第十二話 捕らわれ少女は今日も幸せだ!⑧
「ど、どうして……!? 傀儡の効果が切れた……!?」
俺の目の前で鼻先を押さえているジークリンデは、俺を見てあり得ないと首を振っている。
「さ、さぁ……? 俺が凄いからじゃね……?」
そんなジークリンデに、俺はヘラヘラ笑いながら首を傾げる。
……もちろん今俺が言ったのは、相手を少しでもビビらすための嘘っぱち。
逆に、俺の方が心臓の音がうるさいほどビビっていた。
危ねえ……今完全に取り込まれた……!
ああもう死にたい……!
何がジークリンデ様に触れられて幸せです、だ!
あの傀儡化している冒険者達もそんな事思ってたのかよ……!?
「……リム」
「!? は、はい……」
突然俺に呼ばれたリムは、ビクッと身体を震えさせる。
……怖がらせちまったな。
「ごめんな。俺、お前にあんな酷い事、もう言わないから」
「リョータさん……元に戻ってくれて、良かったです」
俺が首だけ後ろに向け謝罪すると、リムは嬉しそうに首を縦に振った。
しかしマズいな……。
俺が傀儡化から戻って来れたのはリムのおかげでもあるが、大方魔神眼のおかげだろう。
しかし魔神眼を持っていたとしても、相手からの魔眼の効果が効かないって訳じゃないらしい。
次また傀儡化されたら、戻ってこれるかどうか……!
「よくも……よくもよくもよくもッ! 私の顔を殴ったわねッ!」
「「ヒッ……!」」
ユラユラと立ち上がったジークリンデの怒りに染まった顔の迫力に、俺とリムは思わず声を上げてしまった。
鬼じゃ……鬼がおる……!
オーガのクラインが可愛く見えるほど、ジークリンデの顔が夜叉と化していた。
「男の分際で私の顔を殴るなんて……ぶっ殺してやるッ!」
「くッ……!」
怒りにまかせたジークリンデの鞭打ちを、俺は咄嗟に刀でガードして……。
――鞭が刀をすり抜けた。
「アガッ!?」
高い音を立てながら腹にめり込む鞭による攻撃に、俺の口から空気が漏れる。
この鞭……魔道武具だとは思ってたけど……!
まさか防御をすり抜けるってえええええええええええええ!?
「ああああああああああああああああああああッ!?」
知らぬ間に、俺の身体が宙を舞っていた。
いや、舞っているというより引っ張られている……!?
咄嗟に俺の足首を見てみると、淡く光る鞭が巻き付いていた。
「ハアッ!」
「がは……ッ!」
ジークリンデが鞭を振り下ろすと、俺の身体も下に引っ張られ、地面に激しく叩き付けられた。
やっべえ……息できねえ……ん?
痛みにぼやけていた視界の中に、黒い物が二つ見えた。
一つは、黒のお色気溢れるパンツ。
もう一つは、踏まれたら痛そうなヒールのピン。
「フンッ!」
「危ねッ!?」
俺が咄嗟に頭を横にスライドすると、俺の眉間があった場所にジークリンデのヒールのピンが突き刺さっていた。
怖え! 怖えよこの女!
「何躱しているのよ!」
「グッ……!」
などと恐怖に震えている間にジークリンデは俺の胸元を掴み、俺の顔を自分の顔に引き寄せた。
「まあいいわ……今度こそ解かれないよう、全力で魅了眼を……!」
その途端、ジークリンデの赤茶色の瞳が輝き出す。
ヤバい! また傀儡化される!
「ッ……!」
「目を開けなさい、このッ……!」
俺はギュッと目を瞑るが、ジークリンデは両手を使って瞼をこじ開けに掛かる。
どうする!? どうするどうするどうする!?
このままじゃ俺の瞼が破けるし、開けたとしてもまた傀儡化される!
何か、何か無いのか……!?
考えろ……考えろ……!
俺が今出来ることで考えるんだ……!
相手の能力は魅了眼による対象の傀儡化……魔神眼を持っていても、奴の効果が効かないわけではない……。
この態勢で、コイツと目を合わせないなんて不可能だ……。
……いや待て、逆に考えろ。
……そうだよ、自分がコイツの目を見ないようにするんじゃなくて、見れなくすればいいんだ!
