第十六話 決闘は今日も白熱だ!⑪
「ハァ、ハァ……! ローズ!」
「アラ、リーンちゃん」
結果発表の余韻がまだ会場に残っており、カイン達を孤児院に送り届けていたリーンが人混みを掻き分けて戻ってきた。
「どう……だった……?」
リーンは怖ず怖ずと不安げにローズに訊く。
するとローズはニコッと微笑みながら。
「ええ、勝ったわよ」
「そ、そっかあああぁぁ……!」
「わっ!? リーンちゃん?」
「よかったあぁ! おめでとう、ローズゥ!」
その言葉が出た瞬間、リーンはローズに抱きついた。
余程心配していたのだろう、少しだけ興奮気味だ。
「しかし、勝てて良かったですね、ローズ」
「そーだなー」
「おや、魔王様はあまり浮かれていないご様子ですが……」
「まあ最初にアレ見た時から、多分勝ったろうなって思ってたしな。一足先に余韻が醒めた」
俺はハイデルにそう答えると、少し遠くにいるローズの横顔を見つめる。
正直に言って、あの時のローズは果たして本物のローズなのかと疑ったレベルで綺麗だった。
そう、あの普段サキュバスクイーンの片鱗さえ見せないアイツに、俺は不覚にもドキッとしてしまったのだ。
一体何故普段からああしないのか疑問でしょうがない。
「それでなんだけど……」
とここで、ローズから離れたリーンが視線を横にずらす。
「うぅ……ゴメンナサイ、ローズさん……私はなんて……」
リーンの視線の先には、少し離れた所でしゃがみ込んでいるリムと、そんな妹の背中を優しく撫でてあげているお兄ちゃんこと俺がいた。
「大丈夫だって、ローズもいいって言ってるんだしさ」
「魔王様の言うとおりですよ」
「でも……でもぉ……!」
ローズの大事な試合中に寝てしまったことに罪悪感を感じているのか、わざわざ無理してコーヒー飲んだのに眠ってしまった自分に恥じているのか。
なかなか立ち直ってくれない。
「何でリム、落ち込んでるのよ?」
「ああ、それなのだが……」
「止めて下さいレオンさん! 言わないでー!」
リーンの質問に答えようとしたレオンをリムが慌てて止める。
しかしリーンは少し考える仕草を見せると、肩を竦めながら一言。
「ああ、寝ちゃったのね」
「な、ななな何で分かったんですか!?」
そりゃあリーンママだもの。
「兎にも角にも、ベロニカに勝てて良かった良かった。おかげで溜飲が下がった。さあて、後でたっぷり悔しがる顔を見物させて貰うぜ。な、ローズ」
「……」
「ローズ?」
「え、ええ、そうね」
俺がヘラヘラと笑いながらそう言うと、ハッとしたようにローズは顔を上げると、慌ててそう取り繕う。
……。
折角勝ったってのに、さっきからローズは少しだけ上の空だ。
どうしたんだろうか……。
「そういえば、そのベロニカとやらはどこに行った?」
「う、うう……確かに、見当たりませんね……」
辺りを見渡すレオンに、やっと立ち上がったリムが答える。
ベロニカの奴、結果発表が終わってから全然姿を見せない。
魔神眼で辺りを探って見るも影一つ無い。
もしかして、ローズは……。
「……なあお前ら、決闘はもう終わったんだし帰ろうぜ。俺もう眠いわ」
「フン、貴様もまだまだ子供だな。まだ夜は完全に更けてはいなフワァ……」
「アンタもあくびしてるじゃないのよ」
「というか、その話の内容だと私が子供だと言われてるみたいです! 寝ちゃったのは事実だけど……」
俺が手を叩いてそう提案すると、周りも帰る雰囲気になる。
「あっ、ローズ」
「?」
そして魔王城に向かう俺達の後ろを付いてくるローズに、俺は振り返った。
「お前、改めてサキュバスクイーンになったんだから、サキュバス達に挨拶回りぐらいしたらどうだ?」
「えっ?」
「俺達は先に帰ってるからさ、ホラ」
「え、ええ」
ローズは俺の言葉に何度か頷くと、そのまま踵を返そうとして……。
「ついでに、先にアイツのとこにも行ってこいよ。へっへっへ、真のサキュバスクイーン様直々に、思う存分挑発してやれ」
「……ッ」
そんな、俺の嫌な響きの言葉に、ローズはこちらに振り返った。
「アンタねぇ……どんだけあの人に根に持ってるのよ……」
「いくらあの人でも落ち込んでると思うし、流石にそれは酷いと思います!」
「うっせうっせ!」
後ろからドン引きしたように言ってくるリーンとリムに、俺はぶっきらぼうに返す。
だか、ローズは少し目を見開いてこちらを見ていた。
俺の考えを察したのだろうか。
「そう……そうね……」
しかりに頷いていたローズはやがて、ニコッと微笑みながらこちらに近寄り。
「ありがとうリョータちゃん。私、ちょっとリョータちゃんに惚れちゃったかも」
「……へ? え? え!? ええっ!?」
「じゃあ、お休みなさい、リョータちゃん」
耳元でとんでもない事を言い放つと、そのまま足早に歩いて行った。
「…………」
一方俺は、ローズの歩いて行った方向を見ながら硬直していた。
…………。
今のローズの発言……普通にアレは冗談だって事は分かる。
だけどなぁ……あのルックスの美人にそんな事言われたらぁ……!
