第十五話 採取クエストは今日も物騒だ!④
あのバケモノはアイツの任せておき、俺は再び山頂の森の中を走っていた。
先程、ヘビから逃げるときに一瞬、目的の翡翠の実を見つけたのだ。
本来俺とアイツの勝負は、どちらが先に翡翠の実を手に入れるかどうか。
それにここにヤバイモンスターが居ると言う事はお互い事前に知っていた。
つまり今この状況でも、勝負は続いている訳だ。
「あ、あった!」
ヘビと出くわした辺りに戻った俺は、すぐに翡翠の実を見つけることが出来た。
改めてみると綺麗だな。
ホントにコレは果実なのか?
名前の通り美しい翡翠の色をしており、コレを食べるのが勿体ないと思わせるほど形が整っていた。
よし、コレさえ取れば俺の勝ちだ。
へっへっへ、残念だったな。
世の中、卑怯だのクズだの言われたって、結局は勝った方が正義であり絶対なのだ……!
俺は一人、不敵な笑みを浮かべながら、翡翠の実に手を伸ばし……!
「ゴッハァッ!?」
「アックスウゥッ!」
…………。
遠くから聞こえたアックスの苦しそうな声と、エミリーの悲痛な叫びに、思わず手を止めてしまった。
……いや、何固まってんだ俺。
今が勝つチャンスだろうが。
あんな奴の事なんて気にする必要も……。
「ウグッ……クソッタレ……足が動かねえ……!」
「アックス! ち、血が……口から血が出てるよぉ!」
……………………。
そ、そもそも、向こうから勝負を挑んできたんだ。
勝負なのに相手を助けるなんてちゃんちゃらおかしい話だ。
大体、アイツはこの前リムに手を出そうとした奴なんだぜ?
あんなクソ野郎、どうなろうと知った事じゃ……!
し、知った事じゃ……。
……………………いや、クソ野郎は俺の方だ。
『――シュロロロロロ……』
「畜生、こんな所で俺は死ぬのかよ……?」
崖に追い詰められ、身動きが出来なくなったアックスに、ヘビが舌を出しながらゆっくり近付いていく。
アックスの後ろの崖には不自然な窪みがあり、尻尾打ちか突進かで吹っ飛ばされたことが一目で分かる。
更に、アックスの口からは血が滴っている。
攻撃のダメージが内臓にまでいっている証拠だ。
レベル40と聞いていたが、流石に相手が悪すぎる。
「アックス、頑張って! 今助けるから!」
そんなアックスを助けようとしているのか、エミリーが走りながら必死に声を掛ける。
しかし、ヘビはそうはさせないとばかりに、大きく口を開ける。
『シャアアアアアアアアアッ!』
「あああああああああああッ! アックスウゥウウウウゥッ!」
「クソッ……タレ……!」
そして、ヘビはアックスの丸呑みに……!
「させねえよッ!」
『シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァッ!?』
その寸前、再び森から飛び出した俺は、投げナイフをヘビ目がけてぶん投げた。
すると運良く左目に突き刺さり、ヘビはアックスを丸呑みにすることなく身体を大きくくねらせた。
「ムーンッ!? 翡翠の実を取りに行ったんじゃないの!?」
そんな俺の登場に、エミリーは大きく目を見開いた。
「そのつもりだったけどな畜生! オイアックス、生きてるか!?」
「よ、余計な世話だクソ野郎……!」
「そういう事はちゃんと立ちながら言いやがれ!」
未だに強がるアックスに俺がそう吐き捨てると、左目を潰され怒り狂ったヘビと真正面から睨み合う。
本音を言えば怖い、凄く怖い。
今だって足の震えを抑えるので一杯一杯だ。
本当に本当に、このバケモノと戦うのなんて絶対嫌だ。
……だけど。
だけど、コイツと戦うより、死ぬ寸前の顔見知りを見捨てて逃げる方が度胸がいる。
残念ながら、俺には度胸なんて殆ど無い。
戦うか逃げるかの二択しかないなら、せめて楽な方を選ぶ。
それが魔王ツキシロリョータって野郎だ。
俺は恐怖で涙目になりながらも腰から刀を抜き放ち、大きく息を吸い込むと、
「オラアアアアアアァァ! 来いよ爬虫類野郎おおおおおおおおおお!」
『シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァッ!!』
そんな俺の挑発に答えるようにヘビは咆哮を上げると、真っ直ぐ俺に突進してきた。
「『ハイ・ジャンプ』ッ!』
それを俺はジャンプで助走を付けて躱し、一旦距離を置く。
