16
三日目のドワーフの曜日。この日の選抜は、大神殿の休憩所で行われた。何故ならレオンの誕生日前日で、城も神殿も準備に追われ、ちょうどいい広さの場所がここしか空いていなかったのだ。
担当は神官長の娘クレイヤ。記者たちを一切入らせず、防音魔法までかけて外界から完全シャットアウトしたのは、参加者たちと言うより彼女への配慮である。
「あーん、レーちんに殴られて生まれたピヨピヨちゃんが、まだ帰ってくんないよー」
「まあ、よっぽどそのおつむが気に入ったみたいね」
無駄話をしているプルティーとフローラが席に着く簡易テーブルの前には、椅子が五つ。本日までに残った参加者たちの席である。クレイヤはちょうどその真ん中にぼーっと突っ立っていた。
昨日、レードラに回収してもらったモノクルをかけたマリーゼは、レオンに促されて妹姫たちの横に座りながら、今日は何をさせられるのだろうと戦々恐々となった。レードラが釘を刺しておいてくれたので、命の危険はないだろうが。
【今日のお題…「自分の恥ずかしい秘密」をおにぃの前で暴露する。これができたら合格……以上】
マイクを握ったクレイヤが突然喋り出したかと思ったら、あっと言う間に説明が終わってしまった。参加者はたまらず質問の手を上げる。
「あの、これだけじゃよく分からないのですが……恥ずかしい秘密とは、子供の頃おねしょをしていたとか、その類なのですか?」
【そう言う誰にでもある過去じゃダメ……今、絶対に他人には知られたくない秘密】
「ほ、他の人もいるのですけど……皇子だけじゃダメなのですか?」
【ジャッジが必要。他の連中は全員結界の外だから。おにぃに対してどれだけ心を開けるか、ライバルたちにどれだけの覚悟か見せ付けるのが目的】
問われるままに、淡々と答えていくクレイヤ。それが終わるとマイクを床に置き、両手をまっすぐ横に伸ばした。
「薔薇魔導師クレイヤが命ずる。おいでませ、恥の神様『ヨーゾーオーバ』」
……
クレイヤの首が、かくんと項垂れた。しばらく待ってみたが、何も起こらない。業を煮やして口を開きかけた参加者を制し、解説したのはフローラである。
【えー…妹がただ今トランス状態ですので、不肖わたしフローラが続けさせて頂きます。クレイヤに降りたのは『恥の神様』。参加者の皆様はこの御方の前で、秘密を暴露して頂きます。
では右端の貴女から、お名前と秘密をどうぞ】
説明によると、クレイヤの中に「恥の神様」なる者が召喚されたらしい。まったく意味が分からなかったが、戸惑いつつも一番目の令嬢が椅子から立ち上がる。
「ジョセフィーヌ=サックルーテと申します。秘密は……特にありません」
【だそうですが恥の神様、如何ですか?】
一同から注目されたクレイヤは、夢見るような瞳のまま、徐々に手を上へと上げていき……
カーッと目を見開いたかと思えば、両手で「×」を作っていた。
ザバーッ!
「え……」
突如、頭上から水が落ちてきて、びしょ濡れになったレオンがポカーンとしている。水をかけた事に満足したのか、クレイヤは再び十字架に磔にされた聖人のポーズに戻った。
【……と、このように恥の神様の前で嘘は通用しないのです】
「おい、これアレだろ……恥って言うか完全にひょうきんな懺悔の神じゃねえか! あと何で俺が水被ってんだよ!?」
「だーってレーちんが、女の子に怪我させるような事するなって言うんだもーん」
「だからって、俺にぶっかける事ないだろ」
「ぶっかける…」
ジョセフィーヌがぽつりと呟く。
【何かおっしゃいましたか?】
「いいえ……」
【このままだと失格になってしまいますが。もう一度聞きますけど、本当に秘密はないのですね?】
「ありません」
ザバーッ!
