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 ボン!


 デリック金細工工房の一室から爆音が響き、開けられた窓から一気に煙がもくもくと外へ漏れ出す。


「どうしたサイケ、無事か!?」

「ゲホッ、平気だ親父。ちょっとポカやらかしちまって…」


 飛び込んできたデリック氏に何でもないと手を振るサイケだが、髪はチリチリで顔は真っ黒けとコントみたいな有り様になっている。


「そちらのお客さんは……」

「あ、俺も平気っす。ご心配おかけしました!」


 そうして親が工房に戻るのを確かめると、サイケは用心深くドアを閉め、鍵をかけると大きく息を吐いた。さっきの騒動は、サイケが魔石を新発明に組み込む際に、うっかり魔力を暴発させてしまったのだ。


「何か……悪いな」

「いや。さすがに俺も異世界であのネタ聞くとは思わなかったから噴いちまったわ。でもまさか、あんたも転生者だったとはな……レオンハルト殿下?」


 レードラに会った帰りで、そこら辺の子供と同じ格好だったのでデリック氏には気付かれなかったが、サイケは一年前の誕生式典で、レオンが上空から現れたレッドドラゴンに城のバルコニーまで送り届けられるところを見たと言う。


「気付かなかったのか? ミルクキャップ付きの牛乳瓶とか、分かるヤツには分かったと思うけど。学校で飲んだ事あるだろ」

「こっちでの学校って意味なら、もう俺そんな歳じゃないしな。ちなみに前世の給食では紙パックしか飲んだ事ない」

「嘘!!」


(世代がだいぶ下だったか……そう言えばミニ四駆も数年ごとに第何次ブームとか来てたな)


 歳を感じずにはいられないレオンだったが、もちろん気のせいである。体の年齢から言えばレオンは十二歳、サイケは十五歳なのだから。


「じゃあお前って、結構若死にだったのか。流行りの転生トラックってやつ?」

「んな危険なもん流行ってたまるか! 普通に大往生だよ。どうやらこの世界に転生する際、どの時代に生まれ落ちるかはバラバラみたいなんだ。俺が尊敬する発明家だって百年以上前の人だけど、たぶん前世は同世代の日本人だと思う」

「マジかー……ん、発明家?」


 レオンはサイケが部屋にこもって何かを作っている、と言うデリック氏の台詞を思い出す。


「お前、発明家目指してんの? 金細工師は継がないんだ」

「やっぱりせっかく知識があるんだし、前世からの趣味だったからな。けど、いつかは親父の仕事も継がなきゃいけないとは思ってる」


 日本人の記憶を持ちつつも、ドラコニア帝国民としての人生も受け入れているサイケ。


(いつかは……)


 レオンも分かっていた。帝国の皇子として、義務を果たさねばならない己の立場を。今は幼さを理由に、逃げ回っているだけだ。それもいつまでも続けるわけにはいかない。


「…それで、殿下はわざわざこんな場所まで何しに? 前世の思い出でも語り合いたいなら、色々ジェネレーションギャップがあると思うけど」

「公式の場じゃなきゃ、レオンでいいよ。いや精霊馬と馬車を合体させるなんて面白いなと思って。これ、元々ミニ四駆からの発想だったんだろう?」


 荷台付きのククミスを手渡すと、サイケは串の位置や車輪をちょいちょい弄った。恐らくより滑らかに走れるよう細工しているのだろう。


「最初は見た目もシンプルだったんだ、四輪の荷台にモーター乗せてさ。けどこっちの世界じゃ車はないし、どうにも地味だからって不評で。だったら馴染み深い馬車にしようと……胡瓜っぽい野菜使ったのは、洒落だよ洒落」

「おかげで一発で転生者だって分かったよ」


 返してもらったミニチュア馬車を一旦横に置くと、レオンは真剣な眼差しで頭を下げた。


「お前の前世の知識と発明の腕を見込んで、頼みがある!」

「レッドドラゴンを嫁にするなんて奇天烈(きてれつ)な発明は無理だからな」


 先回りして釘を刺すサイケに、驚いて顔を上げる。


「何故それを……!」

「国中、噂になってんよ。十歳の試練の時に頭打って、守護神に一目惚れしたバカ皇子って。本気か? 帝国をお前の代で終わらせる気かよ」


 まさかそこまで知られているとは思わなかった。精々貴族間で陰口叩かれている程度だと……だが考えてみれば、あの時渓谷に戻っていくレードラに向かって、全力で泣き叫びながら告白していた。

