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<R15>15歳未満の方は移動してください。

サキュバスな彼女と流星

作者: 五月雨ムユ

以前のアカウントで掲載していた、最初期に書いた作品を形式だけ整え直して再掲載したものです。

今の目で見ると少し雑なところもあるかもしれませんが、個人的に気に入っているお話なので、よろしければ読んでみてください。

【大日本國憲法第10条】


・人類と魔種の関わりの条

 1.本國においてエルフ、ドワーフの友好種族においては市民権を有する。ただし、戦闘行為に及んだ者については例外である。

 2.本國においてのその他の種族については15歳未満の者は市民権を有するが、15歳以上の者は各自治体指定のエリアへ移動の上生活するものとする。また、これ以降人類と関わりを持つことを禁ず。例外は認められない。



 100年にもわたる大陸との戦争が終わり、日本は魔物、エルフやドワーフらと手を組んだ結果勝者側に立ち、今の大日本國となった。


 その結果、友軍たるエルフ族やドワーフ族とは友好的な関係を築いていた一方で、その他の種族は大陸勢力に加担していたもしくは非協力的だったなどの理由で政府は彼らの大日本國内においての活動を著しく制限した。


 そして後に「乱界戦」と呼ばれる戦いから50年が過ぎたある夏のことである。



「おっはよーっ! 今日もいい天気だね!」


 朝学校に向かって駅から歩いていると後ろから声をかけられた。


「おう、おはよう。利根」

「おはよう荒川!」


 利根が僕を容赦なくバンバンと激励するように叩く。痛い痛い。


「いやー今日も暑いねぇ。夏休み中なんだから部活なんてやらなくていいのにねぇ」


 彼女の名は利根公佳(とねきみ)

 同じ部活の同輩であり、僕、荒川秋夜(あらかわしゅうや)の彼女でもある。

 そしてもう一つ。


「夏休み明けたら文化祭があるんだから、夏休み中でも用意しないと」

「私出ないし関係ありませーんだ」


 僕の愛する彼女はサキュバスなのだ。



 サキュバス。

 男性から精力を奪い取る女性型の悪魔。

 当然乱界戦時には目立った活躍もなく、憲法によっても保護されていない種族だ。

 噂によると大戦中には中立とは名ばかりで、双方に協力していたらしい。

 ずるいイメージがあるサキュバス。

 エロい、なんてイメージもあるだろう。

 だが、そんな風に一括りにしてはいけない。

 少なくとも公佳はそんなやつじゃないし、そんなことはしない。

 精力を吸い取る、といっても体液ならなんでも大丈夫らしく、最近はもっぱら僕に対して吸血しているのだ。

 そして自称処女である。やったぜ。



 半年も前のことである。

 僕は好きだった人に告白した。

 その返事はNO。

 それに対して凹んだものだったが、彼女にも理由があったのだ。

 彼女はサキュバスだったのだ。

 僕は別にそれに対してはなんとも思わず(下心がなかったと言えば嘘にはなるが)今はこうして付き合っている。

 付き合って以来、彼女は僕の血を吸うことを「食事」としている。

 また、彼女がサキュバスだということは学校では誰も知らない。

 なぜかと言えば簡単な話で、クラスにはエルフもドワーフも当たり前にいるのだが、サキュバスは彼らと違い保護されていない。

 つまり憲法に則り彼女は15歳の誕生日と共に隔離されてしまうのだ。

 彼女の、僕の大事な彼女の誕生日は8/31。夏休み最後の日でもある。

 そして今日は8/30。

 僕と人外の彼女の、共にいられる最後の夏が終わろうとしていた。



「もーっ! なんで部長はあんなに頑固かなぁ?!」

「まあまあ。部長は部長で大変なんだよ。文化祭委員から目ェ付けられてるし」

「でもさー……」


 駅までの道のり、僕と公佳はだべりながら歩いていた。

 あえて口には出さない。

 出さないが分かっている。

 この道を公佳が通ることはもうない。

 絶対に、もう無いのだ。


「ねぇ、秋夜! 明日さ、デートしない? 神社でお祭りがあるからさ」


 彼女とは周りに人がいないときは名前で呼び合うのだ。


「ん? デート? いいけど……それは……その……」

「……ごめんね? 辛い思いさせて。そう。君との最後の思い出を作りたいの」


 言わせてしまった。

 我ながら最低だと思う。


「……ごめん」

「いいよ。好きでやってるんだしさ。まぁ、寂しくはあるけど、まだ1日、君といられるんだから」


 公佳は黙った僕の手をそっと取る。

 暖かい手だった。

 小さい手だった。


「えへへ。ちょっと恥ずかしいね」

「……ありがとう。公佳」

「謝らない! もっと笑顔!」


 公佳が握った手をぎゅっと掴む。

 サキュバスの性質なのだろうか。

 少し指先がピリッとする。

 エナジードレインというやつなのだろうか?


