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プロローグ
――それは、呼吸するのも難しい熱帯夜のことだった。
空には綺麗な軌道を描いた三日月が浮かび、星々が輝いている。
そんな美しい夜空に、一つの影が横切った。
その影は夜空の中を、まるで踊るように飛び回っている。
闇夜の妖精と例えられる姿に、魔王国バルファストの魔族達が、呆然と見つめていた。
誰も話す者はいない。
誰もその場を離れる者もいない。
その場にいる全員がまるで魅入られたように、その姿を目で追っていた。
闇夜の妖精はしばらく飛び回ると、ゆっくりと降下し、目の前に降り立った。
その瞬間、まばらな拍手が起こり、やがて大きな拍手と歓声に変わった。
誰もが思っただろう。
誰もが確信したであろう。
彼女が、彼女こそが、本当の――。