第十五話 採取クエストは今日も物騒だ!②
さて、時間が流れ、俺とアックスは例の山へとやって来た。
山とは言えど、草木は目の前に広がるのはゴツゴツとした岩肌だけで、草木はあまり見当たらない。
斜面も急だし、登るのが大変そうだ。
翡翠の実って言うんだから、俺はてっきり樹海の奥深くの湖の畔とかにあるもんだと思ってた。
「はぁ……ローズの野郎、俺の事見捨てやがって……」
そんな厳しい山岳地帯を眺めながら、俺は深くため息をついた。
そう、ローズは結局アックスに催眠魔法を掛けなかった上に、自分は街に残ると言ったのだ。
まあ、俺が勝手に面倒な事にしちゃったから、とやかく言う事もないんだけど。
「アタシ、この付近には何度か言った事あったけど、やっぱり間近で見ると迫力が違うなぁ」
肩を落とす俺の隣で、審判役として付いてきたエミリーが呟く。
「なあ、この先にヤバイモンスターがいるって言うけど、具体的にどんなヤツなんだ?」
「実は、そのモンスターに遭遇した冒険者は、みんな揃って恐怖で震えて話してくれないんだ。唯一分かるのは、そのモンスターは『緑の怪物』って言われてることだよ」
「緑の怪物……」
緑色のモンスターと言えば、ゴブリンとかトレントとかか?
だけどそんな雑魚モンスターがあそこまで恐れられるはずもない。
ううん、色だけじゃ決定的に決めつけられないな……。
などと唸っていると、アックスがへっと鼻で嗤いながら言い放つ。
「エミリー、テメエはコイツと一緒に行動しろ。お前じゃ俺の足に付いて来れねえだろうからな」
「むう、嫌な言い方」
「フンッ。コイツのサポートぐらいはしても良いが、精々足引っ張んないようにしろよ? それだとますます勝負にならねえからな」
いや逆逆。
俺がエミリーの足を引っ張っちゃうんだって。
と、俺が顔を引きつらせている間に、エミリーがコホンと咳払いをした。
「それじゃあ、そろそろ始めるね」
「へっ! 負けて泣いても知らねえからな!」
「……ホントに負けて泣きそうだから怖い」
そして遂に、俺とアックスの勝負が始まったのだ。
「よーい、どんッ!」
「よ、よっしゃ! 行く――ぞおおおおおおッ!?」
その合図に俺が走り出そうとした刹那、俺の隣から一陣の風が吹いた。
「ハッハッハ! 先に行ってるぜええええええ!」
「はっやあああああああ!?」
体重の半分はあるであろう両手斧を背負っているにも関わらず、アックスは一瞬にして山道へと消えていった。
出遅れた俺は、後を追うように走り出す。
「何アイツ、超速え!」
「言ったでしょ、アックスって性格はアレだけどあのギルドで腕が立つって! レベルだって40もいってるし、足だって速いよ!」
「タチが悪いいぃ!」
よく居る雑魚モブがイキッてるなら別に良いけど、ああいう本物の実力者がイキッてると何も出来ないから超タチが悪い!
