第十四話 再来ライバルは今日も傲慢だ!③
翌日。
俺が自室からあくびをしながら歩いていると、とある部屋から声が聞こえた。
誰だろう、こんな朝早くから……って、もう昼か。
などと思いながら、ドアに近づき耳を澄ませてみる。
『どうします? ローズさんなら、一試合目は大丈夫だと思いますけど……』
『う~ん、やっぱり一番の問題は二試合目ね。ローズってシャイだもん』
『そ、そんな事ないわよ! 私が本気で誘惑したら、男なんてイチコロなんだから!』
どうやら魔王城の女衆が作戦会議をしているようだ。
……昨日は俺には関係ないと言ったが、あのローズがこのように真剣になっているのは少々気になる。
『それよりも、ローズがここまで真剣になるなんて珍しいわね』
『確かにそうですね。朝早くからずっと真面目に考えていて』
リーンとリムも同じようだ。
『サキュバスクイーン剥奪の危機なんだから、真剣になるのも当然よ』
二人の言葉にローズはヤケに真面目そうな声音でそう返す。
『それもあるけど、私、あの娘だけには負けたくないの』
『あの娘って、例の候補者ですか?』
『まあね。昔からの知り合いなのよ』
『ライバルみたいな?』
『腐れ縁よ腐れ縁』
昔馴染みとの争奪戦か……。
ここまで真剣になっているのなら、少しでも俺にも出来ることはないかと考えてしまう。
が、やっぱり俺にはどうする事も出来ない。
魔法なんて俺がこの中で一番出来ないし、性別関係なしでも俺なんかが誰かを口説くなんて無理だし、美しさなんて男に言われても分からない。
あと、昨日断っておいて今更手伝うなんてのもな。
まあ、昨日ハイデルが言ってたように、あの二人に任せれば大丈夫……だと思う。
とりあえず、面倒事にならなきゃいいんだけどなぁ……。
そんな事を思いながら、俺はドアから離れていった。
「――あっつ……」
暇つぶしに街を歩いていた俺は、真上から照りつける太陽を睨みながら呟いた。
もう夏だなぁ……日本だったら七月ぐらいか。
夏と言えば、クーラーでキンキンに冷えた部屋で、同じくキンキンに冷えた麦茶を飲みながらゲームをするのが現代の風物詩。
流石にこの世界に冷房とかはないけど、クーラーが恋しくてたまらない。
街行く人は俺と同じように皆汗だくになっていて、時折通り過ぎる人が持っているうちわが羨ましくなる。
あー、なんか冷たい物飲みてえなぁ……。
そんな事を考えながら、俺が公園の脇を通ろうとした時だった。
「ん?」
公園の街路樹の下に立ち尽くしている一人の女性を見掛けた。
よくよく見てみるとその女性は街路樹を見上げており、目線の先には鍔の広い帽子が枝に引っかかっていた。
あらら、風で飛ばされちゃったのか。
しかし、まさかこんなよくあるシチュエーションを目の当たりにするとは……。
そんな事を思いながら、俺は女性の元に近付いていった。
「あの~、俺が何とかしましょうか?」
「……いいんですか?」
「ちょっと待ってて下さいね。えっと……これでいいか。『投擲』!」
俺は街路樹の根本に落ちていた木の枝を拾うと、帽子目がけて軽く投げつけた。
木の枝は回転しながらカーブを描いていき、帽子が引っかかっていた枝に直撃。
その振動で帽子が外れ、フワフワと舞い降りて……。
「アイテッ!?」
ついでに、俺が投げた木の枝も頭の上に落ちてきた。
畜生、スキル使ってもやっぱ利き手じゃなきゃコントロールが悪い。
俺が脳天を押さえている間に舞い降りてきた帽子は、そのまま女性の手元に収まった。
……俺って、格好付けようとしても最終的に格好付かない呪いにでも掛かってるのかな?
「ありがとうございます、助かりました」
「い、いえいえ、そんな……」
そんな俺に頭を下げる女性に俺が頬を掻きながら言うと、女性は顔を上げる。
そして、その女性の目と視線が合った。
「はー……」
「どうされました?」
「!? い、いえいえッ! 何でも……!」
胸に帽子を抱き小首を傾げる女性に対し、俺は気持ち悪いと自分でも思うほどきょどってしまう。
それもそのはず、目の前に居る人がメッチャ美人だったからだ。
腰まで伸びた長い青髪が、太陽光にキラキラと反射して綺麗だ。
そして、ローズと並ぶレベルの巨大な二つのマウント富士。
こ、こんな美人がまだこの国にいたとは……!
「じゃ、じゃあコレで……!」
そのあまりの美人っぷりに怖じ気づいたチキン野郎こと俺は、そそくさとその場を後にしようとする。
「あの、せめてお名前を聞いてもいいですか?」
「……はい?」
が、その女性に呼び止められ俺は思わず振り返った。
一応こんなんでも俺はこの国の魔王だ。
俺の事を知らないって事は、他所の人って事になる。
「ああ、ええっと、リョータって言います」
一体この国に何の用だろうかと思いながらも、俺は自分の名前を名乗る。
すると女性は、少しだけ目を見開いた。
やっぱりどこかで俺の名前を聞いていたのだろうか。
「リョータさん……不思議な名前ですね」
「アハハ、よく言われます」
なんだそっちか。
と、俺が苦笑いを浮かべながら返し、今度こそ帰ろうとしたのだが。
「あの、この後お時間ありますか?」
その一言に、俺の身体が動かなくなった。
なななな、何ですと!?
