第十四話 再来ライバルは今日も傲慢だ!⑦
俺とローズが冒険者ギルドに向かう道中。
「グフ……グフフフフ……」
「そのヤバい笑い止めろって……」
すれ違う男の股間を凝視して笑うローズを、俺はギロッと睨みつける。
「リョータちゃんだって、もし透視眼を完璧に使いこなせたら常時発動するでしょう?」
「当たり前だろ、透視なんて男のロマンだ。だけどお前みたいにお巡りさんに捕まりそうな変な笑い声も上げねえよ」
「でもリョータちゃんって顔に出やすいじゃないの」
「ほっとけ」
そんな会話をしながら歩いていると、街の様子が妙な事に気が付いた。
正確には、何故かニヤけている男達の視線が一カ所に集まっている。
なんか、凄い絵面だ……。
「なんかあんのか?」
「アレは……」
と、俺達が男達の視線の先を見てみると。
「アレってサキュバスだよな……?」
そこには、複数人のサキュバスが楽しくお喋りしながら道の真ん中を歩いていた。
その一人一人が超が付くほど美人で、ローズと同じようなほぼ下着な格好をしている。
ワァオ、ナイスバスト……。
じゃなくて、ローズとベロニカ以外で、しかもこんな多くのサキュバスを見るのは初めてだ。
「あの娘達、確かベロニカの手下だったような……」
「オイオイ手下って……アイツ結構上の立場だったのか?」
「ベロニカ、意外と集団を操るのが上手いのよ」
「ふうん」
アイツの手下なんて苦労してそうだ。
サキュバスの社会も色々と上下関係があるんだなぁ。
例えるならローズが学級委員長で、ベロニカがクラスの女王みたいな?
なんて考えていると、そのサキュバス達はとある建物の中に入っていった。
その建物というのは他でもない、
「アソコ、冒険者ギルドだよな?」
「何で冒険者ギルドに……?」
俺達が向かっていた目的地だった。
サキュバスって普通は冒険者ギルドに行かないものだろう、ローズの反応を見れば分かる。
しかし、何であのサキュバス達は冒険者ギルドに向かったんだ?
アソコは古典的な悪い奴は居ないとは言え、中の大半は男が占めている。
そんな所で一体……。
俺とローズは首を傾げながら、冒険者ギルドの扉の影からそっと中の様子を見てみた。
「へえ~、エリックさんて、とっても強いんだぁ~!」
「お、おう! そうだぜ、俺はこの冒険者ギルドの顔と言っても過言じゃ……」
「わぁ、大きくて立派な角! ねえねえ、触ってみてもいい?」
「お、俺の角を……!?」
そこには、数十人のサキュバス達に魅了され、顔がデロンデロンになっている冒険者達が……。
「オイ、冒険者ギルドがキャバクラみたいになってんぞ……」
「な、何をしてるのあの子達……!? あ、あんな大胆に……!」
呆然としながら呟く俺の脇では、ローズが顔を真っ赤にしていた。
いや、サキュバスクイーンのお前が他のサキュバスの行動に恥ずかしがってたらもうお終いだぞ。
……しかし、どこもかしこもサキュバスだらけだ。
しかも全員が女性としてのレベルが高い。
べっぴんさんべっぴんさん、一つ飛ばさなくてもべっぴんさん。
流石異世界としか言えねえなこりゃ……。
「リョータちゃん、何鼻の穴大きくしてるのよ?」
「うるせえ。しっかし、何なんだこりゃあ……」
そんな事を呟きながら、俺とローズは恐る恐るギルドの中に入っていった。
普段、酒と料理と少しの汗臭さで満たされている冒険者ギルドから、ほんのりと香水の匂いがするもんだから違和感しかない。
俺は鼻息を荒げ、冒険者ギルドの中を見渡していく。
「フサフサで艶々な毛、触り心地いい~」
「あっ、ズル~い! 私も~!」
「オイちょっ、止め……くうぅぅん……」
……何人ものサキュバス達に喉元や脇腹を撫でられているどこぞのワーウルフは、もはやただの大型犬と化している。
いいなぁ、俺もワーウルフに生まれ変わりたい。
なんて思っていたその時、
「へえ~、君ってヴァンパイア族なんだ~! 道理で綺麗な顔してる訳だ~!」
「いや、その、だな……」
「お顔真っ赤~! か~わ~い~い~!」
俺は、二人のサキュバスに挟まれている見知った人物と目が合った。
「「あっ」」
いや、見知ったっていうか毎日見ている顔。
