第十六話 決闘は今日も白熱だ!⑩
「さあ、とうとう最終試合の時間となりました!」
ラストだからか、妙にテンションが上がっている審判の声が響く。
「最終試合の内容は美しさ! サキュバスクイーンたるもの、他を寄せ付けない圧倒的な美貌を兼ね備えてこそ女王を名乗ることが出来るのです! これからお二人には、審査員であるこの方達の前で己の美貌を見せつけ、より多くの票を手に入れた方が、真のサキュバスクイーンとなります!」
「「「…………」」」
サキュバス達が歓声を上げる中、とある一部分だけドンヨリとしていた。
勿論、その一部分というのは冒険者達がいる場所。
全部で二十人ちょっとぐらいか。
審判の話によると、コイツらはこんな夜遅くまでヤケ酒を呷っていたらしく、よくよく見ると目にハイライトが無い。
……どうしよう、今更になってもの凄く申し訳なくなってきた。
確かに、あのままじゃ本当にこの決闘が始まる前か負けてしまっていたし、第一コイツらは冒険者の仕事をほっぽっていた。
でも、ここまで落ち込まれると酷く罪悪感が湧くなぁ……。
そもそも、こんな状態で審査を、サキュバスを見れるのだろうか。
「…………」
「魔王様? 何故滝のように汗を流しているのですか?」
「……別に」
不思議そうに首を傾げるハイデルから視線を逸らし、俺は再び前を見る。
少し遠くには、簡単な作りのステージが造られ、その上に互いに向き合っているローズとベロニカの姿がある。
最終試合というだけあって、緊張感がここまで伝わってくる。
「リョータよ、ローズは勝てると思うか?」
「知らんよそんなの」
隣のレオンは心配そうな面持ちをしているが、俺は軽く返す。
「でもまあ、試合内容って美しさ対決だろ? だったらローズだって負けないだろ。アイツ、見てくれだけは超絶美人だからな」
「そうだな、見た目だけは美人だからな」
「二人とも、この会話をローズに聞かれたら怒られてしまいますよ……?」
「ハハッ」
うんうんと頷く俺達に、ハイデルがため息交じりに言ってくる。
それに対し軽く笑って返すと。
「ローズには勿論勝ってもらわなくちゃ困るけど……」
「スゥ……スゥ……」
「出来れば早めに決着が付いて欲しいなぁ」
俺の背中で小さな寝息を立てているリムが落っこちないように、ゆっくりと背負い直した。
「やはり、リムに夜更かしは無理なようでしたね」
「だな。だけどやっぱり腕が疲れてきた……いや、別にリムが重いとかじゃないからな? 勘違いすんなよ?」
「分かっているわそんな事。だが、疲れたのなら我が変わってやってもいいのだぞ?」
「ハァ!? リムは俺の妹なんだ、俺以外の男になんてリムに指一本も触れさせないからな!」
「貴様という奴は……」
「んん……子供扱い……しないでください……」
額に手を当て呆れるレオンに続き、眠っているリムが少し眉をひそめて呟く。
なんちゅータイミングのいい寝言だよ。
「さあ、それではこれより、先攻後攻を決めて貰います! お二方、前へ!」
審判に促され、ローズとベロニカは前に出る。
そして審判の腕の中には穴の開いた箱が。
どうやら先攻後攻の決め方は、単純にくじ引きのようだ。
「「「…………」」」
俺達は、ただ黙ってローズを見守る。
……ローズは普段から変な奴だ。
サキュバスクイーンのくせにサキュバスらしいのは性欲だけで、それ以外は全然クイーンらしくない。
だけど、アイツはやるときはやる奴だって思ってる。
大丈夫、大丈夫だ。
ローズなら、きっと勝てるはずだ。
そう自分に言い聞かせながら、俺は自分の拳を握り締めた。
「――先攻、ね……」
正門前に造られたステージの裏で、私は一人、手にした小さな紙切れを握り締めながら小さく呟く。
本当は後攻の方が気が楽だったけど、公平なくじ引きだからしょうがない。
少しだけ動きが速くなっている鼓動を抑えようと、私が深呼吸していると。
「ローズ」
「ベロニカ……」
キツい表情をしたベロニカが、こちらに歩いてきた。
だけど、彼女の周りには他のサキュバス達がいない。
つまり、今この場所にいるのは私とベロニカだけ。
「ローズ、アンタに一つ聞きたいことがあるの」
「……何?」
「アンタは、どうしてサキュバスクイーンを続けるの?」
ベロニカは胸に手を置き、真っ直ぐとこちらを見ながら続ける。
「アンタは正直に言って、サキュバスクイーンに向いていない。確かに魔力や魔法の腕は他のサキュバスから群を抜いてる。でも、それ以外は他のサキュバスには劣ってる」
「確かにね」
「それに、サキュバスクイーンは他のサキュバスに慕われる分、逆に反感を買う事も多い。それなのにアンタはどうして……」
と、その時。
「ロ、ローズ様、お時間です」
審判ちゃんが足早にこちらに向かって来て、そう告げた。
「分かったわ」
「では、こちらに」
私はコクリと頷くと、審判ちゃんの後に付いていく。
「ベロニカ」
その前に、私は少し立ち止まる。
ううん、この場でその質問の答えを言ってもね……。
それなら正々堂々戦ってから答えを言った方がいい。
私は首だけを後ろに向けると、リョータちゃんがいつもやっているような、不敵な笑みを浮かべて。
「私に勝ったら教えてあげるわ。最後くらい全力で来なさい」
「……アンタも変わったわね」
その時のベロニカが、少しだけ笑っているように見えた。
「――さあ、先攻は現サキュバスクイーン、ローズ様です!」
ステージに立たされた私に、大勢のサキュバスと冒険者の視線が集まっているのが分かる。
だけど、さっきよりも何故か鼓動が落ち着いている。
もしかしたら、直前にベロニカと話したからかしら?