俺は小さくため息をつくと、段々とスピードを落とす。
「こりゃ普通に走っても追いつけねえな……」
「ちょ、ちょっと! そうだとしても、立ち止まったら完全に負けちゃうよ!?」
「大丈夫大丈夫」
いきなり立ち止まってポシェットの中を探り出した俺に、エミリーが目を見開く。
そんなエミリーに、俺はニヤリと笑って説明する。
「俺達が一番警戒してるのは例のモンスターだけど、ここには当然他にもモンスターが居るだろ? あんな風にバカ正直に走ってたら、ゴブリンみたいな知性のあるモンスターに待ち伏せされるのがオチだ。んで、アイツがそういったモンスターと戦ってる間に、俺達は近道する」
「近道……?」
「おう。さっきちょっと調べたんだけど、ここの山道って螺旋階段みたく山の周りをグルグル回るみいたいなんだよ。だから俺達は崖を登ってショートカットする」
「崖を登る!?」
その俺の言葉に、エミリーは更に目を見開き身体を仰け反らす。
「ムーン、まさかこの断崖絶壁を登るの!?」
エミリーが指差す先には、ゴツゴツとした岩肌が浮かび上がる急斜面。
自力なら、どんなに頑張っても絶対に登れないだろう。
そう、自力なら。
「にひひ……俺、念には念を入れて毎回外に出るときに色々便利な道具を持ち歩いてんだよ」
「そ、それって……」
俺がそうポシェットから取り出したのは、細くて頑丈な縄と、その先に付けられた爪のような形の金具。
「鉤縄……?」
「おう、コレで一気に巻き上げるぞ! 『投擲』ッ!」
俺は丁度良い出っ張りを見つけると、そこに鉄鉤を投げて引っ掛ける。
二、三度引っ張って安全を確認すると、俺は振り返りニヤリと笑う。
「な? コレで一気に登れば良いんだよ」
「な、成程……ていうか、よくそんな物持ち歩いてるね」
「これだけじゃないぜ。解錠スキルに使う針とか、投げナイフとか。あと、攻撃力防御力魔力等々の効果が一時的に上がるポーションシリーズとか……」
「多いよッ! いや、冒険者ならそれくらい装備しておいて損はないけど……」
道具に頼ってポーションに頼って支援効果に頼る。
RPGの基本中の基本だろう。
「よし、それじゃあ行くか!」
エミリーにそう促すと、俺はえっちらおっちら登り始める。
そんな俺の後ろで、エミリーが苦笑気味に口を開いた。
「何だかアックスに申し訳ないなぁ……」
「向こうの方がレベルも脚力も上なんだからいいだろ。そもそも俺は正々堂々って言葉が嫌いなんだよ」
「ええ……」
おっとドン引きですね。
だけど世の中そんなもんだぜ?
「――ふう~、やっと半分かぁ。ホラ、手を出して」
「ゼエ……ハァ……どんな腕の力してんだよお前ぇ……!」
山の中腹まで登り終えたエミリーが、軽く息を弾ませながら景色を眺めると、未だに縄にしがみついている俺に手を差し伸べた。
「その言い方、レディに対して失礼だよ! まったくもう……」
エミリーが頬を膨らませて何時ぞやのローズみたいな事を言ってくる。
俺より年下にしか見えないコイツがレディ……?
「……プッ」
「手、離すよ?」
「すんません超すんません!」
思わず吹いてしまった俺に、エミリーがにっこりと笑いながらとんでもないことを言ってくる。
やっぱりどの世界も女の子って怖い。
「や、やっと半分か……」
エミリーの助けもあり、やっと登り終えた俺は、その場にへたれこみながらヒイヒイ息を切らした。
や、やっぱ異世界人には体力敵わねえなぁ……。
畜生、俺にもっとちゃんとしたチートがあって、ゲートとかそんな類いの魔法が使えたらなぁ。
「ア、アイツ今どこら辺だろう……」
俺は小さくそう呟くと、コッソリ千里眼を発動する。
すると俺達より数段下の道で、案の定複数のゴブリンと戦っているアックスを発見した。
アックスはただ両手斧を豪快に振り回すだけじゃなく、斧の腹で弓矢を弾いたり正確なみぞおち蹴りまでして、ゴブリンの群れを圧倒していた。
……強い。
普通に強いのがメッチャ腹立つ。
「……チェッ」
「? どうしたの?」
「何でも-。ホラ、さっさと行こうぜ。ここからは普通に登っても大丈夫だろ」
ウンと伸びをしてから駆け足で山道を登っていく俺の横で、エミリーが不安そうに訊いてくる。
「ねえ、この先に居るんだよね、例のモンスター。大丈夫かなぁ?」
「まあ、俺達の目的は翡翠の実なんだし、ソレさえゲットできれば問題ねぇよ。あと、もしソイツを見掛けても、俺には隠密スキルがあるからな」
「す、凄いね……」
「俺は戦闘能力は低いけど便利さなら誰にも負けねえぜ」
最近だってレベルアップに伴ってスキルポイントも入ったから、新しいスキルや魔法も覚えたしな。
なんて走りながら話していると、俺はふとある事に気が付いた。
「ん? 何かここら辺から緑が増えてきたな」
「ホントだね? さっきまでずっと岩ばっかだったのに」
道を進んでいくほど木が目立つようになり、更には花や芝生まで見掛けるようになった。
うん、何だか翡翠の実がありそうな雰囲気になってきた。
と、俺が辺りを見渡していると、エミリーが少しホッとしたように。
「もうそろそろかな? 何だ、意外とアッサリ終わりそうでよかっ――」
「そっから先は言わせねえよッ!?」
「うわっ!? な、何いきなり大声出して!」
「何でこの世界の奴らは揃いもそろってフラグ建築士なの!? そういうこと言うの止めろって! もしここで例のモンスターが出たらお前のせいだからな!」
「何でー!?」
ああもう、このまま良い調子で行かせてくれよ!