ハモったと同時に固まった俺とソイツの脇に居たローズが、ソイツの名前を溢した。
「レオンちゃん……」
「ッ!? ちちち、違うのだ二人とも! ここ、コレには深い訳が……!」
ハッと我に返ったレオンが顔を真っ赤にして首をブンブン横に振る。
しかし、深い訳などあったもんじゃない。
「よかった。昔からレオンちゃんは女性に興味がないと思ってたけど……ちゃんと男の子で安心したわ」
「違うと言っているだろう!」
「……俺は前々からレオンはムッツリスケベだと思ってた」
「貴様アアアアアアアアアアッ!」
怒りなのか羞恥なのか。
レオンの顔が更に真っ赤になっていく。
「いい加減にしろ貴様ら! でないと我のシャドウの餌食にしてやる!」
「ハイハイ。それじゃあ、一応言い訳は聞いてやるよ」
「何故上から目線なのだ……! ええい、貴様ら! いい加減我ではなく他の奴らの元に行かないか!」
「ああ~ん」
「レオン君のいけず~!」
「うるさいッ!」
レオンは二人のサキュバスを遠ざけ、周りに誰も居ないことを確認すると、一つ咳をして話し出した。
「先程まで街の見回りをしていたのだが、とあるご婦人が『冒険者の夫がサキュバス達に骨抜きにされている』と泣きついてきたのだ。それで、ギルドの様子を見に来たのだが……入った途端、此奴らに囲まれ、気付けばあんな……」
「成程、そういう設定か」
「設定じゃない!」
まあこれ以上は話が進まなそうだから、仮にもその言い訳が本当だという事にしておこう。
それよりも、まずは何で冒険者ギルドにサキュバス達が集まっているのかというのが問題だ。
恐らく、ベロニカのせいだという事は何となく想像が付く。
が、一体何が目的なのか?
冒険者を魅了して、何か向こうにメリットがあるのだろうか……。
そう、俺が腕を組んで唸っていたときだった。
「アラ、ソコに居るのは負け犬確定のサキュバスクイーン様に、イキリ童貞の魔王様じゃない」
「その声……やっぱりあなただったのね……」
俺とローズに対し様付けながらもしっかりとディスり、こちらに近付いてきたのは他でもない、ベロニカである。
「イ、イキリ童貞って何だイキリ童貞って! テメエだって自意識過剰なクソビッチじゃねえか!」
「リョータよ、我の背中に隠れながら言い返すな。しかし、此奴が例のサキュバスか……」
レオンは俺に対し呆れながらそう言うと、ベロニカを若干興味深そうに見つめた。
「ベロニカ、一体何のつもりなのよ?」
と、ローズがズイッと一歩前に出ながら問うと、ベロニカは微笑を湛えながら答えた。
「ずっとここに帰ってなかったから今まで気付かなかったけど、あなた随分とこの街の男から恐れられてるみたいね? 何でも、『魔王軍四天王、ローズの年齢聞く無かれ』って言われてるみたいだし」
「お前どこからその情報を!? ソレはこの街の男しか知らない暗黙の教訓のはず……! ってぎゃあああああああ!?」
「リョータちゃんからは後でその話をジックリ聞くとして……ソレとコレが一体何なのよ?」
ローズが俺にアイアンクローを喰らわせながら続けて問う。
「そんなあなたに対して、私達は年齢をとやかく言われても怒らないし、何よりこの街の男達に気持ちいいことをさせてあげられる」
「なっ……!? き、貴様! 場所を考えてものを言え!」
その言葉に、ローズではなく何故かレオンが顔を真っ赤にしていた。
って待てよ……まさかコイツら……。
「この国の男にエロい事して、自分サイドに引きずり込もうとしてんのか……!?」
サキュバスクイーンを決める大会の詳しい試合内容。
第一試合は多くの男に催眠魔法を掛け、相手よりも多くを眠らせた方の勝ち。
第二試合は自分の美貌を武器に男を魅了し、相手よりも多くの男を骨抜きした方が勝ち。
第三試合は公衆の面前で自分の美しさを見せ、相手よりも投票数の多い方が勝ち。
そう、これら全部の試合は『~が相手よりも多い方が勝ち』と『男』という共通の部分がある。
つまり試合をするにはまず、この国の男の協力が必要不可欠なのだ。
そのため、コイツは手下を使って試合をする前に男を魅了し、試合が自分に有利になるようにしているのだろう。
まあ、何て姑息でやらしい女なんでしょう!?
