第十六話 決闘は今日も白熱だ!⑦
少々時間が流れ、第二試合が始まった。
再び魔王城の正門前に集まった俺達に、審判がカンペを見ながら説明をする。
「第二試合は誘惑勝負。サキュバスクイーンなら男を堕とせて当たり前。なのでお二人には今から、この国の男性の方々を誘惑して貰います。制限時間は三十分。制限時間以内に、この国の男性の方々を誘惑しより多くの男性を引き連れて再びこの場所に戻ってきた方の勝ちとなります!」
第二試合の内容は、実にサキュバスらしいものだ。
サキュバスというものは普通、相手にエッロエロな夢を見せて精気を吸い取る。
しかし、わざわざサキュバスが夢を見せるのは、精気を吸い取る効率が良いかららしい。
小耳に挟んだ話なのだが、サキュバスは普通に興奮状態の男からも精気を吸い取れるとのこと。
確かに、自らターゲットに誘惑して興奮させるよりも、寝ている隙にちゃちゃっと吸い取らせて貰えばオールオッケーだ。
しかし、コイツらの遠い遠いご先祖様、まだ魔法がここまで進歩していなかった時代は、普通に誘惑して男を誘い、もっと言うならそのままベッドイン、なんて事もあったそうな。
この第二試合の内容は、その頃から代々伝わる、言わば初心忘れるべからず的な習わしなのだろう。
「…………」
しかし、うちのローズは今更ながら、非常に残念なことにそういった誘惑の類いは苦手だ。
さっきから遠目で表情を見ているが、明らかにローズの顔が強ばっている。
一方ベロニカは先程のような挑発的な笑み……は浮かべていなかった。
それどころかさっきよりもちょっと表情が引き締まっているというか何というか……。
まあ確かに、もしこの試合に負けたら2-0で負けが確定するのだから、そうなって当然と言えば当然だが……。
「…………ッ」
まあ、そんな顔してようが結局はさっきみたいにインチキやズルを使って来るだろう。
そんな事は分かっているが、今はローズを信じよう。
大丈夫、ローズだって覚悟決まってるんだ。
「……ッ……ッ」
……。
よし、ローズの事はこれくらいにして、そろそろ隣を気にしようか。
「なあ、さっきから何ソワソワしてんだ、リーン」
そう、さっきからリーンに落ち着きがない。
まるで何かを気にしてるような何というか。
「もしかしてトイレか? いいぜ、トイレに行っトイレ」
「デリカシーの無い上に、しょうもないことを言う口はどこかしら~? あと、違うから」
「ふ、ふいましぇん……!」
軽い口調で低レベルのダジャレを言い放った俺を両頬を、右手で思いっ切り挟むリーン。
その力が強すぎて、リーンの指が俺のほっぺを通して歯茎にめり込みそうになっている、って痛い痛いッ!
力強すぎんだよこの女、ゴリラか!
「プハッ! じゃ、じゃあどうしたってんだよ……?」
リーンの手から逃れた俺が頬を擦りながら訊くと、リーンはある方角を見つめながら言った。
「いや、あの子達がちゃんと寝てるか心配なのよ。もしかしたら、まだ遊んでるかもしれないし」
「あー」
確かに、父ちゃん母ちゃんが仕事や用事で居ない夜は子供にとってのフィーバータイム。
昼は大人しくても、夜に保護者が居ないと暴れ回りたくなるのが子供というものだ。
無論、俺もそうだった。
しかしリーンは、ローズの試合の行方も気になっているようで……。
「ううん……見に行ったらいいじゃないか? 試合の結果は、後で俺が伝えるからさ」
「そう……なんだけど……」
どうやらリーンは、子供達もそうだが、ローズの事も同じくらい心配しているご様子。
カーッ、だから何で俺以外には優しいの? 酷くない!?
そろそろ俺にもそういった優しさの片鱗みしてくれよ!
……まあしかし。
「ローズを信じようぜ。あんなに自信満々に言ってくれたんだ、もしかしたら大丈夫かもしんないしな」
「……そうね」
「だからちゃっちゃっと行ってこい」
「ん」
リーンは短くそう答えると、足早にその場を去って行った。
さてと、そろそろ試合が始まるかな。
リーンを目だけで見送った俺は、再びローズの方に視線を向けた。
「それでは、第二試合、始めて下さい!」
審判の開始の合図と共に、サキュバスの歓声が上がる。
ローズとベロニカはその歓声を受けながら、ゆっくりと街に向かって歩き出す。
その後ろ姿を見つめている俺達に、ローズはチラとこちらを振り向くと、小さく頷いた。
「大丈夫でしょうか、ローズさん……」
「信じようぜ。今の俺達には、ソレしか出来ねえ」
あんなに決め顔で言ってくれたんだ、絶対に勝つさ。
ローズとベロニカが消えていった街の闇を見つめながら、俺はリムに言った。
「――ううぅ……グスッ……!」
ダメでした。
「おいおい、おおーい! あんなに格好良く去ったってのに結局こーなるのかーい!」
「だって……だってぇ……!」
試合が始まって二十分ちょっとたった頃。
街の闇の中からこちらに戻ってきたローズは、すでに涙で顔がぐしゃぐしゃだった。
そんなローズを、周りのサキュバス達が複雑そうな面持ちで見てくる。
分かる、分かるよ。
こんなのがサキュバスクイーンなのかって気持ちよく分かる。
ちなみに、ベロニカはまだ戻ってきていない。
「しかし、普段から男共に避けられている貴様が、ここまでになるとは……一体なのがあったのだ?」
「じ、実は……」
レオンがため息交じりにに訊くと、地べたに崩れ落ちて泣くローズは嗚咽混じりに応えた。
「私、冒険者ギルドに向かったんだけど……そこに居る冒険者達が、私を見るなり顔を真っ青にして逃げだそうとして……!」
あの連中が?