だけど、俺って運悪いからなぁ。
ホントに何も起きなきゃ良いけど……。
俺は少し走るスピードを落とし、エミリーに向かって。
「とりあえず、ここから先は俺一人で行くよ。お前はここで待機してろおおおあああぶッ!?」
「ムーン!?」
そう言った矢先、俺は顔面から前にズッコケた。
「いってええええッ! 畜生、何でいつもこうなんだよぉ……!」
「だ、大丈夫!? 顔面から行ったけど!?」
「は、鼻血は出なさそうだけど……しっかし何だぁ? 何かが足に引っかかったような……」
俺は鼻を押さえながら自分の足下を見てみる。
するとソコには、俺の胴と同じぐらいの何かが、茂みの中から中途半端に飛び出していた。
「何コレ? 倒れた木……にしては変な感じ」
「オ、オイ……」
エミリーは俺の足下のソレを両手でヒョイと持ち上げた。
するとソレが飛び出している茂みが動く。
「なあ……何か……いやすっごく嫌な気がするんだけど……」
「何か異様に手触りが良いな。スベスベしてるよ」
手触りが良くてスベスベ…………ッ!?
エミリーのその言葉を聞いた瞬間、俺の脳裏に昔の光景がフラッシュバックする。
――それは、俺がまだ中学生だった頃。
下校時間になり、俺が一人田んぼのあぜ道を通って家に向かっていた時だ。
若干猫背気味だった俺が自然と足下を見ながら歩いていると、あぜ道の真ん中に紐のようなものが落ちていたのを発見した。
俺は特に理由もなく、なんとなくその紐を拾い上げた。
その時あの紐は妙にスベスベしていて、拾い上げると同時に手の中で紐が動いている感覚がした。
俺は首を傾げ、改めてその紐を見てみると――。
「――エミリー! それから手を離せッ!」
「えっ!?」
俺がそう叫ぶと、エミリーはギョッとしたようにソレを取り落とす。
するとソレは、ズルズルと茂みの中に消えていく。
あ、あの時と一緒だ……!
「ム、ムーン! アタシ達の周りの茂みが動いてるよ!?」
「アカンやつやん……オイ、完全にコレお前のせいだかんな……」
「え、ちょっ、ソレって……!」
ガサガサと音を立てる茂みを見て、俺の身体中の毛が逆立った。
身の危険を感じるのに、恐怖で足が済むんで動かない。
今の俺はまさしく、恐怖で動けない事を表すときに使う言葉の、カエルそのモノだ。
やがて茂み中から、巨大なソイツが姿を現した。
全身が緑色の鱗に覆われた、大地を埋め尽くさんとする長い胴体。
金色の双眸が俺達をしっかり捉え、口から火柱のように赤い舌がチロチロと出入りしている。
その姿を見て、俺は一瞬でコイツが『緑の怪物』である事を悟った。
「ム、ムーン……!」
顔を真っ青にさせて涙目になっているエミリーが、俺の袖を掴む。
俺はパンクしそうな心臓をなんとか抑えてゆっくりと口を開いた。
「一二の三で逃げ出すぞ……!」
「う、うん!」
そして、俺達の意図を察したのだろうか。
ソイツは――
巨大なヘビは、パクリと大きな口を開け、タガーのように鋭い牙を見せつけながら。
「「一、二の――」」
『シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
「「さあああああああああああああああああああああああああああああんッッ!!」」
俺とエミリーは、巨大なヘビを背に一目散に逃げ出した!