「ッ!」
「アハハッ! やっと目を開けたわね!」
俺が意を決して瞼を開ける。
すると、俺の目の前にいるジークリンデが勝ち誇ったように言った。
「さあ、これでもう終わりよ! 今度こそあなたの部下を引っ込めて貰う――ァガ!?」
「うるっせえぞクソ女!」
俺は目の前にある頭蓋骨に頭突きを喰らわすと、相手が怯んだうちに態勢を変え、ジークリンデを取り押さえた。
「な、何でよ! 何で効かないのよッ!? って、あなたその目……!」
「幸いな事に、俺も魔眼持ちでなぁ……!」
紅と紫に輝く俺の目を見たジークリンデは、驚きの声を上げる。
「へっ。スケルトンに魅了されたって、ちっとも興奮しねえってんだよ!」
「いきなり何言ってるのあなた!? 誰がスケルトンよッ!」
ジークリンデは俺の発言に訳が分からそうに言うが、そのまんまの意味だ。
俺は今、透視眼を発動させている。
今は壁一枚通して向こう側を見る程度には調整できるようになったが、女の子の服を透視するのはまだまだ。
つまり今、俺に取り押さえられているジークリンデが、透視眼によってただの骸骨に見えるって事だ。
「リョータさん、大丈夫ですか……!?」
必死に暴れて抵抗するジークリンデを押さえている俺に、小さなスケルトン……じゃなかった。
リムが心配そうに寄ってきた。
「おう、地面に叩き付けられて全身痛いけど、まあ大丈夫だ」
「大丈夫じゃないですよねソレ!?」
「ほんと平気平気……だと願いたい」
「やっぱり大丈夫じゃないじゃないですか! ほ、骨とか折れてませんよね……!?」
苦笑いを浮かべ応えた俺の身体を、リムは更に心配した様子でペタペタ触ってきた。
うう……今でも背中の辺りがズキズキする……。
「放して、放しなさいよ! この……ッ!」
痛みに顔を顰めていた俺に、ジークリンデが喚き散らす。
「放せって言われて放す奴がいるかよバーカ! そんな事も分かんねえから俺みてえな雑魚に形勢逆転されるんだろ!?」
「キイイイイッ!」
「リョータさん、顔が悪役そのものですよ……」
おっと、リムがドン引きしてしまっている。
そんなに酷い顔をしていたのだろうか。
「それはともかく……なあジークリンデ。お前さっき、子供は大きくなるにつれ汚れていくのを見過ごせないって言ってたよな?」
必死に暴れて抵抗するジークリンデに、俺は不敵な笑みを浮かべながら訊く。
「それが何よ……!?」
ジークリンデがそう聞き返すと、俺は真顔になって応えた。
「ぶっちゃけお前の気持ち、凄くよく分かるよ」
「「……え?」」
そんな俺の言葉に、リムどころかジークリンデまでポカンとした。
「小学校の頃、あんなに純粋無垢だった同級生達が、中学高校に上がるにつれ、髪を染めピアスを開け化粧を固め、チャラチャラした男と付き合いまるで筆入れのごとく代え変えていくクソビッチに成り下がってしまった。そして俺のような陰キャを影で嘲笑い、まさしく養豚場の豚を見る目で俺を見てきた……」
「ショ、ショウガッコウ……?」
「そしてその度に思ったよ。ああ、何で皆、大きくなるにつれて汚れていくんだろうって……だから、ジークリンデ。お前の気持ちは、本当によく分かるよ」
「あなた、男のくせに分かってるじゃないの……」
俺の話にリムは首を傾げていたが、ジークリンデはうんうんと頷いていた。
「だけどな、お前は越えてはいけない一線を越えてしまった!」
「な、何よいきなり真面目ぶって……!」
「ああ、真面目な話だからな! ロリコンは、決して自ら手を出してはいけないんだ! それなのに、お前は自分の野望のため、女の子を攫うなんて非道なことをしてしまった! お前はロリコンなんかじゃねえ! ただの犯罪者だッ!」
「ううっ……!」
「第一、テメエが一番子供の教育に悪いわ! 傀儡化して分かったぞ、お前絶対傀儡になったアイツらの尻に鞭打ちとかしてただろ! まさか子供達の前でSMプレイなんてしてねえだろうな!? ああ!?」
「うぅぅ……ッ!」
俺のマジの説教に、ジークリンデは悔しそうに拳を握り締めた。
コイツに、言いたいことは言った。
「リョータさん……それは流石にちょっと……」
隣にいるリムが俺にドン引きしているが……。
止めてくれリム……そんな目で俺を見ないで……!
と、その時。
「ッ!」
大広間の扉の奥から大勢が駆けてくる音が聞こえた。
ヤベえ、追いつかれた!
