第十五話 採取クエストは今日も物騒だ!⑥
さて、無事にフォルガント王国に戻ってきた俺は、爆睡したアックスをギルド二階の応急室に運んだ。
リーン達は二階に残り、俺は一階の受付に並んでいた。
ただ勝負のためにこのクエストを請けた訳だが、最終的にはクエスト達成したのだ。
クエスト達成の報告して、ギルドから報酬を貰う。
あのクエストは塩漬けクエストで誰も受けなかった分、報酬が高い可能性がある。
小耳に挟んだが、依頼主はこの国の貴族だという。
コレは期待してもいいだろう。
ウチの国は昔から戦争で資金が無かったため、俺は王様なのにポケットマネーが絶望的に少ない。
良い機会だ、少しぐらい多く貰っても罰当たらないよなぁ……!
などと心の中でニヤニヤしていると、俺の番になった。
「次の方、どうぞ~……あっ」
「翡翠の実の採取クエスト、達成しましたよ!」
何故か俺の顔を見て声を上げたギルド職員の前に、笑顔でドンとカウンターの上に翡翠の実を置く。
すると俺の声を聞いた周りの冒険者が集まってきた。
「コイツあのクエストを達成しやがったのか!?」
「スゲえ、アックスとの勝負にあのクエストを利用するって言ったときは、頭おかしいんじゃねえかと思ってたが……!」
「流石ムーン・キャッスルだ!」
ホントはリーンが倒してくれたんだけど……。
まあ、ここにはいないし、このまま手柄横取りしちゃおう!
ハッハッハ、賞賛を浴びるのは最っ高だぜ!
「そんじゃあ、早速報酬を……」
そう俺がドヤ顔で言うと、何故か職員は申し訳なさそうな顔をして。
「あの……その件なんですが……」
「何ですか? もしかして、報酬が多すぎて今受け渡しできないとかですか? 大丈夫ですよ、俺は――」
「お渡し出来ません……」
「……うん?」
お渡し……出来ません……?
「えっ、ちょっ、どど、どういう事ですか? まさか、疑ってるんですか? 見て下さいよ、ホラ! ちゃんと本物ですから!」
「いえ、そういう事ではなくて……」
カウンターに身を乗り出して翡翠の実を見せつける俺に、職員はおずおずと口を開いた。
「実は、ムーンさんとアックスさんが出て行った直後に、そのクエストを依頼したアラコンダ郷という貴族の方が先程、亡くなったという知らせが入り……」
「……はぁ?」
「その為、翡翠の実の採取クエスト事態が無かった事になってしまったのです……」
……………………。
何ソレ……?
俺がクエスト行ってる間に? 依頼主が? ポックリ?
……ああ、ホント。
運がなさすぎる異世界転生だよ……。
でも……でも……。
「納得出来るかあああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
俺は全力で叫ぶと、ギルド職員の肩に掴み掛かる。
「ふざけんじゃねえ! こちとら真面目に頑張ってコレを持って帰ったんだぞ! ソレなのに報酬をお渡しできませんだぁ!? さっきの待遇は何処に行ったんだよ!?」
「申し訳ございません……! で、ですが……まさかクエストの途中で依頼主が死ぬなんて……」
「ですが!? ですがって何だよ!? ふっざけんじゃねえよ! 確かにそんな事万が一にもないかもだけど! 可能性がある以上何か対策しとけや!」
「ほ、本当に申し訳ございません……ですが、アラコンダ郷の当主の座を引き継いだ、ルボル・ウィル・アラコンダ様が取り消しを要求されまして……なのでいくら貴方に救われたとは言え、その要求に反するわけにもいかず……」
「ぐぅ……!」
畜生、ここで権力による圧力か……!
俺は一応魔王だし、フォルガント王さんに頼めば、そのアナコンダと名前の違いが分からない郷を脅すことも可能だが……。
実際、魔王の仕事をしにこの国に来てるわけじゃないから、その手段を使うのはあまり宜しくない。
だけど……だけど……!
「ああ、何つーか……残念だったな」
「まあ、緑の怪物倒したんだから、胸張れよ。な?」
「す、スゲえぞ、ムーン・キャッスルー!」
周りの冒険者達の気遣いが、心にグサグサと刺さってくる。
余計な気遣いどーもありがとう……。
カウンターに突っ伏して落ち込む俺に、職員が愛想笑いを浮かべて。
「そ、その翡翠の実はそのまま差し上げます! 売れば、それなりの金額になるはずですよ! まあ、実際の報酬金の半分程度と思いますが……」
「だったらそんな事わざわざ言ってんじゃねー!」
「そ、それでは次の方、どうぞー!」
「おおい、無視すんな! 俺はこのギルドを救った英雄さんなんだぞ! オイ、オーイ!」
「――畜生……畜生……!」
ギルド職員に完全無視され、しばらく反抗したものの相手にされず、俺は渋々受け付けを後にした。
ハァ……何でいっつも俺の異世界転生はこんなんなんだよ……。
何でいっつもいっつも、高く上げてから蹴り落とすような人生なんだよ!
