死神さんと扇風機
「ただいま~」
水曜日。来週からテスト期間なので、午前中に学校は終わり、俺は真っ直ぐアパートへと帰って来た
部屋の中では死神さんが、シャツとトランクスだけと言う思わずドキドキしてしまう格好でうつ伏せになっていたのだが、どうやら眠ってはいないらしく、面倒臭そうに顔を上げた
「宗介か……」
死神さんはゆっくり起き上がり、
「暑い」
突然着ている物を脱ぎ出した!
「ち、ちょっと! 脱がないで!!」
「…………ぬ」
死神さんは不満そうな顔をし、台所へ向かってよろよろと歩き出す
「死神さん?」
「…………む~」
そして台所の床に寝っ転がった
「……ひんやり」
どうやら床が冷たくて気持ち良いらしい
「……暑い」
だが直ぐに温かくなったのだろう、また冷たい場所を求め転がってゆく
「……なんか犬みたい」
「ふぅ、はぁ……暑い」
弱ってゆく犬、もとい死神さん……って!
「だ、大丈夫!?」
「……分からん。死界ではこんな経験は無かった。溶けるかも知れぬ」
溶ける!?
「ち、ちょっと待ってて! 急いで扇風機買って来るから!」
俺は冷凍庫から氷枕を取り出して死神さんへ渡し、アパートを飛び出した
「急がなきゃ、急がなきゃ急げー!!」
ジリジリと肌を焼く真っ赤な太陽の下、俺は熱中症寸前の状態で大型家電店へとたどり着く
「ハァ、ヒィ、フゥ……」
「いらっしゃいませー」
店に入ると、女の店員さんが笑顔で迎えてくれた
「せ、扇風機は何処にありますか?」
「扇風機ですか? 2階のエアコン売り場の横にひっそり、こっそりと僅かに置いてあります!」
「そ、そうですか」
「案内しましょうか? 一人じゃ見付からないですよ多分」
「え? い、いやでも大丈夫ですよ。ありがとうございます」
エスカレーターに乗り、エアコン売り場へと行く
「…………あれ?」
エアコン売り場は店の右端奥にあり、その隣がテレビ売り場なのだが、扇風機の影も形もない
「おかしいな」
「どうかしましたか、お客様?」
スーツ姿が凛々しい、大人な店員さんが声を掛けてきた
「あ、扇風機を探しているのですが見付からなくって」
「扇風機ですか? 実は今、売れに売れてまして……」
「あ、もう売り切れとかですか?」
「いえ、あるにはあるのですが……」
「?」
何故か店員さんは言葉を濁している
「そちらに少し」
そう言って指を指したのは1番端っこにある、小さなエアコン
「……エアコンですか?」
「の下にある段ボール箱です」
クーラーの土台にいくつかの段ボール箱。箱には処分品と書かれている
「………………」
「…………300円でいいです」
「…………ありがとうございます」
微妙な気持ちになったけど、とにかく扇風機だ。俺は段ボールを担ぎ、アパートへ向かい走る。その途中コンビニへ寄って水とアイス買った
「ふー」
水を飲み、一息入れてまた走る
それを繰り返し、アパートへ着いた頃には汗が滝のように流れていた
「死神さん! 夏の神器を持って来たよ!!」
汗を袖で拭きながらアパートに駆け込み、段ボール箱を乱暴に開ける
「…………あれ? 死神さん?」
しかし部屋の中には死神さんの姿は無かった
「出掛けたのかな?」
冷房の効いた図書館かどこかに出掛けたのかも
「おっとアイス溶けちゃうな」
冷蔵庫の冷凍室へアイスを入れ、残った水をしまおうと冷蔵室を開け……
「…………うわっ!?」
「寒い……」
冷蔵庫の中には、膝を抱えた死神さんが収納されていた。冷蔵庫の中身を押し避けて入った様だ
「な、何やってるの死神さん!?」
「…………入ってみた」
死神さんはムスッとしながら答える
「そ、そう……」
「…………出る」
気まずそうに冷蔵庫を出て、そのまま床に転がった死神さん。そっぽ向いてしまった
「………………」
「………………」
「……し、死神さん。扇風機買って来たよ?」
「扇風機?」
「ほら!」
コンセントを入れてスイッチを押すと、ぶーん、と扇風機が回り、生暖かい風が吹く
「むむ?」
「アイスも買ったよ!」
「むむむ」
それから10分後。
「む。む~~~~~~」
部屋の隅に置いた扇風機の前で、死神さんは声を震わせて遊んでいる
「死神さん、アイスだよ。バニラとメロンどっちが良い?」
「ん。……ばにら」