第十六話 決闘は今日も白熱だ!⑧
「カイン達が居ないって、一体全体どういう事だ……?」
サキュバス達から少し距離を取った俺達は、リーンから詳しく事情を聞いていた。
「それが……私が孤児院に戻ったときから、もう三人の姿が無かったの。残ってた子達に訊いたら、トイレに向かったゴップとルドに、カインがついて行って……それから、孤児院のどこを探しても居なくなってたって……」
リーンは自身の胸の前で祈るように手を握り、心配そうに呟く。
孤児院にちょくちょく顔を出している俺は、大体の子供の顔と名前は覚えている。
ゴップとルドは、孤児院の子供の中でも年少組に入る。
二人はよく一緒に行動していて、結構なわんぱくっ子だ。
その二人なら夜中にリーンが居ない隙に抜け出すって事も考えられるが、二人には兄貴君こと、カインがついていた。
カインも元はだいぶ暴れていたが、今では性格も年齢も、孤児の中で一番大人だ。
そんなカインも一緒に消えているとなると……嫌な予感がする。
「もしや、またアダマス教団か……?」
「その可能性もあり得ますね……」
レオンがぽそりと呟いた言葉に、ハイデルが険しい顔で頷いた。
うん、その可能性は俺も一番最初に浮かんだ。
いや、だとしたら憲兵のおっちゃんは何やってんだよ……。
確かに普段から侵入者なんて概念が無い平和な国だから、警戒意識が薄くなるのは分かるけど……。
…………。
「………………」
普段あんなに強気のリーンが、微かに震えている。
そりゃそうだ、コイツが一番アイツらの心配してるんだから。
「なあ、ローズ」
俺は恐る恐る、ローズの顔を覗き込む。
最悪、もし本当にアダマス教団のせいなら、決闘なんてやっている場合じゃ無い。
正直この決闘よりもカイン達の方が大事だ。
申し訳ないが、一旦決闘は中止にしてもらう。
そう言いたいのだが、どうも口が上手く動いてくれない。
中止にしたら、今までの頑張りが無駄になってしまう気がして……。
「リョータちゃん」
何を考えているのか察したのだろうか、静かに俺を見ていたローズは微笑むと。
「大丈夫よ、この決闘を中止しましょう」
「ローズ……」
「だって、あの子達が心配何でしょう? もしあの子達に何かあったら、本当に取り返しが付かないじゃない。逆にこの決闘は、また次回にやればいいだけなんだから」
「そう……だな!」
「うん、本当にありがとうローズ!」
俺とリーンが同時に頷くと、ローズは微笑みながら頷き返した。
「ンンッ……全員注目ッ!」
俺は正門の真ん前に移動すると、サキュバス達に話し掛けた。
「今、孤児院から子供が三人居なくなった話はもう聞いたと思うが……。万が一の為、今から決闘は中止! 三人の捜索を行う!」
「はあ、何よそれ!」
「中止ってどういう事よ!」
中止の言葉に、サキュバス達の中で困惑の波が一気に広がる。
今のように野次を飛ばす者、三人を心配していたのかホッと一安心する者、その他にも反応は十人十色だ。
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
とそんな中、審判が手を挙げながら、俺の前に割って出てきた。
「確かに子供達も心配なのも分かります。ですが、まだベロニカ様が戻ってきていません! 中止を決定するのは、ベロニカ様が戻ってきてからでないと……!」
確かに、もうすぐ制限時間が過ぎるというのにベロニカの姿が無い。
そこで決闘を中止してしまったら、何も知らないベロニカにとっては納得がいかないだろう。
しかし……。
「悪い。もしまたアダマス教団の奴らのせいなら、冗談抜きで三人の命が危ない……」
本当は、こんな事言うのは俺の柄じゃないけど。
俺は自分の胸をドンと叩くと、大きく息を吸い、
「この事態の全責任は俺が取る! 不満がある奴がいんなら後でいくらでも聞いてやる! だから今は三人をみ――」
「そんな事、しなくていいわよ」
「つけ……て?」
俺の言葉を遮って、サキュバス達の最後尾から声が聞こえた。
俺やサキュバス達を含め、全員がそこに視線を向ける。
「ベ、ベロニカ!」
「アラ、ソコに居るのは負け犬ローズちゃんじゃないの」
サキュバス達が避けたことで出来た道を、ベロニカが悠々を歩いてくる。
その姿は一見、本物のサキュバスクイーンに見える。
が、俺はそんなベロニカよりも、その両手に繋がれている小さな手に目が行った。
まさか、オイまさか……!