再び水をかけられるレオン。
それには目もくれず、フローラは淡々と確認を続ける。
【ちなみになんですけれど、一応こちらで貴女方の素性はチェック済みなのですよね。ジョセフィーヌ嬢、貴女は小説や漫画等、物語を愛好する令嬢たちのサロンに参加されていますね?】
「……」
【ご自分でも執筆されたりするのだとか。特に最近盛況のジャンルは殿方の】
「いやあああああ!!」
フローラの報告を、ジョセフィーヌは絶叫で遮った。
「やめて、やめて下さい! もういいです、棄権しますから!!」
「おいフローラ、もうやめてやれ」
【神の審判が正常である事を皆様に証明したのですけれど】
レオンは体を軽く拭くと、顔を覆ってしまっているジョセフィーヌの肩に手を置いた。
「あー、うちの妹が何か悪い事したな。けど、あんたも好きな事は心行くまで楽しみたいはずだ。皇后になれば、そんな暇なくなるからな。そこそこ裕福で趣味に理解がある旦那を見つけた方がいい」
「うう……はい」
がっくり肩を落として退室するジョセフィーヌ。前世の知識で彼女が何を隠しているのか分かってしまったレオンだが、そこら辺はあまり突っ込む気もない。
【さて、審査方法がご理解頂けたところで、次の方どうぞ】
「あ、あの! 私も棄権します」
ある意味昨日よりも非情な試練に、また一人脱落した。
その隣の令嬢は、何がおかしいのかニヤニヤしている。
「では、次は私が。ティーエ=スローエと申しますわ」
【貴女の恥ずかしい秘密は何でしょう?】
プルティーが手元にある資料をパラパラ捲る。
「彼女は特に秘密らしいものはないね。品行方正なお嬢さんだよ」
「調べられるんだったら、この審査の意味って何なんだ? これじゃただの羞恥プレ…」
言いかけたレオンが口を閉じる。ティーエがこちらを見て、嬉しそうにニタッと笑ったからだ。
「私の恥ずかしい秘密……それは、下着を身に着けない事ですわ」
「ええっ!」
「本当に、外を出歩いている時、いつバレるかドキドキして……でもそれが気持ちよくて、癖になってしまうんですの。こんな事、誰にも知られたくありませんわ」
マリーゼが顔を赤らめて絶句している。レオンはと言えば、眉間に皺を寄せてむっつりと黙り込んだ。
【恥の神様、如何でしょう? 彼女は真実を言っていますか?】
「……」
パアアッと謎の光を発し、クレイヤは両手で「〇」を作った。今までにはなかった反応だ。
【これは……本当、と言う事でしょうか?】
「よし、確かめてみよー!」
妹たちは衝立を持ってくると、部屋の隅にティーエを連れていく。そして……
「わっ、マジだー」
「まああ」
などと騒いだ後で審査場所まで戻ってきた。
【――と言う事ですので、ティーエ嬢は合格…】
「その前に、俺からも質問いいか」
フローラの審判を遮って、レオンが手を上げた。レードラ以外の女性に興味を示したのは初めてだったので、マリーゼは驚く。
(レオン様、まさか……ティーエ嬢のそう言う所にレードラ様との共通点を見出したのでは)
「ティーエ嬢、あんた本当にその秘密、恥ずかしいと思ってんのか? これはクレイヤも判定頼む」
「お兄様、何を……」
「『他人に知られたくない、自分の恥ずかしい秘密』なんだろ? 隠した方がいい、と知ってはいるようだが、バレたらバレたで構わないと思っている……どうだ?」
「……」
今度はレオンではなく、ティーエに水がかけられた。周りにも少し水滴が飛んでしまったが、冷たさは感じない。ぬるま湯だったようだ。
マリーゼは咄嗟に、レオンの目を塞いだ。濡れたドレスはティーエの体にぴったり張り付いて、体のラインを浮かび上がらせていた。隣の令嬢たちが口を手で覆って驚いている。
