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 帝都郊外に建てられた古びたアパートの一室。その入り口の前には「梁山泊面接会場」と書かれた看板が立てかけられていた。

 面接当日にそこへ向かったレオンたちは、看板前で待ち構えているレードラの姿に困惑した。(サイケの場合は、チャイナドレスを着た女性から尻尾が生えていたからだったが)


「レードラ? 何でここに……」

「人間の思惑など儂には筒抜けじゃと知っておろうが。なに、お主等がまた妙な事を仕出かさぬか心配でのう」

「うぇ~…せっかく驚かそうと思ってたのに、この段階で来られてもなあ」

「目標を達成できれば『あっ』でも『ぎゃふん』でも好きなだけ言ってやるわい。それより……」


 レードラは一気に差を詰めると、レオンの頬に手を伸ばしてきた。思わず顔を赤らめたレオンだったが、直後に頬をムギュッと抓られる。


「クエストの事は聞いておる。心配かけおって、この馬鹿垂れが」

「痛ででで……おまへは俺のお母さんかよ!」

「お目付け役なんじゃから、似たようなもんじゃろ。

……ところで、そこの」


 視線をレオンから移されて、傍らで呆気に取られて見守っていたサイケは途端に緊張する。


「あっハイ! レオンの…いえ、レオンハルト殿下と冒険者パーティーを組まされ…組ませて頂いております、サイケ=デリックと申します。よろしくお願いします、レードラちゃんさん!」

「うむ、それはいいが……その珍妙な呼び名は何じゃ。普通でいい普通で」

「では、レードラ様で」


 借り部屋に案内しながらサイケは、さっきから気になっていた事をこっそりレオンに聞いてみた。


「なあ、あのレッドドラゴンの人間形態……まあ、美人っちゃ美人だけど」

「だろ? 何だよ、文句あんのか」

「そう言うんじゃなくて……何と言うか、懐かしい感じなんだよなぁ」

「懐かしい……って、どう言う事だ?」

「あの髪と目の色…あと尻尾があるから人外っぽさはあるけど。作り自体はすごく俺等に馴染みがある。もし黒目黒髪だったら……あれは、日本人の顔立ちだよ」


 レオンの足が止まる。その顔が浮かべた表情を、サイケは何と形容すればいいのか分からなかった。


「だから何だよ」

「いや……それだけだけど」

「お主等、何をコソコソ話しておるんじゃ」


 先に歩いていたレードラが振り返る。二人は何でもない、と誤魔化して彼女に追い付いた。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 面接は概ね順調に終わった。途中、冷やかしや電波な人も数名いたが、レードラが問答無用で追い出してくれた。こうなると付き添ってくれた事がありがたい。


 合格者たちはドラゴン形態のレードラの背に乗せられ、赤の渓谷へ降ろされた。そこの崖には横凪ぎに抉られた跡が洞窟のようになっている場所がある。


「すげえ……さしずめ『竜の爪痕』ってとこだな」

「正解じゃ。ここは他国のハンターが儂の目ん玉を狙ってきた時に戦って爪で抉り取った痕じゃよ」


 人間形態に戻ったレードラの案内する洞窟を、合格者たちは一様に息を飲んで眺め回した。


「それにしても、帝国の守護神で金儲けを企むなんて……物知らずもいいとこですよね」

「竜の目玉自体は希少価値じゃからのう……その守護神にプロポーズするバカもおるし」


 レードラの一言に、ああ…と生温かい視線を向けられ、オホンと咳払いしたレオンは周りを見回した。


「ともかくだ! 掲示板を見てお集まりの日本人諸君、よくぞ『梁山泊』の一員になってくれた。具体的に何をするかは決まっていないが、この『竜の爪痕』を拠点とし、時々集まってでっかい企画を立てていこうと思っている。まずはメンバーの自己紹介からしていこうか」