畜生、自分の顔から火ぃ吹きそうだ!
ああヤバイ、今日の俺もアイツもどこかおかしい!
「リョータ、立ち止まってどうしたのよ?」
「な、何でもねえよ!」
俺は後ろのリーンに呼ばれ、慌てて後を追った。
――リョータちゃんに背中を押される形で、私はバルファストの夜の空を飛んでいた。
あの時リョータちゃんは、私がベロニカの事を心配していたのを察して、わざとああ言ったんだろう。
まったくもう、本当に素直じゃないんだから。
私は少しだけ口元を緩ませたが、すぐに飛翔するスピードを上げる。
普段は移動に空を飛ぶのは魔力をかなり消費するから使わないけど、今は別。
向かう先は、ベロニカがこの街にいる間の拠点として使っている、私達サキュバスの集会場だ。
「アラ? あれは……」
集会場の真上まで来たとき、上空から集会場の前に人混みが見えた。
よく見てみると、その人混みの全員がベロニカの手下達。
その側にフワリと降り立つと、私に気付いた皆がギョッとする。
「ロ、ローズ様!?」
「嘘……何でローズ様がここに!?」
「さっきまで魔王城の前にいたはずなのに……」
確かに、私がいきなりここに現れたら動揺しちゃうわよね。
私は彼女達を安心させるように微笑み、簡潔に訊いた。
「ベロニカに会いたいんだけど、入っていいかしら?」
「な、何故ですか……?」
すると一人のサキュバスが、警戒したように訊き返してきた。
多分、さっきリョータちゃんが言ってたみたいに、私がベロニカの事を挑発しに来たと思ってるんだろう。
「あなた達が考えてるような事じゃないわ。ただ、ベロニカと話し合いたいだけなのよ」
「…………」
彼女たちは顔を見合わせあうと、さっきの娘がポツリと呟いた。
「実は……先程からベロニカ様の姿がお見えにならないんです」
「居ないって事……?」
「はい。ここに戻る途中、いつの間にか居なくなっていて……それで私達、ここでベロニカ様を探そうと話し合っていたんです」
「そう……分かったわ、ありがとう」
私はその話に頷くと、再び飛翔しようと翼を広げる。
「あっ、待って下さい!」
しかし、すぐに彼女達に呼び止められた。
「ベロニカ様の居場所が分かるんですか!?」
「ええ、何となくね。大丈夫、ベロニカの事は任せて」
「……わ、分かりました」
私は彼女たちにじゃあねと言い残し飛翔すると、迷わず真っ直ぐに進んでいく。
ベロニカの居場所……。
多分、いやきっとあの場所だろう。
「まったくもう、ベロニカってば……」
昔から、嫌な事があったら皆に気付かれずにどこかに行ってしまうのは変わらない。
それでいっつも私が見つけて。
「あの時も今みたいに、私が探しに行ったのよね……」
遠い、遠い、昔の記憶。
忘れられないあの日のことを、私は飛翔しながら思い出した――。