第十五話 採取クエストは今日も物騒だ!①
アックスとの勝負は先程言ったように、フォルガント王国から出てすぐの山を登り、その頂上に生えている木に実る、翡翠の実を先に取ったほうの勝ちとなる。
そもそも翡翠の実という果実は、様々な条件が揃った気候や土地ではなくては育たない超レアな食材で、一口食べれば魔力が一時だけだが爆発的に増えると言われている。
何でもこのクエストは、随分前にとある貴族がその果実に目を付け依頼したそうな。
そのクエスト依頼を受けたとある冒険者パーティーがソコに行ってみると、山の頂上を縄張りとしていると思われるヤバイモンスターがいたらしい。
そのせいでクエスト達成ならず、ずっと他の依頼書に埋もれていたのだという。
そんなヤバイ場所へ俺は向かうのだ。
あと、俺の冒険者カードってツキシロリョータって名前で登録してあったことに気付き一瞬焦ったが、ギルドの職員が『このギルドを救って下さった貴方には、クエストの契約金を払わせろとは言いません!』と目を輝かせながら言ってきた。
不幸中の幸いと受け取って良いのだろうか……?
勝負はお互い装備を揃えるため、一時間後に再びギルドに集まることにした。
アックスや取り巻きが去った後、ギルドは閑散としている。
そんなギルドの隅の席で、俺は頭を抱えていた。
「ああああぁぁ……! 俺のバカ……! 何でもっとよくクエスト内容見なかったんだ畜生……!」
採取クエストなんて、初心者冒険者がやるもんだとばかり……!
……いや、よくよく考えればモン●ンの卵採取クエストも結構高難易度だったよな。
何であの時それに気付かなかった……!
「ムーン、大丈夫?」
そんな俺の向かいに座ったエミリーが、心配そうに身を乗り出す。
「も、元はと言えばお前のせいだろうがこのおバカあああ!」
「っちょ、痛い痛い! 暴力反対!」
が、俺はエミリーの頭を捕まえると、両サイドのこめかみにグリグリをお見舞いする。
「それよりリョータちゃ……ムーンちゃん、これからどすうるの?」
その隣で、俺の偽名の経緯を聞いたローズがため息交じりに口を開いた。
「……バッくれる?」
「自分から提案しといて何言ってんの!? 冗談だよね!?」
勿論本音である。
しかしエミリーの言うとおり、自分から提案しといて逃げたら、今度こそアイツに殺さねかねない。
怒りに満ちた目で俺を見据え、大きな斧を振りかぶる大男。
その光景を想像しゾッとした俺は、隣のローズにそっと耳打ちをする。
(なあ、お前の催眠魔法でアイツの事眠らせてくんね? そしたら勝負しなくて済むし、逆にアイツに『つい昼寝をしてしまって気付いたら夕方だった』って既成事実作り上げれば、悪いのはそっちだって責任押し付けられるだろ?)
(いやよ、そもそも何でリョータちゃんは咄嗟にそんな鬼畜じみた事を思いつくのよ……。ていうか、リョータちゃんここに来た本来の目的忘れてないでしょうね?)
(……すいません)
そう、元々コイツの逆ナンの練習に来たのに、何故こんな事になってしまったのか……。
「二人とも何ヒソヒソ話してるの?」
「別に、ただ今日の予定が狂っちまったなって話してただけだよ……」
「ふ~ん。それよりムーン、あんな危険クエストで勝負するんだから、何かアックスに勝つための良い作戦とかあるんでしょ? 聞かせて聞かせて!」
何か勘違いをしているエミリーは身を乗り出し、キラキラした視線を俺に送ってくる。
そんなエミリーを見ていたローズは、何故かニヤニヤしだす。
(リョータちゃんってば~、知らないうちに女の子の友達なんて作っちゃって~。もしかして彼女、リョータちゃんの事好きなのかしら~?)
