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【それでは選抜会での審査方法のご説明を。まず本日、エルフの曜日はわたし、フローラが担当。明日、悪魔の曜日はプルティー。ドワーフの曜日はクレイヤがそれぞれ担当し、その場で出されたお題をすべてクリアした方のみが天使の曜日、即ちお兄様の十九回目の誕生式典の前に行われる、最終試験を受ける事ができます。審査の基準は、如何にお兄様の好みに沿えているか。

つまりここで選ばれる方とは、真面目で】

【ゲンキで!】

【き〇がい…】


「そりゃお前等の事だろうが! あとクレイヤ、何でそこ伏字にした? ちゃんと『規格外』って言ってたよな!?」

【あらお兄様。戻られましたか……まっ、やだわぁレードラ様がぐったりしているじゃありませんの。舞台裏で何が行われていたのやら】

「何もねえよマイク使って邪推すんなよ言わされてる妖精(エコー)がかわいそうだろ」


 途中から舞台上に戻ってきたレオンは、肩を貸していたマリーゼを椅子に座らせると、自分も隣に腰を下ろす。


「で? お前のお題は何だよ」

【はい、一次審査は、クイズ形式で行われます】


 これだけ聞くと、予選の時と変わらなかったが。まず十人一組で分け、問題が書かれた紙が配られる。制限時間が過ぎたら解くのを止めて答え合わせをするのだが、この時、書き終わった時点で提出してもいい。そして一組につき上位三名ずつが勝ち残れると言うわけだ。


【一組の中で最高得点が三人以上の場合は、提出した時間で選ばせて頂きます】

「つまり勝ち残れるには、できるだけ多く正解し、かつ早く提出した者が有利と言うわけだな?」

【その通り。そしてレードラ様、貴女にも同じ条件で受けて頂きます】

「分かりました」


 参加者は十人ずつ固められ、首からボードを吊り下げて問題を解く。後ろから覗き込まれないよう前の席の者は後ろを向き、向かい合わせになっている。


(ホーリーブライト王国? さっきのナルって子なら分かったかも…)

(冒険者ガランの出身地って……確かに超有名人だしお話にもなってるけど。どこの生まれかは触れられてないのよね)

(あっ、でも息子はフルネームだったじゃない。フィクションだけど)

(これ、他国の宗教に関する問題なんだけど、いいのかしら?)


 令嬢たちが頭を悩ませている間にも時間は過ぎていき、やがて回収の時間となった。


【さて、採点の結果ですが……最高得点は十点満点中、九点となりました。特に最後の問いには正解者がいませんでしたが、もちろん問題ありません。

では答え合わせを、レードラ様お願いします】

「へっ??」


 指名されて慌てて立ち上がったマリーゼは、問題用紙を持って用意された黒板の前に立つ。参加者たちに見えるよう、大きく書いてもらうためだ。


【では、第一問から。

「『星降る国』ホーリーブライト王国で行われる海神祭。祀られている海神こと海の魔物の名前は?」】


 フローラの質問に合わせて、マリーゼは黒板にチョークで「ケトゥス」と書く。


【正解ですわ。次、第二問。

「数々の伝説を残す冒険者ガランの生まれ故郷はどこ?」】


 これに「スティリアム王国」と書くと、会場がざわついた。フローラはマリーゼにもマイクを渡し、解説を促す。


【ここ、(つまず)いた方が多かったのですわ】

【そうで…そうじゃの。恐らく「トワパルファム王国」だと思ったのではないか? 冒険者ガランの伝説の多くは虚構ではあるが、書物を合わせて読めば、彼の出身が「ルージュ侯爵家」だと分かる。

じゃがここが曲者でな。ルージュ家はトワパルファム王国の貴族を本流としておるが、その隣のスティリアム王国にも傍流として存在するのじゃよ。王家の系譜の中に、ガランの親族の血筋が入っておるのじゃ】


 マリーゼの言葉に、舞台袖にいたサイケがうんうん頷いている。サイケはガランの大ファンで、彼の発明家としての名声に憧れていた。


【ありがとうございます。と言うわけで、引っ掛け問題でした。続いてはその二国の国教からの問題!

