第十六話 決闘は今日も白熱だ!④
――遂に、その日がやって来た。
今の時刻は夜の九時過ぎ。
バルファスト魔王国のよい子達が、ベッドに入っている頃だ。
しかし今夜は熱帯夜だから、多分眠れていないんじゃなかろうか。
空には綺麗な弧を描いた三日月が浮かび、静かに魔王城を照らしている。
そんな魔王城の正門の前で、戦いの火蓋が切られようとしていた。
「あんたをサキュバスクイーンの座から引きずり下ろして泣かせてやるわ」
「それはこっちのセリフよベロニカ。あなたの好きにはさせない」
ヤンキーがメンチを切るかのように、お互い目を離さずに挑発するサキュバス二人。
そんな二人の周りをグルリと囲うように、大勢のサキュバス達。
そんな光景を、俺は少し離れた所で見ながら。
「何だろう……AVの女子プロレスの開幕を見てる気分だ……」
「何言ってるのか分からないけど、ロクでもない事考えてるでしょ」
俺の独り言に、隣のリーンが顔を顰めて反応した。
「んだよ、たったそれだけの発言だけでエロとか決めつけんじゃねーよ。お前ってもしかしてムッツリーニなの?」
「ぶっ殺すわよ? あんたの鼻の穴がデカくなってるからそう思っただけよ」
「おっといけね」
「二人とも、今はそんな会話をしている場合ではないだろう……」
そんな俺とリーンの会話に、レオンが呆れ気味に言ってくる。
「しかし、遂に始まってしまいましたね」
「そうだなぁ」
ローズと同じ悪魔族だからか、四天王だからか。
ハイデルは少しだけ心配そうにローズを遠巻きに見つめる。
最初はまったく協力する気なんざ無かったのに、今となってはローズのバックアップしてるんだもんなぁ。
まあバックアップっていっても、俺がやったことは全部無駄だったけど。
「とにかく、今夜中に全て決まるんですね……あふ……」
真剣な面持ちでそう言った途端あくびをしてしまったリムは、締まらなかった事を恥じているのかコホンと咳払いをした。
「……リムよ。恐らく此奴らの決闘は夜遅くまで行われるだろう。貴様はもう床に就いてはどうだ?」
「レオンの言う通りだぞ。リムはよい子なんだから、おねんねしなさい」
「子供扱いしないで下さい! 大丈夫です、眠くないです!」
眠そうなリムにレオンがそう提案しそれに俺が乗っかると、リムはそう言って懐から水筒を取り出す。
俺とレオンは何故水筒なのかと首を傾げたが、その水筒を一気に呷った瞬間何かを堪えるように目をギュッと瞑ったリムの反応にピンときた。
どうやら、中身は眠気覚ましのコーヒーらしい。
もうっ、無理してコーヒーをチョイスするところとか超可愛い。
「ちょっとソコ! 何気に私達の存在を忘れてるんじゃないわよ! こっちを見なさいこっちを!」
「ヘイヘイ」
なんて思ってると、ローズがこちらをビシッと指差して言ってきた。
それに対してきとうにあしらうと、俺は手を叩いて軽い口調で言った。
「んで、今結構な人数が居るわけだけど、あまりうるさくならないようにしろよ。騒ぎすぎると街の連中に迷惑になるからな」
「うっさいわね童貞魔王、保護者面するんじゃなわよ」
「ああん!? 魔王様が国民の安眠を守るのは当然だろうが! ってか、今更だけど俺は魔王様なんだぞ! もっと言葉を慎みやがれ!」
「あんたが一番うるさいのよ」
ベロニカにムキになって叫んでしまい、横からリーンにスパンと叩かれた。
「っていうか、あの人まだ生きてたの?」
「どうする? 私まだあの人許してないんだけど……殺る?」
「ううん、だけど四天王やリーン様までいるし……次の機会に殺っちゃいましょ」
周りのサキュバス達が俺に聞こえる声でヒソヒソと話し合っている。
オマケに色んな方向から向けられる蔑むようなゴミを見るような視線が俺に突き刺さる。
流石にあんな事を言ったら、そら嫌われるわな。
っていうか、今もの凄い事言わなかった?