「私は、あなたと一緒にいたいの。明日があなたといられる最後の日だけど……あなたには笑っていてほしいし、幸せそうにしてほしいの。そうして最高の思い出にしたい」

「ありがとう、公佳」


 いつの間にか駅についていた。

 夕日がホームを照らす中、すんでのところで電車が発車してしまう。

 そんな、そんな当たり前の風景を見て少し寂しくなった。


 がぶっ、と。

 電車を待つホームで公佳は僕の服をずらし、肩に噛み付いた。

 まさか性交為をするわけにもいかず、彼女は、サキュバスである彼女はそうして食事をとる。

 エナジードレイン。

 吸血。

 それは残酷なまでに明白な人と魔物との差だった。

 それが埋まらない軋轢のようで、差別のようで、どうしようもなく辛いのだ。

 くはっ、っと公佳が歯を抜く。

 

「いつも、ありがとう」

「全然いいよ。減るもんじゃ無いし」

「減るでしょ」


 てへへ、と笑いながら彼女は言う。

 つられて少し表情が緩むが頭の中には依然としてなにか霧がかかっている。


「じゃあまた明日。ばいばい、秋夜!」

「ああ、ばいばい、公佳! おやすみ!」


 電車が来た。公佳の乗る電車は僕とは反対方向なのでここでお別れだ。


 ガタン……ゴトン……


 軋んだ音を出しながら電車は走り出す。

 2人が交わした約束を乗せて。


『明日夕方、駅の改札で!』



「……ん? ……ああ、朝か」


 翌朝、僕はいつも通りに目を覚ます。

 いつもと変わらない朝。

 平凡な朝。

 日常。

 だけど。僕にとっては日常でも、彼女にとっては日常じゃない。

 今日、8/31は公佳の誕生日であり、彼女が僕と居られる最後の日だ。

 日常の裏には非日常が。

 彼女は今、どんな気持ちで朝を迎えているのだろう。

 やはり哀しいのだろうか。



「っ?!」


 ぐーっと伸びをして私は目覚める。

 寝起きはいい方なのですでに目はぱっちり。

 いつもと変わらない朝。

 平凡な朝。

 日常。

 だけど。私にとっては日常じゃなく、非日常だ。

 今日、8/31は私の誕生日だ。

 今日で私は15歳となる。

 それはつまり、今日が秋夜と居られる最後の日だということでもある。

 日常の裏には非日常が。

 彼は今、どんな気持ちで朝を迎えているのだろう。

 やはり哀しいのだろうか。



「行ってきます」


 現在時刻16:30。

 祭りのある神社までは30分ほどなので全然余裕がある。

 もう1時間後に出てもいいくらいだ。

 でも。

 家でじっとしている、なんてのは無理な話だ。

 今日1日いろいろ考えてしまった。

 彼女は、公佳は。

 なぜいなくならなければならないのか。

 居てはいけないのだろうか。


「分かりきって……いるのにな」


 そう。分かりきっている。

 50年前、乱界戦が終わったその時に紡がれた法。

 全ての原因。

 大日本國憲法。

 その第十条。


「分かりきってる。分かりきってるんだよ。……でも」


 でも。

 それでも。

 それでも僕は



「行ってきます」


 できるだけ元気に言ってみたものの、無人の家には寂しく響くだけだった。

 ……寂しくなるなぁ

 これで我が家も見納めか、とか考えてしまう。

 んー……我ながら悪い癖だ。

 私に両親はいない。

 いや、いるのだろうけど何処かの隔離地区に、だろう。

 私は物心ついたときから1人だった。

 だから今更寂しい、なんていうのも変な話だと自分でも考えてしまう。

 今日が最後。

 泣いても笑っても今日が最後。

 たとえなにがあっても。

 これから先会えなくても。

 

 でも。

 それでも。

 それでも私は。


「「あなたと一緒にいたいんだ」」



 神社の最寄駅の改札を抜けるとそこには浴衣姿の公佳がいた。

 え?

 早くない??

