第十三話 シスコンは今日もデレデレだ!③
「フンフフンフ~ン♪」
「何やら機嫌が宜しいですね、魔王様」
ローズに恥ずかしいところを見られてから数日後。
執務室で資料の整理を鼻歌交じりにこなしていた俺に、ハイデルが言った。
「まあな~? ホラ、資料これでいいか?」
「拝見します……って、何ですかこのミミズが這ったような字は!?」
「しゃーねーだろ、利き腕使えないんだから。あと元々この世界の文字って一筆書きが多いじゃん? 頑張れば読めるさ」
「ええ……」
資料に目を通し必死に解読しようとしているハイデルは、複雑そうな顔をする。
「仕事も終わったし、早く愛しの妹の所へ~」
「機嫌が宜しいのはそういう事ですか……ハァ、ここ最近の魔王様は、どうもリムに溺愛で……」
「そんなの当たり前だってーの。だって妹だぜ? 妹なんて、思春期の男の夢と希望だろうが」
「ハァ……このままでは魔王様の威厳が……と言うと、貴方はいつも元から威厳など無いとおっしゃるのでしたね……」
「分かってきたじゃねえか」
こめかみを抑えるハイデルは、何か言いたそうな様子で俺を見つめる。
そんなハイデルを執務室に置いて、俺は軽い足取りで魔王城の廊下を進んでいった。
フッフッフ、残念だったなハイデルよ。
確かに俺はリムに骨抜きだが、ちゃんと魔王としての仕事はしているつもりだ。
だからハイデルは、注意したくても注意できないのだろう。
イエ~イざまあ!
何て調子に乗っている間に、リムの部屋に到着した。
「お~い、お兄ちゃんが来たよ~」
部屋のドアをコンコンとノックしながら、俺はリムを呼んだ。
……が、部屋からリムの声どころか物音一つ聞こえてこない。
どこかに出かけているのだろうか。
「む? リョータ、何をしているのだ?」
とここで、廊下の奥からレオンが通りかかった。
「いや、リムに会いに来たんだけど居ないみたいでな」
「ああ、リムなら先程、母親の所へ行くと言っていたぞ」
ああ、ポーション屋さんの手伝いか。
そうだよな、リムが俺の事お世話してくれるって言ってても、リムの母ちゃんもいるんだし。
ちょっと反省。
「じゃあこれからどうしようかな。外に行くのは暑いし面倒臭いし……」
と、俺が独り言を呟いていると。
「リョータよ」
「ん?」
「貴様がリムを連れてフォルガント王国に行く前の事を覚えているか?」
「フォルガント王国に行く前?」
俺はレオン突拍子もない言葉にそう聞き返すと、虚空を見上げて思い返す。
確かリムとフォルガントに行く前、コイツに吸血鬼の牙っていう中二病全開の武器を見せて貰ったんだよな。
……ああそうか、その後俺は、そういった中二病全開アイテム他にも見せてくれって頼んだんだっけ。
「オッケー、それじゃあ見せてくれや」
「フフフ……いいだろういいだろう」
端から見たらヤバそうに見えるだろうが、俺達は二人して不敵に笑い合った。
「――リョータ、コレはどうだ? 悪魔の杖という、悪魔族の魔法の効果を数段も上げるという杖だ」
「かっけえなソレ! その持ち手に埋め込まれた赤い宝石とかたまんねえぜ!」
所変わってレオンの部屋。
俺はレオンが次々に見せる武器やアイテムに、目を輝かせていた。
レオンの部屋は初めて来たが、予想道理薄暗かった。
絨毯やカーテンは黒や紫系統の色で統一され、外からの光が遮断されている。
壁には普段からレオンが絶対に使わないであろう武器が飾られていた。
だがそれでいい!
昔からアニメやラノベの話をする友達は少なからず居たが、こういうガチの中二病トークを出来る奴がいなかった。
それにここは異世界、こういう格好いい武器を見せて貰うのは、案外普通のことなのだ。
気付けばすっかり夕方になっていて、俺は満足顔でレオンの部屋から出て行った。
「いや~楽しかった楽しかった」
自室に戻り、俺はベッドの倒れ込んだ。
何だか童心に帰った気がするぜ。
まあたったの二年前なんだけどね。
あの頃は無意味に架空と敵と戦って無双していたけど、異世界に転生してから現実を思い知らされた。
何て考えていると、ドアからコンコンとノックの音が聞こえた。
まずリーンじゃないな。
誰だろうか……?