 サイケの懸念はもっともだった。


「俺には妹が三人もいるし、今の皇后に懐妊の兆しがある。いざとなれば、何とでもなるさ」

「どうかな? 血を継ぐだけならまだしも、男の遺伝子は男しか残せない。この世界に染色体なんて概念あんのかは知らないし、皇家が気にしなきゃそれでいいけど……何も考えなくていいって事はないだろ」


 転生者だからこそ分かる。レオンは帝国の皇帝には向かないほど、一途で頑固で不器用な男だと。何人もの妃を娶って子供を産ませるなんて、王侯貴族からすれば当たり前の考え方が、できない。そんな男が、人ならざる者に心を奪われてしまっている。


「考えてるさ……無理だって決め付けるより、足掻けるだけ足掻いて突破口を見つける。そのためにもレードラに相応しい、でっかい男になってやるんだ!」


 レオンの目がやる気で燃え上がっている。……もちろん気のせいだ。魔法で演出は可能だが下手すれば失明する。


「何で、そこまで……?」

「決めたんだよ、もう。二度と迷わない、止めない。あの瞳だけを見つめていこうって!!」

「うわっ、暑苦しい…」


 サイケの世代では、男が愛を叫ぶのは寒いと言う風潮があった。


「おいバカにすんなよ!? 愛があればどんな壁だって乗り越えられる。スーパーヒーローになる事も、空を落とす事もできるんだぞ!」

「ふわっとしてる割に、やる事が極端だな……」


 さながらインチキ霊能アイテムの使用者の声並みに信用がない。まあ実績はこれから作る予定だし、そのためにもサイケの協力が必要なのだが。


「しょうがないだろ。愛は答えがあるわけじゃないって、有名音楽プロデューサーも言っている」

「音楽プロデューサー!? レッドドラゴンをアイドルにでもする気か、お前……いや、もういいや。で、俺は何をすればいいわけ?」


 これ以上愛とは何かを議論していたら、話が進まない。サイケは「アイドルコスも可愛いかも…」と何やら妄想を始めたレオンを本題に引き戻した。


「ああ、ここは前世が日本人同士のよしみだ……これから冒険者ギルドの登録に行くから、一緒に来てくれ」

「は?」

「俺とパーティー組んでくれないか?」

「……はあぁ~??」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ドラコニア帝国の皇族は、十二になれば国内の冒険者ギルドに登録する。これはレッドドラゴンの試練とは違い、男女関係なく行われる。登録したからと言って必ずしもクエストを受けなければならないわけでもないが、冒険者の情報は軍事に携わる者としていち早く掴んでおく必要があった。

 他国のスパイが紛れ込んでいる事もあるし、逆に帝国側に利する英雄となる可能性もある。ドラコニア帝国出身の魔術師マサラと、彼女を仲間にした勇者一行がまさにそれだったのだ。

 とは言ってもレオンの役目は何も難しく考える事はなく、単に顔を売っておく事だったのだが。


「おい……何で俺が冒険者やるんだよ。ただの町人だぞ? 戦力になるわけねーだろ」

「大丈夫大丈夫。発明家って案外冒険で役に立つし……たぶん」


 二人は冒険者ギルドの受付に来ていた。デリック氏は皇家のしきたりを知っているので、精々薬草獲りやスライム退治ぐらいだろうと息子を連れ出す事を了承してくれたのだが、絶対それだけでは済まない事をサイケは理解している。


(こいつ、帝国の守護神を嫁にできるだけのとんでもねえ事やらかそうとしてんぞ!? 魔王を倒すとか言い出したらどうすんだよ!?)


 実際には魔王は二百年前に倒されているが。むしろ自分が魔王になるとか言い出しそうで怖い。サイケの心配を余所に、レオンは受付嬢と楽しそうに雑談していた。


「殿下ももう十二歳ですかぁ。私も歳取るはずよねー、そろそろ結婚考えなきゃ」

「結婚もいいけどお姉さん、先に仕事仕事! 俺等の登録済ませてくれよ」

「あっ、いっけない」


 受付嬢はレオンたちの前に、登録用紙を差し出す。そこには簡単なプロフィールを書く欄があった。


「この肩書きと職業ってのは、どう違うの?」

「肩書きには、出身地とか現在の役職……まだ決まっていなければ親御さんの立場をお書き下さい。殿下の場合は『ドラコニア帝国第一皇子』、サイケ様は『デリック金細工工房代表責任者の長男』がそれですね。まぁぶっちゃけ、ただの旅人でもいいんですけど」