「えっと……つまりティーエ嬢はむしろ、バレて欲しかったと?」
用意したバスタオルで彼女の体を覆いながらフローラが訊ねると、ティーエは頬を紅潮させ、嬉しそうに笑った。
「スリルを楽しみたいのです。何事もなく済むか、世間に恥を晒してしまうのか……。今までは、誰にも気付かれませんでした。だからどんどんエスカレートしてしまい……
レオンハルト殿下は、こう言うのがお好きだと伺いましたが」
「誰だ言ったヤツ。俺は嫌いだ」
「あれ? レーちんは普段マッパじゃん。それはいいの?」
「いいわけあるか。俺はレードラのそう言うとこは嫌いだ」
まさかレオンの口から、レードラが(一部だが)嫌いと言う言葉が出てくるとは思わず、一同は衝撃を受けた。マリーゼもレオンに聞いてみる。
「意外でした……あんなにも愛されているから、すべてを受け入れているものかと」
「いくら好きでも、人型の状態で裸でうろつかれたくねえよ。ましてや外でノーパンとか……。俺がレードラに何とか服を着させようとしてたのは知ってるだろ」
そうだった。服のチョイスがおかしいので分かりにくいが、レードラが人型になっている時、レオンは裸でいる事をやめて欲しがっていた。
【てっきりお兄様は女性の体がお嫌いで、服を着たままの方が興奮するのかと思っていました】
「お前はどう言う目で俺を見てるんだよ。TPOってやつだよ。…まあそんなわけで、レードラはただの物臭。あんたとは違う」
眉間に皺が寄ったまま言い放たれたティーエは少し残念そうな顔をしたが、着替えを用意すると言われた時は笑顔で断った。
「いいえ、このまま帰らせて下さい。今の状態でどこまで気付かれずにいられるか、知りた……」
最後まで言わせず、フローラとプルティーがティーエを引き摺って部屋の外の侍女に引き渡すと、ドアを閉めて戻ってきた。頭を抱えているレオンを取り囲み、残りの令嬢に聞かれないよう会議を始める。
「あー、頭痛い…」
「お兄様のレードラ様狂いと、マリーゼ様の先日の挑発の結果ですね。ここまで残っているのは、相当癖のある変わり者と見て良いでしょう。プルティー、後の二人のプロフィールは?」
フローラに聞かれ、プルティーは手元の資料に目を通す。
「次がラン=エシック十七歳。国内の大商人の娘。ドラコニア神学校に在学中。その可愛らしいルックスとキャンディーヴォイスで、男子生徒から絶大な人気を誇る。学園のアイドルと呼ばれるイケメンたちからも求婚されていて、いつも貢がせてるから、女子には嫌われてるとか」
「……タリア嬢と似たタイプなのでしょうか」
タリアもまた、在学中にルピウスと知り合い仲を深めている。ランがレオンに同じ目的で近付いたのだとすれば、絶対に阻止せねばとマリーゼは拳を握った。
「どうだろうねー…最後はラフレシアーナ=ネペンテス。侯爵令嬢で歳は二十二歳。恋多き女性で、幾多の浮名を流す通称『男食い』。今回の選抜、何としても兄貴を落とすって息巻いてるらしいよ」
ランとは対照的に、ラフレシアーナは背が高く肉感的で妖艶な雰囲気を漂わせていた。特にドレスの生地を押し上げる豊満なバストにはつい目を奪われ、マリーゼは思わず己の胸に手を触れた。
(だ、大丈夫……私は別に、普通よね? と言うかレオン様の好みはレードラ様なのだし、サイズは一緒のはず……って、私が気にしてどうするのよ)
自分が何を焦っているのか気付いて恥じ入っているマリーゼを余所に、兄妹たちは頭を寄せ合ってひそひそ相談している。