と俺が焦っている間に扉が蹴破られ、そこから大勢の男達がなだれ込んできた。
「ジークリンデ様ッ!」
「ああ、ジークリンデ様がッ!」
「フフフ……アハハハハッ! だとしても私は野望を終わらせない! 終わらせてたまるもんですか!」
傀儡が助けに入った事により、ジークリンデが高笑いを上げた。
確かにこの人数を相手するなんて不可能だ。
だが……。
「リム、ちょっと離れてな」
「は、はい……」
「な、何をするつもりよ……!?」
男達が迫っている最中リムにそう指示すると、俺はジークリンデの首筋に人差し指と中指を突き刺した。
その行動に対し怪訝そうな顔をするジークリンデに、俺は不敵な笑みを浮かべながら。
「知ってるんだぜ? 洗脳魔法を解く場合、その洗脳魔法を掛けた本人を気絶させれば解けるってなぁ……!」
「ッ!? 止め――!」
「『スパーク・ボルト』――ッ!」
「アアアアアアアアアアアアアアアアァァッ!?」
俺はジークリンデが俺を止めようとした寸前、全力のスパーク・ボルトを流し込んだ。
すると叫び声を上げたジークリンデは、白目を剥きそのまま気絶した。
「うあぁ……何だ……意識が……!」
「ジークリンデ……様……」
その途端、俺達に迫ってきていた男達は崩れるようにバタバタと倒れていった。
「ふうううぅ……勝ったぁ……」
俺は大きく息を吐き出すと、ソレと共に緊張が抜けたからだろうか、身体がゆっくり傾いていき……。
「リョータさんッ!」
倒れかかった俺の身体をリムが受け止めた。
「リム……大丈夫だったか……?」
「だ、大丈夫です……! それよりリョータさんの方が……!」
「ああ……大した事じゃねえよ……さて、もう一踏ん張り……!」
俺はリムの助けを借りながら、何とか立ち上がった。
こんなところで気絶してられない……。
早くアイツらと合流しなくては……。
と、その時だった。
「なっ……コレは……!?」
「ん……?」
目の前の扉から一人、大柄の男が慌てた様子で入ってきた。
何だろう……コイツらより先に目覚めた冒険者だろうか……。
「なあアンタ……目覚めたばっかで悪いけど、下に行って魔族の連中呼んできてくれないか……?」
「……ッ!」
俺がそう話し掛けると、その男は一瞬驚いたように目を見開き、そのまま俺を睨みつけてきた。
な、何だコイツ……?
「お前が……」
「何て……?」
男が小声で何か言い、聞き取れなかった俺が聞き返すと、
「お前がジークリンデ様を傷つけたのかああああああああああああああッ!」
「ッ!?」
男が鬼の形相でそう叫び、丸太のような腕を振り上げた。
な、何でだ!? ジークリンデは気絶しているのに……!
まさかコイツ、傀儡じゃなくて最初から……!
「リムッ!」
「キャアッ!?」
気が付くと、俺は咄嗟にリムを庇うように抱き寄せていた。
俺がこの世界に転生する前、女の子を庇った時とよく似ている感覚だ。
こんな時なのに、不思議とそんな事を考えていた俺だったが、一瞬で現実に引き戻される。
男の巨大な拳が、咄嗟にガードしていた俺の右腕にめり込んでいた。
その瞬間、右腕に激しい痛みを感じる。
そして俺は、勢いのまま抱きしめているリムもろとも真横に吹っ飛ばされた。
「――ァガッ……!」
そのまま俺は背中から壁に衝突。
そして地面に落ちるのを感じながら、俺の意識は遠くなっていく……。
ちく……しょう……油断してた……。
「リョータさんッ!」
遠くから、リムの声が聞こえてくる……。
ああ……リム、無事だったのか……。
ゴメンな……最後の最後で守ってやれなくて……。
ほんと……ゴメ……。
そして俺の意識は、深く深く沈んでいった……。
――リョータがジークリンデと対峙する少し前。
「ハァ……ハァ……!」
「ハイデルちゃん、早いわよ!? まだ十分も経ってないじゃない!」
砦の外で繰り広げられる戦いの中で、ハイデルが魔力切れを起こしていた。
ハイデルのユニークスキル、ヘルファイアは魔力の燃費がかなり高い。
しかしハイデルはヘルファイアを放つ際、ついつい後の展開を考えず連発しがちなのだ。
先程森の木々を燃やした事もあって、ハイデルの魔力量は残り僅かとなっていた。
