第十四話 再来ライバルは今日も傲慢だ!⑥
「うわあぁぁ……うわあああああああぁぁ……!」
翌朝。
俺は魔王の間の玉座に突っ伏して、ガチ泣きしていた。
理由は勿論、言うまでもない。
「……どうしたのよリョータの奴。朝から来てみたら泣いてるし……」
「どうやら、昨日知り合ったサキュバスに酷い事を言われたとか……」
「ふぁ……人が気持ちよく睡眠をしていたというのに、貴様のせいで早起きする羽目になったではないか……」
孤児院から戻ってきたリーンにハイデルが今までの事柄を説明する中、レオンが眠そうに目を擦りながら文句を言ってくる。
が、他の奴らの事なんてどうでもいい。
今は、ベロニカに対する怒りで一杯一杯だ。
「あのクソビッチめええええええええええッ! 思春期の男の純情なハートを弄びやがって! 俺の良心を返せええええええええええッ!」
「大丈夫……じゃないですよね」
握り拳を玉座に叩き付ける俺に、リムがそう言って目を伏せため息交じりに呟く。
そりゃそうだ、折角助けてあげた人が、俺を嵌めようとしてたんだから。
「うぅ……分かってたさ……何となく分かってたさ……俺なんて女の子になんてモテないんだって。 女が男を選ぶ基準なんて、結局は顔と金と権力なんだ……!」
「そ、そんな事ないですよ! 確かにお兄ちゃんは少し変なところもありますけど、すっごく優しいじゃないですか!」
「そうですとも! 魔王様には、いつかきっと素敵な出会いが見つかるはずです!」
「どーせ俺にすり寄ってくる女なんて、俺の魔王って立場だけにしか興味無いに決まってるんだぁ!」
リムとハイデルが慰めてくれるが、ショックが強すぎて全然効果がない。
畜生、あの野郎童貞が格好付けんなとか言いやがって……!
童貞がラブコメみたいな恋愛夢見て何が悪いんだ!
俺だって、俺だってええええええええええ!
と、俺が唇を噛み締めていると、今まで静かだったローズがそばに寄ってきた。
「ごめんなさいねリョータちゃん。あの娘、昔から男を色仕掛けで魅了して弄んだり利用したりするのが好きなのよ。もっと早く注意するべきだったわ」
「まったくだよもう……」
「だけど……まさかあのリョータちゃんがベロニカの誘惑に耐えるだなんて、今でも信じられないわ……てっきりリョータちゃんなら一秒も満たない内に全裸になるかと……」
「オイコラ、テメエ俺の事そんな風に思ってたのか! 少なくともお前よりはマシだ!」
「何よ、毎回毎回私とすれ違うときにいっつも胸元見てくるくせに!」
「べべべ、別に見てねーし!」
ローズのその言葉に慌てて首を振る俺に、他四人がドン引きしている。
だが実際に胸元を見ていたのは事実だし、畜生バレてたかとも思っている。
だけどそんな私の身体を見て下さいと言わんばかりの格好をしているお前にも問題があると思うぞ。
「とにかく! 俺はあのベロニカの野郎を泣かせてやりたい! そのためにはサキュバスクイーンを決める対決で、ローズを勝たせないといけない! ので、俺も協力するぞ! ありがたく思え!」
「「「…………」」」
胸を張ってそう宣言する俺に、女性陣の冷たい視線が刺さる。
「……昨日は大変申し訳ございませんでした僕にも手伝わせて下さい」
「ええ、いいわよ」
俺が日本の社畜の見本となるような完璧な土下座を披露すると、ローズは満足げに頷いた。
畜生、腹立つ。
俺は一つ息を吐くと、後ろに振り返った。
「って事だ、お前らも手伝ってくれよ?」
「我もするのか……?」
「レオン、魔王様のご命令ですよ」
心底嫌そうな顔をするレオンにハイデルが強めの口調で言う。
「ハイデル貴様、何掌を返しているのだ……」
「私は主である魔王様の意見に賛成いたします」
「貴様と言う奴は……! いいのか!? どうせ今のでリョータの奴、貴様のことを楽だとか便利そうとか思っているに違いないぞ!」
おいおい、リーンどころかレオンにも見抜かれちゃったよ。
今後出来るだけポーカーフェイスで過ごそう。
「コレは魔王様直々の命令だ。逆らう奴は許さねえ!」
「貴様はこういう時だけ魔王の立場を主張するな!」
「いいのかな~? 皆が頑張ろうとしてる中、一人ボッチでいいのかな~?」
「ああもう分かった、我も出来ることなら協力してやる!」
そう俺が挑発気味に言うと、レオンはヤケになってそう答えた。
コイツもコイツで楽だし便利だな。
「という事だ。ローズ、俺達はお前が勝てるように全力でサポートしてやるから、途中でへこたれるんじゃねえぞ!」
「フフ。ありがとうリョータちゃん」