「『聖マリエール教』の経典に記された、魔女を倒すための聖剣を男神に授けた盟友、一説には魔女のもう一つの姿と言われる聖人の名は?」】

【聖リリオルザじゃな。魔女リリータと名が似ている事で、同じ人物の表と裏と言う解釈があって…】


 マリーゼは一旦マイクに手を被せて声を拾わないようにし、小声でフローラに話しかける。


「あの…他国が国教としている敏感な話をこんな(おおやけ)の場でしても良いのでしょうか?」

「平気でしょう。あんな遠方の国からわざわざ帝国に来られる信徒など、そういませんから」

「……マチコ様がそのスティリアム王国出身と伺っておりますけど」


 …などとやり取りがありつつも、滞りなく解いていくマリーゼに、レオンが感心したように頷く。


「彼女、よくあんなマニアックな分野を知ってたな」

「マリちん、店長のお仕事を覚える傍ら、店の古本を全部読んじゃったらしいよー」

「趣味と実益…」


 レオンもあらゆる書物に目を通してきたが、店に置いてある分はすべて制覇したかと言われるとパッとは出て来ない。寄贈される古書は日々増え続けているし、時間を見つけて店に行ってもレードラを口説く方がメインになってしまうからだ。


(思えば一年近くも、マリーゼを閉じ込めっぱなしだったんだよな……)


 仕方ないとは言え、今回彼女がハジけた行動に出てしまったのも、自由に制限があったためだと言える。もっと気を配るべきだったかとレオンは反省した。


 そうこうする内に、いよいよ最終問題の答え合わせとなった。これまでマリーゼは全問正解。そして最後は誰も正解者がいない。


【「魔王討伐後、地上へ持ち帰られたと言われる呪いの魔剣の名は?」】


(この聞き方だと、持ち帰ったのは勇者一行よね? だけど呪いのアイテムなんて、書いてある記録は見つからなかったわ)

(今までの問題は大体、龍山泊に通って古書を調べれば載っている事。レオンハルト殿下がオーナーなのを考えれば妥当だけど……さすがに魔界の事までは)

(と言うかそんな物騒な剣、本当に地上にあるのかしら?)


 ざわつく会場を余所に、マリーゼは躊躇なくチョークをカツカツと黒板に走らせていく。


【正解は「ブラッディーオウガ」じゃ】

【それを記した書物は、存在しますか? 今、どこにあるのかも】

【現在、ホーリーブライト王国の国宝となっておる。書物はある……が、常人がおいそれと読める場所にはない。

…そもそもクリア条件は、十人中最高得点三位までに残る事ではなかったか】

【その通りです。分からない問題をいくら考えても時間の無駄。時には思い切りの良い判断も(まつりごと)には必要と言う事です】


「……なあ、フローラはどっからあんな情報入手できたんだ? 俺も魔界まで行ったが、あそこまでは知らないぞ」

「んーっとね、レイニス様!」

「にーにのトモダチ…」

「いや違うぞ? あいつは友達とは違う」


 兄妹たちが言い合っていると、そこへ解説を終えたマリーゼが戻ってきたので、レオンは最終問題の知識元について訊ねてみた。


「マサラ王妃が晩年につけていたと言う日記帳です」

「そんなのが……」

「ルピウス殿下の婚約者に決まった年に、指輪と一緒にブリット王妃から見せられたのです。本来なら王妃になると同時に譲って頂く予定だったのですが……。あまり(おおやけ)にできない情報が書かれていたと記憶しております。まさか、フローラ様からあんな出題をされるとは思わなくて、驚きましたよ」

