第十四話 再来ライバルは今日も傲慢だ!⑨
「君、名前なんてーの?」
「ローズよ」
「ローズちゃんかぁ。へへ、これからとことん楽しもうぜ」
ゲスな笑みを浮かべた二人のチャラ男に挟まれたローズは、微笑を湛えてお喋りしている。
「意外と慣れてんなぁ……てっきりヘタレるかビビると思ってたんだが……」
その三人の背を見ながら、スキル隠密を発動し尾行する俺はボソリと呟いた。
ローズは俺に大丈夫だとアイコンタクトしてきたが、やっぱり嫌な予感がする。
それにやることもないしな。
しかっし、ローズって意外と度胸あるんだなぁ。
もし俺が女で今のローズと同じ状況になったら、女らしさなんてクソくらえってぐらいの全力ダッシュで交番に駆け込むのに。
「ローズちゃんこっちこっち!」
「この先にいい場所があるんだ」
「フフッ、楽しみだわ」
などと思っていると、二人のチャラ男はローズを人気のない路地裏に連れ込んだ。
いや、アソコにお店なんてある訳ねーだろ、もう完全にアウトじゃん。
と、俺は若干焦りながら後を追うように路地裏の入り口まで移動すると、そこからコッソリと顔を除かせた。
するとソコには二人のチャラ男とは他に、複数人の男が居た。
しかも全員ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている。
いやもうコレ完全にぐへへじゃん!
「アラ? お店ってどこかしら?」
そんな危機的状況のはずなのに、ローズは辺りをキョロキョロ見渡しながら首を傾げる。
この反応に俺は、普通なら『マジかよコイツ鈍感すぎだろ……』とドン引きするのだが、少し違和感を感じて首を傾げた。
今の言い方が、妙に演技っぽかったというか何というか。
しかも若干笑いを堪えている気がする。
もしかしてコイツ、この事を予想してた……?
「まだ店とか言ってんの? バカすぎでしょ」
「こんなチョロい女の子、初めてだわ-」
「へへ、もの凄え上玉連れてきたじゃねーか」
なんて思ってる間に男達はローズを取り囲み、今にも一斉に襲いかかりそうだ。
……もしその取り囲んでいる相手が普通の女性だったらなすすべはないだろう。
しかし、相手が悪い。ってか悪過ぎる。
何故ならローズは、対人戦に置いてはウチの国で最強だからだ。
「『パペット』」
微笑を崩さず、ローズは小さく呟く。
「はぁ? 急に何言って――いぶっ!? い、いきなり何しやがんだテメエ!?」
「わ、分からねえよ! 身体が勝手に――ゴッホッ! お、前こそ何すんだコラッ!」
すると、周りの男達が驚いた表情をしながら殴り合いを始めた。
普通なら、ここで主人公とかが颯爽と助けに入る所なんだが……。
スゲえ……路地裏で襲われそうになってる女自らやっつけちゃってるよ。
テンプレ潰しもいいとこだな……。
「あっ、やっぱりリョータちゃん付けてた」
「お、おう……」
引きつった笑みで震えている俺に気付いたローズは、悠々とこちらに歩いてくる。
その姿はまるでランウェイの上を歩くモデルのよう。
「オイコラ止め――ブッ!?」
「何でだ!? 何で身体が勝手に――ガハッ!?」
「――ッ!? お、俺の玉が……ッ!」
しかしその後ろでは、涙目の男達による泥仕合が行われている。
怖いっすよローズさん……。
「お前、こうなること分かってただろ……」
「まあね。サキュバスのマニュアルに、『ナンパしてきた男が路地裏に連れ込んだ際には気を付けましょう』ってあったから。だけど初めてナンパされて嬉しかったからつい」
「マニュアルって……」
そんなもんあんのかよ。
「だけど残念ね。この人達じゃ練習にならなかったし、第一全員アソコが小さいし」
「なんかアイツらが可哀想になってきた……」
やれやれと肩を竦めるローズの後ろでは、ボロボロになった男達がノビていた。
一見か弱そうな見た目の女性一人にやられ、更には自分の息子が小さいと呆れられる。