「別にお前のためじゃねーよ。ぶっちゃけ、お前が勝とうが負けようがどうでもよかった。ただ対戦相手に痛い目を見せてやりたいだけ、つまり全部俺のためだ」
嬉しそうに目を細めるローズにそう念を押すと、後ろからリーンがポツリと。
「ツンデレだ」
「う、うっせえ! お前だけには言われたくねえ!」
「ツンデレね」
「ローズもか! って、ソコのお前らは何ニヤついてんだ!」
こうして魔王城の面々によるローズのサポートは、俺のからかい合いから始まった。
「――さてと、それじゃあ今から、このラブコメマスターのリョータさんからモテる秘訣を直々に伝授してやる」
「よりにもよって、リョータちゃんがモテる秘訣を……?」
「オイコラ!」
執務室に移動した俺とローズは、机を挟んで向かい合った状態で座っている。
そしてローズの手元にはペンとメモ用紙。
俺に対しまったく期待していなさそうなローズだが、意外と真面目らしい。
「確かに俺自身はまったくモテない。だけどこう見えて恋愛小説を読みまくってるからな、そこから知識を引っ張り出してお前に教える」
特に、俺が呼んでてキュンキュンしたキャラの特徴とか。
「まず手始めに、俺にとってどんな女性が魅力的だと思う?」
「普通に胸が大きいでしょ?」
「違う、全然違う! お前は俺がおっぱいだけで人を決めると思ってんのか!」
「と言いつつさっきから私の胸チラチラ見てるじゃない」
ローズのその指摘に俺は口笛を吹いて誤魔化す。
「ンンッ。俺にとって魅力的な女性の特徴。それは、『守ってあげたい感』だ!」
「守ってあげたい……?」
脳天にクエスチョンマークが出てきそうな程首を傾げたローズに、俺は拳を握り締めながら続ける。
「例えば、人と喋るのが苦手でいつもビクビクしている恥ずかしがり屋だとか、強がってるけど実は寂しがり屋だとか、そういう所に男ってのはキュンと来るんだ!」
「成程……」
「あと、ギャップ萌えってのもいいな。いつも大人ぶってるけどしょっちゅうヘマをやらかして涙目になってるとか! 逆に、恥ずかしがり屋だけど時に大胆ってのもいい!」
「うんうん……」
意気揚々と語る俺の話を、ローズはメモ用紙にしっかり書き込んでいく。
「近くで一番いい例って言ったらやっぱりリムだな。まだまだ子供なのに、普段大人ぶって背伸びしてるところとか可愛くて可愛くて……」
「ちょっと、ただの妹の惚気話になっちゃってるじゃないの……正直ちょっとキモいわよ」
「と、に、か、く! お前は容姿は完璧なんだから、後は自分の性癖を抑えればなんとかなる!」
俺はローズのツッコミを遮ると、最後にそう締めくくった。
実際に、ローズは色気たっぷりの大人の女性という印象が強い反面、ただのファッションビッチだ。
しかし、その個性も突き詰めれば一つの魅力になる。
が、コイツにはそれ以上にヤバい特徴がある。
「まず、お前は透視眼で男の股間を見るのを止めろ。あと、自分の年齢を聞かれても手を出すな」
そう、この二つ。
この二つがあるからこそ、ローズの魅力が押し潰されているのだ。
「ちょっと! リョータちゃんだって、しょっちゅう透視眼で覗き見しようとしてくるじゃないの!」
「俺はまだスケルトンにしか見えないけど、お前は完全に見えてるだろ! お前、街中で透視眼を使ってるときの自分の顔見たことあるか?」
そう訊くと、ローズは自分の頬に指を当てて。
「男を惑わす魔性の笑み?」
「明らかにわいせつ行為しまくってる性犯罪者の顔だよ」
コイツは一体何言ってんだ。
……実際に街でローズを見掛けたとき、背筋がぞっとしたのを覚えている。
その時のローズは目はらんらんと輝かせ、口元は歪み、息を荒げていた。
それはまさしく、獲物を狩るハンターだった。
「そんで、次にお前は年齢の話をしただけで殴りかかってくるって所だ。ただでさえお前ババアかもしれないんだからあああぁッ!? って、ホラ言ったそばから!」
「いいリョータちゃん? 女にとって、年齢を聞く男なんて害虫も同じよ」
「限度があるわ!」
胸ぐらに掴み掛かってきた手をギリギリで受け止め叫ぶと、ローズは冷静を装いながら言う。
コレだからお前は影でババアババア言われるんだよ!
「まったく……。取りあえず、今俺が言った事を踏まえて、実践しに行くぞ」
「行くってどこに?」
ローズのその問いに俺はニヤリと笑ってみせる。
この国において、一番男を誘惑するのに打って付けで、なおかつ俺のようなエロい奴らが集まっている場所。
「冒険者ギルドに決まってるだろ」