「どうされますの? 本当にアテーナイア様のおっしゃる通り、ろくでもない女ばかり残ってしまいましたわよ」
「いや、まだそうと決め付けるのは……大体、審査したのはお前等だろうが」
「まーまー。とりあえず恥ずかしい秘密を喋ってもらっちゃおーよ。ね!」
そして気を取り直して、審査が再会される。ちなみにクレイヤはこの間、ずっと両手を横に伸ばしているので疲れてきたのか、少し辛そうだ。
「では次の方、自己紹介をどうぞ」
「ラン=エシックでぇす☆ あたしはぁ、レオン皇子のお嫁さんになりたくて来ましたぁ。今は学生なのでぇ、結婚式は卒業してからになるけどぉ、真っ白なドレス着て教会で挙げたいなっ☆」
こいつ、殴りてえ……と言うのがその場にいた女子全員の総意である。この脳内までお花が咲いてそうな御令嬢は、何を持って恥としているのやら。そこへレオンが質問を投げかける。
「ラン嬢は……」
「やーん、レオン皇子に話しかけられちゃった☆ 遠慮なく『ランちゃん』って呼んでくださいね!」
「……ランちゃんは、結構華奢に見えるけど、二次審査はどうやってクリアしたんだ? 冒険者ギルドに依頼か?」
「んーとぉ、お友達がやってくれました☆ みんなあたしがお嫁に行っちゃうのがさみしいって泣いてくれたけど、一生懸命協力してくれたの。優しい人たちなんです☆」
そのお友達と言うのは、学校で侍らせ貢がせているボーイフレンドたちなのだろう。だんだんイライラしてきたフローラが先を促す。
【それで、ランさんの秘密とは?】
ランの視線が、チラッとクレイヤに向いた。お茶を濁すつもりだったようだが、今までの経緯を見て嘘は通用しないと知り、覚悟を決めたらしい。うん、と頷く仕種を見せている。
「えーっとぉ、ドラコニア神学校は基本、十五歳から入学ってなってますけどぉ、ほんとのところ試験さえ通れば年齢問わずなんですよねぇ。あたし今二年なんですけどぉ、だからちょっぴりサバ読んじゃったりしちゃったりとか……え? いくつなのかって? んもぉ、絶対秘密ですよ☆
……三十二歳」
口調がだんだん歯切れ悪くなってきたところで急にトーンを落とした声で告げられた真実に、その場は騒然となる。
「まあ! お兄様より十三も年上じゃありませんの。年齢詐称ですわ」
「言ったでしょー? 学校じゃ自己申告で問題ないんだって。それに十七ってのもあたしが言ったんじゃないってば。二年生だから周りが勝手にそう思ってるだけ☆」
「いい歳してなに可愛い子ぶってんの? この選抜会で探してるのは、兄貴の子を産んでくれる人なんだからね。三十二じゃもう、ババアでしょ」
「そんな事ないもーん! それを言うなら守護神様だって千歳じゃない。ねっ、皇子様?」
実年齢をバラしたのにランは余裕だった。ティーエのように恥ずかしさを感じていないのではないか…と思ったが、この場ではともかく学校にバレたら、退学はないにせよ取り巻きはさざ波のように引いていくだろう。これは退路を断つ事で、本気でレオンを獲りに来ているのだとマリーゼは感じた。と、同時に先程とは違い嫌悪感を抱いていない様子のレオンに苛立ちを感じる。
「レオン様、ああ言う御方はどうなのですか?」
「うん? 別に問題ないんじゃないか」
「は??」
思わず、声を張り上げてしまう。おまけに立ち上がろうと腰まで浮かしかけ、慌てて座り直した。
「レードラが何百年も生きてるのは事実だし……それに、ランちゃんは充分若いよ。前世の俺はもっとおっさんだったからね」
「でも……子供はどうされるんですか」
「若さくらい、この世界じゃ魔法や薬でどうとでもなる。だからこの選抜会だって年齢制限は設けてないだろ?