「俺も驚いた……」


 改めて、マリーゼと言う人間を認識させられた。隣国で婚約者に捨てられた哀れな令嬢。そして愛する者と瓜二つだが正反対の少女。抱いていた印象など精々この程度だったのだが。彼女は、一国の王妃となるべく育てられてきたのだ。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 翌日の悪魔の曜日。天気は生憎の曇り空だった。

 三十人まで減った参加者と皇家の兄妹たち、そしてマリーゼは城の魔法陣を通って赤の渓谷まで来ていた。

 場所は龍山泊ではなく、渓谷の入り口付近である。この辺の細かい指定は、文様を書き換える事で変更可能だった。


【さーて! 本日の担当はアタシ、プルティーちゃんですよー! それと今回スペシャルゲスト! アタシの弟くんでーす! 可愛いっしょー? 兄貴がいよいよダメになったら、この子に皇帝やってもらうからね♪ ほら、ティグ坊挨拶……もー、照れちゃって。…え? 早くしろ? 分かった分かった】


 プルティーは拡声器(例によって精霊魔法がかかっている)を下げると、ティグをレオンに預けた。


「ほーら、お兄ちゃんでちゅよー」

「おい、プルティー! 何のためにティグをこんな危険な場所まで」

「いーじゃん、あと五年もすればティグ坊だってここに来るんだしさ。予行演習って事で♪ 兄貴どうせやる事ないっしょ? お守りやっといてよ」


 二人の口喧嘩を余所に、マリーゼの元へティグがとてとてと歩いてきた。指を咥えていて少々幼い印象があるのは、末っ子故だろうか。


「ん? なーに?」

「れーどら!」


 ビシッと指差されて目をパチパチさせる。どうやらマリーゼをレードラだと思い込んでいるようだった。


(か…っ、可愛い!!)


 思わずきゅんとして抱きしめてしまう。普段なら否定すべきなのだが、今はレードラと言う事にしておいた方が都合がいい。子供は正直なので、うっかりバラされでもしたらまずいのだ。


(そう言えばレードラ様、昨日の事はご存じ……よね)


 一次審査終了後、戻ってきたマリーゼにレードラはまったくいつも通りの態度だった。選抜会はおろか、城へ行った事にすら触れない。聞かれてもいないのにこちらから報告するのも気が引けて、マリーゼはとても居心地が悪かった。


「あっ、悪いなマリーゼ。ティグの相手させちまって」

「いいえ……あの、ティグリス殿下は私が預かっていましょうか?」

「ダメダメ、マリちんは試練に参加してもらわないと」


 試練?


 首を傾げるマリーゼの腕からティグを取り返すと、プルティーは再び拡声器を構える。


【それでは発表しまーす! 二次審査は「赤の渓谷の花を獲ってくる事」でっす!】


(え、ええ――!?)


 プルティーのお題に、令嬢たちは悲鳴を上げた。


「それって、皇家の試練ではないですか。どうしてわたくしたちが!?」

「そりゃあ…兄貴の婚約者になるなら皇家の仲間入りだからね」

「試練を受けるのは皇子のみでしょう? 貴女は実際受けていないではないですか」

「皇家の試練とは言ってないよ? 『赤の渓谷の花を獲ってくる事』がクリア条件。ただし年に数本の貴重な花だし、終わったら戻しておきたいから、根っこごとこの瓶に入れて持って来て」


 そう言って用意した三十人分の小瓶を見せるプルティー。そこには何故か、登山用具や手袋にブーツ、丈夫な生地で作られた衣服まで揃っていた。


「これは……私たちに谷底まで降りろって事?」

「言ってくれれば貸すよー」

「あの……赤の渓谷の花は三十人分もないと思うのですが」

「うん、だから早い者勝ち。期限は明日クレイヤのお題が出されるまでね」


 参加者たちは恐る恐る渓谷を覗き込む。今日はいつもより霧が深いと聞いていて、底の方は特に真っ白で何も見えない。ごくり、と喉が鳴った。


「あ、これ龍山泊で作ってる魔導シール。体に貼っておいて大怪我した時なんか、危機を察知してピカーッて光るんだって。即死さえしなきゃすぐ発見して神聖魔法かけてあげられるから、安心だよ♪」


