第二話 魔界の生活は今日も大変だ!⑦
――魔界生活四日目……を、飛んで五日目。
「あー! リョータさん、やっと部屋から出てきたんですか!」
魔王の間の扉を開けた俺に、箒を持ったリムが駆け寄ってきた。
「ああ。……ところで、他の皆は?」
「全員自分の部屋に居ますよ。あんまり元気そうじゃなかったですけど」
「まあ、うん……」
一昨日、ゴブリン討伐というクエストを請けた俺、ハイデル、ローズ、レオンはゴブリンの群れにやられ、死に物狂いで逃げてきた。
一応、ゴブリンの最低討伐数は超えていたので報酬は貰えたが、四天王の使えなさやこの世界の理不尽さに押しつぶされ、昨日まで軽いホームシックに陥り、ハイデル達と同じように今日までずっと部屋に引き籠もっていた。
「それよりもリョータさん。そのマントは一体……」
一昨日のことを思い出し、こめかみを押さえていた俺に、リムが俺の背中を見ながら訊いてきた。
俺の背中には、紫色の無地のマントが着いている。
「ん? ああコレか。俺の部屋のクローゼットの中にあってな。何か着けたら格好いいかな~と思って。どう?」
「その格好にマントは合わないと思いますが……」
「うん、着けといて何だけどあんまし似合わないよなこの格好……ところで、リムは掃除してんのか?」
「はい。サタン様が倒されてから、この部屋を掃除していませんでしたから。風魔法を使えば、この広い空間でも一瞬で片付けることも出来ますし」
リムも大変だな、まだ十歳なのにこんなにしっかり者で。
俺が丁度リムと同じ歳の頃、小学校のクラスメイトの女子なんか、掃除の時間にホウキ振り回して天井に穴開けてあっけらかんとしてた奴らばっかだって言うのに……。
俺は魔王の間を見渡すとリムに。
「……そういえばさ」
「何ですか?」
「前々から思ってたんだけど……ここってお前らしか居ないのか?」
俺の質問に、埃の山を箒で掃いていたリムは作業を止めて俺に向き直った。
「そうですけど……何でそんなこと訊くんですか?」
「だってさ、リムもアイツらも魔王軍四天王だろ。って事は、魔王軍は存在するって事だけど……なのにこの城で四天王とリーンしか見たことねえんだよ」
そう、この五日間、俺はこの魔王城で過ごしてきた。
しかし俺が城内を探検してたりトイレに行ったりしても、アイツら以外誰も見かけなかった。
一応この国の王城なら、門番や見回り兵がいるのは普通なら当然のことだ。
俺の言葉にリムは少し黙っていたが、やがて口を開いた。
「実は……戦争が終わった後、リーンさんが魔王軍を解散させたんです」
「解散!?」
しかもリーンが!?
驚きの表情を浮かべる俺に、リムは小さくため息をつく。
「サタン様が勇者さんに倒された後、リーンさんが魔王城の兵士さんを全員を集めて、全員家族の元に帰りなさいって言ったときには私も驚きました。でも、兵士さん達は元々全員平民だったから、凄く喜んでいたんですけどね」
「なるほど……う~ん?」
リムの話を聞いて、俺は腕を組んで唸った。
リーンは俺が魔王(仮)と知った途端、俺に冷たく当たってきている。
最初、人間が気に食わないのだろうかと思っていたが、どうも違うらしい。
そもそも、この国にはただ魔族が多いと言うだけで、普通に人間もいる。
この前知ったことだが、魔族には悪魔、ヴァンパイア、ダークエルフなど多くの種族がある。
しかし、そんな多く存在する魔族には、唯一の共通点がある。
それは瞳の色。
魔族の瞳の色は紅と紫の二種類であり、コレが魔族の象徴なのだと。
しかし、今俺の目の前にいるリムの瞳の色は青。人間だ。
もし人間が嫌いなら、リムを四天王にしないどころか、国中から人間を追い出すかするだろう。
だから俺は、実はリーンは魔王の座を狙っていたが、どこの馬の骨かも知らない俺に取られたのが嫌だったのだろうと思っていたのだが、もしそうなら魔王軍の兵士を家に帰したりするなんて事はしないはず。
だからこの二つの理由じゃなく、リーンは別の理由で俺のことを毛嫌いしている。
じゃあ、その理由は何なんだ?