 レオン、サイケ、レードラの簡単な紹介が終わると、次は合格者の一人一人が名乗りを上げていく。


「キャトル=ミルキーズ。騎士見習いだ。よろしくな」

「こやつは農務大臣ゴートン=ミルキーズの次男坊で、赤龍ミルクの責任者が兄のシープスではなかったかのう」

「えっ、それ初めて聞いたんだけど」

「姓で気付かんかったのかお主…」


 道理で聞き覚えのある名前だったわけだ。レオンは直接会ったゴートンとシープスは知っていたが、次男が別件で関わってくるとは思いもしなかった。と言うか興味がなかった。


「ニ、ニルス=ジョースター十歳…精霊使いです。え、えと……よ、よろしくお願いします!」


 緑色の髪を揺らし、蔓の巻き付いた杖を抱きしめた少年がぺこりとお辞儀をすると、色とりどりの精霊が姿を現した。


「あら可愛い。貴方のお友達?」

「はい!」


 ニルスににこやかに話しかけた中年女性は、その流れで挨拶する。


「マチコ=マイヤーよ。歳は今年で五十。私は転生じゃなくて若い頃…日本では昭和六十三年にこの世界に飛ばされてきたの。今はスティリアムってここから遠方の国で小さな食堂を営んでいて、帝国へは料理研究のために立ち寄ったのよ」

「彼女の事はぜひとも『マチコ先生』と呼んでやってくれ」

「うん、やめて?」


 彼女が出版したと言う料理に関する書物を皆に見せると、パラパラと捲っていた一人が声を上げる。


「これはすごい。ここまで調べ上げるまでに長い年月をかけたのだろうね。…しかし君、元の世界に帰りたくないのかい?」

「そりゃそうだけど手段がないし、もう三十年経ってるから帰ったところで浦島太郎状態よ。親も生きてるかどうか……。それに、この世界でもう家族もできてしまったから」

「だったらせめて、手紙を送るのはどうだろう? 私なら指定した年代に日本に届ける事ができるよ」


 あっさりと言われて、マチコは疑わしげに瞬きをする。


「それ、本当なの? あなたは一体……」

「おっと、申し遅れたね」


 謎の人物はおどけて大仰な挨拶をする。


「私の名はレイニス。歴史学者をしている。能力は、異世界を行き来する事だ。ただし制約があって、夢と言う形に限られる……つまりここと日本、両方に私がいる事になるな。まあこの世界の知識に関してはチートだと思ってもらって結構」


 そう説明するレイニスを、ぶすっとした顔で睨んでいるレオン。実はレードラの知り合いだったらしく、面接の最中、久々の再会で親しげに話していたのでずっと妬いていたようだ。


 ともあれ冒険者パーティーにはキャトルとニルスに入ってもらい、当面クエストをこなしつつレベル上げに勤しむ事になった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 そうして十三歳を迎えたレオンは、大神殿で神官長ヘレナから啓示を受けていた。


「竜神官レオンハルト=フォン=ドラコニアは現在、総合レベル九十。スキルは剣術二、体術五十五、打撃七十八、掘削六十、魔法九十、知識五十となっています。貴方に渓谷の女神の御加護がありますように」


 啓示と言っても冒険者ギルドの鑑定と変わらない。ちなみに神本人(レードラ)も鑑定魔法は使えるのだが、「聖職者は決められた施設で直々に宣言されねば、ステータスに登録されんからのう」との事なので、一種の儀式なのだろう。


「すごいわね、レオンちゃん。たった一年でよく頑張ったわ。特に神聖魔法の成長が著しいから、レベルMAXまでもう目の前よ」

「すべて女神様の愛の力です」


 もう一人の母が自分を「ちゃん」付けで呼ぶのは、幼い頃から恥ずかしくてたまらなかったが、今はもう近所のおばちゃん的付き合いだと割り切っている。


「そうねぇ、レオンちゃんは昔から愛情深い子だったわ。クレイヤみたいな難しい子もフローラちゃんと同じ妹として接してくれて……その調子で早く婚約者も見つけてくれると安心なんだけど」

「義母上、私の婚約者は既にここに居ります。そう、貴女の目の前に!」

「えっ?」


 レオンの指差す先につられて振り返ってみれば、そこにはドラコニア大神殿が祀る、帝国の守護神レッドドラゴンの像が。


「……」


 そして目を離した隙に、レオンはとっととこの場から退散していた。その鮮やかな逃げっぷりに、ヘレナは小さく溜息を吐く。


「ほんと、困った子ねぇ……アティが何て言うかしら」


 そう言ってレオンが出て行った扉を見つめるのだった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「どうすっかなあ……具体的な事何も思い付かないのに、このままじゃレベルが頭打ちだよ」


