第十六話 決闘は今日も白熱だ!⑨
「それじゃあ、私はこの子達を送っていくから」
「じゃあな、にーちゃん達」
「魔王様、お休みなさーい」
「またねー」
「おう。あと、お菓子食べたんならちゃんと歯ぁ磨けよー」
第二試合に負けた後。
ベロニカは次の試合までの休憩時間で、手下を引き連れてサッサと退却。
残された俺達とベロニカ派ではないサキュバス達は何とも言えない空気になっていた。
そりゃあ、まさか孤児を利用して勝つなんて思っても無かったし。
だけどレオンに『最終的に一番空気を変にしたのはリョータ、貴様だぞ』と言われた。
何でだよ、お前はオネショタの素晴らしさってのを知らないのか?
カインとジータのペア、略してカイジーは見てるだけで心ホッコリするだろうが。
いや、考えてみればカインとリーンのペアもなかなか……。
……うん、オネショタトークに捕らわれそうになった。話を戻そう。
第二試合には負けてしまったが、決して子供達は悪くない。
俺はこんな時間に五、六歳の子供を。
更にこんないかがわしい場に連れてきてしまったことを申し訳なく思いながら、リーンと子供達を見送っていたのだった。
「さーてと、残すは後一試合か……」
最後の試合内容、それは美しさだ。
サキュバスと言ったら、何と言ってもその美顔に美脚に美乳。
全ての美を兼ね備えてると言っていい程の美貌を持っている。
第三試合では、その自身の美貌を見せつけ、より多くの男の票を集めることで勝ちとなる。
第一、第二試合では、俺が冒険者達にサキュバスに対しての恐怖心を植え付けてしまったせいで、試合内容等々が大幅変更となってしまった。
しかし、流石に第三試合は多くの男達に協力して貰う必要があるため、只今審判が冒険者達に説得に言っている。
なんだかんだ、審判の娘にも大変な事させちまってるな。
後でお礼言わないと……。
「「「…………」」」
「…………」
そんな事を考えている俺の後ろから、三人の視線が刺さっているのを感じる。
チラと後ろを見やると、ハイデル、リム、レオンの三人が俺を見ながらボソボソ話し合っていた。
「お前らなぁ。確かに健全な奴からしたら俺のは変人そのものだけど、俺の趣味に文句があるんなら話してみろや」
「い、いや、そういう事ではないのですが……」
ぶっきらぼうにそう言う俺に、ハイデルが複雑な顔をしながら頬を掻く。
「じゃあ何だよさっきっからさ」
「お、お兄ちゃん、気付いてないんですか……?」
「何がだよ?」
質問の意味が分からず首を傾げると、リムの代わりにレオンが話を紡いだ。
「リョータ、先程貴様がベロニカに対して怒りを露わにしていた時……凄まじい威圧を放っていたぞ」
「……はぁ?」
い、威圧?
この俺が?
「威圧って、どんな……?」
「それが……以前ブラックドラゴンを相手に本気になった、リーン様と同等な迫力でした。勇者レイナには多少劣りますが、それでも、この私でも思わず身震いしてしまうほどに……」
「いやいやいや、何言ってんだよ。威圧って……このルックスにレベルで威圧なんて放てるわけない……」
と、俺はハイデルの言葉を否定しようとしたが、途中言葉に詰まった。
……確かに、さっき俺がベロニカに近付いてたとき、周りがいきなり静かになってたよな。
今まで童貞言われてムキになって怒ってたけど、今回は結構ガチで怒ってた。
あのベロニカやリーンが、その時緊張したような顔になってたし……。
「もしかしたら、貴様のその魔神眼の力かもしれんな。何せ、初代魔王が持っていた伝説の魔眼だ。威圧ぐらい放てるやもしれん」
「マ、マジ……?」
俺、ただ眼を光らせて相手をビビらせる威圧眼なんてオリジナルの技作ってたけど……。
マジで実在するの、威圧眼?
「そういえば、他にも思い当たる節がある気がする……!」
あれは、まだ俺がレイナ達と知り合ったばかりの頃。
そう、最初のアダマス教団の幹部、エドアルドが現れたときだ。
その時、カインの前で親を自分達が殺したことを誇らしげに語っていて、それに対して俺は半泣きながらもブチ切れたことがあった。
その時も、エドアルドは冷や汗を垂らしていたっけ。
もしかしたら、あの時も今みたいに……?