 約束は確か18時に改札だったはずだ。


「き、公佳?!」

「わっ、秋夜!?」

「なんでここに? まだ17時過ぎだよ??」


 こっちのセリフだよ、と笑いながら公佳は言う。

 どうやら2人でシンクロしてしまったようだ。

 こういう、通じ合ってると感じる瞬間が幸せだ。


「浴衣」

「ん?」

「浴衣、似合うね」


 えへへー、と公佳。


「もっと褒めて?」

「よしよし」


 頭を撫でる。

 ……可愛いなぁ。


「秋夜」

「ん?」

「ちょっとだけ、いい?」


 いいよ、と答えると彼女は僕の服をずらして肩に噛み付いてくる。


 彼女はサキュバス。

 男から精力を奪う悪魔。

 エナジードレイン。


「……くはっ」

「ん……こんくらいで大丈夫?」

「うん。ありがとう。美味しかった」


 サキュバスの力なのかやや陶酔感がある。

 しかし、それはそうと、血って美味いんだ。

 へぇ。

 知らなかったな。

 彼女をどんどん知っていく。



 秋夜から血を吸わせてもらった私は陶酔感に浸る。

 美味しい、なんて言ったけどそれだけじゃない。

 彼と、秋夜と繋がっているという感覚。

 はしたない話だけど興奮するのだ。

 うーん。

 サキュバス様々かなぁ?

 この間彼に私が処女だという話を(なんかの話の流れで)した時も、秋夜は嬉しそうにしていた。

 男の子、そーゆーの好きだからねぇなんて茶化してみたけど、私も純粋に嬉しかった。

 秋夜が私を求めていることが、まるで自身の存在証明みたいで、私はここにいるぞ、秋夜としっかり繋がってるぞ、という感じがして嬉しいのだ。


 さて。

 神社が見えてきた。



 参道にはたくさんの露店が並んでいた。

 たこ焼き、唐揚げ、金魚すくい、射的、ジャガバター……沢山だ。

 そんな露店のオレンジと白の縞模様に公佳の浴衣が映える。

 青味がかった紫に朝顔の模様。

 決して華やかではないが色っぽさを醸し出していた。

 そこにまた公佳のポニテが映える。

 浴衣は祭りの華、なんて友達がふざけて語っていたけれどその通りだと感じる。


「ねぇ、あれほしいな」


 公佳は射的の景品のクマのぬいぐるみを指差した。

 射的は得意なのでまかせて、とだけ言って射的に向かう。


「おっちゃん、1回ね」

「あいよ。300円ね……っと彼女さんも一緒かい。あんちゃん隅におけねぇなぁ」

「ははは……やめてくださいよ。まったく」

「悪い悪い。じゃあ彼女さんにいいとこ見してやんな。お代は200円でいいよ」

「……あざっす」


 優しいんだか世話焼きなんだか。

 ご好意に甘えさせてもらおう。

 僕は銃を構えた。



 射的のコツを知っているだろうか?