 マリーゼの花型モノクルにシールをピトリと貼り付けながら、楽しそうに説明するプルティーに、令嬢たちは薄ら寒いものを感じた。


「さあ、どうする? 続ける?」


 顔を見合わせた面々は、次々とリタイアを申し出る。それでも、半数以上は残っていた。


「わたくしは受けますわ。小瓶とシールをお貸し下さらない?」

「登山セットはいいの?」

「こちらで用意致します。では、ごきげんよう」


 数名が、魔法陣の中に消えた。

 プルティーは谷底を見つめ続けるマリーゼを愉快そうに見遣る。


「レーちんはどうする? みんな注目してるけど」

「え、あ……私、儂は普通に降りるつもりじゃったが」

「ずるいわ!」


 令嬢の一人が文句を言う。


「いくら審査と関係ないからって! ドラゴンの姿に戻れば簡単に降りられるじゃない」

「んー、お嬢さん昨日の説明聞いてなかった? レーちん変身封じの腕輪してるっしょ。今、ふつーの女の子と変わんないよ」


 腕輪は偽物だし、今も何も最初から普通の女の子なのだが。令嬢は納得いかないようだった。


「そんなのこっそり外せばいいじゃない、こんなに視界が悪いんだから」

「その必要はない。ドラゴンの姿にならずとも、風魔法で充分じゃ」

「な…っ、おいマ…レードラ、いくら何でも危ないぞ」


 ティグを抱っこしたまま、レオンがマリーゼを止めた。その理由をマリーゼは分かっていたが、不正をすると思われて引き下がれなかった。


 審査と関係がない――レードラはレオンに愛されているから、最初から争う必要がない。今回の参加は、ただのお手本。

 参加者にとっては、これだけ腹立たしい存在もないだろう。普段は守護神として奉られているが、今は令嬢の姿をした、一介のライバルなのだ。


(だったら私も一参加者として、本気でやらなきゃ)


 彼女たちの恋心に、闘争心に応えたかった。


「れーどら、がんばれー」

「おいティグ、無責任に応援すんなよ」

「ふふ……よく見ておれよ。レオン、ティグ」


 プルティーに渡された鞄を肩に下げ、ティグに手を振り返すと、マリーゼは目を閉じて集中した。足元から風が巻き起こり、みるみるマリーゼを包み込んでいく。そして空気の球となった彼女は、周りの霧を吹き飛ばしながらゆっくりと渓谷を降下していった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「今、どのくらい降りたのかしら……」


 周りが霧ばかりで視界が最悪の中、マリーゼは顔を上げた。もうレオンたちの姿はとっくに見えない。


(寒い……)


 谷の奥深くは気温が低く、薄いドレスからはみ出た部分は鳥肌が立っていた。静かで暗い空間の中にマリーゼは、たった一人だった。


(ダメ……下を見てはダメ……集中しなきゃ)


 本来のマリーゼであれば、この程度の風魔法は楽勝だったのだが。今は魔力が強過ぎてコントロールが覚束ないため、同時に保護魔法を展開するなど器用な事はできない。しかも暗い谷底に投げ出されるこのシチュエーションは、マリーゼの心の奥底に封じ込めた恐怖を掘り起こしていた。


(思い出しては…ダメ……)


 ガタゴト揺れる馬車の中、マリーゼは激痛と闘っていた。孤独と絶望だけが、視界を奪われた彼女に見えていたもの。そして長く辛い時間の果てに、終わりを告げたのは御者の「うわあっ」と言う悲鳴と、一際大きな衝撃。


 ビリッ!


「えっ? きゃああっ」


 何事かと振り向けば、崖から突き出た太い枝に、スカートが引っ掛かっていた。

あっと言う間に集中力が切れ、体の重みでスカートが破れる。


 そして、一瞬の浮遊感。


(落ちる――)



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