俺を仕留め損なったヘビは森の木々をなぎ倒しながら、大きく方向転換する。
成程、コイツは体躯がデカい分、小回りが利かないようだ。
「エミリー! 俺がアイツの気を引く! その内にアックスを遠ざけるんだ!」
「わ、分かった! って、何かムーンの眼、色変わってない!?」
「そんな事いいから!」
その隙に俺はエミリーに向かってそう叫ぶと、ポシェットに手を突っ込む。
そして油の入った小瓶、残り全部を取り出すと、辺りにばらまく。
そうしている間に、ヘビは再び俺に向かって突進してきた。
俺は足に力を込めると同時に、手を銃の形にする。
「『イグニス・ショット』! からの『ハイ・ジャンプ』ッ!」
そしてヘビの巨体が直撃する寸前、俺は地面に小さな火球を放ち、再びジャンプで攻撃を躱した。
避け方はさっきと同じ。
だけどさっきとは少し違う。
俺が躱す直前に放った小さな火球は地面の油に引火し、その炎がまた別の油に引火していく。
そしてヘビの頭部の周りに、いくつもの火柱が上がった。
『シュロロロロロ……!』
その火柱によって俺の居場所を見失ったヘビは、辺りをキョロキョロと見渡す。
「へへっ、テメエは行動パターンが一緒なんだよ! この手数の多さが取り柄のリョータさんを見習いやがれ!」
コイツに通じるわけでもないのにそう言い放った俺は、ヘビの胴体に向かって駆けていた。
そして愛刀を構えると、ハイ・ジャンプで強化した脚力で助走を付けて、ヘビの脇腹に突き刺した。
『シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァッ!?』
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおりゃああああああああああああああああッ!」
更に俺は胴に刀を突き刺したまま、尻尾に向かって全力疾走する。
それによって、ヘビの長い胴体の切り傷が大きく広がっていく。
「す、凄い……」
アックスをズルズルと引きずりながら遠くに移動するエミリーの、唖然とした呟きが遠くから聞こえた気がした。
へっ、俺は大して凄いわけじゃねえよ!
ただヤケクソになってるだけだ!
「てえいッ!」
そう心の中で返事をしながら、俺は刀を勢い良く振り切る。
すると辺りに赤黒い血が地面に飛び散った。
流石ブラックドラゴンの素材から作った刀!
切れ味が尋常じゃねえぜ!
『シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
なんて調子に乗ってるのも束の間、ヘビが大きく尻尾をしならせた。
恐らく、尻尾による鞭打ち攻撃だろう。
ヘビの尻尾は土煙を巻き上げながらしなるように俺に向かっていく。
「っとお!」
俺はハイ・ジャンプで鞭打ちを躱す。
が、ヘビの尻尾は綺麗にしなり、今度は逆方向から尻尾が迫ってくる。
だがな、もう鞭の攻撃は経験積みなんだよ!
その攻撃に、俺は瞬時に掌を真上に向けた。
「全力『アクア・ブレス』ッ!」
そしてアクア・ブレスを放つと、掌から発射される水の勢いで俺の身体が急降下し、尻尾をギリギリで躱した。
ポーションが無きゃこの前みたいに空を飛ぶ事は出来ないけど、魔力を振り絞って放てばちょっとは空中で動けるんだ!
「っ痛……!」
しかし急降下したことにより落下スピードが増し、着地の際に少し足首を捻ってしまった。
――この、ほんの少しの隙が命取りとなった。
『シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
「あっ、ヤベ……!」
俺が少し体勢を崩した瞬間、ヘビが突進してきたのだ。
しかも今までのよりも更に速く。
「ッ……!?」
俺は痛みを堪えてハイ・ジャンプで突進を躱す。
ほんの数十センチの距離で、ヘビの鱗が蠢いている。
何とか躱せたと一瞬安堵した俺だったが、ソレは起きた。
ヘビはそのまま勢いを落とさずに真っ直ぐ進み、崖に突進したのだ。
その突進の威力で崖が大きく割れ、風圧と共に瓦礫が飛び散り、
「ンブッ!?」
その瓦礫の一つが、着地寸前の俺の顔面にぶち当たった。
鼻の頭に衝撃が走り、一瞬目の前の景色が遠くに感じる。
「ウガッ……! ゲホッゲホ!」
そして派手に背中から地面に落ちた俺は、何とか起き上がりながらも咳き込む。
畜生、油断した……!