男はエロに敵わないという特性を知っているわ!
「ズルよズルいわよそんなの!」
「まさしく負け犬の遠吠えね。ローズ、もう試合は始まっているのよ」
ローズの涙目の抗議を、ベロニカは涼しげな顔で受け止める。
コレは流石にズルいというかなんというか……。
いやだけど、ローズがこの国の男に対し恐れられるような事をしてきたのは事実。
ベロニカに対し、何て言えばいいのやら……。
と、俺が焦っていた時だった。
「オイ、ベロニカと言ったな?」
「何よ?」
腕を組んだレオンがローズの前に出た。
「我はローズが試合で勝とうが負けようがどうでもいい。しかし、冒険者を魅了しているのは見過ごせぬな」
「はぁ?」
「ここは市民をモンスターから守る為に建てられた施設だ。そんな場所で冒険者を骨抜きにされたら、万が一の時に対処できなくなる。そういうのは、せめて他の場所でやって欲しいのだが?」
「レオン……!」
「レオンちゃん……!」
ベロニカに対しキツメの口調で注意するレオンに、俺とローズは目を輝かせた。
カッケえ……今のレオン、冗談抜きでカッケえよ!
しかし、当のベロニカはレオンを汚い何かを見るような目で。
「うっさいわね、何でこの国の童貞はウザい奴らばっかなのよ気色悪い」
「ど……ッ! そ、ソレとコレとは関係ないだろう!」
レオンはその言葉に一瞬怯むもそう言い返す。
しかし、ベロニカは今度はほくそ笑むようにレオンを見つめた。
「この国を調べる過程で、アンタのことも調べたわ。アンタ、自分の事を闇を司り影を操る夜の王なんて名乗ってるみたいね? そんなクソダサくてイタい名乗り、恥ずかしくないの? ああ、ごめんなさい、ヴァンパイア族ってそういう神経だったわね」
「貴様……我をを愚弄しているのか……!」
「ええそうよ。アンタ、自分が格好いいと思ってるみたいだけど全っ然格好良くないわよ。寧ろ見てるだけで虫唾が走るわ」
「ソ、ソレと……コレは……!」
「オマケに子供にも負けるんですってね、ダサ過ぎて笑えてくるわ。ってことだから、アンタみたいな雑魚でイタくてキモい小物が、この未来のサキュバスクイーンである私に、偉っそうに指図してるんじゃないわよ」
「う……うぅ……」
「もう止めて差し上げて! レオンのライフはもうゼロなんだよッ!」
俺はベロニカの怒濤の悪口ラッシュに耐えきれず涙目になっているレオンを庇うように立った。
確かにコイツはイタいところもあるし、昼間は俺よりも雑魚になるけど、結構気のいい奴なんだよ!
クソ、この調子じゃ埒が明かない!
「畜生、ひとまず撤退だ! これで勝ったと思うなよおおおおおお!」
「ま、待ってリョータちゃん! セリフが完全に小物の悪役のソレよ!」
俺はレオンの手首を掴むと、逃げるように冒険者ギルドから飛び出した。




