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オアシス  作者: 小川百閒
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誰もついて来られない

 ドアノブにザイルの端を結わい付け外れないことを確認する。そしてゆっくりと扉を押し開けるとやはり乾いた熱気の壁がドアを境に押し寄せてくる。


 先ず彼方向こうを見て、足元を見る。その間には砂しかない。ザイルの長さは50m。ドアを中心に半径50mの円を描くように調査はできる。雪山や濃霧でない視界がクリアなこの状態なら目視でも調査はできるが念のための命綱だ。

 そろそろと歩みだして先ずはまっすぐにザイルの限界まで離れてみる。ドアはザイルの径だけ隙間が開いている。そのためオートロックが開錠状態なので10分以上たつと警告音が鳴るのでそれを限度に引き返せばよい。

 特に変わったものはない。砂漠なのだ、砂しかない。手に取ってみると色は黄みがかった石英の様で粒は均等だ。いつだったか沖縄のお土産に星砂を貰ったことがあるが、あれはプランクトンの殻だけあってこの砂より荒かった。


砂はサラサラと手から滑り落ちる。その感触に抵抗も何も感じない。


 ザイルの直線限界から少し左右に触れてみる。扇状に足跡が付くが特にこれといった変化もない。思い切ってグッと右手側に走ってみる。何もない。そのまま扉の後ろに回り込んでみる。何もない。一周してみた。何もない。


結局何もない。


 ザイルを緩め扉に近づく。戻る前にふと手元のスマホを見ると当然ながら圏外になっている。警告音が鳴る前にいったんドアの中に入りザイルを仕舞う。そしてそのまま自宅に戻り、いつもと同じ出かける格好で再度階下に降りる。そのまま郵便ボックスの横の掲示板を眺めながら誰かが来るのを待つ。住人でもいい、管理人でもいい、誰かが出入りするときに出てみればいいのだ。


幸いなことに掲示板の町内会の案内を読み終える前に誰かがドアを開けて入ってきた。エレベーターホールを掃除に来た管理人さんだ。このチャンスを逃してはいけない。


「おはようございます。行ってきます。」


素早くそれだけを言うと管理人さんの横をすり抜けて屋外に出る。


砂漠は変わることなくそこにあった。


 オートロックが閉まる前にドアに飛びつき中に滑り込む。管理人さんは驚いた顔でこちらを見ると、あぁなんだという顔をして、


「あら、忘れ物ですか?」


と問いかけてきた。


「いや、あの、管理人さんはどこからここへ入ってきました?」

「・・・? そのドアですけど?」

「その、外が砂漠で熱くて・・・」

「あぁ、今日も暑いですねぇ。熱射病にならないように気を付けてくださいね。」

「あの、すみませんが一緒に外に出てもらえませんか?」

「え?何ですか?何かありましたの?」

「ちょっとだけお願いします!!!」


 そう言ってドアを開け外に出ると目の前には砂漠が広がり管理人さんの姿は掻き消えた。ドアのノブを離さないままであったのでそのまま中に入ると、管理人さんが外でこちらを見ていた。


「どうかしましたか?」

「いま、どうなって・・・あれ?」

「あなたが外に出てすぐ中に入ってきたのですよ」

「・・・すみませんでした。ちょっと眩暈がするので戻ります。」

「暑いですから無理しないようにね」


 自室へ戻るとまず会社に電話をかけ今日は都合で行けないことを告げる。既になんやかんやで午前10時前になっていた。そして冷蔵庫から作り置きの水出しコーヒーを出してグラスに氷と共に入れ、普段は作業に使っている広いダイニングテーブルに着き頭の整理を始める。


一つ、外扉の外は砂漠だ。

二つ、向こう側には自分しか行けない。

三つ、鍵がないと戻ることはできない。

四つ、スマホは圏外だった。

五つ、熱い。暑いではなく熱い。

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