魔神眼で瓦礫はハッキリ見えてたけど、アクア・ブレスだけじゃあの無数の石を避けられなかった……!
ぼやける俺の視界に、赤い液体がポタポタと落ちる。
顔面にもろに喰らったんだ、鼻血ぐらい出るか……。
「…………」
俺はゴクリと生唾を飲み込むと、ゆっくりと視線を上げる。
ソコには、長い胴体で逃げ道を完全に塞いだヘビが、チロチロと舌を出しながら俺を睨んでいた。
後ろには崖、前にはヘビ。
つ、詰んだ……。
「ムーン、逃げてえ!」
ヘビの背後から、エミリーのそんな声が聞こえる。
逃げてだ? 無理だろ、この状況。
ああもう、ホントに俺ってついてない。
俺にチート能力があったら、こんな爬虫類野郎瞬殺なのに。
凡人が出来るのは、精々ここまでか……。
「……いや、ここで死ぬのはヤダな」
俺は小さくそう呟くと、ヨロヨロと立ち上がる。
「まだ今回の目的の翡翠の実が……って言うか、普通にローズとベロニカの勝負はどうする!? こんな中途半端な状態で、死んで堪るかってんだ!」
『シュロロロロロ……!』
「ああん!? 何だって!? 人語喋れや人語!」
自分でも、ヘビに対してなに喧嘩売ってんだと思うところあるが、ヤケになってないとやってらんない。
俺は刀を腰に構え、居合いのポーズを取る。
そして大きく息を吸い込むと、鼻血を撒き散らせながら叫んだ。
「くたばりゃああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」
『シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
俺とヘビがお互いに突っ込んで行くのは同時だった。
俺は大きく開かれたヘビの真っ赤な口と鋭い牙からは目を離さずに、飛び込んでいく。
「あああああああああああああああああああああああああああああッ!」
そしてヘビが俺を丸呑みにしようとする寸前、俺は刀を振り抜いた――!
………………。
…………。
……。
「んぁ……?」
俺の刀が何かに当たった感触がしない。
かといって、ヘビに噛みつかれた感覚も無い。
ていうか、ヘビが目の前から消えてる!?
「な、何が起きたぁ……!?」
俺が状況を理解出来ず、辺りをキョロキョロ見渡しているとき、視界にグッタリとした様子のアックスの襟首を掴みながら、上を向いて唖然としているエミリーが入った。
何やってんだアイツと思ったその時、俺の足下にボトッという音と共に、何かが降ってきた。
見ると、ソレはドロドロしていかにも不健康そうな赤黒い血。
俺は引きつった笑みを浮かべ、エミリーと同じくゆっくりと顔を上に向けると。
『シァアアッ……ガッ……!』
――上空に、逆Vの字になって空に打ち上げられた巨大なヘビがいた。
「「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!?!?!?」」
俺とエミリーが、あまりの衝撃展開に同時に声を上げた。
ヘビはしばらく空中に浮いていたが、やがてゆっくりと降下していく。
そして、盛大な音と土煙と共に、地面に勢い良く激突した。
「なにナニ何NANI!? 何が起きたぁ!?」
俺はヘビが突然空に打ち上げられ、そのまま落下したという超常現象に、コイツと遭遇した時以上の恐怖を感じていた。
俺が腹を切り裂いても死ななかったヘビは、口から夥しいほどの血を吐いて絶命している。
怖い、超怖い!
「ほ、本当に何があったんだ!?」
そんな俺の言葉に、答える声が聞こえた。
「ほんっとにあんたってギリギリよね! ブラックドラゴンの時といい今といい、私が助けなきゃどーなると思ってたわけ!?」
「はぁ!?」
その声がしたヘビの背中辺り。
そこには、腕を組んでふんぞり返る、一人の影があった。
風にたなびく美しい金髪、ジト目でこちらを睨む綺麗な紅の瞳。
そして、いつも聞いている声。
俺は口をパクパクさせながら、ソイツの名前を叫んだ。
「リーンッ!?」
「ふんっ」