 レオンは地下書庫に通じる廊下を歩いていた。あれからした事と言えば、今までと同じく皇子教育(剣は壊滅的だったので諦めた)がない時に冒険者ギルドのクエストをひたすらこなしていたくらいだ。皇子である自分にはあまり危険な仕事は回ってこないとは言え、結構短期間でレベルを上げる事はできた。キャトルから課せられた地獄のような特訓には閉口したが。

 その他には、子供たちの間で大流行したギューメン大会や精霊馬車レースに参加した程度……何とこの企画の主催は親しくなった悪ガキ共で、伝説となるチャンスを横から掻っ攫われた形となったが、レードラが興味を示さないのでこれも別にいい。


(名を上げるって思ったより難しいもんだな……マチコ先生の力を借りて、異世界で和食を広めてみるとか? …ダメだ、何番煎じだよ。力を借りると言うかマチコ先生一人でできてんじゃん!)


 そのマチコはレイニスの能力で日本の家族と手紙のやり取りをし、この間ついに元の世界に戻る決意をしたと言う。時期は手紙の送り先と同じ、平成二年。(元年はバタバタした時期なのと、三十年分も歳を取ってしまったので消えてすぐだと信じてもらえないだろうと時間を置いた結果)

 レイニス自身は直接行き来できないものの、こうした異世界同士を繋ぐスポットには詳しいらしく、今まで何人もの時空の迷子たちを拾って助けて来たのだとか。レオンの概念的存在になりたいと言う目標を、既に達成しているのがレイニスなのだった。


(こうして考えると、俺ってまだ誰かに頼らないと何もできないヤツだよなあ。クエストでも仲間におんぶに抱っこだし、何よりレードラには甘えまくりだし。情けない……)


 現在、マチコは里帰りに向けてスティリアム王国に帰還。サイケは家を継ぐために金細工の本格修行中。キャトルは騎士団試験の真っ最中。ニルスは精霊使いとして妖精女王の催す宴に参加するのだとか。

 久々の一人の時間に、レオンはつい後ろ向きな考えに囚われてしまい、何かいいアイディアはないものかと書物を漁る事にしたのだった。


 地下書庫は、赤の渓谷へ通じる魔法陣の部屋のすぐ隣にある。その扉の前に待ち構えている人影を見て、レオンは「うへぇ」と声を漏らした。


「随分なご挨拶ですのね、レオンハルト殿下。そんなにわたくしとお会いになりたくなかったのですか」

「滅相もない。ご機嫌麗しゅう存じ上げます、アテーナイア様」


 薄暗い地下通路に似つかわしくないその令嬢は、宰相の娘だった。二人はかつて親の決めた婚約者同士……になる前にレオンが潰したが、以来何となく顔を合わせ辛くて避けてきた。もっとも、それ以前からレオンは彼女が苦手だったが。


「麗しいわけないじゃない、こんな埃っぽい地下室……。貴方は相も変わらず、巨大赤トカゲに熱を上げているのかしら」

「あのー、アテーナイア様。彼女はこの国の守り神でしてね」

「赤トカゲにプロポーズしてる貴方に言われたくないわ!! このわたくしが、あんな爬虫類に見劣りするほどブスだと言うの……。子供の頃に虐めたのを、まだ恨んでいるのね」


 アテーナイアはとても気の強い令嬢で、幼いレオンは何度も泣かされていた。当時は彼女が恐ろしかったが、おっさんの目線から見てみるとキャンキャン吠える仔犬みたいで可愛らしい。年齢がまだ十三の小娘と言う事もある。


「子供の頃の話ですし、別に恨んでおりませんよ。貴女の美しさは、私などにはもったいない……。もっと相応しい、貴女だけを心から愛してくれる男性(ひと)がいるはずだ」


 レオンの視線は、彼女が身に着けているアクセサリーに向けられる。装飾品の事はよく分からないレオンにも趣味がいいと思えるデザインで、彼女のために作られた特注品なのだろう。婚約者のいない美しい女性には、数多の男性からそうした贈り物がされると聞いた。

