分身だよ死神さん 前編
「宗介」
雨の土曜日。学校へ行く準備を終えた俺に、死神さんが声を掛けてきた
「なにかな?」
「私は今日、死神研修会に出席しなくてはならない為、家を留守にする。帰宅するのは夜中近くとなるだろう」
「そうなんだ、気をつけて」
「うむ。でだ、今日はお前の面倒を見てやれぬ」
「大丈夫、大丈夫。俺の事は気にしないで」
一人分の食事を作るのも面倒臭いし、たまにはコンビニの弁当でも食べよう
「むぅ……。お前はちょっとマヌケっぽいからな、勝手に死なれないか少し心配だ」
「そ、そう? いや、でも大丈夫だよ。今まで一人だったんだし」
「むうぅ……。む、あれを使うか」
「あれ?」
「まったく。世話が焼ける男だな」
そう言って死神さんは押し入れの中に入り、モゾモゾと何かを探し始めた
「あった。……こほん」
押し入れから出て来た死神さんは軽く咳払いをし、背中に隠した右手を高々に掲げて言う
「ちゃらららん。モックルカールヴィ」
「…………」
「む。……む〜」
何も反応しなかった俺を、死神さんは不満そうに睨む
「あ、えっと……な、なにそれ!?」
死神さんの手には、30センチ程の大きさを持つ乾いた土人形がある。顔は無く、どす黒い色が不気味だ
「これは持ち主の体液を取り込む事によって、その者の遺伝子情報を記憶し、その者の容姿や力の一部を複製する人形だ」
「そ、それは凄い!」
よく分からないけど、一応驚いておこう
「うむ。お前ら人間には珍しいだろうな。では早速」
死神さんは人形を顔の前に持って行き、口をクチュクチュさせた
「死神さん?」
「むぅ。こんなものか」
そう言うと、死神さんは唾を垂らした。柔らかそうな唇から垂れる少し泡立った唾は、細く長く伸びて人形へと落ち、糸を引く
「…………」
「…………む?」
「あ! ご、ごめん!」
ポーッと死神さんに見とれていた俺は、気まずさから慌てて視線を逸らした
「む? ……変な奴だな」
死神さんは訝しげに言い、次は髪の毛をと呟く
「…………」
俺はと言うと、心臓が高鳴って、息苦しい。裸を見るより凄い物を見てしまった気分だ
「これで、こうで……よし、出来た。見ろ、宗介!」
「う、うん」
死神さんの声に顔を上げると……
「な!?」
真っ裸な死神さんが!
「な、なな、なに、何してるのさ!」
「何を慌てている。見るの初めてか?」
「い、いや、前に少しだけみたけ……ど?」
裸の死神さんの隣に、普段の死神さんが居る
「これがモックルカールヴィだ。スケベなお前の為、ちょっと胸を大きくしておいたぞ」
「た、確かに……」
細身で真っ白な肌には少しミスマッチかもだけど、張りのあるDカップな胸は圧巻の一言で……そうじゃなくて!
「服! 服着せて!」
「ぬ?」
「良いから着せて!」
それから面倒臭がる死神さんを、後ろ向きながら指示して十分。終わったぞの声に振り向くと、死神さん(偽?)は俺のワイシャツとジーンズを履いた状態となっていた
ワイシャツのボタンは第二までとめられなかったみたいで、溢れる谷間が刺激的過ぎて目のやり場に困るが、裸よりはマシだ
「ああ……、良かった」
「何が良いのか分からんが、疲れた。出掛ける時間まで私は寝る。後は任せたぞ」
死神さんは、よっこらしょっと押し入れに入って襖を閉めた
「…………」
任せたぞって言われても……。部屋に残された、俺と目を閉じたままの偽死神さん。どうしたら良いのだろうか?
「とりあえず」
立たせたままじゃ、可愛そうだ。寝かせといてあげよう
そう思い、偽死神さんの肩に触れる。すると――
「…………」
「ん? ……うわぁ!?」
いきなり目が開いた!
「な……あ、あ」
「…………」
驚きで言葉も出ない俺を前に、偽死神さんはキョロキョロと部屋を眺めた。そして、畳に正座する
「……あ、あの?」
「初めまして、宗介様。いつも死神さん様がお世話になっております」
「し、喋っ!? あ、あっと」
偽死神さんはふわりと微笑み、深々と頭を下げた。その様子に俺も思わず正座し、
「へ、へへー」
と、ひれ伏してしまった
「お顔をお上げ下さい、宗介様! 私は宗介様の道具です。道具に礼を尽くす必要はありません」
「ど、道具? い、いやそんな事は無いですよ!」
顔を上げて、困惑しながらも否定した俺の言葉に、偽死神さんはションボリとしてしまう
「あ、いや、すみません!」
な、何だか知らないけど、悲しませてしまった?
「いいえ、こちらこそ申し訳ございません。至らぬ私をお許し下さい」
「そ、そんな事!」
「あ……。宗介様、そろそろ学校へ向かわなければならない時間かと思います」
「え? あ! そ、そうだね! それじゃまた後で!」
金のある場所や、服が閉まってある場所を早口で教え、俺はアパートを飛び出した
「まったく、もう!」
ちゃんと説明してから寝てよ、死神さん!