……マリーゼ、どうしたんだ。顔が恐いぞ」
「つまりレオン様は、あの幼い顔立ちの若作りの御婦人と結婚しても良いと……そう仰るのですね?」
目を潤ませるマリーゼに、レオンは焦った。この瞳の向こうには、自分が本当に愛する女性がいるのだ。
「待て、今のは年齢は落とす理由にはならないってだけで、結婚したいとかそう言うんじゃない! 俺が愛してるのはレードラだけだ」
「……もう一度、言って下さい」
「レードラ、愛してる」
本人でもない相手に愛を告白すると言うこの茶番。しかしマリーゼは何故か機嫌を治していた。そんな二人を、白けた目で見つめる妹たち。
「…じゃ、兄貴もこう言ってるしランちゃんは合格って事で」
「きゃはっ、やったぁ☆ あ、私は側妃でもいいので赤ちゃんは他の人に産んでもらって下さーい☆」
【後がないからって必死ですね。合格しても候補になるだけで、婚約者とはまた別なんですけど……。では最後の方、お願いします】
「ネペンテス侯爵家長女、ラフレシアーナです。二十二歳……実年齢ですわ」
立ち上がったラフレシアーナは、ランを横目で見ながら自己紹介をする。当て付けに気付いたランは、負けじと挑発に出た。
「あ、男食いで有名な人だ。色んな恋人をとっかえひっかえして、ついには誰にも相手にされなくなって行き遅れたのよね☆」
「三十二歳で息子のような年齢の殿方たちと逆ハーレムしている貴女に言われたくありませんわ。お・ば・さ・ん」
バチバチと火花を飛ばし合うライバルたち。参加者同士のこうした争いも今まであったのだろう。
(そう言えばルピウス様との婚約自体はすんなり決まったとは言え、学園内のライバルは私にもいたのよね……元気にしているかしら)
ルピウスはタリアに夢中だったが、彼と婚約者でいられる自分に嫉妬し、何かと突っかかって張り合ってきた令嬢はいた。彼女はルピウスに素っ気なくされるマリーゼを不甲斐ないと詰っていたが、今となってはそれも懐かしい思い出だった。
「はいはい、喧嘩はあとあと! それで、ラフたんの秘密って何?」
「ラ…ラフたん?? それが……わたくしの秘密と言うか、コンプレックスなのですが」
「実は三十七歳なんですーとか?」
「お黙りなさい、さりげなく自分より年上にしないで下さる?
えっと……わたくしの、胸なのですが」
「胸??」
思わず、ガン見してしまう一同。同性であってもこれは見てしまう。マリーゼは無意識に、隣のレオンの腕を抓っていた。
「上げ底なんです!」
「……はっ?」
「普段は詰め物をしていて、本当は貧乳……いえ、この際はっきり言いましょう。
絶壁なのです!」
恥じ入るように呟きながら、ラフレシアーナは胸に手を入れた。ぷるん、と何かが簡易テーブルの上に置かれる。妹たちが触れてみると、弾力があってほんのり温かかった。
「うわっ、スライムみたい。すっごいぷるぷる!」
「こんなのがあるのですね」
「よくできたパットだな、どれどれ……いたたたっ、マリ…レードラ痛い!」
「ふん……しかし、盛り過ぎではないのか? 誤魔化しても、交際する以上は隠し切れんぞ」
パットに触ろうとしたレオンを抓りながら、レードラの口調でマリーゼが聞くと、ラフレシアーナは俯く。
「その通りですわ……だから誰とも上手く行かなかった。好きでとっかえひっかえしていたのではなく、わたくしの胸を見た男たちとは皆、別れてしまったのです。お互いの恥になるからと、理由は秘密にしてくれていますけれど」
「パットやめたら? 見た目に嘘吐くから、体目的の男しか寄って来ないんだよ」
年齢をバラして開き直ったのか、普通の喋り方になっているランが忠告する。そう言う彼女もある意味見た目詐欺なのだが、年の功なのか小柄でもそれなりに凹凸はあるようだ。
「だって……殿方は皆、大きな胸が好きなのでしょう? それも手から零れんばかりの! 最初にわたくしを捨てた男は、そう言ってましたわ。お子様のような大きさは、女の胸とは言えないと」
