第十六話 決闘は今日も白熱だ!③
「おや、魔王様、レオンお帰りなさいませ……って、ま、魔王様ァ!?」
「た、ただいま……」
魔王城の廊下を歩いていたハイデルは、レオンに支えられながら足を引きずって歩く俺に気付いた途端、悲鳴に近い声を上げた。
「ど、どうされたのですかその怪我は!? まさか敵襲ですか!? アダマス教団ですか!?」
「違えよ、ちょっとずっこけただけだって。な、レオン」
「……そうだぞ。見事な転びようだった」
「そ、そうなのですか……!?」
「それじゃあ、俺医務室に行ってくるから」
「そ、それなら私も……!」
「いや、レオンに肩借りてるから大丈夫だ。ありがとな……」
「は、はぁ……お気を付けて……」
若干腑に落ちない所があるのか、ハイデルは小首を傾げるながら見送る。
そして、廊下の角を曲がった瞬間、レオンが苦い顔をして言ってきた。
「まったく、ハイデルだから誤魔化せたが、他の奴らだったら即バレていたぞ……」
「そ、そうか?」
「そうだ。貴様、今の自分がどんな事になっているか分かってないのか? どう見ても集団による暴行をされたとしか思えん」
「ハハ……」
俺の盛大な爆弾発言投下によって、サキュバス達に集団リンチに遭った後。
防御力アップポーションのおかげで何とか生き延びた俺は、その場に残っていたレオンの転移版を使って、魔王城に帰ってきていた。
一応、サキュバス達に喧嘩売ってボコられました~なんて言えるわけないので、レオンとあのように口裏を揃えていたわけだが。
……それにしても、身体中が死ぬほど痛い。
ああ、怖かった……絶対夢に出てくるってアレ……。
サキュバス達に、殴られ蹴られるのは当たり前。
その他にも引っ掻き、皿の投擲、どこからか取り出した鞭で滅多打ちと、それはもう死ぬかと思った。
ああ……口の中が血生臭い……。
歯や骨が折れていないのは幸いだけど、痛いなぁ……。
「しかし、本気で怒った女というのは恐ろしいものだな……」
「何だお前、怖かったのか……?」
肩を貸して貰っているため、レオンが身震いしているのが分かる。
俺がからかうように訊くと、レオンはバッとこちらを向き。
「こ、怖がってなどおらぬわ! ただ昔、森の中でひ弱なブラッドファング一匹にキラーアントが群がっていた場面を思い出しただけで……」
「いや怖がってるじゃん」
ってか、端から見たら俺がボコられてたのってそんなんだったのかよ。
「とにかく、コレで平等にローズとベロニカが決闘出来るな」
「しかしよかったのか? 貴様、今後サキュバス共に恨まれるぞ?」
「別にー?」
確かにサキュバス達は全員美人だ。
そんな人達と仲良くなりたいと思うのは普通なこと。
だが、サキュバス達の顔とも呼べるローズやベロニカを見てきた俺にとって、そんな感情は次元の彼方にすっ飛んでいってしまった。
「ああいう多勢に無勢っていうのはいやだったんだよ。それにベロニカには個人的な恨みがあるからな。あの卑怯で姑息な奴には、痛い目に遭ってもらわねえと……」
「貴様……自分を客観的に見たことないのか?」
「…………」
レオンの的確すぎる指摘に、俺はゆっくりと視線を逸らす。
そうだね、卑怯で姑息って部分、超巨大ブーメランぶっささってるね!
「よ、よーし、サッサと手当てして作戦練ろうぜ! あとレオン、くれぐれもローズにあのこと言うんじゃねーぞ? 今度はローズにボコボコにされるから……」
「話を逸らすな」
「……すいません」
――医務室のポーションで怪我を治した後、外に出ると太陽はすっかり暮れて、空は紫色に染まっていた。
「あー、痛って……」
何となく風に当たりたくなった俺は、殴られた頬を擦りながら、魔王城の外壁の周りをブラブラと歩いていた。
それにしても最近、俺ってアックスに殴られて以来妙に怪我ばかりしている気がする。
このままじゃ俺、死ぬんじゃないか……?
