第十六話 決闘は今日も白熱だ!⑤
俺が厨房から飛び出し元の場所に戻ると、ローズが膝を突いて居た。
一瞬間に合わなかったかと顔を顰めたが、よく見るとローズは水晶玉からは未だに手を離していなかった。
流石腐っていても四天王、根性がある。
だが、本当にギリギリといった感じで、苦しそうに呼吸を荒げていた。
「フフッ、アハハ。ホラ、頑張って頑張って」
そんなローズの横で、ベロニカが実に楽しそうに挑発していた。
しかも片手で水晶玉に手を置き、もう片方の手で紅茶を啜りながら。
なんて歪んだ野郎だろう。
このリョータさんもビックリだよ。
「オイ、勝負の最中何を飲んでいるのだ! コレは反則ではないのか!?」
「アラ何よ? コレはただの紅茶よ? ポーションじゃなければいいでしょう?」
レオンの野次に対し、ベロニカは涼しい顔でそう返す。
「た、確かに、ポーションじゃなければ宜しいですが……試合中の飲食はちょっと……」
「何?」
「ヒエッ、な、何でも!」
オーイ、しんぱーん!
審判が言い負けてどーするよ!?
……しかし、良いことが聞けた。
ポーションじゃなければ何を飲み食いしてもいいのか。
ならば好都合……!
「ローズ!」
「リョ、リョータ、ちゃん……」
俺はサキュバス達の壁を抜けると、ローズの元へ駆け寄る。
「ハイコレ、差し入れ!」
「さ、差し入れ……?」
そして俺が手に持っていたコップをローズに差し出す。
「リョータちゃん……コレって……?」
「うん、ただの差し入れ」
「いや、でも」
「ただ差し入れ」
「だか――」
「差し入れ」
「……わ、分かったわよ」
ソレを渋々受け取ったローズは、意を決したように翡翠色をしたコップの中身を呷った。
「……意外と美味しいわね」
「そりゃよかった。で、どうだ?」
「どうって……アラ?」
コップを俺に返したローズは、自分の水晶玉を少し驚いたように見つめた。
「凄い、一瞬で魔力が回復したわ!」
「へっへっへ、そりゃよかった」
魔神眼で見て分かる。
ローズの身体から凄まじい魔力が溢れ出していた。
よし、コレでオッケー!
「って、ちょっと待ちなさいよ!」
「何だようっせえな」
「な、何よソレは!」
とここで、ベロニカがカップ地面に叩き付け口を挟んできた。
「何だよじゃないわよ! ソレ、どう見たってポーションじゃない! ねえあなた!」
「え、ええっと、ポーションを使用した場合、反則負けになりますが……」
ベロニカが審判に抗議すると、審判も怖ず怖ずとそう言ってきた。
確かに、さっきのアレを飲んだローズは魔力が回復した。
いや、回復したというより向上した。
しかし、アレは断じてポーションではない。
俺は顔を上げると、爽やかな笑みでこう返した。
「ただの果物ジュースです」
「嘘言ってんじゃないわよ! 色的にどう見たって果物の類いじゃなかったわ!」
「翡翠の実のジュースです」
「いやさっきローズが魔力が回復したって言ってたんだからどう考えたって――」
「ジュースです」
「だか――」
「ジュースです」
ベロニカの言葉を遮り、ただただジュースだと主張する俺。
そんな最中にも、ちゃんと勝負は続いている。
チラと横目で見ると、ベロニカに魔力を送っていたサキュバス達の顔色が悪くなってきていた。
いくら大勢の魔力だからって、いつかは尽きることがある。
やがてサキュバス達は魔力を使い果たしたのか、へなへなとその場に座り込んだ。
「ああっ、クソ……このインチキ野郎!」
サキュバス達からの魔力の供給がなくなり、自信の魔力で水晶玉を輝かせなくなってしまったベロニカは、顔を真っ赤にして俺に食って掛かる。
「オイオイ、だからただのジュースっつったろぉ? テメエだってさっき紅茶飲んでたんだ、なら当然こっちだってジュースを飲む権利がある」
「いや、あの、どちらも出来れば試合中の飲食は……」
「まあ取りあえず、お前も精々頑張れよ~?」
「く、くうぅ……!」
審判が何か言った気がするが、生憎と俺の耳は都合の悪いことを遮断する作りになっている。
俺は片手を上げながら元の場所に戻って行くと、そこには何とも言えない表情をしたリーン達が。
「アンタねえ……ゴリ押しで何とかなったけど、普通に反則だからね?」
「何だよ、向こうがインチキしてんだったら、こっちだってインチキで対抗するっきゃねえだろ」
「相手が相手なら貴様も貴様だな……」
「おっと、それは褒め言葉として受け取っておこう」
目には目を歯には歯を。
インチキにはインチキだ。
「さてと、やっとコレでフェアな戦いになったな」
「いや、ローズさんの魔力が増えてるからフェアとは言えないんじゃ……」
「ガンバレー、ローズ!」
「ちょ、ちょっとぉ!」
生憎と、俺の耳は都合の悪いことを遮断する作りになっている。
ソレは愛しの妹に対しても例外ではない。
「あ、魔王様!」
「おおっ!」
とそんな間にも、試合が一気に形勢逆転していた。
今度はベロニカが地面に膝を突き、ローズがソレを見下ろしている。
「クッソ……あの童貞、余計な事して……!」
「ベロニカ……」
ローズがどことなく悲しそうにベロニカを見つめる。
コイツは今、一体何を思っているのだろうか。
この二人の過去をまったく知らない俺には、ソレが分からなかった。
そんな事を考えている間に、遂に。
「クッ……!」
「ああっ、ベロニカ様!」
ベロニカは水晶玉から手を離し床に手を突いた。
ソレを見た審判が、これでいいのだろうかといった顔をしながらも手を上げ。
「い、一回戦目! 魔法の技量勝負は、ローズ様の勝利です!」