第十五話 採取クエストは今日も物騒だ!③
「ヤバいって、超ヤバいってアイツウウウウウゥッ!」
『シャアアアアアアアアアアアアアアッ!』
元来た道を全力で駆ける俺とエミリー。
その後ろには、俺達を飲み込もうとしている巨大なヘビが、もの凄いスピードで迫ってきていた。
「わあああああー! アタシ、ヘビ無理なのおおおおおおおおおおッ!」
「そんな乙女な事言ってる場合じゃねえって! お前俺に腕相撲で勝っただろ!? だからお願いします助けて下さいッ!」
「腕相撲に勝ったからってあんなのに勝てっこないよおお! ムーンこそ、隠密スキル持ってるんじゃなかったの!?」
「アレは最初から敵に見つかってると効果が無いんだよ! それにヘビは目が良くない代わりに周りの熱を感知するんだ! だから気配消しても体温で見つかっちまうんだよ!」
『シャアアアアアアアアアアーッ!』
「「うわああああああああああああああああッ!?」」
ヘビはその長く巨大な身体をくねらせ、木々をなぎ倒しながら俺達を飲み込もうとしている。
ただ動くだけで環境破壊するって、どんだけヤバイモンスターなんだよ!?
などと恐怖で震えながら、俺がヘビを見ようとチラと後ろを振り向く。
その時だった。
「あっ、アソコッ!」
「えッ!?」
俺の視界に何かが入り、つい口に出してしまった。
一瞬だったから恐らくエミリーには見えないだろうが、俺には見えた。
うっそうとしている木々の内、視界に入った一本の木。
その木の枝の部分に、メロンほどの大きさのある、日の光に反射する翡翠色の果実が……!
『シャアアアアアアアアアッ!』
「おおおおっ!? とりあえず今は逃げなきゃあああああああああああああッ!」
ヘビのかみつきをすれすれで躱し、俺は瞬時にポシェット手を突っ込んだ。
「ム、ムーン、何ソレポーション!?」
「気休め程度にしかなんないけど……! ていっ!」
俺はポシェットから取り出した小瓶を後ろ……ではなく、正面に投げつけた。
地面に叩き付けられた小瓶は割れ、中から薄い黄色の液体が飛び散り、周りの茂みに掛かる。
「ホ、ホントに何してるの!?」
「エミリー、アソコにまで来たら一気にギア上げんぞ! あと、間違ってもアソコ踏むんじゃねえぞ! 滑って転んで食われるからな!」
「よ、よく分からないけど分かった!」
そう話している間に、俺達は先程小瓶を投げつけたポイントまで辿り着いた。
そして、俺は通り過ぎざま手を銃の形にすると。
「『イグニス・ショット』!」
地面に向けてイグニス・ショットを放った。
小さな火球はそのまま真っ直ぐと地面に飛んでいくと……。
『シャアアアアアアア!』
「おっしゃ成功!」
地面から激しい炎が燃え上がった。
いきなり目の前に現れたその炎に、ヘビの動きが止まる。
「な、何!? ムーン、何したの!?」
「へへっ、ただ油ぶちまけて火を付けただけだ! やっぱ油は最強のアイテムだな!」
油はこの前のリム奪還の時に大活躍して以来、数個ほどポシェットに常時入れるようにした。
地面にぶちまけて転ばせるのも可、今みたいに着火させるのも可。
勿論料理に使っても可。
俺はそこらの魔道具よりも、油が一番役に立つと思ってる。
『シュロロロロロ……!』
ヘビは俺達を探しているのか、熱を探知する事が出来る舌をチロチロとを出している。
へっへー、今回も油ちゃんの大活躍だ!
「よおおっし、今のうちに逃げるぜえええええええええ!」
「う、うん!」
俺は本来の目的なんてクソ食らえと思いながら、元来た道を駆けていく。
そして俺とエミリーが森と岩山の境に辿り着いた、その時だった。
「あん?」
「ア、アックス!」
「って、いつの間に俺の前に出やがった!?」
目の前に、軽く息を弾ませながら目を見開くアックスが居た。
アックスは俺達が先にここに辿り着いた事に驚いていたが、やがて表情が怒りに変わり、
「テメエら、一体どうやって俺の前に出たかって訊いてんだ! さっさと言えこの……!」
「よおおおおし、アックス君! 悪いけどアイツを頼むわ!」
俺は掴み掛かろうとしたアックスの手を躱し、それだけ言って走り出す。
「ちょっ、ムーン!?」
「質問に答えろこのヤロ……って何だァ?」
俺に何か言おうとしたアックスは、後方の森の方から聞こえた音に振り返る。
やっべえ、アイツもう俺達のこと見つけたのか!?