 アテーナイアは、ふふんと得意気に腕を掲げてアクセサリーを見せる。


「素敵でしょう? 最近、貴族の間でも評判の金細工師による物よ」

「左様ですか」


 デリック氏を思い出したが、あれは町工房なので違うだろう。レオンに気付いてもらえた事で機嫌を直したアテーナイアは、扉の前から素直に離れる。


「あまりお父様を怒らせない方がいいわよ、レオン。でないと貴方が赤トカゲと戯れている内に、大切な物はすべてなくしてしまうから!」

「肝に銘じておくよ、アティ」


 幼い頃のように愛称で呼んできたのでレオンもそれに合わせると、アテーナイアは満足げに扇子を広げ、赤くした頬を隠して立ち去った。こう言うタイプは怒らせないよう、ひたすら下手に出ておくに限る。




 地下書庫の扉を開くと、そこにはアテーナイア以上に会いたくなかった相手がいた。


「やあ、通路の会話はここまで届いていたよ。仲いいんだねえ、君の婚約者かい?」


 レイニスは読みかけの本をパタンと閉じると、煽るような問いかけをする。レオンはレイニスのこう言う所が嫌いだった。


「ただの幼馴染みだよ。レードラがいるのに婚約なんてしてられるか」

「いや君は跡継ぎなんだから、逆にレッドドラゴンと遊んでる場合じゃないでしょ…」


 そう言うレイニスも、割と好き勝手城内を歩き回っている。彼等梁山泊の面子は、赤の渓谷へ通じる魔法陣を使うため、ドラコニア城へ入る事をレオンから許可されているのだが、その中でもレイニスは、国立図書館でも閲覧不可の古書を求めて城内の地下書庫へ度々通っていたようだった。


「遊びじゃねえよ。俺は本気でレードラと結婚したいんだ」

「まだ遊びで済む内に終わらせておくべきだと思うけどね、あの竜とは」


 他の面々がレオンに合わせているのに対し、レイニスだけは頑なにレードラの名を呼ばない。理由としては「そんな名前じゃないから」だそうだが、元々決まった名前はなく、各人が好き勝手呼んでいたとレードラも言っていたはずだ。


「あんたはレードラの何を知ってるんだよ?」

「少なくとも、君よりはよく知っているつもりだよ。私は歴史学者だからね、竜本人も知らない事だって、過去の書物を辿る事で推測は可能だ。残念ながら、その多くは失われてしまったけれど」


 レオンは面接会場にレイニスがやってきた時の事を思い出す。レードラによれば師匠の友人で、仙人のような存在らしい。自らの能力を「チート」と言って憚らないこの者がレオンに近付いたのは、果たして気まぐれか、何か思惑があるのか……


「なあ、あんたなら分かるんじゃないのか? 俺とレードラが結ばれる方法」

「手段を問わなくていいならいくつか知ってるけど。九割方あの竜に軽蔑されるから止めといた方がいいよ」

「……後の一割は」

「そもそも君が納得しない。殿下、君は私を恋のライバルか何かだと思っているようだけれど。そんな相手が提示した『これが正解ですよ』って答えを、素直にそのまんま受け取れるかい?」


 見抜かれていた事に、レオンは唇を噛む。正論だけなら山ほど聞いてきたし、レードラには何度もフラれている。それでもレオンが諦められないのは、自分の中で納得がいっていないからだ。


 何故、レードラとは結ばれないのか。


 自分たちの間に横たわっているしがらみなど、そこら中にゴロゴロ転がっているのは分かっている。だが今ある問題も、探せば解決方法が見つかるかもしれない。この世界が魔王に脅かされた時だって、絶望的な状況の中で人々は足掻き、抗い、乗り越えたではないか。


