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オアシス  作者: 小川百閒
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ドアから始まる街づくり

 地方の政令指定都市といえども市街地からちょっと離れるとそう高層の建物があるわけではない。12階建て100戸のマンションはこの地域ではちょっと目立つランドマークであったし、わざわざ東京の建築設計事務所にデザインさせただけあって設備や間取りはこの地域にはない特徴的なものだった。東に一級河川を望む景観で河川の堤防には緑道公園が整備されランニングする人々やグラウンドでサッカーをする少年たち、6面あるテニスコートは平日も利用者で朝から一杯だ。転じて南に目を向けると県営自然公園である里山の鮮やかな新緑が眩しい。歩いて3分で大型スーパーや大手レンタルビデオショップがあり、その横には内科、整形外科、歯科なども立ち並ぶ好立地な条件。駐車場の区画が少ないのは残念だがこのマンションを購入するときに駐車場に屋根がないので愛車のスーパーセブンは手放してしまった。今は中型ワゴン車で十分だ。

 新築で購入したこのマンションも住み始めて12年になる。その間一緒に暮らすパートナーが幾人か変わり、仕事は2回変わった。今では自分で小さな会社を興しスタッフも数人雇っている。何とか昨年には大きな収益を上げる商品を生み出し、それまでパッとしなかった経営状態も黒字化することができた。自分の代わりになるスタッフも成長し、先月から新しいビジネスの為に会社を離れさせてもらっている。月に一度の監査以外はほぼマンションにいるか新しいビジネスのための出張しているかである。


 今年も空梅雨らしく雨なんてちっとも降らなかった。空梅雨だからかそれとも風が吹いていないからか今日は湿気も少なく暑さだけに注意すればいいようだ。天気予報によると最高気温は32度。朝から夜までずっと晴れマークだ。

 住んでいるのは6階の603号室。6月3日生まれなので何となく選んだ住戸だ。このマンションはエレベーターが6基あり同じ階をつなぐ廊下は無い。つまりエレベーター毎にある住戸は各階お向かいだけで生活の時間帯が違えば住民と会うことすらない。エントランスはオートセキュリティだし、プライバシーは存分に守られる、というのが売りだった。

 確かに向かいの住戸のご主人は三交代制で不規則な生活だったし、奥さんは平日の朝8時半には家を出る。娘さんも8時ごろには学校に出かけていたはずだ。こちらはいつも8時50分まで寝ていて朝のシャワーとトイレを済ませて9時10分に出かける。この生活を毎日、それこそ一年365日休まず繰り返していた。夜は早くて25時、場合によっては朝5時に帰ってくる。後ろ盾のない零細企業の経営者の生活なんてこんなものだ。こんな生活が約10年続いていた。


 この日は月に一度の監査の日で久しぶりにこのタイムスケジュールで行動した。きっかりアラームのなる8時50分直前に目が覚め、多少昨夜のウイスキーが残る身体を熱いシャワーで目覚めさせ9時8分に玄関の扉を閉めてエレベーターの昇降ボタンを押す。1階、2階、3階・・・と階数表示板の文字が切り替わり6階にエレベーターの籠が着く。エレベーターの向かいにある昇降階段から望む快晴の空、ホールに漂う熱気、それだけで外に出るのが億劫になる。既に外気温は30度近いのだろう。エントランスホールからほんの数歩の駐車場まで行くのすら面倒になる。それでも乗り込まなければならない。エレベーターに乗り込み1階のボタンを押す。そして閉まるボタンを押す。一刻も早く外の熱気から逃れるために。湿気がないとはいえ暑いのは苦手だ。


室内の表示が切り替わる。6階、5階、4階、


まだ着かないのか。


3階、2階、


やけにゆっくりと感じるのは外に出たくないからだけか。


1階、


 ゆっくりと扉が開く。エントランスホールには誰もいない。薄く色が付けられている型ガラスをはめ込んだ外扉からは真っ白な光が差し込んで外はよく見えない。

 オートロックを解除するノブに手をかけて回す。重い外扉を押し開け一歩を踏み出す。途端に外の熱気が襲い掛かってくる。白い光は全てを覆い隠すようだ。後ろでオートロックの閉まるカチャンという音がする。足元からザクッという音と感触が伝わってくる。




そして私は砂漠にいた。

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