「あの……そろそろ初めても宜しいでしょうか……?」
「あ、ゴメン」
俺が身の危険を感じ身震いしていると、横から一人のサキュバスが怖ず怖ずと訊いてきた。
彼女はサキュバスだがベロニカの手下という訳ではなく、この決闘の審判である。
「そ、それでは、コレよりローズ様とベロニカ様による、サキュバスクイーンの決定戦を行います!」
彼女はビシッと手を上げて宣言すると、場が一気に湧いた。
「まず、一回戦目は魔法の技量勝負! サキュサキュバスクイーンは我々サキュバスよりも魔法の正確さや技量が求められます。その為これからお二人には、どちらが魔法の技量が多いのかを起訴って貰います!」
まずはこの一回戦、取っておきたいところだ。
ベロニカの実力は知らないが、魔法に関してならローズが有利であろう。
……しかし、先程から気がかりな事がある。
確か一回戦目の試合内容は、男に催眠魔法を掛け、相手より多く眠らせた方の勝ちという内容だったはず。
それなのに、この場に居る男は俺とレオンとハイデルだけだ。
「一回戦目の内容は、この国の男性に催眠魔法を掛け、より多くを眠らせた方が勝者……というのが恒例だったのですが、今回は諸々の事情があり、別の方法で魔法を競って貰います」
その諸々の事情が凄く気になるところだが、とにかく勝負内容が変わったらしい。
すると審判は、後ろで待機していたサキュバスに前に出るよう指示を出す。
そのサキュバスは、水晶玉のような物が載った台を押しながら前に出てくる。
「コレは触れて魔力を流すことによって光る魔道具です。普段この魔道具は、触れた対象の魔力の適正を調べる等に使用されますが、今回はこの魔道具を長時間一定の明るさで光らせた方が勝者となります!」
成程、一回線目はそういった感じか。
確かにコレなら魔力量とか技量とかを比べられる。
ローズとベロニカが前に出された水晶玉に片手を置くと、審判が手を上げた。
「それでは、試合開始!」
「ハァ……」
「フッ……」
その合図と共に、二つの水晶玉は強い輝きを放った。
どちらの水晶玉も光が強まったり淀んだりすることなく、一定を保っている。
成程、確かにコレは魔力量も技量も比べられるな。
ただ見てるだけだと、ただ水晶玉に手を置いているだけだが、恐らく俺の想像の数倍は難しいんだろう。
ソレを今の所、何の苦も無くこなしている二人は、流石としか言えない。
しかし、ローズは魔法に掛けてはうちの国でもトップクラス。
きっとローズはこの試合は勝てるであろう。
そう自信満々に、勝負のしばらく成り行きを見守っていたのだが。
「……ッ」
五分ほど経った頃だろうか、ローズの顔が曇り始めた。
「オ、オイローズ、大丈夫か……?」
「大丈夫よリョータちゃん、まだまだこれからよ……」
ローズは俺にニコッと笑うが、頬を一筋の冷や汗が垂れる。
「アラ? どうしたのよローズ。もうお終い?」
「全然。あなたこそ、そろそろ魔力が尽きる頃合いじゃないの……?」
「私は全然?」
しかし、対するベロニカは余裕の表情だ。
おかしいな、ローズの魔力量ってそこそこあるはずなんだけど……。
もしかして、ベロニカの方が単純に魔力量が多いのか?
まあ、だとしても技量ならばローズの方が分がある。
しばらく様子を見よう。
俺はそう思いながら、勝負の行方を見守る。
「……ッ……コレ、結構キツいわね……」
「アラアラ、もう根を上げてるの? もう歳なのかしら?」
「それよりベロニカの挑発の方がキツいんだけど!? っていうか、あなた私と年齢差ほど変わんないでしょう!」
顔を赤くして怒りながらも、水晶玉に魔力を流すローズだが、明らかに疲弊している。
それなのにベロニカは全然何ともなさそうだ。
「嘘だろう……あのローズが魔法で負けているだと……!?」
「ああ……あの魔法とおっぱいしか取り柄のないアイツが……!?」
「リョータちゃん、色々と余計よ!」
レオンに便乗して驚く俺に、ローズが目をバッテンにして叫ぶ。
その反応にもう少しいけるなと判断した俺は顎に手を当てしばし考え込む。
「……なあハイデル」
「何でございましょう?」
「いくらなんでもおかしいと思わないか? だってあのローズがあの状態なのにベロニカは全然余裕そうだし……」
「確かに……ですが、私の目には何か反則をしているようには見えません」
「そうなんだよなぁ……! でも、何か違和感があるって言うか……」
俺は腕を組みながら、必死に歯を食いしばるローズの横顔を見ながら目を凝らす。
いくらなんでも、ベロニカの魔力量が尋常じゃなさ過ぎる。
おかしい、絶対におかしい。
今までのアイツの行動を踏まえて、何かあるのは確かなんだけど……!
