第十三話 シスコンは今日もデレデレだ!①
「リイイイイィィムウウウウウゥゥちゃあああああああああああああんッ!」
「うひゃああああ!?」
初夏の太陽が照りつけるある日のこと。
涙と鼻水でグシャグシャの顔をしたジータが魔王城の裏庭に突然現れ、そこにいたリムに飛びつくように抱きしめた。
「大丈夫だったリムちゃん!? ゴメンね、ボク何もしてあげられなくてええええええ!」
「だ、大丈夫ですから! ジータさん、離れて下さい!」
「うへえええええええん!」
「よ、よしよし……」
と、リムは泣きわめくジータの頭をおずおずと撫でてやっていた。
「立場が逆転してる……」
その光景を見ながら、俺は棒読みで呟く。
何故ジータが泣いているのかというと、この前のリムとフォルガント王国の少女誘拐事件の件があったからだ。
ジータを含む勇者一行はアダマス教団の策略により、キングワームというミミズ型のモンスターの討伐のために遠征に行っていた。
ロリコンのジータにしてみれば、ミミズ討伐よりも子供達が心配で仕方なかったんだろう。
「ジータちゃーん!」
「速えよ! 何で魔法使いがアタシ達より速いんだよー!」
「ゼエ……ゼエ……!」
しばらくして、ジータに続いてレイナとエルゼ。
その後ろから息を切らせたフィアが追いついた。
「あら、いらっしゃい」
「こんにちは、リーンちゃん」
俺の隣に立っているリーンが笑顔で迎えると、レイナはニコッと花咲くように笑顔で挨拶した。
この可憐な少女がこの世界で一番強いなんて、この場面だけ見たら到底思えない。
「それと魔王さんも、こんにち……は……?」
「はい、こんにちは……」
続いて俺に挨拶しようとしたレイナは、俺の姿を見て首を傾げた。
まあ、そんな反応になるわな。
だってさっきから、俺は……。
「な、何でお前、ボロ雑巾みたいになってるんだ……?」
ボッコボコにされた状態で、草の上にうつ伏せで転がっているからだ。
「ああ、実は……」
「コイツを鍛えてやってんのよ」
複雑そうな顔をしながら訊いてきたエルゼに、俺の代わりにリーンが簡潔に説明した。
「あのさリーン。いくらなんでも、骨折した相手にここまでするか……?」
「甘ったれた事言ってんじゃわいわよ。じゃああんたは敵と戦っていたとき、骨折したって言ったら相手が攻撃止めてくれると思ってんの?」
「ハハハハハ、正論過ぎて言い返す事も出来ねえや……」
木刀を肩に担ぎながら見下ろすリーンに、俺は死んだ目で笑いながら応えた。
師匠、怖いっす。
「ああ、そうだフィア。コイツに回復魔法掛けてくれない?」
「い、いいですけど、もう少し待ってくれです……ハァ……ハァ……」
リーンにそう頼まれたフィアは、地面に手を突き息を切らせながらそう返した。
いくらチートでも、やはり聖職者は体力が少ないようだ。
俺はヨロヨロと立ち上がると、レイナに対し口を開く。
「そういや、あの後どうなったんだ?」
「ああ、ええっと、皆さんのおかげで子供達は全員親の元に返されましたし、冒険者達も全員正気に戻りました。ただ……」
「……ジークリンデに逃げられ、行方が分からない」
「はい……」
詰まってしまったレイナに続いて俺が言うと、レイナは申し訳なさそうに俯いた。
そう、実は俺達がリム達を取り返したすぐ後に廃砦を調べたのだが、そこにはジークリンデの姿が無かった。
そして更に、俺とジークリンデが戦った大広間のすぐ近くに外へ続く隠し通路が発見されたのだ。
恐らく、最後にやってきたアダマス教徒二人が気絶したジークリンデを運んだのだろう。
「まあ大丈夫だろ。作戦に失敗した幹部はボスに殺される可能性が高いしな。それより、今後もアダマス教団に何されるか分かったもんじゃないし、どうする?」
「アイツらの標的は魔族だけじゃなくて、ボク達も含まれてるからねぇ。今後充分話し合う必要があるかも」
と、ジータが真剣そうに言うが、未だリムの胸に顔を埋めている時点で色々台無しだ。
「そういや魔王」
「ん?」
俺がロリッ娘に甘やかされるお姉ちゃんというシチュも悪くないなんて考えていると、エルゼが頬を掻きながら口を開く。
「フォルガントの冒険者の間でな、自分達を助けてくれた奴がいるって騒ぎまくってんだよ」
「ああ、俺の事?」
「それなんだが……助けてくれた奴の名前が、お前じゃなくて別人になってたんだ」
「……え?」
な、何ですと?
「その、別人ってのは誰だ……?」
俺、ちょっとした英雄になれると思ってたのに!
誰だ俺の功績盗んだ野郎は!?
と、俺が内心怒っている中、エルゼがソイツの名前を言った。
「ムーン・キャッスルって名前らしい」
俺でしたー!
