第二話 魔界の生活は今日も大変だ!⑤
今回俺達が請けたクエストの内容は、最近バルファストの近くに住み着いたゴブリンの群れの討伐だ。
俺達は、そのゴブリン達の住処と思われる洞穴の前に立っていた。
「……なあ、ここにはあのゴブリンが十以上いる居るんだよな。もう帰りたいんだけど」
「うむ。それには我も賛成だ」
「二人とも何を言いだしているんですか……」
先程、見回りと思われるゴブリンに酷い目を見て、早速踵を返そうとする俺とレオンの肩ををハイデルががっしりと掴んだ。
「じゃあさ、ハイデルとローズが行ってこいよ。レオンは使い物にならないし、俺は戦い方なんて知らないし。だから戦えるお前らが……」
「私戦えないわよ?」
「……え?」
疑問の表情を浮かべる俺に、更にローズは続ける。
「だから、私は戦えないのよ。私みたいな淫魔は基本的に精神魔法しか使えないの。しかもモンスター相手には精神魔法はあまり効かないのよ」
「はあ……!?」
つまりアレか? この中で唯一戦えるのはハイデルだけってか?
「じゃあ何で付いてきたんだよ!?」
「まあ、確かに今の私は戦力にはなれないけど……ほら」
そう言ってローズは、軽くその場でジャンプして……落下する事なく宙に浮かんでいた。
そしてその小さな羽をパタパタと、妙に可愛らしく動かしながら上昇していく。
「私達サキュバスはね、悪魔族系統の中で唯一空を飛べるのよ。だから私は、偵察要員だと思ってね♪」
「いや凄いけど! 納得だけど! でもその羽でよく空飛べんな!? 物理法則無視してねえか!?」
「何でも、サキュバスの浮遊は魔法によるもので、羽はその舵の役割をしているそうですよ」
「貴様も普段隠しているとは言え羽はあるだろうに……何故飛べぬのだ」
「私だって……飛べるものならば……!」
レオンの疑問にハイデルは拳を握りしめ、悠々と空を旋回するローズを実に羨ましそうに眺めていた。
なんというか、魔族は種族によってステータスが尖りに尖っているというか……凄いと思う長所はあるのに、短所も凄いから総合的にそんなでもないという評価になってしまうというか。
「……なあ、前々からずっと思ってたんだが、魔王軍四天王ってどうやって決めてるんだ?」
コイツらが戦果とか残したとは思えないし、まさか国民投票とかそんなのか?
そんな俺の質問に、ハイデルが答えた。
「ジャンケンです」
「……今何つった?」
今ジャンケンつったか?
「元々四天王は先祖代々同じ家系の者が受け継いできたのですが、数十年前、四天王が全員がとある勇者に討ち取られてしまい、それから四天王は国民の中から高いステータスやユニークスキルを持つ者達を対象に、ジャンケンで決める事になったのです」
「じゃあ何だ!? 魔王軍四天王はジャンケンで勝っただけの奴らで組まれたってのか!? そんな国の命運かける大事な役割を給食ジャンケンぐらいの感覚でやったってのか!?」
「いえ、きゅうしょくジャンケンというものは知りませんが、恐らくそうではありません」
頭を抱えて言った俺の言葉に、ハイデルは真剣な眼差しで俺を見た。
見るとローズもレオンも同じような真剣な眼差しで俺を見てくる。
「あ……すまん」
そうだよな、コイツらはたとえジャンケンで魔王軍四天王になったとはいえど、ちゃんと責任持って……。
「リョータ様は勘違いをされているようですが……私達はジャンケンに勝ったのではなく、負けて四天王になったのです」
「そっちかい! ってか給食ジャンケンじゃなくてゴミ捨てジャンケン感覚だったのかよ! 国の奴ら四天王どんだけやりたくねえんだよ!?」
「だって四天王は戦う以外にも、ギルドの管理を受け持ったり兵士を育成したり、色々と面倒なんだもの。なのに給料は無いし、誰も好んでやろうなんて人いないわ」
「げ、現実的だなぁ……!」
「リョータ、静かにしろ。ここは敵の住処の前なのだぞ。そんなことで騒ぐな」
「そんなこと程度のものなのかなぁ……!?」
痛む頭を押さえながら、俺は深いため息を付いた。
こんな奴らが四天王やってるのによくもまあ先代は世界征服しようなんて思ったな。
俺だったら絶対やりたくない。
「……っと。取り敢えず、強めの透視眼も駆使して周囲を見渡してみたけど、特別警戒するようなモンスターは居なかったわね」
「助かります」
「それより、これからどうしましょうか? 確かにこの中に討伐依頼のゴブリン達が居るんでしょ? 洞窟の中は暗いし狭いから、ゴブリン達を外に出さないと」
地面に降りて腕を組みながら言うロースの言葉に、俺はふと、あることに気付いた。
さっきから、洞窟の中から物音が聞こえない。
中には十匹以上のゴブリンが居るのだから、少しは声とか聞こえたりするものだろう。
しかし、中からは一切生き物の気配を感じることが出来ない。
「……なあ、もしかしてここには」
「『ヘルファイア』ッ!」
「ちょっ!? えええええええええ!?」
俺が違和感を知らせようとした瞬間、ハイデルは何の前触れもなく黒炎を洞穴の中に投げ入れた。
「ならば、このように私のヘルファイアを中に放てば解決でしょう?」
「何やってんだよお前!? 確かに効率良いし楽だけど!」
俺は黒炎の海と化した洞窟を見ながら頭をかきむしった。
そんな俺に、レオンがそういえばと俺に訊いてきた。
「リョータ。何か言おうとしていたようだが?」
「ああ、いやなんかさ、俺らここでずっと喋ってるけど、中からゴブリンの気配がしなかったんだよ」
「気配?」
「ああ、普通中から小さくてもゴブリンの声とか物音とかすると思ってたんだけど。それに、さっきハイデルがヘルファイア投げ入れても、断末魔の一つも聞こえやしなかったぞ」
「それは私のヘルファイアが凄い威力からでしょう!」
何でこんなにハイデルは自信過剰なんだろうか。
何だか嫌な気しかしない。
と、その時。
――ガキィン!
そんな耳が痛くなるような金属音が辺りに響いた。
自慢げに胸を張っているハイデルの横から手斧が飛んできて、そのまま後ろの洞窟の壁に当たったのだ。
そして、俺達はゆっくりと手斧が飛んできた方向を見る。
そこには、自分たちの住処を燃やされて、怒りの表情を浮かべる十匹以上のゴブリンが。
……………………。
「おい、偵察したんじゃなかったのかよ……」
「……ゴメンね、透視眼の効果が強すぎて、ゴブリンちゃん達の姿まで透視してたみたい」
「そんなバカなぁ!!」
『『『ギイイイイイイイイィッ!!』』』
ゴブリン達が一斉に襲いかかってきた!