やっぱあんな小規模な炎じゃ消されてちまうか……!
などと俺が焦っている最中、メキメキと音を立てる森から、大きなヘビが頭を出した。
『シャアアアアアアアアアアアアアアアアアァッ!』
「な、何だァアイツは!?」
「アレが皆が言ってた緑の怪物だよ! ど、どうしようムーン、このままじゃクエストが……って、ちょっとー!? 何一人で逃げようとしてるの!」
エミリーは、そのまま逃げてようとしている俺を捕まえる。
「いや無理だろ無理だろ無理だろ! アイツ絶対ここら辺のボスモンスターだよ! 勝てる訳ねえって!」
涙目になりながら抗議する俺に、エミリーではなくアックスが反応した。
「へっ! やっぱりテメエは口先だけの雑魚だったか! 英雄だの第二の勇者だの呼ばれてるが、所詮こんなもんだ!」
「うんそうだね! 大体、英雄とか何とかって大袈裟だったんだよ! こちとらさっきコイツに腕相撲負けてんだぞ!」
「……マジかよ、ダッセ」
「ソコで真顔になるな! マジトーンの声を出すなあああああああああ!」
「ちょっと二人とも! 今の状況分かってる!?」
そんなやり取りをしている間に、ヘビは真っ直ぐと俺達を見据える。
ヤバイ怖い死にたくない!
ウチの世界で最大と呼ばれるアナコンダの何十倍もあるバケモノに勝てる訳がない!
アイツ、絶対レイナ達じゃないと倒せねえって!
『シャアアアアアアアアアア!』
やがて、ヘビは矢のように真っ直ぐ俺達に突っ込んできた。
「うわあ!?」
「っと!」
エミリーとアックスがそのヘビの突進を避けるが、ヘビの勢いは止まらず。
「って、こっち来たあああああああああああああああああッ!?」
ヤバイヤバイヤバーイ!
どうしようどうすればいい!?
あんな巨大な体躯の突進、俺の身体能力じゃ躱せ……いや。
そうだ、俺には新しいスキルがあるじゃないか!
俺はすぐさま駆け出すと、助走を付けるかのように足に力を込める。
そして、ヘビの大口が俺を飲み込もうとしたその瞬間。
「『ハイ・ジャンプ』ッ!」
そう叫びジャンプした俺の身体は、森の木のてっぺんと同じ高さに浮いていた。
コレこそが俺がレベルを上げて習得したスキル、《ハイ・ジャンプ》。
その名の通り、ジャンプ力や脚力が一時的に上がるというスキルだ。
このスキルさえあれば、日本人の俺でも異世界人の身体能力に何とか手が届く。
問題は、俺の周りの奴らがこのスキルを持っていないのに、何故かハイ・ジャンプよりも高く飛べる所だが……。
「っと、あ、危ねえ……!」
地面にフワリと着地した俺は、食われなかったことに安堵する。
ちなみに今俺は、ハイ・ジャンプとセットで覚えた《着地》というスキルを使った。
このスキルがあれば、ある程度の高さからでも怪我無く着地できる。
問題は、やっぱり俺の周りの奴らがこのスキルを持っていないのに、地上十数メートルから落ちても大丈夫という所だが……。
もうっ、何で俺の周りってバケモノばっかなの!?
「ムーン、大丈夫!?」
「一応な!」
遠くのエミリーに片手をあげて無事を知らせていると、その隣に居たアックスが両手斧を取り出す。
「ハッハッハ、向こうから出向いてくれるとはありがてえ! オラ、ヘビ野郎! このアックス様が相手だ、この斧の錆にしてやる!」
『シャアアアアアアアッ!』
そして両手斧を大きく振りかぶりながら、ヘビに向かって突っ込んでいった。
コ、コイツ……!
俺達と一緒でビビって逃げ出すかと思ったのに……!
……しかし、アイツがヘビの気を引いてくれるのならありがたい。
その隙に……!
「ムーン、何で森の中に森の中に戻ろうとしてるの!?」
俺の行動に、エミリーが目を見開いて呼び掛ける。
そんなエミリーに、俺はニヤッと笑いながら答えた。
「アイツがヘビの気を引いてるウチに、目的のモノ回収するんだよ」