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初日の死神さん 前編

6月のジメジメした梅雨が終わり、高校生活最後の夏が始まった


そう、始まった。……始まったのだが特に何もない


予定も無いし、お金も無い。ついでに彼女もいない(重要)


今年もいつものように平凡な夏になりそうな感じが、ビシビシとしてくるよ


98%の諦め。残りの2%は何かいい事ないかなーってな事を考えて、一日一日が過ぎてゆく


「……はぁ」


ため息を付きつつ、布団の中でごろごろしていると、玄関のドアが開く音がした


誰が入って来たのかは見なくても分かる。俺が住んでるアパートの大家……の娘


「やっぱりまだ寝てる! 起きて、宗介!!」


「起きてるよ。ただ起きたく無いだけで……」


「おーきーろ!!」


布団を無理矢理引っぺがされた


「ひ、酷いな!」


抗議の声を上げて起き上がると、美麻は俺を布団から押し出し、素早く畳む


「おはよ、宗介」


ニコッと爽やかな笑顔だ


「……………今、何時?」


こんな起こされ方をされるほど時間ギリギリだとは思わないんだけど。枕元においてある携帯を開いて確認


「まだ6時じゃないか!」


「そうだよ。それが?」


「それがって、ミアなぁ」


「はい、これお弁当。どうぞ」


「あ、どうも」


猫の絵が付いた、可愛らしい柄の包みを渡される


「で、これ宿題」


「あ、どうも」


次にプリントとノートを渡された


「それでちゃぶ台」


美麻は壁に立てかけてあるちゃぶ台を組み立て、俺の前に持って来る


「それじゃ、お願いしますせんせ」


そう言って俺の向かいにチョコンと座る美麻


「…………ええと、よく理解出来ないんだけど?」


「先ずは理解する努力をしよう」


「…………宿題?」


「頑張って!」


「…………弁当?」


「報酬」


「み、美麻? まさか」


「宿題、よろしくお願いします」


「宿題ぐらい自分でやれって!」


「自分でやれたら頼みに来ない!」


ぎ、逆ギレ!?


「……朝食も作れよ」


「うんうん!」


「……はぁ」


ため息しか出ないや


それから作ってもらったトーストとハムエッグの朝食を食べ終えて、美麻に宿題を教える


「これがこれで、あれがあれ」


「……そ、その心は」


「答えぐらい自分で出せ」


ぶーぶと文句を言う美麻を無視


「ぶーぶ」


「…………」


「ぶーぶ」


「だから公式に当て嵌めれば良いだけだって!」


あ~面倒臭いなもう! いっそ答えを言いたいよ!


自分の忍耐を褒めつつ、美麻に宿題を教え終わった頃には八時を過ぎていた


「……もう学校へ行く時間だよ」


貴重な朝のまろやか時間が……


「ほら美麻、家に戻って学校へ行く準備しろよ」


「はい、せんぱい!」


美麻をアパートから追い出し、俺も準備をする


顔を洗って、制服に着替えて……


「良し」


準備完了、さぁ行こう!