ホント、悪いことはしないほうがいいな……。
「素直にギルドに行こうぜ……」
「そうね」
警察とかに突き出さなくても、十分痛い目に遭っただろう男達はその場に放置し、俺達は冒険者ギルドに向かった。
「――こ、ここが冒険者ギルド……? 大使館とかじゃなくて……?」
「分かるわ~、俺も最初そう思った」
目の前にそびえ立つ巨大な建物を見上げながらローズはポツリと呟いた。
「とりあえず、今からお前はここに居る冒険者を逆ナンしまくって、口説くスキルを磨くんだ。地道にやるっきゃ勝つ方法はない」
「そ、そうね」
そんな俺の言葉に、ローズは少し緊張気味に答えた。
どうやらコイツは自分が誘われるのは大丈夫のようだが、自分から誘うのは苦手なようだ。
俺達は早速冒険者ギルドの中に入っていく。
ギルドの中はこの前とは違ってちゃんと男冒険者が多く居て、活気に満ちていた。
勿論、この中にはリム救出時に戦った奴らもいる。
エルゼに聞いた話によると、どうやら傀儡化されていた時の記憶は薄らぼんやりとあるとのこと。
そして何故か、ムーン・キャッスルという俺の偽名が、第二の勇者とか救世主などという大袈裟な二つ名と共に広まっている。
ここには俺の顔を知ってる奴なんて殆どいないだろうが、一応フードを下ろしスキル隠密で気配を消しておこう。
幸運なことに、冒険者達の視線は俺ではなくローズの方に向いているので一安心だ。
「それで、一体誰にする?」
「そうね……あっ、あの人なんていいんじゃない?」
そう俺が小さな声で問うとローズは辺りを見渡し、やがて一点の場所に視線を向けた。
ソコにはギルドと併設された酒場があり、昼間っから一人で酒を飲んでいる大柄な男の背中があった。
「大丈夫、ちゃんとマニュアル通りにやれば問題無いわ、頑張るのよローズ……! じゃあ、行ってくるわね!」
「お、おう……」
ブツブツと小さく自分を鼓舞したローズは、足早にその男に向かって行く。
今更になって、大丈夫なのかと心配になってきた。
まあ、何とかなるよな、多分。
……ソレよりもさっきから行ってるそのマニュアルという物が気になってしょうがない。
一体どんな内容なんだろう。
籠絡術とかなのか、それともエッチィ内容だったりするのかな?
「……ん?」
なんて柱の陰で一人ニヤニヤ笑っていた俺は、ふとある違和感に気付いた。
そのローズが逆ナンしようとしている男に、見覚えがあったからだ。
いや男よりも、椅子の脇に立て掛けられている両手斧に……。
「あっ」
そして俺は、その男が誰なのかを悟った。
「お隣いい?」
「ああ?」
微笑を湛えてローズが声を掛けると、男は乱暴な口調で振り向いた。
「イッ……!」
イキリ斧太郎だあああああああああああああああああッ!
俺は口に出しそうになった叫びを、なんとか心の中に止めた。
そう、この男は数週間ほど前にリムに絡み更には手を上げようとし、いとも簡単にジークリンデの魅了に掛かった、名前が安直過ぎるでお馴染みの斧使い、アックスであった。
最悪だあああ! よりにもよって一番このギルドで苦手な奴に行っちゃったよ!
どうしよう、アイツならローズを見た瞬間目の色変えて襲いかかるに違いない!
ああもうしゃあねえ、一か八か今すぐローズを連れて逃げよう!
そう思い、俺が柱の陰から飛び出そうとした時だった。
「ケッ、勝手にしろ」
「アラ、ありがと」
「……ふぁい?」
アックスの予想以外の返答に、俺は遠くで素っ頓狂な声を上げた。
アレ……?
コイツ、リムに手を上げようとした古典的な悪役冒険者だぞ?
しかし当の本人は、ローズにまるで興味なさげだ。
「お兄さん、すっごく良い体つきですね」
「何だいきなり、テメエ商売女か? わりーが今、美人相手でも話す元気ねえから他行ってくれ」
「しょ、商売女ッ!?」
アックスにシッシと手を払われ、更に商売女呼ばわりされたローズは酷くショックを受けている。
ってかホントに誰だよアイツ!?
