉を噛み締めるように頷くと、私とベロニカをそのまま抱き寄せた。
「儂も、お主らと一緒に居て、楽しかった……」
「ちょっ、本当にどうしちゃったのよ!? 風邪の菌が脳みそまでいっちゃったの!?」
「お婆さま……?」
私とベロニカは、お婆さまがいつもと違う事に違和感を覚えながらも抱き返した。
その時のお婆さまの表情は分からなかったけど、何故か鼻声だったのを覚えている。
それから私達はいつものように言い合って、いつものようにお婆さまに色々な事を教えて貰って、いつものように分かれて……。
――その日を最後に、ビオラお婆さまは二度と私達の前に姿を見せなかった。
私とベロニカは、来る日も来る日もお婆さまを探し続けた。
リリムやサキュバス達に訊いても、皆は首を横に振るばかり。
結局お婆さまに繋がるものさえ見つけられず、数ヶ月後が経ったとある夜。
成人を間近に控えた私が一人、いつもの空き地で三日月を見上げていた時だった。
「ロ、ローズゥッ!」
こちらに向かって、酷く動揺した様子のベロニカが駆けてきた。
「ど、どうしたのベロニカ……?」
「そ、それが……それが……!」
「大丈夫、ゆっくりでいいから」
過呼吸になっているベロニカを落ち着かせていると、ベロニカの手に手紙が握られている事に気が付いた。
「ベロニカ、それは……?」
その言葉に、ベロニカは涙目になって応えた。
「ビ、ビオラお婆さまから私達の手紙が……!」
「ッ!?」
その後聞いた話で、先程いきなり訪ねてきたベロニカはお婆さまの側近だったサキュバスから渡されたらしい。
何でも、お婆さまの書斎の机の引き出しに、大切に取っておかれてたのを見つけたそうだ。
「お婆さまは、一体私達に何を……?」
「……読んでみよう、ベロニカ」
「え、ええ……」
私達は頷き合うと、その場で手紙を読んだ。
――ローズ、ベロニカへ。
この手紙がお主らの手に渡っている頃には、儂はもうこの世に居ないじゃろう。
理由は単純、寿命だからじゃ。
歳を重ねても老いないと言われている儂らサキュバスじゃが、いずれ寿命がやってくる。
お主らと最後に会ったあの日から、自分の命が残り僅かである事を悟った。
自分の身体の事じゃ、自分が一番知っておる。
だから儂はこれを書き終えたら静かにこの国を出ようと思う。
儂の大切な教え子のお主らが、立派なサキュバスになる前に、儂の死に顔を見て欲しくないんじゃ。
儂はのう、初めてお主らを一目見た時から、二人には類い希なる才があると感じた。
それは単純な魔法や魅了などといったものではない、真のサキュバスクイーンたる器じゃ。
今までの数年で二人はよく逃げたり、喚いたり、言い合ったり。
それでも最後には、諦めずに儂の課題に立ち向かっていた。
あの課題は確かに魔法や魅了の向上とは程遠いものじゃが、並のリリムどころか、一流のサキュバスにとってクリアするのはまず不可能。
それを二人はしっかりとやり遂げたのじゃ。
二人はきっと、儂をも越えるサキュバスになれるじゃろう。
ローズ、ベロニカ。
生意気で、短気で、泣き虫で。
それで誰よりも優しく可愛いらしい、儂の大切な娘よ。
儂はこの数年、二人と過ごせて幸せじゃった。
二人の事を、儂はずっと、見守っておるよ。
ありがとう。
「――ぁぁぁ……ぁあああ……!」
手紙を読み終えたとき、私は声を上げて泣いていた。
その涙はお婆さまが死んでしまった悲しみじゃない。
今までずっと、私達を見守ってくれていたお婆さまへの、感謝の涙だった。
「まったく……私達に死に顔見て欲しくないから国を出るって……猫じゃあるまいし……」
ベロニカは私の前に立ち強気にそう言っていたけど、微かに嗚咽が聞こえた。
「ビオラお婆さまぁ……!」
「…………ッ」
私達は泣き続けた。
私と、ベロニカと、ビオラお婆さまと過ごしたあの日常を思い浮かべて。
心の中で何度も何度もありがとうと言いながら。
「……ローズ」
「……?」
しばらくして、ベロニカが鼻を啜い口を開いた。
「私はサキュバスクイーンになる……」
「!」
「お婆さまを越える完璧なサキュバスクイーンに、私はなるわ……!」
その時私は立ち上がると、ベロニカにこう返した。
「私もサキュバスクイーンになる。私もお婆さまを越えるほどのサキュバスクイーンになる……!」
「そう……それなら勝負よ! 私とローズ、どっちが最高のサキュバスクイーンになれるか!」
「うん!」
これが、私とベロニカが三日月の下で交わした約束。
お婆さまを越えるサキュバスクイーンになる。
その約束をした後、私達は成人を迎え、サキュバスになるための試験を行った。
そして私は合格し、ベロニカは落ちてしまった。
ベロニカの苦手分野である魔法系だったからだ。
それ以来ベロニカは私の前から姿を消し、数年後に私はサキュバスクイーンの座に就いた。
……今夜私はベロニカに勝ったけど、本当はまだ勝負は続いている。
だから今度こそ、決着をつける。
三人と過ごしたあの場所で……。