「それは違う!」
ラフレシアーナの嘆きに、レオンは立ち上がって反論する。男として、これは言わずにはいられなかった。
「確かに巨乳好きは多いし、男ってのは潜在的にマザコンだから仕方ない部分もある。だが! 貧乳が好きな男だっているのは事実だ。好みは千差万別なんだから、すべての男がこうだとは決め付けないで欲しい」
「それ言ったら兄貴、レーちんなんて超絶爆乳じゃーん! 片方だけでも全身埋もれちゃうレベルだよね、ニャハハハ」
「ドラゴン形態の話ですけどね」
「ぅおっほん! とにかく女を胸だけで判断するような男はカスなんだから、最初から相手にするな。中身で選んでもらえるように自分を磨いておくんだ。胸なんかなくたって、君は充分魅力的なんだから」
レオンの主張を神妙な顔で聞いていたラフレシアーナは、こくりと頷いた。
「分かりましたわ……他の男なんてもう要らない。貴方に愛される女になれるよう、自分を磨く事に致します」
「…ん?」
(まあ、そうなるわよね)
癖のある二人の女性に熱っぽく見つめられるレオンに、マリーゼは溜息を漏らす。彼は女の子が傷付いているのを見過ごせない。それは良い事なのだが、レードラがいなければこの男、実はとんでもなく優柔不断になっていたのかもしれない。
(選抜会の間は私がレードラ様の代理! ライバルには近付けさせないわ)
闘志を燃やすマリーゼに誰も気付かず、三次審査は終了した。ちなみにクレイヤは未だトランス状態のままなので、引き続きフローラが進行する。
【結果発表です。三次審査通過は、ラン=エシック様、ラフレシアーナ=ネペンテス様の御二方となりました。続いて天使の曜日に行われる最終審査ですが……】
「ちょっと、お待ちになって!」
そこへ、ラフレシアーナからちょっと待ったコールがかかった。何事かと注目が集まる中、パットを戻した彼女が胸を揺らしながらマリーゼを指差す。
「貴女の秘密がまだです」
「えっ??」
「そうよねー、あたしたちがこれだけ恥ずかしい思いをしたのに、今日まだ守護神様はなーんのパフォーマンスもしてないのって、ずるくない?」
参加者二人に詰られて、たじたじとなるマリーゼ。
「う…ぬっ、だが審査はもう終わって…」
【そうですね……せっかくですから、やってもらいましょうか】
(フローラ様!?)
「おいフローラ!」
【一次審査の際、レードラ様はお兄様への愛を覚悟で示せと仰いました。そして今日まで、この方たちは見事試練を乗り切りました。
貴女はお兄様に愛されているからと言って、このまま戦いもせず、その上に胡坐をかくつもりですか】
フローラが、いや妹たち全員が、自分を見ている。レードラと呼んでいるが、確実にマリーゼ自身を。ひょっとしたら飛び入り参加させたのも気まぐれではなく、彼女もまた審査の対象だったのかもしれない。
ごくり、とマリーゼの喉が鳴った。
「ささ、レーちんズバッと言ってみよ!」
「秘密……秘密なあ」
誤魔化すように呟きながら、マリーゼの思考は渦を巻いていく。
(この場合、どう言ったらいいのかしら? 実は替え玉でした、なんてのは言えるわけがないし、恥ずかしいのとは違うのよね。問題は私とレードラ様、どちらの秘密を話せばいいのかって事なのだから。だってレードラ様の話をすれば、「私」の秘密ではないから嘘って事になるし、「私」の秘密もまたレードラ様らしからぬ話だって二人にバレてしまう……
だから私とレードラ様、共通の恥ずかしい話にしないと。
……そんなのあったかしら? 大体、レードラ様にとっての恥ずかしい事って何? ドラゴンだから何歳とか体重何キロってレベルじゃないし、趣味についてもレオン様の方がよくご存じなんでしょうね。そもそも全裸を見られてもまったく気にしていないんだから、ティーエ嬢のように下着を着けていなかったとしても……っ!?)