なんかこの前と雰囲気が全然違ってない!?
まさかアイツ、ドッペルゲンガー!?
と、俺があまりの衝撃に呆けていたその時だった。
「ねえ、もしかしなくてもムーンだよね!?」
「うおあびゃあッ!?」
唐突に背後から何者かに声を掛けられ、俺は自分でもよく分からない声を上げた。
そしてバッと振り返ると、ソコには俺と年が近い青髪の少女が。
「って、エミリーかよ……驚かせんなって」
「ゴメンゴメン、そのマントが目に入っちゃったからつい」
深くため息をつく俺に対し、頭を掻きながらアハハと笑うこの少女は、イキリ斧太郎とは逆にこの冒険者ギルドで一番信用している人物件、ギルドのアイドル(と勝手に自分がそう思ってるだけ)のエミリーだ。
「って、それよりも! ムーンなんでしょ!? アダマス教団の幹部を倒して皆の正気を戻してくれたの!」
「ちょちょちょ、声が大きい! 一旦落ち着こう、な……!?」
「ゴ、ゴメン……」
慌ててシーッと合図すると、エミリーはハッと自分の口を掌で塞いだ。
「それで、実際のとこどうなの?」
「そ、それは……」
ここはすっとぼけるべきなのだろうが……エミリーにはあの時感謝しきれないくらいの恩がある。
それに『ねーねー皆! 彼があのムーンだよッ!』みたく盛大にバラすこともない……ハズ。
とにかく、コイツになら話してもいいかな。
「……確かにあの時幹部を倒したのは俺だ。だけどあの時は……し、知り合いに協力して貰ったから倒せたわけであって、だから全部俺がやった訳じゃないんだ。そこんところ、勘違いすんじゃねーぞ?」
頭を掻きながらボソボソと言う俺に、エミリーはえへへと嬉しそうに笑う。
「でも、ムーンがみんなを助けてくれた事には変わりないよ。ありがとう!」
「お、う……」
……畜生、この世界の女の子はどいつもコイツも可愛いから、そんな素直に感謝されたら恥ずかしいったらありゃしない。
と、俺が照れ隠しにフードを深く下げると、エミリーが首を傾げた。
「それで、今日は何しに来たの?」
「あっ」
そうじゃん、ローズの事すっかり忘れてた!
と、俺が慌ててローズの方を向くと、何故か肩を落としたアックスがポツリと呟いていた。
「ハァ……最近、どうも調子が出なくてな」
「一体どうしたの? よかったら、話し聞くわよ?」
「実はな……」
なんかカウンセリング始まってるー!?
何で!? お前さっき商売女と絡んでる元気ねえって言ってたじゃん!
ローズの奴、もしかして口説くスキルは元々あったりするのか?
ただマジな方向に行くとヘタレるのを除いて。
「アレってアックスと……って、な、何あの超絶美人!?」
「あ、ああ。一応俺の連れ……オイ、なんか勘違いしてない? そういう関係じゃないからね?」
「そ、そうなんだ。あービックリした」
何を勘違いしているのか、目を見開き絶句していたエミリーに渋い顔をしてそう念を押す。
「止めてくれよ、アイツああ見えて結構歳いってんだぜ?」
「え!?」
そう俺がエミリーに忠告している傍ら、ローズの身体が跳ねる。
「ん?」
「ど、どうした」
「いや、なんか誰かに失礼な事言われた気が……」
どんだけ歳の話に敏感なんだよ。
「そ、それにしても、何でムーンと一緒に来た人がアックスと話してるの? あの女の人から話し掛けてるように見えるけど……」
「ま、まあ、それはかくかくしかじかありまして……」
口説く練習してますなんて素直に言える訳ねえ。
と、俺が苦笑いを浮かべていると、ローズがアックスに身を乗り出していた。
「話を戻すけど、一体何がどうしたのよ?」
するとアックスは飲んでいた樽ジョッキをカウンターに叩き付けるように置くと、ドスの利いた声で言った。
「ムーン・キャッスルって知ってるか?」
「い、いえ? 初めて聞く名前だけど……」
「その男をこの手でぶちのめしたい」
……ワッツ?