「いいのかよ! セキュリティー大丈夫かここ…?」

「鑑定魔法がありますから、さすがに激ヤバな身の上でしたら分かりますよー。でも基本は来る者拒まずですね! それで職業と言うのは、冒険者を始めるにあたって暫定的に決めておいて、パーティーを組む時などに参考にするものです。後で転職等される際は、その都度登録の更新をお願いしてます」

「なるほど……じゃ、勇者とかでもいいの?」

「自分で言っちゃうのは痛いだろ…」

「あはは! 最初でよく分からなければ、適職診断を受けてみます? どの職業に向いているかが出ますから、極めてみるのも手です」


 二人は顔を見合わせた。どんな戦い方ができるか、どう呼ばれるようになるのか。適当でいいとは言われたが、気になる所ではある。受付嬢の勧めに、彼等は診断を受ける事にした。


(「村人」って出たら、さっさと家に帰ろう)


 サイケがそんな事を考えていると、結果が出たようだ。


「レオンハルト殿下にぴったりの職業は……『聖職者(クレリック)』です!」

「おーっ、確かに皇家そのものがドラゴンを崇拝する宗教の長だもんな。個人と言うより家柄ってやつか…」

「ええー…その守護神様を口説いてるアホが聖職者…?」

「あはは……まあその神様と心を通わせていると思えば、何とか…?」


 乾いた笑いでこちらに生温い視線を送られてムッとする。だが神聖魔法がメインとなれば、レードラに重点的に……手取り足取り教えてもらえると思えば、バカにされても気にならない。レオンは思考をポジティブに切り替えた。


「通常は宗教施設や神学校等で知識を学びますが、殿下の場合、職業の任命やクラスアップは大神殿で受けられる事をお勧めしますね。お義母様が神官長をなさってますから」

「むむ……ヘレナ様かぁ」


 父が妻としたのは全部で三人。レオンの生母ファナ、彼女の死後に皇后となり現在二人目を懐妊中のフィーナ、その双子の妹ヘレナだ。

 帝国では大神殿の神官長は代々皇后が務め上げるのだが、双子特有の強い魔力で繋がった姉妹である事、ファナが妹の出産時に亡くなった事で、激務を少しでも分担して皇后の負担を減らそうと協議したらしい。


 レオンは前世を思い出す以前、この双子の義母たちが苦手だった。別に意地悪されたわけでもなく、むしろ二人とも母のファナをとても尊敬し、レオンを妹共々可愛がってくれた。

 ただ一見複雑な関係ではあるので、心ない噂はどうしても立つものだ。そのせいでレオンの妹は、自分を産んだ事で母が死んだと気に病み、他の妹たちとも距離ができてしまった。彼女等の仲を取り持つために、十にも満たないレオンがどれだけ奔走し、心を砕いてきたか。

 今ではすっかり仲の良い姉妹となったが、今度はレオンがその時の癖で、微妙に義母たちに気を遣ってしまうのだ。


(いい加減、こっちとも向き合わなきゃなあ……うん、レードラとの未来のためだ。母ちゃんの一人や二人相手できんでどうする! …ってよく考えたら母ちゃん三人いる時点で普通じゃねえわ)


 レオンがあれこれ悩んで覚悟を決めている内に、次はサイケの診断結果が出てきた。


「サイケ様にぴったりの職業は……『将軍(ジェネラル)』です!」

「将軍!?」

「おおう……まさかの軍人か。これは拾い物かも」

「冗談じゃない、前世共々超インドアの俺が、こんな体育会系やらされてたまるか!」


 サイケが憤慨しながら帰ろうとするので、慌てて引き留める。


「待てって、あくまで参考! 適性ってだけだから! 大体、冒険者なのに軍人なんてさせるわけねえじゃん」

「本当だろうな? めんどくさいのは御免だぞ」

「おうよ、俺は発明家が欲しくて誘ったんだから」

「……まあ、村人じゃなかっただけマシか」


 町工房に住んでるのに村人はないと思ったが、せっかく付き合ってくれるのだから黙っておく。こうして二人はそれぞれ職業欄に「僧侶(暫定。後でヘレナ様に任命して頂く)」「発明家」と書いて登録してもらった。