「ゴップ! ルド!」
「あっ! なあルド、あそこにママが居る!」
「本当だ! ママー!」
そう、ベロニカの両手を握っていたのは、たった今探しに行こうとしていたゴップとルドであった。
そして、その後ろからもう一人。
「ゼエ……ゼエ……や、やっと追いついたぜ。オイおばさん、ゴップとルドをどこに連れてくつもりって……な、何だぁ!? このおばさんと同じ格好してる奴らがメッチャ居る!?」
「だからおばさんじゃないって言ってるでしょう!」
息を切らせたカインが、目の前の淫魔の集団に顔を真っ赤にしながらビビっていた。
「カインッ!」
「ね、ねーちゃん!? それに、にーちゃん達まで!?」
遠くの方に居るリーンや俺達に気付いたカインは、一段と目を見開く。
オイオイ、本当に何でコイツがゴップとルドとカインを……?
コイツは試合中のはずなのに、何で……。
……いや、違う。
もしかしたら……。
「ねえ、ローズの成績は何人だったの?」
「え、ええっと、ゼロですが……」
俺が先程とは違う意味で嫌な予感を感じていると、ベロニカは二人の手を引いて審判に聞く。
するとベロニカは、今までで一番勝ち誇った顔をして言い放った。
「ということは、3対0で私の勝ちね!」
「なっ……!」
あー! コイツきったねえッ!
ここの冒険者が自分の事相手にしないって分かってて、だから孤児院からコイツらを連れてきたのか!
なんて奴だ……ここまで勝ちにこだわるのかよ!?
それを聞いた審判は、顎に手を当ててしばし考え込む。
「確かに、この試合の内容は制限時間以内に男性をこの試合会場まで連れてくる事……例え子供でも、異性なら問題はありません!」
しんぱあああああああん!?
いいの!? そんなんでいいのぉ!?
そんな心の声など勿論聞こえるはずもなく、審判は手を挙げると。
「第二試合、勝者はベロニカ様です!」
「「「ベロニカ様ー!」」」
ベロニカを慕っているサキュバス達の、黄色い声が正門前に鳴り響いた。
「って、ちょっと待ちなさあああああい!」
が、リーンはすかさず正門の前からベロニカの元に駆け寄ると、ゴップとルドを引き剥がした。
「答えなさい、何でこの子達を勝手に連れてきてるの! 変な事したって言うなら容赦しないわよ!」
「アラ? これは先代魔王の娘、リーン様じゃありませんか」
そう丁寧な口調で話すベロニカだが、以前としてデカい態度は変えない。
「それは……そうね、この子に説明して貰いましょうか」
「はあ!? 俺!?」
ベロニカに指名されたカインは、目線を下に顔を赤くしながらベロニカの元に向かう。
カインぐらいの歳なら、ここら一体がサキュバス達で埋め尽くされ、ある意味いかがわしい事に気付いているのだろう。
「じ、実はな、ねーちゃん……」
カインは頭をバリバリと掻きながら、事情を説明しだした。
「俺がゴップとルドについて行ったら、廊下の窓の縁に座ってるこのおばさんが居たんだ。んで、『坊や達、まだ夜は早いわよ? さあ、こっちにおいで……』って言いいながら、その……」
そう言いかけて、カインは口籠もる。
「そのぉ……?」
カインに続きを促しながら、コワイ笑みを浮かべて拳を固めるリーン。
「た、谷間から……!」
「たに……ッ!?」
「大量のお菓子を出してきて、二人を連れて行っちまったんだ!」
「おか……し……?」
谷間という卑猥すぎるワードからお菓子という言葉が出てきて、リーンは間が抜けたようにガクッとなる。
「それで、ついて行っちまった二人を連れ戻すため、このおばさんの後を追っていたら、ここに来たんだ……」
「だからおばさんって言わないでって言ってるでしょうが!」
と、ベカインはチラチラと額に青筋を立てるベロニカの胸元を見ながら語り終えた。