その時、マリーゼの脳裏に今朝の出来事が蘇る。レードラがシャワーを浴びようとするマリーゼに着替えを渡してきた。
『これは儂のだが、まだ使用しておらんから綺麗じゃぞ』
そう、言っていた。
「いや、でも…あれは……え?」
「レードラ? どうしたんだ、全身震えてるぞ」
心配そうにマリーゼの肩に手をかけたレオンは、泣きそうな顔を向けてきた彼女にドキッとして狼狽えた。
しばらくぎゅっと目を瞑っていたマリーゼだが、やがて決意して口を開く。
「わ……儂は、今……レオンがデザインした下着をっ、穿いておる……」
「ブヘッ! ごほげほっ」
【どうなさったの、お兄様? 妙な咳が出ていますわよ】
思いっきり咽たレオンを尻目に、プルティーが訪ねてくる。
「兄貴がデザイン? 色を指定したとかじゃなくて?」
「じ、十歳のレッドドラゴンの試練での事じゃ。最初は人型だろうと裸のままだったのが気まずかったんじゃろうな。レオンは衣服の他、女性用の下着を作らせて渓谷まで持ってきた。今までは着けた事がなかったんじゃが……それを、今」
【恥の神様、どうなのですか?】
すっかり忘れられていた、担当のはずのクレイヤは、満面の笑みで出番とばかりに大きな「〇」を描く。上手い事主語に「レードラ」と入れなかったので、どちらとも取れると判断されたようだ。
「その下着、見せて頂く事はできますでしょうか?」
「あ、あたしも見たーい☆」
参加者二人が手を上げ、衝立の中で確認される事になった。後ろを見せてしまっては偽尻尾がバレるので、妹たちにしっかりガードしてもらう。
「こ、これは前衛的な……わたくしにはちょっと」
「えー、可愛いんじゃない? 彼氏受け良さそうだし、デートに着けていきたいなっ☆」
「それにしても、これを十歳のレオン様が……ゴクリ」
「皇子様ってば、おませなお子様だったのね、うふっ☆」
「……なんだこれ」
衝立の向こうへ消えてしまった女性陣に取り残され、レオンは一人テーブルに突っ伏していた。十年近くも経って、己の暴走が跳ね返ってくるとは思わなかった。
(にしても、あれをマリーゼが……いかん、想像するな)
まさかとっくに捨てられていたと思っていた下着をレードラが後生大事に取っていて、マリーゼが身に着けるとは。一ヶ月前に裸で抱き合っていた二人が思い出されて、レオンは必死に首を振った。
そこへ頬をポーッと紅潮させた参加者たちが満足げに戻ってくる。続く妹たちはチベットスナギツネのような目で自分を見てくるので、反射的に視線を逸らした。
最後にとぼとぼと席に着いたマリーゼは全身をピンクに染めて涙目でプルプル震えながら、「もうお嫁に行けにゃい…」と呟いている。そんなに恥ずかしいなら何故素直に着けてしまったのか気になったが、マリーゼも割と天然なので、レオンやレードラに頼りにされた事で舞い上がってしまったのだろう。勝負の場で気合いを入れるためだとでも言えば信じてしまいそうだ。(実際は勝負下着でも何でもない、前世での一般的なデザインなのだが)
【さて、ご満足頂けたところで最終審査のご案内です。行われるのは明日の午前中となりますが、準備のため、発表は現時点からとなります。
お題を通達されるのは……】
「妾の役目です」
休憩室に入ってきた者の姿を見て、その場にいた全員が礼を取る。ドラコニア帝国皇后、フィーナ=ヴァッフェ=ドラコニアであった。
「面を上げなさい。三次審査まで無事終了したようですね。レオンハルト、貴方が何故全身ずぶ濡れなのかは敢えて聞きませんが……明日式典を控えているのです。風邪を引かぬよう、早急に着替えなさい」
「はい……」
「…あら、貴女は」
フィーナと目が合って、マリーゼは身を固くする。当然、皇后は自分の事を知っているはずだ。しばらく見つめ合っていたが、皇后はすっと視線を外した。
「まあ、良いでしょう。それでは最終審査のお題を発表します。
それは、『手料理』です。
貴女たち自身が作ったメニューをレオンハルトに食べてもらい、最終的に候補者を決めてもらいます」