いっそ部屋に引き籠もってようかなぁ。
なんて思っていると、俺の視界に見覚えのあるピンク色の髪が入った。
「ん? こんな所で何やってるんだ、ローズ」
「あら、リョータちゃん?」
城壁に背を預けて空を見つめていたローズに声を掛けると、少し驚いたようにこちらを向いた。
「別に、ただ星を眺めていただけよ。それよりリョータちゃん、こんな暗いのに明かり無しでよく私が分かったわね。私はサキュバスだから、夜でも目が利くけど」
「俺は魔神眼があるからな、真っ暗闇でも昼間みたいにくっきり見えるんだよ」
「改めて思うけど、魔神眼って凄いのね」
「そーだよなー」
なんて会話を少しした後、少しの間沈黙が流れる。
ローズは何か考え事をしているのか、ボンヤリと空を眺めている。
その光景が、何ともまあ幻想的というか、綺麗だというか。
まあ、ローズの年齢不詳を除けばだが。
「なあ」
「何?」
俺はその場の芝生に座り込むと、ローズに俺は今まで気になっていた事を言った。
「ベロニカってさ、本当は何が目的なんだろうな?」
「どういう事? ベロニカの目的は私が昨日……」
「この国の覇権を俺達から奪う、だろ?」
俺は地面に寝転がり、空に輝く星々を見上げながらポツリポツリと語る。
「確かにアイツって何でも一番になりたいって思ってそうな奴だよ? だからサキュバスクイーンになりたいだとか、国の覇権を奪うだとか聞いても納得出来る部分があった。でも、ま~だ何か引っ掛かるんだよな……」
ローズを負かしたいならサキュバスクイーン止まりでもいいはずなのに、わざわざ国の実質トップの座を狙っている。
何だか国を乗っ取るのが最終的な目的じゃなくて、ただ目立ちたいだけに感じるのだ。
まあ、それは俺の考えすぎかもしれないが。
「まあとにかく。目的云々を置いても、お前にはあのクソビッチを決闘でボッコボコにしてもらわなきゃだしな」
「リョータちゃん、ベロニカに随分根に持ってるわね……」
「当たり前だろ。童貞の純情なハートを弄ぶ輩は万死に値するからな。……新しく、『女性は童貞を弄ぶべからず』って法を作ろうかな」
「個人の問題でそんなバカみたいな法律作らないで!」
「ちなみにその方を破った奴は懲役三十年以上。最悪死刑な」
「重罪過ぎる!」
まあ、勿論冗談だ……半分は。
「ハハ、それじゃあ俺はもう部屋に戻るわ」
俺は立ち上がるとウンと伸びをして、踵を返そうとするが立ち止まる。
正直、ローズがベロニカに勝てる要素が魔法しかないという状況だけど……。
「絶対に勝とうな、応援してっから」
言うと、ローズは目を見開き、やがてニヤニヤとし始め。
「あら、リョータちゃんってば! 普段そんな優しいこと言わないクセに~」
「う、うるせえ!」
「照れてるの? ねえねえもしかしなくても照れてるの? ホラ、こっちを向いてご覧なさいな」
フードを被って顔を隠す俺に、ローズが楽しそうに言ってくる。
確かに自分でもくっそ似合わない事口走っちゃったなって後悔してた所だよ!
と、顔に熱を感じていると、ローズが何故か魔性の笑みを浮かべて。
「分かった、それじゃあもし決闘に勝ったら、私がデートしてあ・げ・る♪」
「何言ってんだババア」
……あ。
「ああん!? 何ですって!?」
俺が真顔でそういった瞬間、ローズは魔性の美女から鬼婆に変わった。
ヤッベー、条件反射で言っちまった!
「に、逃げるんだよおおおおおおおおおおお!」
「『パペット』」
「うおおっ、身体が動かねえ!?」
と、逃げようと思ったのも束の間、ローズの精神魔法により俺の身体が動かなくなった。
と思ったら今度は俺の身体がゆっくりとローズの元に歩いて行く。
ヤバイ、殺される!
「そう言えばリョータちゃん、昼間にギルドで『サキュバスって全員ババアだ』って言ってたみたいだけど……本当かしら?」
「ソ、ソンナコトナイヨ……」
何でええええええええええええええ!?
何でローズの元にその情報がああああああああああああああ!?
まさかベロニカの部下がローズにチクったのか!?
おのれビッチめええええええええええッ!
なんて心の中で怒っていると、ローズが俺の頭に掌を置いた。
「あっ、いやっ、ちょっ……!」
ヤバイ、俺の記憶を読まれてる!
今すぐ逃げ出したいけど……ああもう、精神魔法ってチートだなおい!
「……やっぱり、あの娘達の前で盛大に言っちゃってボコボコにされてるじゃないの……!」
「い、いや、それはしょうがないって言うかそもそもお前とベロニカの決闘を公平に行うために仕方なくって言うか……!」
「問答無用。サキュバスクイーンとして、配下をバカにしたリョータちゃんにはお仕置きしなくちゃねッ!!」
「いいいいいいいいいいいいいいいいやあああああああああああああああああ――ッ!!」
その夜、俺はもう一回医務室に行く羽目になりましたとさ。