と、その時だった。
「ん? アレ、何だ?」
「どうされたのですか?」
「いや、何かベロニカの背中から紐みたいな何かが伸びてるんだけど……」
「紐? いえ、何もありませんが……」
ハイデルは目を凝らしながらそう言うが、俺には薄らボンヤリと見える。
物体ではない、紐状のモヤのような物が細長くベロニカの背中から出ている。
それは、サキュバス達の集団の中に続いていた。
って待てよ?
このモヤ、何度か見たことがあるぞ……。
レイナが戦闘態勢に入ったときのオーラ、この前リムの母ちゃんがストーカーに魔法を放った時のオーラ。
それによく似ている。
「……ああ!」
そうか、あれは魔力だ!
そうだよ、そう言えば俺って魔神眼持ってるから、魔力が直接見えるんだ!
って事は、あの紐状の魔力に繋がってる先は……。
俺はすぐさま千里眼を使い、魔力に繋がっている先の方を見てみる。
するとそこには集団の後方で、苦しい表情をしたサキュバス数人が、掌から紐状の魔力を出していた。
「オイ、オーイ! ベロニカ、テメエなに反則してるんだよ!」
「何よ童貞、勝負の邪魔すんじゃないわよ。アンタ達、コイツを取り押さえて」
「「「ハイ!」」」
「ってうわあ!? 何しやがる!」
インチキを見破り前に出て抗議しようとしたのも束の間、俺はサキュバス達に取り押さえられた。
「テメエ、遠くから自分の手下の魔力を送って貰ってるだろ! 反則してるぞコイツ! 審判、しんぱーん!」
「そ、そうなんですか!? ベロニカ様、それは明らかな反則です!」
「……フン、その証拠がどこにあるってのよ? 言いがかり言ってるんじゃないわよ!」
「た、確かに……コレと言った証拠が無い限り、反則負けにするのは……」
俺にインチキを見破られ少し目を見開くも、ベロニカが強気でそう言うと審判が怖ず怖ずと引き下がった。
ああもう、何で俺だけにしか見えないんだよぉ!
コレじゃあローズが負けちまう!
「このぉ! 離せやビチクソ共が! テメエらこんな野郎の手先で恥ずかしくないのか!?」
「だって、ベロニカ様の方がサキュバスらしいんだもの。ホラ、大人しく下がってなさいよ!」
「テメエら、もう怒ったぞ! 今からテメエらのブラジャー全部剥ぎ取ってやる! 覚悟しやがれ、俺はやると言ったらやる男だぞ!」
「「「ヒイ……!」」」
俺の脅しが通じたのか、一部のサキュバスが自分の胸元を押さえて一歩下がる。
それに対して俺に言ってくる声が一つ。
「絶対そんなことするんじゃないわよ!? さもないとぶっ殺すからね!」
「お前はどっちの味方なんだよリーン! いいじゃねえか、どうせ俺はクズでスケベな童貞魔王だよ! 今更コイツらに引かれたって、どうってこと……!」
「リムに影響が悪いって言ってるのよ! さっきからリムがドン引きしてるわよ!?」
「お、お兄ちゃん……流石にソレは……」
「今すぐ止めまぁす!」
可愛い妹に完璧に嫌われるのは何としても避けなくては……!
しかしどうしたものか。
アソコまで堂々とインチキしてるのに、何も出来ないなんて……!
こうなったら、こちらもインチキで対校するしかない。
だとしてもどんな?
「……ハァ……ハァ……!」
「ああ、ローズ様が膝を突いたわ!」
「だけど魔力を流すのを止めていない!」
考えろ……考えろ……!
今からベロニカの魔力供給を止めたとしても、ローズが負けるのはほぼ確定。
だけど俺にはサキュバス程魔力があるわけじゃないし、かといって魔力を相手に流すなんて芸当は出来ない。
何か他に、ベロニカの魔力を回復させる事が出来れば……!
魔力を……回復……!
「ッ!!」
「リョータ、何故魔王城に向かっているのだ!?」
「考えがある! ローズ、もうちょっと頑張れよッ!!」
俺は走りながらローズにそう怒鳴ると、魔王城に向かって一目散に駆けだした。
そうだよ……あるよ、ローズの魔力を回復させる方法が!
何だよ、あの時はただ道草食っただけだと思ってたのに、こんな時に役に立つなんて!
やっぱりツいてるぞ、俺!
なんて内心ガッツポーズを取りながら俺が駆け込んだのは魔王城の厨房。
その隅に設置してある魔道冷蔵庫を開けると、俺は『ある果実』を取り出す。
更にまな板と包丁を取り出した俺は、腕をまくるとニヤリと笑い。
「それじゃあ始めますか、キュー●ー三分クッキング!」