「これでご登録は完了です。続いてレベルの確認ですが、お持ちの各スキルにそれぞれレベルがございまして、一番高いものが総合レベルとされます。例えば剣術が五、魔法が三、知識が十であれば、総合レベル十となります」

「ここに職業が加わるとなると、強いんだか分からなくなるな……ギルドでしっかり調べてもらうのがいいって事か」

「ですねぇ。総合レベル九十九になれば成長は止まりますから、上手くバランスを取りながらのスキルアップをお勧めします」


 渡された鑑定結果に目を通すと、レオンのスキルは剣術一、体術五、魔法二、知識五。サイケが体術二、鍛冶職人十二、発明十、知識十五となっていた。


「マジか…俺、頭悪いなー。前世はノーカンなのかな?」

「いーや、お前は心の底から大馬鹿野郎だ」

「あのー…さっそくですけどクエストが来てるので、受けてみます? サイケ様が総合レベル十五となっておりますので、それ以下の依頼をご紹介できるのですが」


 受付嬢が差し出した依頼書を、自分たちは登録しに来ただけだと断ろうとしたサイケの横から、レオンがさっと掻っ攫った。


「スライム討伐か、これなら行けそうじゃん。やろうやろう」

「お前……そんな勝手に! 戦闘未経験で準備不足の俺たちが勝てると思ってんのか?」

「平気平気。スライムくらい倒せないと、ドラゴンに笑われるぞ。あっ報酬は俺、受け取れないからお前が預かってくれないか」

「そうじゃなくて! ああもう、知らねーぞ…」


 依頼書を手にうきうきと魔物の出現場所へ向かうレオンに、げんなりしながらサイケはついて行った。ここは一度、痛い目見させた方がいいなと思いながら。



 依頼内容は、スライム五匹の討伐。出現場所はギルドから半刻ほど歩いた街の一角。そこには初心者の初クエストのため、人が立ち入らないようギルド職員により縄が張られていた。


「至れり尽くせりだな」

「初心者だからと言うより、皇子様の初戦闘のためじゃね? …それより、ちゃんと戦えるのか? 装備はどうなってる」

「一応、城の者が護身用に持たせてくれた皮の胸当てと、訓練用に刃引きした剣。防御+四と攻撃力+一だ」

「死ぬ気かよ……俺の金槌の方がまだ殺傷力あるわ」

「懐かしいなー、あのゲーム。城を出た途端に何度スライムに殺された事か」


 呑気にケラケラ笑っているレオンを、張り飛ばしたくなった。厄介なヤツに捕まったな、とサイケは独りごちる。


「そんなゲーム感覚でいたらお前、本当に殺されるぞ。それともスライム如きに殺られるはずないとでも思ってんのか?」

「まさか。俺はレッドドラゴンに何度も半殺しにされてきた男だぜ。だが本気の殺し合いは初めてなんだ……冗談でも言ってなきゃ震えて動けないくらいだ」


 全然自慢にならない事をかっこつけて言うレオン。それでも強くなるために、敢えて危険に飛び込む気なのだろう。本当に愛のためなら何でもする男だ。


(バカだ……このままにしておいたら割と本気で帝国が滅ぶ。だけど何か見捨てられないんだよなあ、レッドドラゴンもこんな気持ちだったのかな。……くそ、仕方ねえなあこのおっさん子供が!)


「分かったよ。そこまで言うなら、レッドドラゴンの代わりに俺がお前を男にしてやる」

「えー……そう言う趣味はちょっと」

「違えよ!! レベル上げに付き合うって言ってんだ。その前にいいか、お前が想像してるようなスライムは、この先いないと思え」

「えっ、スライムいないの?」

「いるんだよ、そこに!!」


 そう言って指差したのは、通路の行き止まりを流れる溝。そこからドロドロした塊が五つ、蠢きながらこちらに這い出てくる。一体一体、吐き気のするような色と臭いで、目玉がぐるんぐるんと好き勝手に位置を変えている。


「あいつら、核を抜き取らないと切っても再生するからな」

「あ…あの気色悪いのがスライム?? 綺麗で透き通ってて可愛いフォルムのやつじゃなくて……詐欺だ、あんな鼻水がスライムなんて信じないぞ! もう『ねちょねちょねちょりん』とでも改名しろ!!」