「って、それじゃあこの女は、ゴップとルドをお菓子で釣ってここに来たって事!? この子達を攫ったどうこうより、そもそも誘惑じゃないじゃない! ただの餌付けじゃないのよ!」
「アラ? リーン様は何を言っているのかしら? 試合内容は、異性を誘惑する事。つまり、この私の美貌だとしても、甘いもので釣ったとしても、誘惑して連れてきた事には変わりないのよ」
「そ、それに、何で谷間にお菓子なんて詰め込んでるのよ!? 頭おかしいんじゃない!?」
「だって、この格好だと何か物をしまう場所なんてここしかないんですもの」
リーンの正論に対し、何とも反撃しにくい言い訳を言うベロニカ。
「クッ……!」
「ママ?」
「どうしたの?」
ゴップとルドはまだ幼い。
だから、自分達が利用された事に気が付いていないのだ。
首を傾げる二人を抱きしめながら、リーンはベロニカを睨む。
「…………」
そんな光景を、俺は静かに見守っていた。
自分が勝つために、このまだ子供の三人を利用したってのか……?
そんなの……そんなのって……。
「……? お兄ちゃん?」
「リョータ、どうした?」
何も言わずに俯く俺に、リムとレオンが首を傾げて話し掛ける。
俺はその二人を無視して、ゆっくりとベロニカの元に歩いて行く。
「アラ、アンタも何か不満があるの?」
「…………んな……」
「はぁ?」
そして、俺は視線を上げ、ベロニカの目を見ながら。
「ふざっけんな……ッ!」
…………。
その瞬間、この辺り一帯が水を打ったように静まり返った。
黄色い声を上げているサキュバス達、ほくそ笑んでいたベロニカ。
この場に居る全員の視線が俺に向いているのが分かる。
「な、何よ……」
俺が怒ったところでただ嗤われると思っていたが、ベロニカの生唾を飲み込む音が聞こえた。
「リョータ……アンタ……!」
しかも何故かリーンまで緊張したような顔になっている。
……まあいい、今はコイツだ。
俺は全力でベロニカを睨みつけると、
「テメエ……」
心の底から、思いっ切り怒りをぶちまけた。
「オネショタを何だと思ってやがるんだ、コノヤロオオオオオオオオオオォォ!」
「「「……は?」」」
その場に居る全員が、綺麗にハモった。
「は? じゃねえんだよこのクソビッチ! オネショタを何だと思ってるんだって聞いてるんだよ!ああ!?」
「は、はあ……!?」
訳が分からないと言った顔をしているベロニカに、俺は拳を握り締めながら叫ぶ。
「いいか!? オネショタや百合って言うのは神聖なものなんだよ! 汚れなんて一つも無い、見ているだけで心が洗われる素晴らしいものなんだ! なのにテメエは私利私欲のためにこの二人を利用しやがって……! こんな汚えオネショタ、俺は絶対に認めねえッ!」
「え、ええ……?」
「ジータを見習え! アイツのロリやショタに対する優しさや愛を見習えよ! 許さねえ……絶対に、お前だけは……!」
「リョータ……アンタ……」
何故か今度はこの場の全員の嫌な視線を感じる。
だけど、本当に許せないんだ。
だって……こんな……こんな……!
「絶対に勝つぞ! 勝って俺の事を弄んだことや、ゴップとルド、それにカインを利用したことを後悔させてやるさせてやる! な、ローズゥ!!」
「え、えええええええええ……」
こうして、サキュバスクイーンの座をかけた決闘の第二試合は、ベロニカの勝ちで終わったのだった。
この前、初めての誤字報告がありました。
わざわざ誤字報告をしてくれた嬉しさと共に、もう少し気を付けなくてはと気持ちを引き締めることが出来ました。
この場をお借りして、誤字報告をしてくださった方にお礼申し上げます。
本当にありがとうございました!