「一つ聞くけど、レッドドラゴンと駆け落ちしようって気はないんだね?」

「違う、俺は帝国を滅ぼしたり責任を放棄したいわけじゃない。ティグリス…弟に帝位を譲る事はあるかも知れないが、だからって丸投げもしない」

「君の恋心はさておき、義務として妃を娶る事も考えられない?」

「いくら結婚に恋愛は不要だからって、妻をまったく顧みずに傷付けるのはクソ野郎だ。俺だってできるなら義務は果たしたいし、結婚するならちゃんと愛したい。

でも無理なんだ、俺は不器用で……心はレードラ一人でいっぱいだから。そんなクソ野郎の嫁なんて、未来ある女の子にはさせられないよ」


 レオンはただ、認めて欲しかった。彼にとってのたった一人の女性。たまたまそれが神であり、ドラゴンだっただけだと。この国における祝福の女神レードラに恋する事は、誰にも祝福されない。()()()作ってやるのだ。常識も概念も、(ことわり)すら覆す伝説を。


(そのためなら立ちはだかる壁なんて、ぶっ壊してやる)


 レイニスは、ふむ、と顎を擦りながら考え込んでいたが、ぽんと手を打った。


「そう言えば君、梁山泊のみんなに希望を聞いていたね」

「ああ……協力してもらう以上、あいつ等の意見も取り入れたかったから。あんたは全面的に協力するっつってたな」

「気が変わったよ。私も頼みたい事があるんだけど、いいかな?」


 チートな能力持ちの仙人に自分がしてやれる事なんてあるのか、と首を捻りつつも、レオンは頷く。


「私は今まで、世界中の貴重な古書を収集してきた。歴史学者で自著も何冊か出してきたけれど、研究と趣味も兼ねてのコレクターでもあるから。

でもそろそろちゃんとした保管場所が欲しいんだよねぇ、一番古いのなんてボロボロで保存状態がヤバいし、今の場所がいつ戦火に曝されないとも限らない。とりあえず『竜の爪痕』を置き場所にしても良いかな?」

「え……あの洞窟を? 湿気てるし、もっと危ないんじゃないのか」

「その辺は工事でもして部屋を作っておいてよ。前世のゲームでもよくあったでしょ、洞窟の中に宝箱や本棚が置いてある、妙に整備された場所が。あんな感じで」


 レオンは梁山泊の集合場所となっている洞窟を思い出す。確かに吹きっ曝しで冬は寒いし、部屋があればそのまま泊まれて便利かもしれない。レードラの住処なので盗人被害に遭う事もないだろう。


「一考の価値はあるだろうな。ただし形になるまでは持って来られても邪魔になるから、とりあえずこの件は置いておいてくれるか?」

「まあ、聞いてもらえただけで助かるよ。君も早く本懐を遂げられるといいね」


 相変わらず人を食った笑みに、レオンは「うるせー」と舌を出した。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


「レードラ、お土産持ってきたぞ」


 魔法陣を通り、赤の渓谷へやってきたレオンが声をかけると、谷底からレッドドラゴンがのそりと頭をもたげる。そこに飛び乗り、「竜の爪痕」まで降ろしてもらうと、人間形態に戻ったレードラがついてきた。


「今日は何じゃ? 肉の匂いがするのう」

「マチコ先生の地元名物、ビーフジャーキーだよ。レイニスが持たせてくれた」

「ほほう…あの辺りは毎年、野牛の大群が横切って死骸処理に苦慮していたと聞くからな。保存食にして消費とは考えたものよ。結構結構」


 レードラは帝国から外に出ないので、遠く離れた他国の情報は若干…下手したら何百年か単位で古い。野牛による大陸横断は最初こそ被害が甚大だったが、今では神の贈り物として地元民の資源にされてしまうのだから、怪我の功名と言うか転んでもただでは起きない人間の逞しさを思い知る。


「美味いぞ! こ、こんな美味い肉…儂一人で全部食ってみたい!」

「どこの味の皇帝だよ」


 ちなみにドラゴンだが口からビームは出ない。


 他人の目がないと言う事で今日のレードラは何も着ていない。さすがに渓谷の外に出る時はレオンが泣いて頼むので服を着るようにしているものの、基本レードラの生活は野生児そのものだ。今もビーフジャーキーを齧っている様は「生きろ」と言われる系の姫である。