困ってる女性を助けたら、この後時間ありますかって……!
ええ、何このテンプレ展開!?
逆に怖ッ!
「もし宜しければ、お礼をさせてくれませんか……?」
小首を傾げながら言う女性に、俺は内心ドギマギしている。
こ、こんな美女との甘酸っぱい展開が、あっていいのか!?
やっと俺にも来たぜ、ラブコメの神様が!
「お、俺なんかで良かったら……!」
「フフッ……」
恥ずかしさを紛らわせるため頭をバリバリ掻いていた俺を、その女性は微笑みながら見ていた。
――俺は女性に連れて行かれ、小さな喫茶店に入っていった。
「ベロニカって言います。私、今まで色々な国を回っていたんですけど、久々にこの国に帰ってきたんです」
ベロニカと名乗った女性の前に座り、俺は背筋をピンと伸ばしながら彼女の話を聞いていた。
「そ、そうなんですね。じゃあ、この国の出身なんですか」
「ええ。随分前に出て行ったっきりでしたけど」
成程、通りで俺の事が分からなかったはずだ。
「それでベロニカさんは、何でこの国に戻ってきたんですか?」
「実は、大事な用事があって」
「用事?」
「ええ。あと、この国に居る昔馴染みと話がしたくって」
「昔馴染みですか」
何だろう、どっかでこのワードを聞いたような……。
そんな事を考えている内に、店員さんがアイスティーを二つ持ってきてくれた。
ここは一気にグビッといきたいところだが、女性の手前なので俺はアイスティーを一口だけ呷った。
「そういえば、その腕って……」
「ああ、コレですか? 少し前にちょっと。もうそろそろ取れるみたいですけど」
「ごめんなさい、怪我してる人に……」
「いやいや、こんなの大したこたぁないですよ」
俺はギプスのグルグル巻きの腕をプランプランとさせながら苦笑いを浮かべた。
「それにしても、見ない間に随分と街が変わりました……」
ベロニカさんは濡れたコップを撫でながら、そう言ってガラス窓から外を眺める。
「小耳に挟んだ話によると、今度の新しい魔王様は世界征服をしないとか」
「あ、ああ、そうですね……」
その新しい魔王様が目の前に居るんだよなぁ。
なんて思っていると、ベロニカさんは俺の顔を見つめながら。
「一体どんな人なのかしら? きっと素敵な方なんでしょうね」
「は、はぁ……」
何だこの反応?
この人……まさか俺の正体に気付いてたり……んな訳ないか。
だったら最初に名乗ったときにもうちょっと驚くはずだ。
うん、余計な事を考えるのは止めよう。
俺は再びコップを掴むと、そのまま傾けて――。
――いつの間にか窓に張り付いていたローズと目が合った。
「ブ――ッ!? ゲッホウエッホッ!」
飲みかけのアイスティーを盛大に噴き出し、俺は喉を押さえて咳き込む。
な、何でこんな所にローズが……!?
などと混乱している間にローズはドアから店内に入ってくる。
「ちょっとリョータちゃん! 何であなたがこの女と一緒に居るのよ!?」
「テメエ、なに人様が楽しくお茶してるのに驚かしてきやがるんだ……って、はい?」
その言葉に俺が混乱している最中、ローズはこんな状況でも落ち着いてアイスティーを飲んでいるベロニカさんを睨みつけた。
そんなローズにベロニカさんは静かにコップを置くと、ニコッと笑いながら。
「久しぶりねローズ。元気だったかしら? ちょっと見ない間に随分と老けたわね」
「そういうあなたはその生意気な態度、昔から全然変わってないわね、ベロニカ」
「「フフッ……」」
二人はお互いをディスりながら、一頻り笑い合う。
そんなあまりの急展開に俺はついてこれず、ただ呆然としていた。
唯一分かることと言えば、今この店内の温度が五度ぐらい下がったという事だけ。
俺の腕に鳥肌が立ち、コップの中の氷が音を立て、店員さんは身の危険を感じたのかカウンターの奥にすっこんでいった。
「ちょっと、急に走り出してどうしたのよ!?」
「ローズさん、そんなに今すぐ冷たい物が飲みたかったんですか!?」
そんな店内の空気を壊すように店内に入ってきたのはリーンとリム。
「って、何であんたがここにいるのよ!?」
「それはこっちのセリフだよ! 何でお前らここにいんの!?」
「ええっと、私達はただ気分転換に喫茶店に行ってお茶をしようってここに来たんです。そ、それよりもお兄ちゃん! あの綺麗な人とここで一体何をしてたんですか!?」
「ちょっと待って待って! 一回頭整理させてくれ!」
俺は二人に掌を向けながらそう言うと、俺は頭を抱えてこの状況を整理してみる。
ええっと、まず俺がベロニカさんを助けたらお茶に誘われただろ?
その後ローズ達がこの店に向かったら、たまたまそこでお茶してた俺とベロニカさんを見掛けた。
様子を見るとローズとベロニカさんは知り合いっぽいけど、なんか犬猿の仲らしい。
って待てよ、確かあの時ローズ、サキュバスクイーンの候補者とは腐れ縁って言ってたよな?
あの二人の様子からして……もしかして……。
「ベロニカさんって、サキュバスクイーンの候補者……?」
という事は必然的に。
「サキュバスだったの!?」