「いや、スライムなんだって…」


 錯乱しているようで意外と冷静なコメントに噴き出しそうになったが、急に向こうがスピードを上げて襲い掛かってきたので笑い事ではなくなった。

 レオンは必死に剣で応酬するが、斬っても叩き付けても手応えがない。その内体力が尽き、防御が疎かになったところで、一匹がべしゃっと顔に貼り付いた。


「うごっ!! ぅぐうう…」

「レオン!!」


 無茶苦茶に剣を振り回すが、視界も悪いのか当たらない。このままでは窒息する……となった辺りで、サイケが動いた。


(そろそろいいか)


 道具袋から、自作の魔道具(マジックアイテム)を取り出す。その形は、前世で言うところの霧吹き。皮手袋でしっかり防御すると、レオンにくっ付いたのも含め、五匹にシュッシュッと吹きかけていく。


「ピギッ!!」


 スライムたちが、あっと言う間に凍り付いた。そこを金槌で、ガチャンガチャンと壊していく。レオンの顔のスライムは、破片が目に入らないよう丁寧に割った後、そうっと剥がした。核を回収すると、顔に残っていた分はドロドロと溶け出す。


「うぇっ、ぺっぺっ…、悪い……」

「飲め」


 乱暴に手拭いで拭った後、魔法薬(ポーション)を渡せば、死にそうな顔をして飲み干した。口や鼻にスライムが入ってしまった上での不味い魔法薬(ポーション)なので吐き気がするだろうが、ちゃんと飲んでくれなきゃ困る。

 凍ったスライムは、あと一匹残っていた。レオンの経験値稼ぎのために残しておいた分だ。


「殺せ」

「……」


 刃の潰した剣で苦労しながら、ガツガツと攻撃して核を掘り出す。こうしてギルドに持ち帰って、報酬を受け取るのだ。


 帰り道、レオンは何度も鼻をかんでいた。


「ああ、くそ! 本当にあいつら鼻水だよ……ねちょねちょねちょりんだよ!」

「ぶふっ! …まあ、見通しが甘いのが分かったんならいいよ。次はもうちょい計画的にやれよ、皇子サマ」


 戦闘が終わった気の緩みもあってニヤニヤしていると、レオンが据わった目でサイケを見てくる。


「……お前、あの霧吹き、何」

「これか? スライムキラー」

「は!?」


 サイケは再び道具袋から霧吹きを取り出すと、シュッと一吹きした。先程と違い、今度は何故か氷が出ない。


「俺の発明スキル、十あっただろ。レオンの言う通り、前世の知識そのまんまで作っても経験値は入らない。だがそれを活かして、()()()()()()()存在に干渉できる新発明なら、カウントされるみたいなんだ。

霧吹きは前世と同じだが、そこに氷魔法を封じた魔石を取り付けて、ノズルの口をこっちに捻ればスライムを凍らせる霧が出る仕掛けにした。今回はただの水だけど魔法薬(ポーション)と組み合わせれば、さらに付加効果が出せるぜ」


 ぽかんとサイケの説明を聞いていたレオンは、鼻紙でぐしっと拭って俯く。


「お前、すげえな……俺なんて足引っ張っただけじゃん。もう少しで死ぬとこだったよ」

「バカが、皇子様が見殺しにされるわけねえだろ。俺たちはギルドに監視されてたんだよ」


 サイケが目配せした先には、何人かの気配を感じる。レオンは全然気付かなかった。人が死にそうになってる時に助けにも来なかったが、先に倒してしまえばレオンの目的を妨害する事になる。ぎりぎりまで、見定められていたのだ。


「要は、レッドドラゴンの試練と一緒だよ。だから心配はしてなかったけど……お前に何かあったら俺が厳罰喰らうから、一応対処はしておいたんだ」


 さりげなく、身勝手な行動は周りが迷惑すると釘を刺しておく。後ろで一際強く、ブビーッと鼻をかむ音がした。振り返るとレオンが大欠伸をしている。鼓膜がピーンと鳴ったのだろう。