 まぁコツって程でもないのだが……

 それは景品の下半分を狙うことだ。

 バランス的な問題だかなんだかでその方がいいらしい。

 ……もっともこの場合、クマの腹を立て続けに打つ絵面になってしまってはいるが。

 パンッ、と乾いた音が響き、クマのぬいぐるみが倒れる。

 危ない危ない。

 最後の一発だった。


「おっ、あんちゃん中々やるねぇ」

「あざます。ほら、クマちゃん」


 屋台のおっちゃんから受け取ったクマのぬいぐるみを公佳に渡すと、彼女はまるで小さい子供のようにはしゃいだ。

 ああ。幸せだ。

 可愛いなぁ


「わーい! ありがとう秋夜!」


 ぴょんぴょん跳ねてる。

 と、そばに来て耳の近くで囁く。


「お礼になんかエロいことしてあげようか?」


 はぁー、っと耳の息を吹きかける公佳。

 うわぁ、ぞくぞくするな。


「いいよ別に。だーけーどー」

「……ん? ひゃぁん?!」


 逆に彼女の耳たぶを甘噛みする。

 急だったからか公佳が変な声を出していた。可愛いなぁ。


「も、もう! 意地悪!」

「ごめんって。ほら、他になんか食べたいものある?」

「またそーやって話題を変えようとするーっ!」

「してないよー」

「本当かなぁ? ……あ、あれ食べたい!」


 指差した先にはたこ焼き屋があった。

 さて。ここからは食べ歩きとしゃれこむか。



「ふぅ、食った食った」


 神社の石段に座りながら僕はつぶやく。

 たこ焼き、ポテト、唐揚げ、ジャガバター、ワッフル、綿あめ、りんご飴……

 明らかに食べ過ぎだってくらい食べる公佳。どこにそんな胃袋が……

 サキュバスは基本的にはエナジードレインでしか栄養を摂取できない。

 しかし、基本的には、であってサキュバスである彼女とて食事は摂る。

 食事は取るし栄養になる。

 美味いともまずいとも感じえる。

 そんな風に人間とほとんど相違なく、でも決定的に違う彼女。

 埋まらない差。

 そんなものを、無意識のうちに。

 深層心理で、考えてしまうのだ。

 どうしようもない現実ってやつを。



「えいっ!」

「……ッ! うわぁぁっ?!」


 突然首筋に冷たい感覚を感じて僕は目を覚ました。

 どうやら寝てしまっていたようだ。

 振り返ると公佳が缶ジュースを持っていた。


「またベタな……」

「1回やってみたかったんだもん」

「そうかい」


 公佳から缶ジュースを受け取りプルトップを起こす。

 プシュッと心地いい音がなり、炭酸の泡が溢れかける。

 飲むと喉に爽快感が広がる。

 流石公佳。

 僕の好きなものを分かってる。


「ねぇ、秋夜」

「ん?」

「この神社の裏の方にさ川、流れてるじゃない?」

「ああ。そうだな」

「そこの河川敷、行かない?」

「ん? いいけど……なんで?」


 思わず聞き返す。


「最後の場所は、そこがいいな」


 被せるように花火の破裂音が聞こえる。

 鼻をつく硝煙の香り。

 鮮やかな華が、祭りの喧騒を引き立てる。

 そんな花火に照らされて、


 公佳は泣いていた。



 辺りは静かな住宅街なのと時間的な問題があり、河川敷は非常に静かだった。

 現在時刻11:35。

 夜中の河川敷は静かすぎて暗すぎてどうしようもないくらい寂しい。

 どことなく非日常を感じる空間だ。

 隣には公佳が膝を抱えて座っている。

 恐らく泣いているのだろう。


 8/31。

 夏休み最終日。

 8月最終日。

 彼女の人間社会での最終日。

 僕と、荒川秋夜と彼女、利根公佳の最終日。

 どうしようもない格差。

 壁。

 そんなことを考えて、彼女は泣いているのだろう。


 ──なぜ河川敷を選んだのだろう?


 ふと、そんな疑問がわく。

 すると、まるで心を読んだかのように公佳が答える。


「覚えてないかな……? 初めて君と会ったのがこの河川敷なんだよ?」


 初めて……初めてとはいつだろう。

 告白した日、始業式、入学式……

 首をかしげる僕を尻目に、彼女は続ける。


「君は覚えてないかな、うん。昔のことだからね。4年前になるかな。私がようやく政府から認定受けてこの街で暮らし始めた時。寂しかったの。毎日が。1日1日が。両親とも離れてひとりぼっちだったから」


 サキュバス。

 魔物の運命。

 そんなことで片付けて良いのだろうか……?

 ふと頭に浮かんだその疑問はだんだんと膨らみ、やがて怒りに似た感情になる。

 何故だ。

 何故なんだ。

 50年も前の戦いの話が何故まだ続く。

 何故彼女と離れなければならない?

 何故だ?

 そんな僕を知ってか知らずか、公佳は困ったような顔をして続ける。


「そんな時ね、河川敷で今みたいに泣いてたの。お母さんに、お父さんに会いたいよー、って」

「……」


 言葉がない。

 人間社会が招いた悲劇としかいえないそれ。


「そしたらね、知らない男の子が話しかけてきたの。『どうしたのー?』って。両親からサキュバスだってことは秘密だ、って言われてたからそれは言わなかったけど、事情があって両親とも離れてひとりぼっちなんだって話したの」

「……」

「そしたらその子が言ったんだ。『かわいそうだな』とか『残念だな』なんていうありきたりな言葉じゃなくてね、『大丈夫。君なら大丈夫だよ』って。どう思う?」


 どう思う、か。

 どう思うんだろうか。

 僕は。

 君は。


「救われたの、その言葉に。もちろんあなたに何がわかるの、って思ったりもした。だけど救われたんだ。その言葉に、その子に……君に救われたんだよ」

「……知らなかった」

「昔の話だもん。覚えてなくて普通だよ」


 いつの間にか怒りは悲しみに変わっていた。

 いや、悲しみなんてものではない、世の中の不条理に対する怒り、自分の無力に対する怒り。

 