(そうなら嬉しいけど、よく見て見ろ。ありゃ恋する乙女って言うよりか、俺の強さに期待してる顔だぜ)
「ワクワク……!」
ホラ、口でワクワクって言っちゃってるし。
……本当にコイツには悪いけど、いい加減その期待を裏切らなくてはいけない。
なるべく早いほうがダメージ少なくていいからな。
俺は大きくため息をつくと、エミリーに向かって手を出した。
「エミリー、俺と腕相撲しようぜ」
「何でいきなり!?」
「いいから、ホラ」
こういう奴は、口で言うより自分で確かめさせた方が理解してくれるタイプだ。
テーブルに肘を突きそう急かすと、エミリーは戸惑いながらも同じように肘を突き俺の手をガッシリ掴んだ。
「いくぞ。レディー、ゴッ!」
「ちょっ……!」
合図と同時にもう片方の手も出してきた俺に、エミリーが一瞬戸惑う。
「ズ、ズルいッ! 両手なんてはんそ……く……?」
「うにゃあああああああああああああああああああああああああッ!!」
流石大国の冒険者、女の子でもパワーが違えぜ……!
全力でエミリーの手を叩き付けようとするがその手はビクともせず、当の本人は呆気にとられている。
そしてエミリーは、未だ理解出来ていない状態で手に力を込め、
「……えい?」
――バンッ。
「いでえええええええええええええええええええええッ!?」
「…………」
テーブルに叩き付けられた右手の甲を抑えて飛び跳ねる俺を、エミリーがポカンと眺めている。
数秒後、痛みが引いた右手でエミリーを指し、俺は涙目でこう言った。
「ど、どうだ! コレが俺の全力だ!」
「何でソコでドヤ顔なの……? すっごく格好悪いわよ……」
そんな俺に、ローズがこめかみを抑えて呟いた。
俺だって分かってるよチクショー!
「――ホ、ホントに……? ホントにムーンは弱いの……?」
「さっき自分で確かめたろ。俺は普段通ってるギルドの、腕相撲最弱王決定戦で優勝したからな」
「何だか私、涙が出てきたわ……」
魔王なのに最弱という事実に、配下であるローズは目頭を押さえている。
俺だってこんな事胸張って言う事じゃないって分かってるさ。
「そ、そんなぁ……」
「まったくもう、何そんな落ち込んでんだよー。勝手に期待されて、勝手に持ち上げられて、勝手に落ち込まれた俺の気持ちにもなれってーのー」
「うぅ……色々とゴメンね……?」
「うん、よろしい」
素直に謝ってくれるのならソレで十分だ。
しかし、結局アックスと勝負することは変わらない。
はぁ……やっぱりやるしかないのかぁ……。
「「はあ……」」
と、俺とエミリーが肩を落としてため息をついていると、ローズが微笑を湛えて口を開いた。
「エミリーちゃん、だっけ? 確かにムーンちゃんの単純なレベルやステータスは低いけど、この子って意外と強いのよ?」
「「えっ?」」
その言葉に、エミリーだけではなく俺も反応してしまった。
「ムーンちゃんは強くない代わりに、もの凄く頭がキレるの。この前、アダマス教団の幹部の所へ襲撃に行ったときも、事前にいくつか作戦を立ててたわ」
ああ確かに、そう言えば挟み撃ち作戦や砦の中に入るメンバー決めも俺がやったんだっけ。
「それに魔法やスキルの使い方が上手いし、戦い方が相手の虚を突くってスタイルだから、私でも勝てるかどうか不安になるもの」
「ロ、ローズ……!」
お前、俺の事をそんな風に思ったのか……!
と、俺が感激していたが、ローズはすぐさま肩を竦めて。
「言うなれば、相手にしたら面倒くさいって感じね」
「もうちょっといい例え方して欲しかった……!」
お前、俺の事そんな風に思ってたのか……。
と、言葉は同じだが正反対な事を思ってると、エミリーはおおっと感心したように声を上げた。
「やっぱりムーンって凄いんだね!」
「お、おおう……」
……正直、まだアイツに勝てる自信はこれっぽっちも無い。
だけどローズの言葉で、俺なんかでも成長してるんだなと実感させられた。
しゃあねえ、当たって砕けろの精神で頑張ってみますかね。