私は静かに、ゆっくりと息を吸い込んで、吐き出した。
「それでは、始めて下さい!」
――審判ちゃんの合図と共に、私はフワリと宙に浮かんだ。
この場の全員が見えるほどの高さまで浮かび上がると、夜空を舞うように飛ぶ。
上下に飛んでみたり、クルクルと回ってみたり。
何だか、こうして飛ぶのは久しぶりね。
そんな事を考えながら、私は視線を下に落とす。
サキュバスの皆も、さっきまで死んだ目をしていた冒険者達も、私を見つめている。
その奥に、リョータちゃん達の姿を見つけた。
「フフッ」
リョータちゃんも、ハイデルちゃんも、レオンちゃんも。
呆けた顔をしていて、私は思わず笑ってしまう。
リムちゃんは、流石に寝ちゃったみたいだけど。
私は最後に一番高く舞い上がると、夜空に横たえるように身体を反らす。
横を見ると、夜空には大きな三日月が、静かに浮かんでいた。
……あの時、ベロニカと見た月と同じね。
そうして、しばらく舞回っていた私は、ゆっくりとステージに舞い降りる。
すると、少し経ってからまばらな拍手が聞こえ、その音が段々と大きくなっていく。
やがて歓声や指笛なども聞こえ、私は微笑みながら手を振った。
「と、とても、幻想的で美しいパフォーマンスでした!」
「ローズ様ー! 素敵ー!」
「惚れ直したぜ、ローズー!」
「もうこの際結婚してくれー!」
「フフッ、ありがとう」
私は審判ちゃんや前列にいた人達にそう言うと、再び前を向く。
そして魔眼を発動させ、遠くにいたリョータちゃん達を見た。
三人とも、はしゃぎながら何か話している。
あっ、今リョータちゃんの背中で眠ってたリムちゃんが起きたみたい。
眠ってしまった事に気が付いたのか、落ち込んでいるリムちゃんに、リョータちゃんが困ったように笑っている。
と、その時、瞳を紅と紫に光らせたリョータちゃんと目が合った。
お互いに魔眼を使っているからか、遠くでもちゃんと目が合っていることが分かる。
今回、最初は文句を言いながらも、なんだかんだでリョータちゃんは色々助けてくれた。
本当に、ありがとう。
私はそう伝える代わりに、リョータちゃんに投げキッスをする。
するとリョータちゃんは目を見開き、顔を赤くさせてたじろいだ。
「ローズ様、それでは」
「分かったわ」
私は目の前の皆に手を振りながらステージを降りると、それと同時に反対側の階段からベロニカが登ってきた。
「さあ、続いてはローズ様からサキュバスクイーンの座を狙う、ベロニカ様です!」
ベロニカ……私は確かに、サキュバスクイーンに向いていないかもしれない。
でもね、約束したじゃない。
今と同じような三日月が夜空に浮かんでいた、あの時に。
「さあ、それではベロニカ様、どうぞ!」
ちゃんと見させて貰うわよ、ベロニカ。
今のあなたの全てを――。
――ステージの上に、二人のサキュバスが並んで立っている。
二人は真剣な面持ちで正面を見据えており、それを固唾を呑んで見守る魔族達。
そしてステージの脇で静かに待機していた審判が、声を張り上げて話し出した。
「それではこれより、第三試合の勝者を発表します!」
その言葉と同時に、一気にこの場の緊張感が高まる。
一体どちらが選ばれるのか。
一体どちらが真のサキュバスクイーンなのか。
皆一同分からない中、後方に立っている一人の人間は確信していた。
この勝負、どちらが勝ったのか、ハッキリと。
そしてその人間はこの静かな中でも聞こえない声で、遠くにいるサキュバスに言い放った。
「やったな」
そして今、ここに。
「勝者は――ローズ様ですッ!」
真のサキュバスクイーンが誕生した。