「ぐ……しかし私が動かなければ、魔王様の迷惑に……!」
「いや正直お前が動けなくなる方が迷惑だろ!?」
「もういいから引っ込んでろよ! お前が倒れたら肉盾にすっぞ!?」
「皆さん酷いです!」
冒険者達に散々言われ、ハイデルは涙目になる。
今の戦況はほぼ互角。
先程不意打ちに成功したが、敵も立て直してきた。
そんな戦況で、魔力切れで動けなくなったら邪魔者になってしまうのは事実。
仕方ないと、ハイデルが後方に退こうとしたその時。
「オイ、そこの執事っぽい奴!」
敵の一人に、突然声を掛けられた。
「執事ではありません、私は地獄の公爵で……!」
「うるせえテメエの素性なんざどうでもいいんだよ! 俺と勝負しろ!」
ハイデルの自己紹介を遮り、剣を構えてそう申し出る男。
喧嘩を売られたからには買いたいのは山々だが、あともう一発でもヘルファイアを放てばお終いだ。
「残念ですが――」
断らせて貰います、そうハイデルが言おうとした時だった。
「よし今だ、やれッ!」
「ッ!?」
突然男がハイデルの後ろを見つめ、叫んだ。
ハイデルは反射的に、魔力を掌に集中させ。
「『ヘルファイア』ッ!」
「ッ!? うおおおうッ!? 何するんだよハイデル、とうとうバカから脳みそ空っぽにジョブチェンジしたのか!?」
「ええっ!?」
しかしユニークスキルを放った先には、バルファストの冒険者が立っていた。
冒険者はギリギリで躱しハイデルに怒鳴る。
(まさか先程のは嘘……!?)
それに気付いたときには、遅かった。
「しまっ、あううぅ……」
「「「バカーッ!!」」」
最後の魔力を使い果たし、顔から地面に倒れるハイデルに、冒険者達が一斉に怒鳴った。
「ハッハー! さっきから見てたけど、魔力切れっぽかったもんなぁ!?」
男が倒れたハイデルに剣を向けながら高笑いをする。
そして、そのまま剣を振り上げる。
「じゃあな、脳みそ空っぽ」
「ぐうう……!」
ハイデルは何とか立ち上がろう、せめて転がって攻撃を回避しようとするが、指先一つも動かせない。
側には仲間の冒険者の姿はなく、今から走っても到底間に合わない。
「死ねえッ!」
「ハイデルちゃん危ないッ!」
男の勝ち誇ったような怒声と、ローズの悲痛な叫びが交差した瞬間であった。
「『ライトニング・レイ』」
「だあああああッ!?」
突如として放たれた電光が、男の顔に直撃したと思った瞬間炸裂した。
男は顔を丸コゲにし、煙を吐きながら倒れる。
この場の全員が、一斉に電光が放たれた方向に視線を向ける。
そこには、この場には到底似合わない、エプロン姿の銀髪の女性が立っていた。
ハイデルはその姿に目を見開き、呆然と呟くように。
「あ、貴方は……確かリムの……!」
「ええ、母親よ。いつも娘がお世話になってます~」
「ど、どうしてここに!?」
「皆さんが、揃ってどこかへ向かって行くのが見えちゃって。だからきっと、リムちゃんを助けにいくんだなって分かったの~。だから、私も行かなきゃって思ったの~」
突然現れた、のんびりとした口調のエプロン姿の主婦の姿に、この場の全員が硬直する。
が、敵の一人がすぐに我に返った。
「ハッ! ふ、ふざけんな、何しやがった女ああああああッ!」
その一人が彼女に斬りかかる。
が、彼女は冷静に人差し指を男に向けると。
「『アクア・キャノン』」
「ぐべあぇッ!?」
指先から放たれた水の砲弾を腹部に喰らい、男は後方に吹き飛ばされた。
そしてその進行方向にいた敵数人を巻き込み、最後は城壁に叩き付けた。
その光景をみた敵の魔法使いが、驚愕に目を見開きながら叫ぶ。
「あ、あれは上級魔法!? しかも無詠唱、だと!?」
上級魔法が扱える魔法使いは、宮廷魔術師か余程手練れの冒険者しかいない。
敵が全員、サラに注目を集める中、冒険者達は皆勝利を確信していた。
彼女の強さは全員が知っている。彼女ほど強い先輩を、他に見たことがないから。
「さてと、母は強しって所を見せちゃおうかしらね~」
――かつて、バルファスト魔王国最強の魔法使いの称号をものにした元冒険者、サラ・トリエルの、一夜限りの復活であった。