この世界、もうちょっと俺に優しくしてくれよ、ご都合主義の世界でいてくれよ!
「ん? オイ、もしかして魔王じゃねーか?」
大体、色々おかしいんだよ!
普通のラノベなら、今頃俺の事を好きになってくれる美女が二、三人ぐらい出来てるはずだろ!?
なのに色恋沙汰なんてなーんにも起きないじゃん!
「オイ、オーイ!」
それどころか、俺の周りにいる女の子もれなく全員俺より強いんだよ!
だから格好付けることも出来ないし、ラブコメみたくラッキースケベでも起こした日には半殺しにされるし!
こんなクソみたいな世界なんて……!
「オイ、無視すんじゃねえ!」
「うおおおおッ!?」
翡翠の実をジッと見ながらこの世界に不満を垂れていると、後ろからドンッと背中を叩かれた。
振り返ってみると、そこには見知った顔が。
「エ、エルゼじゃねえか」
「よう。さっきからどうしたんだ? その無駄に綺麗な果実をこの世の全てを恨んでそうな目で見つめてよ。絵面的に危ない奴だったぜ」
勇者一行の姉御的存在、戦士であるエルゼが首を傾げながら俺に言う。
「マジかよ……ってか、何でここにいるんだ? レイナ達はいないのか?」
「おう、アタシは元々冒険者で、ここに世話になってたからな。勇者一行の仕事がないときは、こうやってギルドに顔出してるんだよ。で、お前こそ何でこんな所にいんだよ?」
「ああ、実は……」
俺は今までの事の顛末を簡潔に説明する。
するとエルゼの目が、段々可哀想な人を見る目になっていく。
「まあ、うん……大変だったんだんだな」
「そうなんだよ、大変だったんだよ!」
俺はつい涙目になりながら地団駄を踏む。
そんな俺を見ながら、エルゼは口元に手を当てて考え込む。
「しかしアラコンダ家か……聞くところには、あんま評判の良い貴族じゃねえな」
「そうなのか……?」
「おう。何でも、先代のルードル・ウィル・アラコンダとその跡取りのルボルってのがヤバイ実験をしているって噂が随分だが前にあってよ。まあ、結局コレといった証拠もなかったんだがな」
「ええ……じゃあ、この翡翠の実ってもしかすると、そのヤバイ実験とやらに使う為だったんじゃあ……」
「かもな」
うっそだろ……。
一難去ってまた一難ってかぁ……?
「ああもう、そういうのはもういいよ! 放置だ放置!」
「そうか……チェ、折角ソイツの豪邸にカチコミに行けるかと思ってたのによぉ」
「な~に血気盛んなヤンキーみたいな事言ってんだよ」
もう面倒事はこりごりだ!
そういう悪徳貴族にカチコミに行くのはそこらのラノベ主人公で宜しい!
俺が行ったところで即お縄だからな!
などと俺がため息をついていた時。
「おっそーい! 受付にどれだけ時間掛かってるの!?」
「あっ」
そうだ、二階に皆を置いてきたままだった!
「ああ、悪いエミリー!」
「もうっ。リーンが遅いからイライラしてたよ? 『リョータの奴、修行内容もっと厳しめにしてやろうかしら……』って、ブツブツ呟いてたし……」
「すぐ行きます!」
おっかねえ……!
骨折してた状態であんなスパルタだったのに、それよりもっと厳しくなったら死ぬぞ俺!
と、俺がすぐさま二階に上がろうとした時だった。
「ん?」
「あっ」
エルゼとエミリーが、お互いの目を見て声を上げた。
何だろう?
さっき、エルゼはこの冒険者ギルドに世話になってたって言ってたし、もしかしたら顔見知りなのだろうか?
と、俺は思っていたのだが、エミリーの口から放たれた言葉は……。
「お姉ちゃん!」
……ふぁあ?
「よお、エミリー。元気にしてたか?」
「うん! お姉ちゃんこそ、勇者一行の仕事の方はどう?」
「この前のキングワームの討伐以来、何も仕事がなくてつまらなくてさぁ。だからギルドの方にいいクエストあるか見に来たんだよ」
「そうなんだ」
…………。
エルゼに頭を撫でられ、嬉しそうにはにかむエミリー。
確かにその様子は、姉妹と言っても違和感はなく……。
「ん? どうしたんだ魔王? さっきからアタシ達をボケーッと見てよ」
「ムーン?」
そんな二人を見ながら、俺はハハッ甲高く笑うと。
「世の中って狭いね。イッツ・ア・スモールワールド」
「「?」」