 スライムと鼻水塗れで、とても帝国の皇子様には見えないが、今はこれでいい。未来の皇帝レオンハルト殿下には、少しは挫折を知っておいてもらわねば。


「なあ、お前って前世じゃ俺より昔の人だろ。でも俺は年齢から言えばお前よりもっと長く生きた」

「そうだったな……」

「んで、どっちも異世界に、同じ世代で生まれ変わったわけだ。今度は俺の方が三つも年上で、お前はまだ十二のガキンチョ」

「だから何だよ……」


「お前が目からスライム垂らしてたって、俺はかっこ悪いとは思わないからな」


 コツ、コツ、としばらく靴の音だけが辺りに響く。通り掛かった民家の中からスープを炊く匂いが漂ってきて、腹減ったなぁ…などと考えていると、レオンがぼそりと一言。


「レードラには言うなよ」

「そこかよ! ってか紹介してくれんの、愛しのレードラちゃんを?」

「…ッ、さんをつけろよ、デコ助野郎……!」

「え…今の泣いてんの、笑ってんの? 上手い事言いたいだけなのか?」


 サイケの問いには答えず、レオンは黙って鼻を擦った。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 後日、レオンとサイケは帝都の広場にある掲示板の前にいた。黒板を付けたのもレオンが国中に広めた前世の知識の一つである。当然、発明スキルには加算されない上に子供の落書きにしか使われていなかった。


「みんな、もっとこれ活用してくんねーかなあ。白墨(チョーク)だってタダじゃないんだぞ」

「教育も頑張ってるみたいだけど、一朝一夕じゃ結果は出ないからな。…でもこれ、雨宿りにはちょうどいいよ」


 黒板が濡れないよう、屋根は大きめに作って(すだれ)を垂らしている。裏はコルクボードで、貼り紙ができるようになっていた。レオンは布でガシガシと黒板を拭くと、白墨(チョーク)で文字を書く。


「…その『べー!』ってのは何の暗号だ?」

「べーじゃねえよ、蜂だよ英語の! 特定の層には絶対刺さるから」

「特定の層だけ刺してどうすんの。募集するんだろ、前世日本人だったヤツ。だったらこれだ!!」

「『宇宙人、未来人、異世界人…』いや、こんなに要らない。大体これじゃ、オタクしか来ねえじゃん。俺等戦うんだぞ」


 実践を経て己の経験不足を痛感したレオンは、改めて冒険者の仲間を募る事にした。後でミルク売りに同じ文章を他の掲示板にも書いてきてもらう予定だ。異世界転生に限定したのは「同郷に悪いヤツはいない」理論である。サイケにしてみれば「こんなバカに付き合える忍耐力の持ち主は、同じくらいぶっ飛んだ人間だけ」だからなのだが。


「俺等だって世代違うだけでオタクだろ。案外いけるんじゃないの? みんな異世界転生したらダンジョン行きたがってたから」

「命知らずだよなあ……スライムと言えば某ゲームのアレだと思ってるよ絶対」


 やれやれ、と肩を竦めるレオンに、サイケは必死に笑いを堪える。この間の経験はレオンを大きく成長させたようだが、調子いいところは相変わらずだった。だけど、ほんの少し……不本意ながらも、そんな我が帝国の皇子様を見守っていきたい自分もいたりするのだ。


(悔しいから他の奴等も巻き込んでやるけどね。一蓮托生だ)


 掲示板の前でああでもない、こうでもないと悩んでいたレオンだったが、やがて白墨(チョーク)をカツッと走らせた。


「シンプルだけど、これでいいか。『来たれ、日本人! 大和魂でドラゴンをあっと言わせよう』っと」

「これじゃ、ドラゴン退治と勘違いしないか? それに、日本人って…」

「帝国でドラゴンと言えば神様だし、来てくれればちゃんと説明するよ。あと最初は異世界転生に絞ってたんだが……よく考えたら、生まれ変わりなしでこっちに飛ばされるヤツもいると思うんだ。と言うか、俺の世代はそっちの作品が多かった」


 そう言うと場所を譲ったので、サイケはレオンに続いてとある住所を書き込み始める。募集した日本人(転生、転移問わず)はこちらの事情を説明し、協力してもらうか話し合って決める必要がある。帝国民なら皇子に逆らおうなんて思わないだろうが、帰る場所のある日本人はどうだろうか……こちらの都合で命の危険に曝すわけにはいかない。ここは無理強いせず、時間が空いた時だけ裏方としてサポートを頼もう。


「言われた通り、安アパートの一室を借りておいたぞ。クエスト報酬と魔石モーターの儲け分しかないとは言え、あんな狭くてボロい場所でよかったのか?」

「面接だけだから充分だよ。その後の集合場所はホントすっげえから。後は……組織名を決めないとな」


 冒険者のパーティー名じゃないのか、と思ったが、最終目的は冒険ではなく、レオンがレードラと結ばれる方法を見つけ出す事だ。非常に個人的なこの計画に引き込むためには、如何に同胞として心を一つにできるかにかかっている。組織名もその要なのだろう。