(何とか日常的に服を着てもらう習慣は付けられないもんか……。他のヤツにレードラの裸を見せたくないんだよなぁ)


 別にただ彼氏面をしたいと言うだけで心配しているのではない。レードラの人間形態は隣国のかつての王妃を模している。うっかりクラウン王国に知られでもしたら国際問題になりかねない。


「しかし供物とは本来こうであるべきじゃと思わんか。皇帝即位の儀では酒が降ってくるし、大臣の任命式では奴等の一家総出で穀物やら木の実が撒かれる。痒いし谷の生態系にも影響が出るんじゃ」

「謎儀式だよな、あれ……煎った豆にすれば鳥が食ってくれるんじゃないか?」


 レードラがキャトルの事を知っていたのもこの儀式で会っていたからだった。伝統は大切だが、神様本人が迷惑だと言っているのなら変えるべきじゃなかろうか。



 それはさておき、レオンは洞窟に置いてある簡易テーブルと椅子を引っ張り出し、梁山泊の意見をまとめた羊皮紙のメモを積み上げていく。


「何をしておるんじゃ?」

「企画書作りだよ。レイニスからも希望が出たし、そろそろ決めておこうかと思って」


 面接を行った際、応募者からはレオンに望む事を聞いてメモしておいた。


 キャトルは国内における軍事予算の増加…これはまだ子供のレオンにできる事はないが、国防大臣と財務大臣に進言はしておこう。

 ニルスは国民の愛国心をしっかり育てて欲しいと。

 マチコは自分の研究成果を活かしてもらえないかと言ってくれた。

 サイケからはレードラと渓谷を上手く活用できないかと言う提案が出されている。これは、レッドドラゴンが帝国の守護神であるとは言え恐ろしい魔物である事、召喚時に人を殺していると言う記述が史書に残っている事から、帝国に反意を抱く者たちが国教を否定する際に何かと利用されがちなのを懸念しての事だった。


 それらに加えて、今回のレイニスからの要望。レオンとしては、何とか全員の意見を採用したいところだ。


「軍事…愛国…料理…古書…うーん、どれもジャンルバラバラでなぁ。しかもここでできる事っつったら……そうだ、古本市をやるのはどうだ? 兵士たちに警備をしてもらって、屋台も開く! BGMとして国歌を流せば…」

「渓谷をゴミだらけにされるのは勘弁じゃぞ。大体、せっかく収集した書物を売り払うのをレイニスは承知しておるのか」

「そうでした、ハイ……あ、そう言えばいつだったかサイケがレードラをアイドルにするかって言ってたっけ」


 あの時はレオンを揶揄するためにそう言われたのだが、生憎言葉尻しか覚えていない。何せアイドルの衣装を着たレードラの妄想で思考が逸れていたのだから。


「レードラ、お前って歌えたりする?」

「神が歌えるなら聖歌隊も讃美歌も必要あるまい。こうして人間形態になって言葉を話せるようになるだけでもかなりの訓練を要したのじゃぞ」


 彼女曰く、神とは常に捧げられる側であって、与える時は祝福や試練など目には見えない形であると言う。下手に歌ったりしては余計な付加があるかもしれないとの事だった。


「まあ、レードラは元からアイドル的存在だからいいんだけどね。アンチや粘着ファンが増えても困るし」

「こらこら、建国以来の守り神を萌えキャラにするでないわ。

…しかしレオンよ、何も無理して全員の意見を合体せんでも良いのではないか。特に軍事と移動用の魔法陣はどうあっても国の許可が必要じゃぞ」


 最終的な決定は宰相と皇帝が出すのだが、まずは各大臣に請願書を提出する事から始まる。軍事は国防大臣、魔法陣は魔法大臣の管轄だった。


「そりゃそうだよ。このプロジェクト、議会を巻き込むつもりだもんね」

「ほぁっ!?」

「帝国の守護神と結婚なんて大掛かりな事、俺が単独でできる事じゃないし」


 レオンがいくら「レードラと結婚する」と言ったって、今のままではバカ皇子の戯言の域を出ない。だがドラコニア帝国議会そのものが動いたとしたらどうだろう? レオンの行動原理にすべてレードラが絡んでいるのは、最早帝国民の常識と言ってよかった。(ついでに毎回フラれている事も)