「……え? マジで? 俺そんな威圧放ってたの? や、やったあ! 威圧って強キャラだけが使えるアレでしょ!? つまり俺もチート野郎の仲間入り寸前!? やった、やった、やっ……」
「でも正直……ちょっと怖かったです」
「た……って、リムー! お兄ちゃんの事を嫌いにならないでー!」
俺が実は威圧を放てるという事実に喜び舞い上がっていたら、リムが困ったように笑って言ってきた。
「キャア!? だ、大丈夫です、嫌いになんてなりませんから! だ、だからいきなり抱きつかないで下さい……!」
折角強キャラになれそうなのだが、妹に怖がられるぐらいなら威圧なんてどうでもいいや。
「まあ、貴様の威圧も自らあの空気を壊したせいですぐに消えたがな。まったく、貴様はいつまで経っても変わらんな」
「ほっとけ。……ってそれより、ローズはどこだ?」
不機嫌そうなリムを見て癒やされながら、レオンに対してそう返していると、ふとローズが居ないことに気が付いた。
「そういえば、先程から姿が見えませんね」
「ホントだ。どこに行ったんでしょう……?」
俺と同じようにハイデルとリムがキョロキョロと辺りを見渡すが、どこにも居ない。
俺の眼でも見つからないって事は、相当遠くに行っているのだろう。
まさか今度こそトイレか?
「ま、その内戻ってくんだろ」
まあ、別にお花を摘みに行くぐらい俺達がとやかく言う筋合いもないしな。
リーンに怒られた反省点を生かし余計な事を言わなかった俺は、何となく空に浮かぶ三日月をボーッと眺めていた。
――会場から少し離れた街の夜道に、ベロニカとその手下の娘達が真っ直ぐ歩いていた。
「やりましたね、ベロニカ様!」
「一勝! 後一勝すれば、ベロニカ様は晴れてサキュバスクイーンの座に……!」
「…………」
周りの娘達がベロニカを囃し立てているけれど、当の本人は何も答えず、ただカツカツとヒールの音を立てながら歩いている。
「……ッ」
だけど、ベロニカはその足を止めた。
目の前に一人だけ立っている、私の姿を見て。
「……そこをどきなさい、ローズ」
ベロニカは私を一目見た一瞬目を見開いて、だけどすぐに吐き捨てるように言う。
「いいじゃない、少しくらい」
「今更、私と話? ハッ、笑わせないで」
微笑みながらそう言うと、ベロニカはバカにするように鼻で笑い飛ばす。
でもね、ベロニカ。
昔からのライバルだから分かるの。
あなたは焦っているときや後先が無い時に、親指と中指の爪を擦り合わせる癖があるのよ。
「ベロニカ、どうしてそんなに焦っているの?」
「焦る? いきなり何よ……」
「いつものあなたと少し違うくらい、分かるわよ。例え長く会えてなくたって」
昨日あの晩リョータちゃんが言っていた。
ベロニカはただ目立ちたいだけに見えるって。
勿論、私もそう感じる。
確かにベロニカは目立ちたがりで負けず嫌いだけど、あんな風に汚い手を使うような娘じゃなかった。
何より、自分がサキュバスだという事に誇りを持っていた。
だって……。
「ベロニカ、対戦相手の私が言うのも何だけど……」
私は真っ直ぐとベロニカの瞳を見つめながら、ハッキリと答えた。
「こんな事をしても、『お婆さま』のようにはなれないわよ」
「…………」
『お婆さま……?』『誰のお婆さまよ……』と、後ろの娘達がヒソヒソと話し出す。
だけどベロニカは視線を下に落としたまま何もしばらく何も言わず。
「……行くわよ」
たったそれだけを言うと、ベロニカと後ろの娘達は私の横を通り過ぎ――
(――分かってるわよ、それぐらい……)
その刹那、ベロニカは真横に居た私にだけに聞こえるような小さな声でそう言うと、そのままサキュバスの集会場の方向に消えていった。
「…………」
私はその後ろ姿を見つめたまま、しばらくその場に立ち尽くしていた。
しばらくして、私ゆっくりと身体を前に向けると、会場に向かって歩き出した。
…………。
ベロニカ、あなたは一体何に怯えているの?
何が、あなたをそこまで追い詰めているの?
昔馴染みでライバルのあの娘の心の奥深くにある本当の気持ちを、私はどうしても知りたい。
もし、サキュバスクイーンになることであなたの気持ちが晴れるのなら、私は喜んで負けて、あなたにこの座を渡した。
……昔の私ならね。
「あっ、居た居たー! オーイ、ローズー!」
ゴメンナサイね、ベロニカ。
今の私には、私が勝つことを信じてくれている仲間いるの。
皆のためにも、私は負けられない。
私、分かるのよ、あなたのこと。
本当は心の底から、本気でサキュバスクイーンの座を狙ってないって事ぐらい。
だけど私は本気であなたに勝ちに行く。
だって、ライバルですもの。
「先程聞いたのですが、あの審判の説得に冒険者達が根負けし、こっちに向かって来てるらしいですよ。なので第三試合は、内容を変えないようです」
「ついに最終試合ですね……! 私、何だか緊張してきました……」
「……なあ、今千里眼で冒険者達の事見てんだけどさ……何かアイツら、アンデットみたいな歩き方してるんですけど……」
「そ、それ程にあの時の心のダメージが大きかったのか……? ロ、ローズ、どうか此奴を怒らないでやってくれ……。ん? どうした?」
「フフッ、何でも」
いつもどうりの皆を見ていたら、何だか緊張がスッと解けたみたい。