「正気を取り戻した冒険者達が、自分達を助けてくれた奴の特徴を話し合っていて、その時一人の冒険者が特徴に該当する奴を知ってるって言いだしたらしいんだ。んで、ソイツの名前がムーン・キャッスルって名前だったらしい」
「…………」
「それから、フォルガント王国冒険者ギルドの英雄だの、第二の勇者だの言われててな」
マジッすか……。
その一人の冒険者ってもしかしなくても、あの時知り合った女冒険者、エミリーだ。
まさか一瞬で考えた偽名が、英雄の名前になってしまったなんて……。
「……うん、もういいや。その功績はムーン・キャッスルに捧げよう」
「いいのか!? 知らない奴に手柄取られたんだぜ!?」
知らない奴って言うか、俺です、はい。
今後、あまりその偽名は使わないようにしよう。
「話は済んだ? それじゃあ、修行を続けるわよ。皆は魔王城の中で待ってて」
などと思っていると、リーンが木刀を自分の掌に打ち付けながら言った。
「えええええええ!? いい加減休憩させてくれよおぉぉ! 大体、利き腕使えない状態で木刀なんて無理だろ!?」
「ダメよ」
そんな俺の言葉も、短く切り捨てられる。
するとその光景を面白がって見ていたエルゼが元気よく言った。
「何ならアタシも付き合うぜ!」
「止めてッ!? 冗談でも止めてッ!?」
リーンどころかエルゼまで加わったら、俺の命の危険が増す!
「あんたは、私の攻撃をよく見て反応しているし、次はどう動くか先のことを考えながら動いている。その目のおかげなのかもしれないけど、結構伸びしろあるのよ?」
エルゼに対し本気で断る俺に、リーンがため息交じりに言う。
褒めてくれてんのかな……?
「じゃあ、何で俺が避ける前に攻撃が当たって、次の動きを封じられるんだ……?」
「単純にレベルとステータスの差ね」
「クソッタレー!」
やはりどの世界も、生まれてき持った才能というもので決まってしまう。
俺も魔神眼が自由自在に使いこなせたらなぁ!
そうしたら俺だってチート野郎の仲間入りなのに!
「だ、大丈夫ですよ! きっと努力は裏切りませんから!」
「レイナァ……」
と、理不尽な現実に泣きそうになってしまった俺に、レイナが頑張って下さいと励ましてくれる。
そうだよな、リーンも小さい頃からモンスター狩っていたから、レベルが60もあるんだ。
レイナだってきっと、死ぬ気で頑張ってこの強さを身に着けて……!
とここで、レイナをジト目で見ていたフィアが。
「生まれつきワイバーンを一撃で倒せるほどのステータスをしていたレイナが言っても、説得力ないです」
「うわああああああああああああああああああああああああッ!」
「ごごご、ごめんなさい魔王さん!」
畜生、やっぱどの世界も才能なんだあああああああああ!
「だけど、努力が無駄になるなんて事はないと思いますよ」
修行を始める前に心が折れてしまった俺に、今度はリム困ったような笑みを浮かべて言った。
「……うん、そだな。伸びても伸びなくても、結局は何らかの努力しなきゃ変わらないもんな……」
「私も頑張ってサポートしますから、安心して下さい、お兄ちゃん!」
「「「「お兄ちゃん?」」」」
「あっ……」
声を揃えて首を傾げた勇者一行に、リムはやってしまったと顔を真っ赤にした。
……補足なのだが、リムは人前で俺をお兄ちゃんと呼ぶのは避けている。
しかし、このようについうっかり俺をお兄ちゃんと呼んでしまっているため、魔王城の奴らはその事を知っている。
「二人とも、いつの間にそんな仲良くなったです~?」
「いや、ええっと、その……!」
ここぞとばかりにからかってくるフィアに、リムは更に顔を赤くさせる。
ヤバい、どうしよう、こっちまで恥ずかしくなってきた。
「お兄ちゃん……だって……?」
そんな中、一人静かになっていたジータのドスの利いた声が聞こえた。
そして魔神眼の影響なのか、ジータの身体からオーラのようなモヤが出てきている。
「何で……何で……」
「ジ、ジータ?」
「何で君だけお兄ちゃんなんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「どわああああ!?」
そしてジータはそう叫ぶと、俺にタックルをかましてきた。
「ジ、ジータちゃん!? 何やってるの!?」
「ズルいよ! ボクだってリムちゃんにお姉ちゃんって呼ばれたかったのにさあ! 君とは同じ立場だと思ってたのに、裏切ったな魔王君!」
「んだようるせえな! 俺はロリコンからシスコンにランクアップしたんだ! お前とは違ーよ!」
レイナが慌てて止めようとするも、俺とジータは揉み合いを止めない。
「こうなったら実力行使だ! やっぱりリムちゃんはボクが貰う!」
「いいや、リムは俺の妹だ! 誰にも渡すかバーカ!」
「あったまきた! リーンさん木刀貸して! この裏切り者はボクが鍛えてやる!」
「卑怯だぞ、お前だけ武器持ってるなんて! リーンも素直に渡してるんじゃねー! ってギャァァ!? 何でお前魔法使いなのにそんな力強えんだよお! お助けえええぇ!?」
俺が怒り狂ったジータにボコボコにされる中、微かにフィアとリムの会話が聞こえた。
「愛されてるですね、リムちゃん」
「うぅ……」
小ネタ1
リョータの出身は東北の山の方。そのため、幼少期から虫取りなどで外を走り回り、人並みに体力がついていたが、異世界人には敵わなかった。