「あんまり限定的なパクリネームにすると、意味が分からなくなるからな。日本人ならみんな何となく知ってて、なおかつ共通の認識を持ってるやつがいい」

「んー……なら、これでどうだ!!」


 サイケのアドバイスを受け、レオンが掲示板に書いた文字。


 そこには『梁山泊』と書かれていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「リョーザンパク……最初は梁山泊と言う名前だったのですか!」


 いよいよ店名の秘密に迫ったところで、マリーゼは身を乗り出す。お茶請けをもぐもぐ頬張っていたレードラは頷きながらごくんと飲み込んだ。


「そうじゃ。あやつらの前世では他国の地名だそうじゃが、それが書物を通して『有志が集う場所』と言う意味になる……儂等の世界にも見られる事じゃろ?」

「そうですね……」


 楽しそうに話すレードラが、必死に自分を求めるレオンを面白がっているように見えてしまい、マリーゼは俯く。分かっている。こんなのはただの……気のせいだと。だがどうにもレオンに感情移入してしまい、ついムキになってレードラに言っておきたくなった。


「あの……私も、かっこ悪いとは思いません」

「んむ?」

「ルピウス様も、挫折を知らない御方でした。美しい立ち振る舞いで自信に満ち溢れて……そんな御方のおそばに立てるのが、誇りでした。

……ですが、挫折してボロボロになっても、レードラ様のために懸命に努力されるレオン様を、私は……決してかっこ悪いなんて思いません!」


(ほほう……?)


 夢中で言葉を紡ぐマリーゼは、己の複雑な胸中に気付いていない。レードラは興味深そうに目を細めた。彼女はレードラに、レオンの健気さを分かって欲しくて何とか伝えようとしているのだろう。それも本心には違いないが……その裏側には、まったく別の感情が渦を巻いていた。


(いやはや、これは何とも……予想外じゃった)


 お茶を飲みながら、一人納得してうんうん頷く。


「良いのではないか?」

「えっ」

「動機が何であれ、努力は悪い事ではない。お主やサイケのように、その想いをきちんと理解してくれる者もおる。

儂も嫌いではないぞ……アホじゃとは思うがな」


 思いがけず優しい目をされて、マリーゼは息を飲んだ。レードラはとっくにレオンを認めている。マリーゼが余計な気を揉むまでもなく、ちゃんとお互いを愛しているのだ。たとえそれが、同じ形をしていなくても。


 ホッとすると同時に、二人の絆に立ち入れない事で何となく寂しさを感じてしまい、思わず自分の頭に手が伸びる。


 そこで触れたのは、皇家御用達の金細工師が作ったと言う、レードラの角を模した髪飾り。確かその者の名は――サイケ=デリックだった。

 そう言う繋がりがあったのか……とレードラを見遣ると、よっぽど気に入ったらしく、お菓子をパクパク食べている。神である彼女には必要ないが、嗜好品として楽しんでいるのだ。言わば供え物なのだと聞いた。


 と、そこでマリーゼはある事に気付いた。


「しかしこの胡桃菓子は美味過ぎるわい。何と言うたか……確か断末魔みたいな」

「ところで、レードラ様……レオン様とサイケ様お二人だけの秘密を、貴女がどうしてご存じなのですか」


 ふと浮かんだ疑問に、甘味を堪能していたレードラの呟きを遮ってしまう。


 そうなのだ、スライム退治のクエストからの帰りで、レオンがレードラには言うなと頼んだ出来事を、思い出話として語っていたのは、他ならぬレードラだった。


 まさか、瞳の魔力を使ったのでは……と疑惑の目で見てしまう。


「あの馬鹿垂れの頭なんぞ四六時中覗くほど暇ではないわ。どうせ九割方アホな内容に決まっておるからのう……じゃが、まあ」


 コトリとカップを置くと、レードラは途端に邪悪な笑顔を見せ、


「あれから六年も経っておるんじゃ。サイケのヤツも酒が入った拍子に、ポロッと漏らす事もあるじゃろ……ふははははは!」


 そう言って今度こそ確実に、心底楽しんでいたものだからつい、お人が悪い……と思ったが。


「儂は元から人ではない」


 心の声にツッコまれてしまった。



※参考:適職診断ファンタジーRPGの職業編 (Ver3)

https://seikaku7.com/fantasyjob/

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