 そこに国家単位で第一皇子発案による計画が持ち上がれば、帝国民は皇帝と大臣がレオンの恋を認めた、と解釈する。実際のところ「それはそれ」と切り離されていたとしてもだ。


「概念や風潮なんてのは、要は目に見えない『空気』なんだよ。現実の数字やら何やらを把握しているのは上の人間だけだし、大衆は情報の断片から好き勝手想像して『空気』を作る。世の中を動かすだけの『空気』、それを俺は作ってやるのさ」


 言葉自体はピンと来ないが、「空気」と言うものはバカにはできない。歴史はいつだって「空気」によって作られてきた。そう、「天意」「時勢」などの言い回しに変えられながら。

 彼の掲げる目標に、レードラは思わず唸った。


「呆れた男じゃ……まさか本当に常識を引っ繰り返すつもりか」

「いや、素っ裸に言われても……まあ、議会を納得させるには、それだけ帝国にとって有益な案じゃなきゃ無理だけどね」


 羊皮紙にメモ書きしながら、レオンは頭をガリガリ掻く。ここ数十年、帝国には戦争も内紛の影もなく、そこそこ平和だ。そう言う時には文化が発展しやすいと聞く。例えば娯楽や料理と言った……


「漫画はもう他国に取られてるんだよなあ、百年以上前に……転生者が上手い事やったもんだよ。アニメはさすがにないけど、俺だってあんなの無理だ。文明機器は最低限出回ってるし、俺のできる範囲で言ったら……ダメだ、異世界転生しても本当何にもできないな俺」


 ぐったりテーブルに倒れ伏す様子を、一年でレベル九十越えした男が何を言うか、とジャーキーを噛みながら横目で眺めるレードラ。だがレオンがぽつりと漏らした一言に、つい興味をそそられた。


「あー…ネカフェ行きてー」

「ネカフェ? 何じゃそれは」

「インターネットができる喫茶店だよ。…ま、この世界にあるわけないけど。水晶玉使った通信魔法がそれに近いかな?」


 レオンはインターネットカフェについて、大雑把に説明する。


「遠くにいる者と話しながら飲み食いできるのか」

「自分のパソコンじゃないから通信にはあんまり使わないかな? あとはゲームしたり漫画読んだり……インターネットが主流じゃなかった頃は漫画喫茶と…」


 つらつらと言葉にしながら、レオンの瞳がだんだん輝きを増していく。


「待てよ? でも帝国の皇子が税金で漫画収集とか……他国の文化だし。そうだ、古書は? レイニスが収集した本、売るのはダメでもここで読んでもらうんだ。ついでに喫茶店と合わせれば!」


 レオンの頭の中でパズルのように情報がカチャカチャと組み合わさっていく。


 キャトルの要望…さすがに軍事機密は置けないが、退役し作家に転向した者の著書や戦記もの、武器について詳細に書かれた書物は今まで戦いとは無縁にいたインテリ層にリアルな情報をもたらすだろう。予算増額の後押しとして役に立ってくれそうだ。

 ニルスの要望…愛国心を育てるためには、帝国民に歴史を学んでもらうのが良い。古書店に子供が来られないのなら、まずは教師だ。しかも教科書に選定されるような生温い情報ではなく、失われたとされる古い書物から!

 マチコの要望…料理研究は、もちろん喫茶店のメニューに使わせてもらう。彼女自身がそう頻繁に来られないなら、レシピだけでも……何なら著書を本棚に置かせてもらおうか。

 サイケの要望…場所の提供と古書の保管を、レードラにしてもらう。頻繁に人目に曝されれば、さすがの渓谷の主でも服を着るだろう。頼めば給仕もしてくれるかな? レードラのウェイトレス姿……良い、実に!!


「おい、どうした。最後の方、何かにやけておるぞ」

「え? うへへへ……何でもない! それよりこれだよ、レードラ」

「どれじゃ?」

「世界でも有数の貴重な書物が閲覧できる、赤の渓谷の古書喫茶! 梁山泊一同の発案による、一大プロジェクトだ!!」



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