「ありがとう。私を救ってくれて。私の側に居てくれて。ありがとう」

「……勝手に……」

「ん?」

「勝手に救われてるんじゃねぇよ!!」


 公佳が驚いたように目を見開く。

 それを無視して僕は川に向かって叫ぶ。

 想いを。

 祈りを。


「勝手に救われてるんじゃねぇよ! まだ……まだ救われるな! こんな世の中のに救われるなよ! 僕は……僕はまだ公佳に救われてないっ! これから救われていきたい!」

「秋夜……」

「僕は……僕は公佳と一緒に居たいんだっ! なのに……なのになんで……! なんでそんな諦めたみたいな、今生の別れみたいなこと言うんだよっ……」

「……秋夜」

「言ってくれよ! また会おうとか、絆は永遠だとか、いつか必ず再会しようとかさぁ!……なぁ、公佳……僕は……僕はっ!」


 ぎゅっ、と、彼女は僕を抱きしめた。

 いつの間にか僕も泣いた。

 ほおを涙が伝う。


「ごめんね、ごめん。そしてありがとう。その言葉、嘘じゃないよね?」


 当たり前だ、とつぶやく。

 彼女から伝わる熱は本物。

 彼女の存在証明。


「ありがとう」


 もう一度彼女はそう言うと静かに唇を合わせる。

 最初で最後のキス。

 彼女も泣いているのだろう。

 初めてのキスは、塩っ辛い、涙の味がした。


「……ん、えへへ、やっぱり恥ずかしいね」

「ありがとう。僕からもありがとう」

「……あ」


 公佳が驚いたような顔をして空を指差す。


「「あ」」


 2人の声がシンクロする。


「「流星(ながれぼし)……」」


 1つや2つじゃない。

 流星群のような。

 まるで祝福のような。

 見渡す限りの星空に、無数の流星が瞬いていた。


「秋夜」


 上を向いて泣きながら公佳は言う。


「いつかまた、巡り会えると信じて」


 2人の祈りは、どこまでも──。

 どこまでも。

 やがてそれは

 希望に変わると信じて。

 願いを流星にのせ、未来に向かって解き放つ。



「では賛成多数により、憲法改正案を正式に法として機能させることが決定しました」


 それに呼応して拍手が起きる。

 それを見た僕は今までのことが無駄じゃなかったという事実を噛み締める。

 勝った、勝ったのだ。

 理不尽な世の中に。

 あの日、10年前の夏休み最終日に抱いた怒り、悲しみを糧にして今の自分がある。

 そのことがどうしようもなく嬉しかった。



 中学を卒業後、僕は法律系の高校、大学へと進み、魔物法について学んだ。

 そして政治の道へと進み、大日本國憲法。

 その第十条の改正に挑んだ。

 理由はもちろん、公佳の為だ。

 あの日、流星に託した祈りを。

 自分自身の手で可能性へと変えた。

 議長が高らかに改正を宣言した時、ふと10年前のあの日が呼び起こされた。


「いつかまた、巡り会えますように」


 そんな言葉を。



「こちらです」


 案内されたのは山奥の小さな、否。

 見た感じ小さな小屋だった。

 どうやら隔離施設とやらは地下にあるらしい。酷い話だ。


「3452番。引き取りだ。では荒川様、お気をつけて」

「ああ」


 と、


 「秋夜ッッッ!!」


 扉が開いた途端、公佳が飛び出してきた。


 長い隔離生活の影響か、やや痩せているようにも見えるが、元気そうだった。

 そしてなにより変わらない可愛らしさがある。

 そして、こんな可愛い(ひと)を迎えに来れたことへの感謝が胸いっぱいに広がった。


「公佳……公佳ッ!」

「秋夜っ!」


 抱きついてくる公佳。

 わお。

 10年も経つとここまで成長するのか!

 胸のあたりに二つの感触があることにも感動していると、公佳が耳元で



「あ、なんかエッチなこと考えてるでしょ?」


 なんて言う。

 鋭いな。


「はぁ? 当たり前だろ? 俺たちはもう大人なんだから」


 なんてふざけたことを言って公佳の頭を撫でる。

 えへへー、と公佳が笑う。

 相変わらずの可愛さだ。


「ありがとう、秋夜。ありがとう」

「こちらこそ。待たせたね。ただいま」


 公佳が嬉しそうにほおを赤らめて笑う。

 そんな笑顔を見ながらぼんやりと

 ああ、今夜は初めて吸血以外でエナジードレインされるんだろうなぁ、と、

 そんなことを考えていた。


 外はいつの間にか暗くなり、空には一筋の流星が弧を描いていた。



【大日本國憲法第10条】


・改正版人類と魔種の関わりの条


 1.本國において、全ての魔物は日本國民と同等の扱いを受ける権利を有する。ただし、戦闘行為に及んだ者については例外である。


 2.本國においての種族による差別は魔物・國民を問わず禁止する。


 3.乱界戦時の戦闘行為については一切を不問とする。


気に入っていただけたら評価や感想など、一言でも大丈夫ですのでいただけると励みになります。

よろしければ他のお話も見てみてください。

ではまたどこかで!

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