理由はどうあれ、こう……もろに嫌いですと態度で取られるのは正直キツい。
心臓がグサッとくる。やられると一番心のダメージがでかいヤツだ。
「……まあ、今はいっか。ありがとな」
「はい」
俺はリムにそう言うと、踵を返して魔王の間を出ようとしたが、ふと足を止める。
「なあリム。ちょっとお願いがあるんだけど……」
「? 何ですか?」
首を傾げるリムに、俺は両手を合わせて。
「俺に、魔法を教えてくんないか?」
「――どの魔法も、イメージが大事なんです。魔法の詠唱は、その魔法のイメージ力を高めるために唱えているだけであって、イメージ力さえあれば簡単に魔法が使えますよ」
「成程……」
所変わって魔王城裏庭。
芝生の上に体育座りする俺に、リムがフフンと自慢げに魔法について語っていた。
俺に頼られたのがそんなに嬉しかったのだろうか。
とにかく言えることは、意外とリムが教えるのが上手いことと、可愛いことだ。
「それでは、早速魔法を放ってみましょう。初級魔法のスキルは取りましたね?」
「おう、ちゃんと取ったぜ」
「はい。まずは、私がお手本として魔法を放つから、よく見ていて下さい」
リムはそう言うと、片方の掌を突き出すとゆっくりと目を瞑る。
するとリムの掌が光り始め、バチバチと紫電が迸る。
「『スパーク・ボルト』ッ!」
そしてリムがそう叫ぶと同時に掌が一段と光り、紫電が真っ直ぐ城壁に飛んでいった。
「コレが電撃系の初級魔法、《スパーク・ボルト》です。体内の魔力を電気に変換し、相手に放つという魔法ですね」
「スッゲエ……! スゲえよリム! 俺、感動しちゃった!」
「た、ただの初級魔法ですよ。えへへ……」
一昨日ハイデルが見せたヘルファイヤよりかはインパクトに欠けるが、それでも魔法というだけで興奮しまくりだ。
目を輝かせる俺に、リムはそう言いながらも照れていた。
可愛い。
「それでは、リョータさんもやってみて下さい」
「分かった!」
リムにそう促され、俺は早速リムと同じポーズを取った。
まず、体内にある魔力を感じる……。
その魔力が血液と同じように身体を循環し、掌に集まっていくイメージ……。
すると俺の掌は次第に熱くなり、リムと同じように紫電が発生する。
「す、凄い……! 一回教えただけなのに……!」
リムのその実にお約束なセリフを聞いて、内心ガッツポーズを取った。
よし、いける!
そして俺は、目の前の城壁に向かって……!
「『スパーク・ボルト』ッ!」
次の瞬間、俺の掌に迸る紫電が更に強く光りだし……!
「…………」
「…………」
ひ、光だし……!
「……『スパーク・ボルト』ッ! 『スパーク・ボルト』ォ!」
俺の掌の紫電は、ただバチバチと音を立てるだけで、リムのようには飛んでいかなかった。
「な、何でだぁ!?」
そんな俺に、リムが申し訳なさそうな顔をしながら。
「た、多分、リョータさんの魔力量が少ないんだと思います……。本来魔法は、魔力量の多い魔法使い職が取るのが当たり前ですから、リョータさんだと飛んでいかないんだと思います……」
「そ、そんなぁ……!」
一昨日ギルドカードを見て、俺の弱さは充分分かってたつもりだけど……。
まさか、魔法もろくに扱えない雑魚だったとは……!
「チクショー、次だ次! 次の魔法を頼む!」
「は、はい!」
――こうして、俺はこの後も魔法をリムに教えて貰ったのだが。
「『アクア・ブレス』ッ!」
手から水を勢い良く噴射させて敵を吹き飛ばす《アクア・ブレス》という魔法は、水やりホースぐらいの勢いしか出せず。
「『イグニス・ショット』ッ!」
掌から火球を放つ《イグニス・ショット》という魔法は、ペットボトルのキャップとほぼ同じぐらいのサイズしか出せず。
その後もいくつかやってみたが、結局目立った成果は出せなかった。
「――畜生……畜生……」
「リョ、リョータさん、気をしっかり……!」
自分の魔力量の少なさに打ちひしがれて地面に手を突く俺に、リムが必死に慰めてきた。
何でだ……?
普通もっとこう、『しょ、初級魔法でこの威力!?』とか言われるのがセオリーだろ!?
何で俺の魔力量、少ねえんだよチクショー!
「クッソ、もう一回……!」
「リョータさん……」
諦めきれずに立ち上がった俺は、掌を前に突き出す。
リムは言っていた、イメージ力さえあれば簡単に魔法を放てる、と。
だから今度は、体内の魔力を掌に集め、溜めて溜めて一気に放つ。
そうすれば、さっきより威力が上がるはずだ。
「まだ……まだ……!」
掌に何かがドンドン溜まっていく感覚がする。
言い例えれば、ホーズの口を塞いで水が溢れるのを防いでいるような……。
正直言ってかなりキツいぞコレ……!
だけどもうちょっと……もうちょっと溜めれば……!
「ア、『アクア・ブレ――」
――と、その時。
「おぶわぁッ!?」
「キャア!?」
我慢の限界に達した俺の掌から、大量の水が爆発するように飛び散った。
その勢いに俺は後方にぶっ飛び、ゴツンと頭を打ってしまった。
「いってえ……!」
畜生、タイミングミスっちまった……。
今度はもうちょっと早めに……。
「あっ」
と、俺が反省しながら起き上がり、最初に目にしたものに思わず声を上げた。
「…………」
それは、俺のアクア・ブレスで全身びしょ濡れになってしまったリムが。
「……リョータさん?」
リムの表情は笑顔だが、身体中から殺気みたいなオーラが見える。
このオーラは魔力なのか、それとも別の何かなのか。
そんな事を一瞬考えた後、俺は――。
――生まれて初めて、十歳の女の子に土下座した。