ささやかな我が城、1DKのアパートを出てみれば、階段下には制服を着た美麻の姿


「早いね」


「着替えて来ただけだから」


美麻は直ぐ隣にある自分の家を指差す。庭付き2階建ての立派な一軒家だ


「相変わらずだね」


昔と変わらない、猫っ毛のショートヘアー


美麻はスプレーで形を整える事ぐらいしかしないし、化粧も一切しない


「早く学校行こう?」


「そうだね」


もう結構ギリギリだ。俺は美麻の横に並び、学校目指して歩き始めた



アパートから学校迄は、歩いて15分


駅前を通り過ぎ、大通りから別れる川方面へと続く小道。その小道を真っ直ぐに進んだ所に学校がある


その途中には大きな桜の木が一本植えられている遊歩道があり、それを抜けたら今度は長いトンネルに入る


トルネルを通る車は少ないが、中はいつも排気ガス臭い。換気が悪いんだろうな


「それでね、宗介」


「先輩」


「うっ……宗介……せんぱい」


「うん」


学校では先輩を付けないと会話してやらない事にしている


「ええと……それで山下先生がね、カツラをね」


「てか、あの先生カツラだったの!?」


衝撃的な話を聞いて驚いていると、あっという間に学校前へ着いた


「それじゃ、弁当ありがとう」


「こっちこそだよ。ありがと、せんぱい」


西校舎の昇降口で美麻と別れ、直ぐ側の階段を使い三階へと向かう


この学校は東と西に校舎があって、三年は東西の三階を利用している。一年の美麻は一階だ


「一年と三年を逆にすればいいのに……」


なんて文句を言ってみるが、一昨年は逆の立場だったのだ。これ以上愚痴は言うまい


黙々と階段を上りきり、自分の教室へと入る。教室内は既に殆どのクラスメートが来ていた


「ウオッス!」


「ああ、おはよう」


教室の一番左奥、窓際三番目。それが俺の席。その席に座ったと同時に、前の席の直太朗が声を掛けてきた。三年になって新しく出来た悪友だ


「今日も暑いな~」


「そうだね。授業やる気無くすよ」


「ま、もうすぐ夏休みだし、それまで我慢しようぜ!」


「そうだね」


高校最後の夏休み……か


「ただ、その前にテストがあるんだよな……」


「…………思い出させないで欲しいな」


今回は余り勉強してないんだ


「よ、宗介。元気か~」


「あちー。マジだりー」


俺の席に集まって来た友達と適当に会話をして、チャイム後のホームルーム。そして始まる1時間目、日本史の授業


今日も今日とて代わり映えは無いけど……


そっちの方が良いのかも、なんて思ってみたり


「え~はい、真田。次の問題を宜しく」


「は~い」


退屈だけど不満は無いし


いつものように授業をこなして、いつものような昼休み。弁当箱を開けると、中身は俺が1番好きなノリ弁だった


「お~」


オカズも鮭にタマゴに肉団子と、素敵チョイスだ


「いただきます!」


あっという間に弁当を食べ終え、これまたあっという間に午後の授業も終わる。そして、あっという間の放課後


直太朗にゲーセンにでも行かないかと誘われたけど、金が無いのでお断り


これから真っ直ぐ帰る訳だけど……。今日もやっぱり平凡な一日だった


ま、平凡が一番か


なんて達観してみたりして……


「おい」


「はい?」


アパートへの帰り道。トンネルを抜けて駅前に続く道を歩いていたら、突然後ろから呼び止められた。振り返ると、美麻と同い年ぐらいの女の子が立っている


その女の子は、着ているワンピースも、腰まであそうな長い髪も、少し吊り上がった大きな瞳も、全て黒。ただ肌は凄く白くて……


めちゃくちゃ可愛い!!


「えっと……な、何?」


み、道でも聞かれるのかな?


「お前、殺すから何かしたい事があるなら言え」


「……………」


は?


「……………おい、聞いてるのか?」


「ま、間に合ってます!」


「間に合ってる? 私の他に? そんな筈は…………ん?」


女の子が何やら考えている隙に、俺はダッシュで逃げ出す


「こ、こら待て!」


「待たないよ!」


夏になると危ない奴が出て来ると言うけど、あんなに可愛い子が!


「ちくしょおぉぉ!!」


少し期待してしまった俺が恥ずかしい!


俺は叫びながら駅前に向かって、ひたすら走った



そして駅前。急行が止まらない駅の隣には、不釣り合いな大きいデパートが建ってる


駅前の車道は車が結構走っていて、人通りもほとほどだ。俺は、乱れる息を整えながら信号が青になるのを待つ


「……此処まで来れば」


恐々しながら周囲を探る


右……左…………後ろ


「ふぅ」


どうやら逃げ切れた様だ


「まったく……」


何だったんだろ?


ため息をつくと同時に、とうりゃんせのメロディーが響く。信号が青に変わったのだ


さて、気分転換にデパートのカフェでお茶でも飲んで……


「………………え?」


正面を見て、俺の息は一瞬止まる。その原因は先程出会った黒い女の子の姿だ


彼女は道路を挟んだ向こう側に居て、こちらを無表情に見ている。しかし俺は彼女本人よりも、彼女の右手に目を取られていた。それはとても大きな、女の子の身体よりも大きい鎌……


「か、鎌!?」


声を上げた俺を、隣のおじさんは訝しげに見た


「か、鎌!? 鎌ですよ鎌!!」


そんなおじさんに、俺は鎌を指差しながら足に縋り付く


「ぬわ!? な、なんだお前は!!」


おじさんは俺を突き飛ばして早歩きで駅の方……彼女が居る方へと逃げ出した


「な、なんで!?」


なんで誰も騒がないんだ!?


突き飛ばされ、しゃがみ込んだ俺をジロジロと見下ろす周りの人達


対して俺なんかより明らかに異様な彼女の事を、誰一人として見ていない


「な、何で?」


「今、私の姿はお前にしか見えない」


「うわ!?」


7、8メートル離れているのに、まるで直ぐ隣に居るかの様に、女の子の声が届いた


「そう怯えるな。別に取って食べる訳でも無いのだから」


ゆっくりと近付いてくる女の子。逃げようとしたが、足が震えて立てない


そんな俺に向かって、彼女は鎌を振り上げた


「や、やめっ!?」


まだ死にたくない!!


思わず目をつぶり、顔を俯かせた俺に、再び声が掛かった


「どうだ?」


「…………え?」


「察しが悪そうなお前の為に、わざわざ鎌を出してやった。感謝しろ」


恐る恐る視線を戻すと、彼女はやっぱり無表情に俺を見下ろしている。鎌はもう持っていない


「私は死神だ。鎌を持つ間、人間には見えぬ」


「し、死神……さん?」


「お前は特別だ。私に見定められた不幸を喜んでもいいぞ」


「と、特別……ですか」


「ああ。良かったな、お前」


「…………」


こうして、俺の平凡な日々は突然ぶち壊されたんだけど……


「……やっぱり平凡な方がいい」


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