おかしいな、アイツらは普段からローズの扱いとかには慣れてるはずなんだが……。
「私が心配して近づこうとしたら、『く、来るなぁ!』ってもの凄い剣幕で追い払われたり、あのワンちゃんなんて、『サキュバスコワイ……』って死んだ目で永遠と呟いてるのよぉ!」
ワンちゃんとは、恐らくヒューズの事だろう。
「確か、この前まで冒険者達はサキュバス達に骨抜きにされていたはずでは? それ本当なら、この短期間で一体何があったのでしょうか……」
ローズの言葉に、うむむと顎に手を当てて考え込むハイデル。
……ん?
何だろう、何か変な感じだ。
(オイ、リョータ……)
それは隣に居たレオンも同じようで、コソッと俺に耳打ちしてきた。
(その顔……貴様も何か思い当たる節があるのでは無いか?)
(うん。何だろう、思い出せないのに、メッチャ冷や汗が出てくるんだよ……)
何だろう、本当に嫌な気がする……。
と、その時、バッと顔を上げたローズの放った言葉が思い出す決定打となった。
「あと、冒険者の一人が言ったのよ! 『サキュバスは皆ババアだ……信じちゃダメなんだ……』ってえ!」
……あ。
(オイ、リョータ! もしかしなくても、冒険者達がああなったのは貴様のせいではないか!)
「…………」
(おい、こっちをみろ! オイ!)
ドスドスと俺の脇腹を小突いてくるレオンに対し、俺は黙りを決め込む。
そして遠目でローズを見ながら、小刻みに身体を震わした。
ヤバイヤバーイ、ヤバヤバーイ!
どうしよう、完全に俺のせいじゃん!
畜生、ローズとベロニカの立ち位置を均等にするために行った事が、こうして返ってくるなんて……!
そういえば、第一試合の時も、諸々の事情があって試合内容変わったんだよな。
つまり、この会場に男を呼び込めなかったのは、俺があんなこと言い放ったから、冒険者達がサキュバスに対して恐怖心を抱いてしまったわけで……!
って、それも完全に俺のせいじゃーん!
遠くから引きつった笑いを浮かべると、ローズは涙を溜めた目でゆっくりとこちらを見据え。
「……リョータちゃん」
「申し訳ございませんでしたああああああああああああああッ!」
俺はハイ・ジャンプを使っていないにも関わらず高く飛び、ズザザーっと膝とおでこを地面に擦りつけながら土下座した。
「ゴメンナサイイイイイィ! ホント、こんな事になるって思ってなかったんですうううぅぅ!」
「ま、魔王様!? いきなりどうされたのですか!? まさか、この事と何かご関係が……!?」
「もうこの際、靴を舐めろと言われたら喜んで舐めますうううぅぅ! 鞭で叩くというのなら喜んで尻を差し出しますうううぅぅ! だから、だから、何でもしますから許してくくださああああああいッ!!」
「お兄ちゃん、何言ってるんですか!? サ、サキュバスの皆さんが凄い目で見てきてますよぉ!」
自分のおでこを地面に擦りまくり、摩擦で炎が上がりそうなほど全力で謝り倒す俺。
そんな俺の背後から、ハイデルの驚いた声と、リムの周りの目線を気にする声が聞こえてくる。
だが、俺は謝るのを止めない。
本当に、本当に本当に、このままではコイツはやりかねない。
この前、執務室でローズが俺に言ったあの言葉。
『リョータちゃんの部屋に忍び込んで、毎夜中年のおじさんにイタズラされる夢を見せるわよ?』
嫌だ! 絶対にそれだけは嫌だあああああああああぁぁ!
俺は周りからのサキュバス達の視線や、魔王のプライドなんて知ったこっちゃないと言わんばかりに謝り続けた。
「え、ええっと……」
流石に度が過ぎていたのか、ローズの狼狽えた声が聞こえて来た。
と、ソレと同時に、遠くのサキュバス達の会話が聞こえて来た。
「す、凄い……何でか分からないけど、魔王様に頭を付かせるなんて……!」
「もしかして、ローズ様って、ベロニカ様よりも凄いのかな……?」
「きっとそうだよ! ベロニカ様って魔王様にフラれたらしいって噂で聞いたけど……あのベロニカ様さえフッてしまう人を、ローズ様がアソコまで言わせてるんだから!」
うん、何か凄い勘違いしてない!?
何? 俺がローズの尻に敷かれてるって言いたいの!?
酷くない!? ローズの悪夢の恐怖と、サキュバス達の屈辱的な勘違いで、涙が溢れてきたんですけどぉ!
「くっ……ううぅ……!」
「リョータちゃん、確かに怒ってはいたけど、泣かなくても……」
そんなローズの呟きは、サキュバス達の話し声に掻き消されていき……。
「み、みんな!」
「「「「「ッ!?」」」」」
代わりに、こちらに戻ってきたリーンの切羽詰まった声が響いた。
「ど、どうしよう!? ねえ、どうしよう!?」
「リ、リーンさん、どうしたんですか!? 一旦落ち着いて下さい!」
目を動揺で泳がせ、呼吸が不規則なリーンを、リムが慌てて慰さめる。
こんなに狼狽えているリーンを見たのは初めてだ。
コイツは確か、孤児院に向かったんじゃ……。
……!?
「オイ、アイツらに何かあったのか!?」
嫌な予感がし、リーンの両肩を掴んでそう訊くと、リーンは少しだけ潤んだ目で。
「カ、カインと、ゴップとルドがどこにも居ないの!」
その挙げられた三人の名前は、孤児院の男の子の名前だった。