「あの、リムです。お兄ちゃんいま――」
「よ!」
「早ッ!?」
リムの話が終わる前にドアを開けると、リムの身体がピクッと跳ねた。
「どうしたんだリム? 晩飯にしちゃ早い気がするけど」
「は、はい。実は、お兄ちゃんに相談がありまして……」
そう言ったリムの表情は、何かを心配しているような顔をしていた。
「いいよ、お兄ちゃんに何でも相談してくれ!」
「ありがとうございます」
俺はリムを部屋に招き入れると、椅子に座らせる。
「んで、相談って?」
俺はリムの真正面の椅子に座り、背もたれに肘を置きながら訊いた。
リム、何か悩んでいるのかな。
ここはお兄ちゃんとして、その悩みを解消しなくては。
「はい。実は……その……」
リムは少し口籠もると、意を決したように。
「最近、ストー」
「よしソイツ殺してくるわ」
「ちょっと! まだ話が終わってませんよ!」
リムの話が終わる前に、俺は立ち上がって机の横に立て掛けられている愛刀黒龍を引っ掴むと、そのまま部屋を出ようとする。
そんな俺をリムは止めてくるが、止まってなんかいられない。
「分かってるよ。最近リムにストーカーが着いてきているんだろ? 大丈夫、お兄ちゃんがソイツぶっ殺してやるから」
「目が光って怖いですよ! 待って下さいって! 確かにストーカー被害に遭ってるって話ですけど、それは私じゃなくてママなんです!」
「え? リムの母ちゃんが?」
その言葉に、俺は一瞬で冷静になる。
「実は最近ママが誰かに付けられている気がすると言っていたんです」
「そ、そうなのか……」
リ、リムじゃなくて良かった……。
いや、リムの母ちゃんも十分心配なんだけどね。
「しっかし、リムの母ちゃんがストーカー被害ねえ……ソイツに魔法ぶっ放せばいいのにさ」
リムの母ちゃんは元バルファスト魔王国一の魔法使いと呼ばれていたらしく、この前のリム救出の時には魔法で敵を一掃していたそうな。
そんな人なら、魔法を一発喰らわせれば十分だと思うのだが……。
「そうしようとしても、気付けば一瞬で消えているって」
「ソイツ、もしかしてお化けとか……?」
「こ、怖いこと言わないで下さい!」
「怖いなら、今夜は俺と一緒に寝るか?」
「寝ませんよ! まったくもう……」
怖がっているリムに茶化したのが失敗だったな。
何て思っていると、リムがコホンと一つ咳をする。
「話を戻しますけど、今日から私は実家に帰ります」
「……え?」
「大丈夫です、ちゃんとリーンさん達にはその事を話していますから」
いや、そういう問題じゃない。
リムが実家に帰ってしまう。
そうしたら、もうリムにお世話して貰えなくなってしまう!
可愛い妹が身の回りの世話をしてくれるという夢のような時間なのに!
「ええっと……ちなみに何だけどお父さんは?」
「その……パパは……」
あっ、ヤベ。
シュンと項垂れるリムを見て、俺の血の気が引いていく。
今まで、リムの父ちゃんと会ったことが無かったし、話を聞いたことが無かった。
もしかしたら、生まれる前に死んでしまったとか、そんな話になって……!
「パパはポーションや薬物の研究のために旅をしていて、一年に三、四回しか会えなくって」
「何だよかったー」
「な、何がよかったんですか!」
「ああいや違う違う!」
思わず安堵のため息をつくと、リムに怒られてしまった。
勝手に殺してすいません、お父さん。
「とにかく、リョータさんの看護を出来なくなっちゃうけど、ママも心配で……」
本当は折角出来た可愛い妹ともっとイチャイチャしていたい!
……が。
「いいよ」
「ほ、本当にいいんですか?」
「自分から言っておいて何だよ。俺もリムの母ちゃんが心配だしな」
「あ、ありがとうございます……!」
頬を掻く俺に、リムはペコペコ頭を下げる。
「あの、晩ご飯もう作ってありますから、お腹が減ったら食べて下さい」
「分かった」
リムは最後にそう言い残すと、俺の部屋を出て行った。
……。
…………。
………………。
「ストーカーか……」
十歳のリムにストーカー被害に遭っていないから、まだいい。
しかし、どうあれそのストーカーのせいでリムが実家に帰ってしまった。
だから、今も俺の気持ちは変わらなく。
「やっぱソイツぶっ殺してやるううううううぅぅぅッ!」